2012年 春の中国鉄路の旅 Part7の1 平庄煤礦鉄路 その2

第9日目 4月27日  平庄2日目

今日は、 撮影開始前に平庄駅に立ち寄って、切符を買わなければなりません。
① 4月27日 平庄→平庄南     K7384 次  1枚  O氏乗車
② 4月28日 平庄→阜新       4210次    2枚   O氏と私が乗車
③ 5月  6
日 ハルピン→瀋陽北     D102次    1枚  O氏乗車
④ 5月  6日 ハルピン東→満州里 K7059次orK7091次 1枚 私が乗車

は、昨年5月に来た時に眺望がすばらしいと、平庄南駅の裏山に2人で登ったのですが、いくら待っても列車は来ませんでした。O氏は最近、中国鉄ちゃんの集まりで、ここで撮った人の写真を見せてもらったら、かなり良かったとリベンジに燃えておられました。TaxiやBusで行くより、丁度良い時間に列車がありましたので、これに乗車です。
私は、五家炭鉱の路線や駅がどうなっているのか見たかったので、Taxiで向かうことにしました。午前中の撮影は、お互いの希望を尊重して、別々に行動することにしていました。

は、次の撮影地阜新炭鉱へと向かう2人の切符です。もっと早くに買っておきたかったのですが、ネットの残席情報では、なぜか「0」が並んでいます。始発駅の赤峰からは、1,000席以上の残席があるのですが、2日前(当日含む)にならないと、平庄からの残席はありません。ネット情報のミスかと思い、昨日も着いてすぐに平庄駅售票処で確認したのですが、「没有」と言われ、今日になりました。

は、 鉄道写真家小竹直人さんがプロモートされた「阿里河森林鉄道」のフォトランツアー(5月2日~6日)に参加後に、解散場所のハルピンから、日本へ帰国される飛行機の出る瀋陽へ向かわれるO氏の切符です。

は、同じく解散後にロシア国境の町満州里へと向かう私の切符です。

これだけの多種な切符です。間違いがあってはならないと、メモ用紙に分けて書き、售票処に2人のパスポートと共に提出しました。

ところが、ちゃんと書いたつもりでしたが、售票処駅員から「どの列車に誰が乗るのか?」と聞かれました。 あ~やっちゃいました。いつもは、同時にこんな多種な切符を買っていませんでしたので、名前まで書いていませんでした。ボケて頭が回らなくなっていた私のミスです。すみませんと謝って、再度説明して発券していただきましたが、受け取って確認すると、の切符が1枚しか発券されていません。今度は、駅員のミスです。もう1枚発券していただきました。

始めに售票処に並んだ時は、前には3人しかいませんでしたが、ふと気づくと後ろには、售票処を超えて外まで人民が並んでいます。その数、約30人以上です。ほんの5~10分程度のやり取りでしたが、あっという間に状況は一転していました。田舎の駅ですので、窓口は1つしか空いていません。O氏も来るのが5分遅れたら、買えなかっただろうねと、安堵されていました。


▲ しかし、ちゃんと買えたと思ったこの切符は、まだ問題がありました。写真をみて気づかれた方はいらっしゃいますでしょうか? 当ててみてください。
これは、撮影が終わった後から気づきましたが、中国鉄道倶楽部の隊長さんまで巻き込んでの迷惑をかけることになりました。これは、中国鉄路の切符を買う上でも、重要な事の1つですので、詳しくPart8で説明させていただきます。



▲ 駅前からTaxiに乗って約40分で、五家駅に到着しました。結構遠いです。炭鉱では動いていて、粉砕した石炭がご覧のように山積みにされていましたが、セキの姿は1両もありません。今日、五家炭鉱から石炭列車が出るとしますと、空セキを回送しなくてはなりませんので、O氏との待ち合わせ場所から確認できます。
以前に通勤列車が運行されていたことを確認できる駅舎とホームがありました。また、機回しが出来るようにもなっていました。

しかし、この日は前日と打って変わったようなような強い風が吹き上がっています。ポッパー付近では、細かい粉塵が降り注いで、マスクとサンブラスなしでは近づけませんでした。勿論、用意は万全でしたが、ホテルに帰ってシャワーをすると、黒い滴が流れました。

▲ 復路はバスです。おじさんに聞きましたら、ついて来いと案内してくださいました。駅前からは炭住がびっしりと並んでいました。結構大きな町です。


▲ 歩くこと約10分で、5路のバス停?に着きました。 乗っても中々発車しません。車掌さんに料金(3元)を支払うと、貴方は何人?どこから来たの?と聞かれます。日本人で京都から来たと答えると、「日本人!初めてです!」と、えらく驚嘆されて、是非に一緒に写真を撮らせてと、スマートフォンモドキの携帯電話を取り出して、運転手さんをカメラマンにピッタリと迫られました。可愛いお姉さんでしたので、まあ良いかと、私もにっこりポーズで撮っていただきました

バスは、後から4人の客を乗せてから、ゆっくりと出発しました。ノロノロと町中を走り、客を拾って行きます。約15分後に鉄路と交差する、装煤~五峰間の道口(踏切)に着きました。ここで下車して平庄南前の橋まで歩きますが、風が一段と凄まじくなって砂塵を巻き上げてきたので、一旦踏切番小屋に逃げ込みました。
▲ 日本では安全第一ですので、部外者が侵入するのはご法度ですが、ここでは一人で列車が来ない間は、暇を持て余していますのでフレンドリーに迎えてくれます。直ぐに自己紹介をして、列車の通過記録簿を見せてもらいました。
これを見ますと、O氏が平庄南駅の8:50に着かれてから、装煤へ向けて9:04、10:06、10:19の3本、平庄南に向けての正向き列車は、9:30、9:43と2本が通過しています。これなら、それなりの収穫はあったでしょうね。

▲ 踏切番小屋には、もう1人保線区員がおられました。平庄南から来た可愛らしいレールバスに手を上げて停車させ、何やら積み込んで装煤へと向かって行きました。このレールバスを見たのは初めてです。

風が少し収まりかけたのでお礼を言って、踏切番小屋を出て、O氏との落ち合う場所へと向かいました。 O氏の大きな体は、遠くからでもよく見えます。手を振ると、分ったらしく手を振って答えていただきました。
朝はたくさん来て良かったですねと申し上げると、「それが、丘の上まで登ったんだが、風が凄まじく、まず三脚は立てられない。カメラを構えても身体が持っていかれて、安定しない。砂塵で下方向は見えなくなってしまう。残念だが下りた。」と、言われました。

▲ 11:26、昨日、ちょっと悔しい思いをした場所には、直ぐに列車が上がってきましたが、気温がどんどんと上がってきているので、煙は全く見えずです。さっきのレールバスの方が絵になりました

▲ 12:13、すっかり我々が馴染みになった食堂で、昨日同様の麺とビール定食です。
スープも結構美味しいのです。

 

 

▼ 13:47、食後、新緑をバックに撮りましたが、やはり煙がないと寂しいですね。

この後、今回最後の挑戦と目的の撮影地に、突風で足を取られながら向かいました。
到着後、ズリ捨て拾いのおじさんのガレージで風を凌ぎながら待ちましたら、このズリ捨て線は1日3回しか来ないと言われました。どおりで、昨日は来くことがなかったのです。
今日は、3回目が昨日通りに、ここに来るかどうかです。移動は不可能ですので、賭けましたが、汽笛すら聞こえてくることはありませんでした。   Part7の2  へ続く

 

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