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芭石鉄道 冬編 反省とご案内

2010 年 2 月 12 日 金曜日

今回は、相棒の都合もあって、出発・帰国日がガチガチの8泊9日の、芭石鉄道への初めての旅でした。そのため、成都到着後は、インターネットで調べた、下記の旅行社ツアーを利用しました。
http://www.tf-travel.com/guanguang/tds.html
日本からのツアーもありますが、個人で手配するのに比べると、中身が濃い代わりに、融通性がなく、料金もそれなりになります。しかし、中国語が全く話せないとなると、一人で行くのは、かなり難しくなります。

それでも、電子辞書を片手に、行ってやろうとされる方々へ、私の反省をこめて、ご案内させていただきます。
と、思っていて、買い物に行ったら、本屋で『地球の○○方・’09-’10、成都・・・』に訪問方法が掲載されていて、びっくりしました。もうすっかり、メジャーなんですね。買って読んでみましたが、現状とは違っているところもありますので、最新版をまとめます。

現地2日目に、D300に装着したSDHCが粗悪品で、『トホホ』となった時に、予備に撮っていたHDDムービーです。

【日本からのアクセス】
日本の成田・関空から成都までは、直接の直行便は、ありません。中国国内空港を圣由しますので、約8~10時間かかります。当日の夕刻には到着しますが、芭石鉄道近くの楽山市まで行くのがやっとでしょう。知らぬ外国で、夜間移動は、禁物です。一旦、成都での宿泊が無難です。

日程に余裕があれば、私と同様に、一旦北京で宿泊して、翌日に北京西駅からのT7列車、約26時間乗車をお薦めします。移り行く車窓の見応えは、充分あります。また、食堂車で、その車窓を見ながら、本場の四川料理を味あえる楽しみもあります。芭石鉄道への旅を始めるには、最も相応しいと思いますが、問題は、軟座寝台切符の入手方法です。

私は、何とかしましたが、現地で知人でもいないと、困難です。インターネットで、頼める方法もありますので、研究して下さい。ダメな場合は、ご一報いただければ、購入方法をご提案させていただきます。但し、春節(旧正月)、国慶節(10月1日)、黄金週(5月連休)は、余程前に予約しないと、確保は難しいです。また、法外な手数料を覚悟する必要性があります。

【成都からの楽山へのアクセス】

初めての方、中国語ができない方は、現地旅行社に頼むのが、無難です。乗り鉄なら問題ありませんが、現地での撮影を望まれる方は、引率者の力量次第となります。
独自で行動される方は、『地球の○○方・’09-’10、成都・・・』を、購入ください。

但し、どちらにしても、大敵は、成都盆地特有の『霧』です。ほぼ、日常的に発生しています。晴れた日にめぐり合えるのは、年に数回のようです。成都からのアクセスも、記載されているのは、環境が良かった場合です。まず、遅れる事は、必至と考えていたほうが言いと思います。

私の場合で、成都市内のホテルから、芭石鉄道の出発地、石渓站まで、チャーター車で、約5時間30分(昼食休憩55分含む)かかっています。復路も事故で、同じくらいでした。

バスで行かれる場合は、市内のホテルから、石羊客運站、または成都旅游客運站(バスターミナル)に行きます。約20~60分程度は必要です。

ここで、20~30分間隔で出発する楽山市行きの中型バスに乗車します。約136km、遅れなければ、高速道路を走り、約2時間強で、到着します。人口133万人の大きな街です。朝に出れば、丁度、昼ぐらいに着きますので、レストランも多いです。ここで、食事をされた方が良いです。

【楽山から石渓站へのアクセス】
ここから、石渓站までは、約55km、迂回路のない片側1車線の1本道です。楽山からのバスは、犍為行きです。10分間隔で運行され、約70~80分は必要です。犍為からは、またコミュニティーバスに乗換えが必要です。面倒ならタクシーで向かったほうが、石渓站まで乗換えなしで、到着できます。

午後の列車の出発は、14:00です。バスなら、到着時刻に不安がありますが、タクシーなら、まず大丈夫です。料金は、100~150元(1400~2100円)程度だろうと思われます。

【現地での宿泊】
楽山市には、宿泊施設がたくさんありますが、石渓までは、1時間以上必要です。乗り鉄なら、問題ありませんが、撮り鉄となると、犍為で宿泊するか、芭石鉄道沿線駅近くに宿泊しないと、撮影は困難です。食事別で、30~50元(420~700円)で、宿泊できます。私も、次回3月の菜の花シーズンは、芭石鉄道沿線に宿泊予定です。

【列車ダイヤ】
1月でも、結構観光客がいましたので、菜の花シーズンは、かなり多くなると思われます。早めに駅に行って、切符を買わないと、満席お断りもありのようです。同業者が多くなると思われます。2010年1月の列車ダイヤを作成しましたので、ご参考して下さい。早延着がありますので、ご注意下さい。尚、現地では、必ず運行状況をお尋ね下さい。


【旅費】関空以降、2名で行った場合の1名分
1、国際線航空券 関空~北京 JAL             57,420円
2、現地、芭石鉄道ツアー料 3泊4日             45,000円
3、北京2泊・成都1泊3朝食込みホテル代          16,870円
4、北京~成都 運賃・現地タクシー代            27,840円
5、現地、飲食費                         10,500円
6、その他、雑費                          9,430円
                      合計          167,060円

今回は、往路・復路共日程変更ができませんでした。そのため、国際線航空券は、正規運賃では、安いWeb悟空を購入しました。
現地ツアーは、通訳、チャーター車、運転手、3泊分ホテル代・食事代<朝3・昼2・夜3>、2日分鉄道運賃を含んでの金額です。1人で行っても、2人分必要です。ホテルの宿泊代も、1室料金ですので、同様です。

無駄遣いは、あまり気にせず、飲食も適当に、極めてナチュラルに過ごしました、8泊9日の全旅費です。現地ツアーを頼まなければ、20,000円ぐらいは、安くなりますが、移動に余分な時間がかかりますので、難しいところです。
もっとも、日本から、旅行社に頼むと、6泊7日で、25万円前後しますので、かなり安くはついたろうと思います。

治安は、用心さえ怠らなければ、問題ありませんが、何かと、予期せぬ事が起こるのが、旅先です。そんな時は、運が悪かった。仕方がないと諦めて下さい。私は、悪運に慣れていますので、いつも、そうしています。
では、お気を付けてお出かけください。

私は、菜の花が満開となる3月上旬頃には、向かう予定です。今度は、近くのナローゲージ電気機関車が走る沫江煤電も、訪問予定です。また、現地のWebサイトを見ていましたら、報道が皆無な専用線のナローゲージも近辺にあるようですので、下見に行ってこようと思っています。广州~武漢を走る新幹線にも乗車してみたいので、次回は楽しみ満載です。
相乗りは、大歓迎しますので、ご希望の方がおいででしたら、コメント欄にご記入下さい。追って、ご案内をします。

冬の芭石鉄道へ Part10 撮影最終日も『トホホ』

2010 年 1 月 29 日 金曜日
第6日目 2010年1月3日
① 犍為天波大酒店8:30-(チャーター車)→8:50石渓站9:32-(第2次)→10:01蜜蜂岩駅
② 蜜蜂岩站12:45-(バイク)→石渓站-(チャーター車)→13:20飯店14:00-(チャーター車)→18:50成都 
今回、最後の撮影日です。いつものように、朝起きて窓の外を最初に見ますが、滞在で1番の濃霧です。日頃の行いを悔やみますが、こればかりは、どうしようもありません。今日は、撮影後石渓站から成都のホテルまで戻りますので、スーツケースをチャーター車に積み込んでの出発です。
8:50石渓站に到着後、ゆっくりと時間が取れたので、構内を散策できました。

遅れましたが、これが、切符売場と待合室です。でも、待合室に待つ人はいません。みんな、ホームでたむろしているのが、日常的です。

観光客車の車内です。綺麗ですが、室内灯はありません。一般客車は、ロングシートです。これでも、窓上には、番号が記載されている座席指定車です。左下は、有名な家畜も運ぶ車両です。

今日の第2次は、№9(機関車)+№10(テンダー車)+12+9+15+16の一般客車と観光客車№2の5両編成です。連休最終日とあって、1番空いていました。

胡小姐は、今日のダイヤを聞いています。第1日目に聞いた時は、今日は観光列車が運行しない日でしたが、走りますとの返事を聞いてきました。ラッキーです。2本は撮れます。
発車後、ビデオで走行を撮りますが、市街地を抜けると、益々霧は濃くなりました。


蜜蜂岩站を発車する、第2次。背景は、霧で見えません。下は、相棒の写真です。

列車が走り去ると、いつものように、火床から落とした石炭ガラを求めて、村人がひらう光景が見えます。そして、竹を蜜蜂岩站へと運ぶ、人力台車が降りてきました。

10:01蜜蜂岩站到着。相棒は、発着風景を撮りたいと言うので、ここで分かれて、絶壁の岩が出口にある、第5トンネルへと向かいました。

まず、折り返しの第2次を撮ろうと、待ちましたが、シャッターを押しても、切れません。『???』の世界です。試しシャッターは、確認したのですが、肝心の時に、濃霧が原因なのか、AFが正常に作動してくれません。以前のD300には、こんな事はありませんでした。

左のカットで試し撮影は、出来ましたが、肝心の列車通過時に、シャッターが切れません。AFをONにしたのが間違いでした。霧のある日は、濃淡が少なく、AF機能に障害が出るようです。代わりに、胡小姐が撮ってくれた写真を掲載します。

設定をいじくったのが、原因と思っても分りません。今日も『トホホ』です。仕方ありません。以後、全ての高機能を解除して、全マニアルモードに変更しました。
 

 

そして、観光列車を待ちました。山間に、待ちに待った、ドラフト・汽笛が響き、カメラを構えますが、今度は、列車は来ません。どうして、『???』です。

胡小姐に聞きますが、彼女も『???』です。そうだ、昨日もらった蜜蜂岩站の民宿の名刺があります。聞いてみて欲しいと言って、電話をしてもらうと、SLは、確かに来たが、戻って行ったとの返事です。線路際を走ってきた、バイクを呼び止めて聞いてみましたが、同じ返事です。

撮影しようと、待ち構えたカットです。霧が晴れれば、列車が来れば、希望の写真が取れるのですが・・・。

これは、来るわけないと判断して、蜜蜂岩站へと戻りました。途中に相棒がいて、聞くと、SLは、ここまで来て、貨車のレンガを降ろして、返ったと言います。



また、相棒が撮った写真です。観光列車のダイヤを利用して、石渓站からレンガを輸送したようです。相棒は、こんなにたくさんのレンガをどうするのと、聞いています。胡小姐は、これで家を造りますと、答えると、誰が造るのかと、聞きなおします。家の人が自分で造るのと、言われると、『ええ~』です。

田舎では、自分でレンガを重ねて、家を造ります。支柱は鉄筋を入れていますが、わずかで、大地震があれば、あっけなく崩れて大惨事をもたらす事は、必至ですが、耐震建築方法は、知りません。

胡小姐が、今日朝、石渓站で聞いた事は、間違っていたのです。と、すると、我々が石渓站まで戻る、観光列車がありません。次は、15:58蜜蜂岩站発の列車です。我々は、それでも良かったのですが、胡小姐は、19:30までにホテルへ着かないと、キャンセルとみなして、部屋がなくなる。それでは間に合わないと、必至に言います。

とにかく、蜜蜂岩站まで歩きました。13:40着、ここから、石渓站まで歩くと、約10キロ近く、約2時間は、かかります。我々は、そのつもりをしましたが、胡小姐は、民宿のオーナーと、何やら交渉しています。

そして、ここでは、食事も取れないので、今から戻ります。民宿のオーナーが、今、バイクを持っている友達に電話をしてくれています。石渓站まで、送ってもらいますと言いました。

台湾に続いて、2回目の体験です。バイクの後ろに乗って、芭石鉄道の線路沿いの狭い、犬走りを走ります。直ぐ横は、谷底の場所も多くあります。スリル満点の下山でした。

日本より暖かいとはいえ、5度程度です。走り始めると、結構寒くなります。帽子、サングラス、マスク、ホカロン、手袋と、防寒対策のおかげで助かりましたが、何もない胡小姐は、降りると、何度も何度も『寒い、寒い』と半泣き状態で、寒さに震え上がっていました。直ぐに、ホカロンを渡してあげましたが、食事に行くまで震えていました。



石渓站
で乗換えたチャーター車に乗って行った食堂も、昨日の民家と同様な、地元の家庭料理で、これには、相棒も大感激で、またまた、厨房に入って、調理方法を見ていました。
私も普段は、家で昼夕とコックさんですので、新しい調理方法やメニューが増えました。

これで、ゆっくりと成都に戻れると思って、暖かい車内でウトウトし始めたら、大渋滞に遭いました。原因は、交通事故です。楽山→成都への道路は、片側1車線の迂回路のない1本道です。全く動きません。痺れを切らして、前を歩いていくと、運転席が潰れたトラックが、進路を遮断しています。おまけにその先の車線には、反対方向から来る車で溢れています。自分勝手が多く、交通マナー等考えないドライバーが多い中国です。これでは、先へは行けません。

白バイも来ていますが、お手上げ状態です。どう解決するのかと、思っていたら、約1時間半後、壊れたトラックを移動させて、反対側車線を動けるようにしてから、ようやく渋滞を解除しました。

楽山からは、高速道路を猛スピードです。行きは濃霧、帰りは、交通事故渋滞に巻き込まれて、約5時間をかけて、18:50、成都に到着しました。


成都では、今までとは違って、立派なレストランで、本場の麻婆豆腐等の四川料理を堪能しました。胡小姐のお薦めで、四川演劇観賞、按摩と旅の疲れを癒し、ゆっくりとしました。

冬の芭石鉄道へ Part9 竹の香り

2010 年 1 月 27 日 水曜日
投稿前に準特急先輩の『電車は4両がええ』を読ませていただいておりましたが、私の小学生時代は、校庭から、阪急と国鉄の両方が見え、阪急京都線は、まだ2両編成が走っていました。一方の東海道線は、SL全盛期で、汽笛と共に、白い煙をはいて走っている列車を、いつも見ていたのを思い出しました。
当時は、我が町も人口1万人強の田舎町で、田畑が殆どでしたので、何処からでも、こんな光景を見る事ができました。    

第5日目 2010年1月2日
① 犍為天波大酒店8:40-(チャーター車)→9:10石渓站9:27-(第2次)→10:22菜子埧站

② 菜子埧站-(徒歩)→蜜蜂岩駅
③ 蜜蜂岩站18:03-(観光列車)→18:35石渓站  
道を歩き、未舗装の凸凹道に出ると、殺風景な集落が続いていました。胡小姐は、その中に建つ2階建ての民家に入っていきました。いったい、どうするのでしょうか?

見れば、雑貨店です。胡小姐は、何やら交渉をしています。そして、『丁度、お昼ご飯の準備をしているそうです。家族の人と一緒に食べてもいいですか?』と、聞いてきます。原住民の方の食事をいただけるとは、感激です。勿論、OKを出しました。

外で、一服していると、バイクに乗ったお姉さんが、『マントー=蒸しパン、ラオメン=パン』と、大きな声で走ってきました。バイクには、箱が取り付けてあります。”老面”と書いてありますが、麺類ではありません。中華風パンの1種です。農家からは、親子連れが出てきて、買っています。ここでは、屋台はありませんが、行商があるのですね。

雑貨店の厨房を見ますと、相棒は興味ぶかく調理を覗いています。

春節用の貴重な食材を追加しての料理の数々でした。相棒は、沖縄料理と食材も、味も似ていると、美味しいと、喜んで食べていました。

ご飯には、サツマイモが入っていました。楽山と同様の木桶に入れた米を中華なべに入れて、蒸しあげますが、日本と違って、粘り気のないパサパサ感のご飯です。  
  

聞けば、以前にSL撮影をしていたドイツ人が、何か食べさせて欲しいと来て以来、2度目の外国人との食事だと言っていました。

満腹感があると、落ち着くものです。リックサックに予備のCFカードを入れておいた事を思い出しました。1GBですが、午後からの撮影には、充分です。カメラが生き返りました。

丁重にお礼を言って、撮影地に戻りましたが、今回の旅で、1番印象深い食事でした。

胡小姐が言う時間になっても、中々列車は来ません。昨日、運行表を写したことを思い出しましたが、宿に置いたパソコンの中にあります。悔やみましたが、どうしようもありません。
後で確かめたら、列車は、終点で直ぐに折り返して、石渓站に戻ったようでした。一日何本も撮れません。貴重な撮影チャンスを失いました。

待ち過ぎたために、次の定期列車は、同じ場所でしか撮りようが、ありませんでした。


14:46、定期の第3次が、朝乗車した同じ編成でやってきました。

撮影後、菜子埧站に停車した列車は、中々、発車しません。何処からか乗客が集まり、列車に向かって、ゆっくりと歩いています。ダイヤは関係ありません。急がすふうでもなく、乗客を待っての発車です。ここでは、ゆっくりとした時の流れを、体感できます。

蜜蜂岩站へ向けて、歩きました。途中、蜜蜂岩站に留置してあった、貨車に積まれた、同じ竹が、線路脇に集められていました。15:18、ここで、昨日乗車した観光列車との写真を撮りました。
この竹の1束、5元=70円で引き取られるそうです。用途は、経済発展進む都市のビル建築の足場として、使用されます。

№10(テンダー車)+№9(機関車)+13+12+9+15+16(客車)+2両(観光客車)
ご覧のとおり、こちら側に乗降口はありません。車体番号も同じくありません。

15:30、第5トンネルに到着。ここで、撮りたかったのですが、列車は、既に通過済みです。次の列車は、18時過ぎで、暗くて、また待っていては、帰れません。仕方なく、短いトンネルを抜けて、帰りの定期列車を待ちました。
15:58、警笛とドラフト音が、山間にこだまして、第3次が返って来ました。ただ、編成は、往路と同じではなく、後部に2両の観光客車を連結した7両編成でした。


16:20竹の香りがする線路際を歩き、スイッチバックの蜜蜂岩站に到着。18:00に出発するであろう観光列車を待ちました。

蜜蜂岩站に留置してあった客車と貨車です。竹を満載した貨車があるという事は、貨物か混合列車が運行されると思いますが、ダイヤは、その都度の不定期らしいです。聞いても、定期列車が、早遅延が、日常的です。確かの事は、分りません。ここでは、沿線にある竹と同じく、列車の通過する時の、風を待つしかないのでしょう。

蜜蜂岩站駅舎には、2009年版ですが、10月1日からの国慶節(建国記念日)休みと5月1日のメーデーを挟んでの労働節休みの時刻表が、貼ったままになっていました。ほぼ、今日の運行と同じです。観光列車は、不定期です。これが、走る時が、効率よく撮影できます。

これらの休暇期間は、春節休みと同様に、約2~3週間前に、毎年、政府から発表されます。この期間中は、行政機関や銀行の業務は、停止します。会社関係も休みますが、都合で出社を命じると、3倍の給与を支給しなければならない法律があります。


民宿の連絡先です。誰か中国語の堪能な方を通じて、予約をされたら良いと、思います。

時間が充分ありましたので、胡小姐の通訳で、構内の民宿のオーナーと、話をして、部屋を見せてもらいました。3室(5人用と、3人用2室)あります。列車本数が、通常4往復だけです。犍為に宿泊すると、移動もこの列車になりますので、朝晩を走る列車を撮るには、ここに宿泊するのが、1番です。菜の花シーズンは、満室になると言っていましたので、挑戦される方は、ご予約を早目がよさそうです。

17:52、珍しく定刻どおり観光列車がやってきました。ビデオを撮っていたので、写真がありませんが、№10(機関車)+№14(テンダー車)+6+2+4+8(観光列車)の4両編成でした。

胡小姐の言うとおり、最後部車両へと行きますが。乗務員は、ここは満席だから前の車両に行けと、攻撃的に命じます。切符は、最後部車両ですが、乗務員はガンとして受け入れません。仕方なく、指示に従いました。

18:03、夕闇が迫る中、上下左右に車体を振りながら、来た道を下りていきます。
18:35、定刻5分遅れの、石渓站到着でした。

今日は、『トホホ』で泣かされた日でした。夕食は、あっさりと、野菜料理を求めました。
明日は、撮影最終日です。石渓站から成都まで、約4時間は必要です。夕刻前には、石渓站に、戻っていないと、いけません。帰りの列車は、明日ダイヤ確認後、決める事にして、早寝しました

冬の芭石鉄道へ Part7 『トホホ』のスタート

2010 年 1 月 26 日 火曜日

第5日目 2010年1月2日
① 犍為天波大酒店8:40-(チャーター車)→9:10石渓站9:27-(第2次)→10:22菜子埧站
② 菜子埧站-(徒歩)→蜜蜂岩駅
③ 蜜蜂岩站-(観光列車)→石渓站

6:30、今日は、1日中、芭石鉄道を撮影します。張り切って起床し、部屋の窓の外を見ますと、昨日と同様に、霧です。四川盆地特有の気象ですが、とりわけ大渡河沿いのこの辺りは、霧発生が日常的だそうです。何とか、撮影時には、晴れて欲しいと祈りながら、石渓站に向かいました。

途中で、昨日、石炭ガラが目に入って、眼の痛みがひかないのを、心配した胡小姐は、病院に寄ってくれました。同じ症状の患者が多いそうで、目を洗浄してもらいますかと、聞いてくれましたが、芭石鉄道撮影を優先したいので、丁重に断りましたが、しかし、その後も、ゴミは取れず、北京に着くまで、痛みが続きました。

今日は、サングラスとマスクは忘れず、ホカロンも衣服に付けて、準備は万全と思っていましたが、昨夜、今までの撮影をパソコンにバックアップした際に、CFメモリーをカメラに戻すのを、忘れてしまっているのに気づきました。しょっぱなから、また、『ドジ』を踏んでのスタートでした。

しかし、今回の旅のために、デジタル1眼レフを、NIKON-D300からD300Sに買い換え、パワーアップしました。以前のようにCFカードのみの使用から、主流のSDカードも併せての使用が可能です。これで、RWA+JPG画像に分けての使用ができるようになりました。

SDカードは、上海の電器屋街で格安で購入したSD-HC16GBが、入っています。試しに、連写をして、撮影後のモニターを見て確認しましたが、問題ありません。

併せて、カメラにGPSを装着しました。何処で撮影したかを、自動的に記録できます。撮影後、パソコン上で、インターネットの地図にリンクしますので、世界中、何処で撮影したかを記録し、見る事ができます。これは、便利で、優れた機能です。
この写真、どこで撮ったかなと言わせない、優れものです。

もっとも、カメラ本体に、数多くの機能が増えたので、全て理解して、使いこなすのは、大変な苦労です。アナログ世代に育った私にとっては、便利な機能が、まだ分っていません。

何度、説明書を読んでも、老朽化した頭では、時間がたてば、忘れてしまっているので、設定を間違い、シャッターチャンスに、シャッターボタンを押しても、切れない事も、しばしば発生します。『トホホの世界』に入り込んで、高機能を解除して、マニアルモードで撮らなければなりません。まさに『猫に小判』状態です。


今日の最初の撮影地は、菜子埧站付近です。生活感漂う石渓站から、定期の第2次に乗車して、向かいました。


試しに、GPSで見ますと、この位置になります。

№9(機関車)+№10(テンダー車)+13+12+9+15+16(客車5両)の編成

9:27、交換の小型ELの牽引する、石炭列車が到着後、定刻より3分早くの発車です。

客車の窓は、ガラスではありません。落とし込み式ですので、寒くても、明かり窓で走ります。

希望の最後尾に乗車して、連写です。

今日も屋台が並ぶ、躍進站。石炭を運ぶコンベアー橋をくぐると、山間を走ります。

10:00蜜蜂岩站着。SLの方向転換が行われ、10:07、発車、10:22菜子埧站着
ここで、後続する観光列車を撮影するため下車して、約1時間を待ちました。

11:39、山間にドラフトがこだまして、観光列車がやってきました。夢中でシャッターを切りましたが、NHKです。何か手ごたえがありません。モニターを見てみると、何も写っていません。え~どうして、『???』。

原因は、SD-HCカードです。高速連写に書き込みが追いつかなかったようです。ケースもラベルも、メーカー品でした。購入の際に、容量は確認したのですが、中身は、偽物の粗悪品でした。やはり、中国で購入する物には、格安なだけに、リスクがつき物です。分っているのに騙されます。
メモリーカードのないカメラは、いくら高性能でも、ただの箱です。今日も『トホホ』のスタートで、がっくりと肩を落としました。

代わりに相棒が撮影した写真です。
№10(機関車)+№14(テンダー車)+1+3+5+7(観光客車4両)

胡小姐が、『次の列車まで、時間があります。昼食にしましょう。』と、言うので、先行する相棒の後を、重い足取りで付いていきました。しかし、この山奥の農村に食堂があるとは、思えません。狭い農道を行くと、未舗装のやや広い凸凹道に出ました。

冬の芭石鉄道へ Part6 蜜蜂岩站→黄村井站乗車

2010 年 1 月 17 日 日曜日

今日は、阪神大震災から、15年目を迎えました。私ごとで、申し訳ありませんが、当時、私は、勤務していた会社の神戸支店の責任者として赴任して、業務も順調で、意気揚々としていましたが、突然の惨事に啞然とするばかりでした。

鉄道網もズタズタとなり、5日後、三田からの神戸電鉄が開通したので、地下鉄新神戸駅圣由で、市内へと、行く事が出来るようになりました。徒歩で、三ノ宮に近づくにつれて、目の前に拡がる光景は、想像を絶するものでした。

高校生時代にも予兆がなかった突然の心臓発作で倒れ、10分搬送が遅れたら死んでいたと言われた経験を持ちます。人間、何処でどうなるか分らない。人生は、1回のみ、一瞬一瞬を大切に生きようと、あらためて思った日でした。
こんな日に、神戸と同様に、四川大地震で大被害を受けた地の、紀行文を書くのは、自然と力が入ります。

第4日目 2010年1月1日
① 成都クラウンプラザ8:30-(チャーター車)→13:50石渓站14:30-(観光列車)→15:08蜜蜂岩站15:20-(観光列車)→16:20黄村井站
② 黄村井站17:35-(観光列車)→石渓站18:45-(チャーター車)→19:15犍為天波大酒店

15:20、地形上、カーブできる土地がなく、やむなくスイッチバックとなった蜜蜂岩站を発車しました。進行方向を逆に変えた列車は、Y型になったポイントを渡り、石渓から来た線路を左に見ながら、山の斜面に沿って、大きく右にカーブします。そして、路線最大の36.14‰の急勾配を必死に駆け上がっていきます。

短い手掘りの後が残る、第5トンネルを抜けると、右手に絶壁の高い岩壁が見えます。欧米ファンが好む撮影地です。この辺りからは、カーブまたカーブで、ゆっくりと登り坂を走ります。

15:30蜜蜂岩站から3.2km、左手に春には、菜の花が一面に咲く、段々畑で有名な撮影地の大カーブを、左に大きく曲がりますと、菜子埧站がありますが、通過します。人家も多くなってきました。


15:38菜子埧站から2.0kmを走り、列車交換できる仙人脚駅に到着しました。ここで、石渓站を30分前に出た定期列車の折り返し便と交換待ちで、しばしの停車をしました。

ホームはありませんが、線路横には、駅舎と間違う雑貨店があります。駅の周りには、集落が広がっています。
15:53、定期列車が出た後に、発車しました。

15:58、コンクリート造りのトイレとホームが見え、停車しました。付近に人家がないので、定期列車では、停車しない、観光列のみの站だそうです。

胡小姐が、みんな降りて撮影しますと言いますので、降りますと、列車は、築堤を逆走して、警笛を鳴らし続けながら、勢い良く煙とドレインを出して、戻ってきました。陽がさして、運が良ければ、ドレインに虹が出る、芭石鉄道一の撮影ポイントとなっています。

お立ち台も整備されていて、全員がカメラを向けます。残念ながら、この日は、曇っていましたので、虹は出ません。
観光列車のみのサービスですので、こられる方には、乗車をお薦めします。3月には、段々畑は、菜の花が咲き、右上の站の壁の写真のような光景が拡がるそうです。

16:08 交換設備のある焦埧站を、最徐行で通過しました。站を過ぎると。使われなくなったホッパーを左に見ながら、加速していきます。しばらく行くと、かなり長い第2、第1トンネルを連続してくぐりました。通過中、車内は、真っ暗です。時折、トンネル内の裸電球で、車内が明るくなりますが、一瞬です。


站に掲示されていた時刻表です。1日4便の定期列車です。芭溝站か、蜜蜂岩站近くの宿に泊まらなければ、効率的な撮影は難しそうです。

16:12 トンネルを抜けると、直ぐに芭溝站着きました。ここで、大多数の乗客は降りていきます。
かつて、芭石鉄道は、国営の嘉陽集団により沿線炭鉱開発の輸送として、1959年に開業されました。最盛期には、10,000人余りの炭鉱休業者家族が居住した町でしたが、炭鉱閉鎖によって、会社も去り、今では約3,000人に衰退しました。

職を失った労働者は、出稼ぎへと出て行き、老齢者の町となっています。そのため、古い町並みと芭石鉄道を観光名所として、売込みを図っています。

16:14 終着駅に向けて、芭溝站を発車。眼下に古い町並みを見る事ができます。


16:20、運行表の定刻に5分遅れて、黄村井站着でした。残っていた観光客は、ホームから橋を渡って、炭鉱服に着替え、炭鉱見学ツアーへと行きます。観光料金は、50元(=700円)だそうですが、我々は、何の興味もないので、パスしました。

胡小姐は、ここから溝站まで歩いて、芭溝の古い町を散策に行こうと誘いますが、我々の興味は、線路の先に見えるホッパーと、その上にあるトロッコ集団です。こちらを選択しました。

帰りも来た観光列車に乗らないと、次の一般列車は、18:45です。発車時間は、17:20と、確認して、向かいました。

登ってみますと、トロッコしと、ナローゲージより狭い380㎜の軌道がありました。
インクラインは、石を上に上げるようになっていましたが、はっきりとは、分りません。

ホッパーは、上のトロッコから石炭を落とす原始的な物で、トロッコを見ていると、炭鉱の責任者が来て、相棒が質問する事に答えてくれています。こういった時は、通訳がいると、詳細を聞けるので、ありがたいです。私の片言では、通用しません。
この炭鉱は、この地区でも最も古い物で、トンネルの壁は、石造りです。この先、1500mが採石現場だそうです。

相棒の撮影です。かれは、こんな風景を気に入っていました。

17:35
、炭鉱見学者が、遅くになったので、定刻を15分遅らせての発車です。列車は、日暮れが近い帰りの坂道を下りていきます。
18:08芭溝站以外の途中站は無停車で、定期列車が交換待ちをする、蜜蜂岩站に到着。
18:11、定期列車が、黄村井に向けて発車した後、大急ぎで、SLの方向転換を行い連結して、下山しました。

18:28躍進站到着。18:30躍進站発車、18:45、定刻には15分遅れで、暗闇になった石渓站に着きました。往路は、1時間50分。復路は、1時間10分の芭石鉄道全線19.8キロ乗車の旅は、終わりました。

相棒のたっての希望で、羊肉料理店に入り、食べた夕食です。羊の内臓と地元野菜が入った鍋料理です。味は、彼のご両親の出身地、沖縄の料理と、全く一緒で美味しいと、うんうんと、言いながら食べていました。

今夜の宿は、基本ツアーでは、楽山市のホテル泊でしたが、前もって、石渓站に近い、犍為のホテルに変更しておきました。石渓站前からは、チャーター車に乗って、約30分で、天波大酒店に着きました。

3つ星ホテルですが、部屋に入ると、窓が開けっぱなしで、寒く、また、バスタブなしで、ぬるいお湯のシャワーです。亜熱帯に属して、冬でも10度前後で、京都よりは暖かい所ですが、慣れてくると一緒で、夜間は寒く感じます。寛容な性格の相棒も、これにはクレームを入れました。

明日は、9:30石渓站発の第2次に乗車して、今日決めた撮影地を目指します。胡小姐には、今日と同じく、8:30ロビー集合と打ち合わせをして、早め、ベットに入りました。