【1077】おじん2人ヨーロッパ軽便 その23-10

THE GREAT LITTLE TRAINS of WALES その3 TALYLLYN RAILWAY その1

TALYLLYN はウエールズ語だから、L が二つ重なった場合に限り先のL はスと発音するので、タリスリンと読む。軌間は2フィート3インチ(685.8mm)という半端な、実に可愛い軽便鉄道で、ウエールズ編最初に入れた The Great Little Trains of Wales パンフからの地図では⑤である。

後日紹介する幾つかの鉄道と同じく、これはウエールズ特産のスレートを港まで搬出するための産業鉄道であった。1866年12月に開業し、1950年10月廃止されたが、翌年保存鉄道として再開し、かような分野では最古参になる。延長は約12.5km、起点の Tywyn (どう発音するか分からない)Wharf をゼロとすると、ほぼ上り勾配が続くが、終点の Nant Gwernol は269フィート(82m) だから大したことはない。

日本の建築用材料でスレートというとセメントやガラスウールで作った人造素材だろう(乙訓老人よ、解説を)が、本来は天然素材で、結晶板を薄く削ぎ、石造や木造建築物の屋根、壁面などに貼り付ける。南部の石炭(ジョン・フォードが都合4回アカデミー監督賞を得たそのひとつ「我が谷は緑なりき」を思い出す人もいるだろう)と共に、ウエールズ北部はこのスレートが特産物で、採石場がいっぱいあった。当初の橇や馬車から、軽便鉄道を敷設して港まで本格的に搬出されだしたのだが、本来大規模な綿織物業者だったこの鉄道の創始者は、南北戦争のため米国から原綿の輸入が止まって商売が出来ず、スレートに転進した由である。

ヨーロッパの軽便鉄道といってもいろいろある。日本でなら例えば伊予鉄道がドイツ系、小坂鉄道が米国系の車両・流儀で建設され、英国系は青梅鉄道が代表であった。諸兄頸城鉄道自動車に廃止まで健在(実はその後何十年も六甲山中で生き残っていたのに、先年他車両搬出時壊れてしまった)だったニフ1という2軸客車をご記憶か。これは本来青梅鉄道の客車が魚沼鉄道を経たもので、これがいわば英国軽便鉄道系というべき小型客車である。

機関車も写真で見ると可愛いが、軌間に比し9~12トンと、そうは小さくなく、メーカーはフレチャー・ジェニングス、カー・スユアート、アンドリュー・バークレイなど。番号だけでなく、各タリスリン、サー・ハイドゥン、エドワード・トーマス、ペーター・サムなどの固有名詞を持つ。中にはお子様向けに煙室扉に「機関車トーマス」のお面?を付けたものもいた。


客車は4輪車とボギー車だが、その4輪車の可愛い事。特に1等車は2コンパートメントで、我々は共通乗車券に加え1ポンドの「お直り券」を奮発し、道後温泉に行く「坊ちゃん」気分を味わった。車内は当然狭いが、隣のコンパートメントとは高い背もたれと鏡で完全に仕切られ、窓は皮ベルトの穴に車体側のポッチをはめ、適当な位置に止められる。これは完全に馬車の名残で後自動車にも用いられたが、ずっと以前ドイツはキームゼー・バーンの客車で説明した時は写真がなかった。今回写りこんでいる不要な人物は無視して、「窓を途中好きなところに止められるシステム」のみご覧を。なお拙老の記憶に誤りなければ、関西国電に初登場した湘南=クハ86の運転席小窓がこれだった。パンタグラフ式バランサーが普及して姿を消した。



お直り券表裏 1ポンドとるにしてはお粗末

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