2012年 秋のみちのく一人旅  Part3 弘南鉄道弘南線、黒石線、鉄道写真展in青森

第3日目 10月11日

① ホテル(徒歩)→弘前 10:00(弘南鉄道)→10:29 黒石
② 黒石 10:50→11:00 津軽尾上 12:30→12:48 弘前
③ 弘前 12:56(JR)→13:48 青森

▲ 平賀駅の改札鉄柵によじ登って、ED333の入換え光景を見ていた坊や。自分にもこういった時がありました。41年経った今、この子は鉄ちゃんに育ったのでしょうか?

朝起きて、窓の方を見ましたらまだ明けている様子はありません。まだ早いかなと思いながらゆっくりとシャワーを浴びてからTVをつけると、何と7時半です。嘘だろう、まだ暗いじゃないか。どうして?と、カーテンを上げると、すっかり明るくなっています。よく見ますと、寝る前にピッタリと閉めたカーテンは、遮光ロールスクリーンになっていて日中でも部屋内を暗くすることができるようになっています。おまけに目覚まし時計をセットするのを忘れていました。今日乗車する列車は8:09発で今からの用意では、駅まで遠いので間に合いません。翌日の移動に便利な駅近くのホテルにすればよかったと嘆いても始まりません。朝から大失敗です

大湊線に行く次の列車は、10:21発。復路時間を調べると青森着は16:06となって、今日のイベント準備お手伝いには遅すぎます。これでは大湊に行くわけには行きません。
気を取り直して、リンゴを求めての弘南鉄道ロケハンに切り替え、後の移動に便利なように弘南線黒石まで行くことにしました。
ホテルで朝食を食べてから駅に向かいましたが、雨が降ってきました。上手くいかない時は、こんなものです。傘をさして駅までトボトボと歩きました。

弘南鉄道の弘前駅はJRの駅でもありますが、改札口は分かれていました。切符はどうしようかと迷いましたが、どこかで降りることも考えて1日フリー切符1,000円にしました。

ホームには、元東急の7000系が入線してきました。中間車を改造した非対称3枚窓の切妻型です。
▲ 弘南鉄道には、1971年(昭和46年)8月26日に合宿参加の際に訪れたことがあります。
当時の弘前駅に入線するED333号機。1923年に武蔵野鉄道がウエスチング・ハウスから購入したデキカ10型は、西武鉄道時代はE11型に改番。1961年に弘南鉄道にやって来て貨物輸送に従事していました。貨物輸送廃止後の現在は、冬季のラッセル推進に使用されているそうです。

黒石へ向かう途中で列車交換がありました。
先頭車はクハ16形とです。当時西武鉄道や国鉄から木造車改造の17m車を譲渡されて活躍していました。
▲ 車庫のある平賀駅に近づきますと、車両検査のため車両交換をしますので、前に着く電車に乗換えてくださいとの車内放送がありました。

▲ 平賀駅には昭和46年夏にも降り立ちました。まだ国電のお古が走っている時で、上は元阪和電鉄のエースだったモヨ100形106号車。1930年(昭和6年)川崎車両で製造されました。天王寺~和歌山を当時最速の120~130km/hで走行して45分で結びました。伝説の超特急です。

その後、東北の地の松尾電鉄を圣由して弘南鉄道へと活躍の場を変えました。弘南鉄道では、モハ2026、2両編成の後は、クハニ1271です。

この頃は、駅舎前に客待ちのはタクシーがいました。ホームにも乗客は一杯おられ、最盛期を迎えていました。

▲ ED333号機も貨物輸送に活躍し、現役バリバリでした。
▲ 車庫に入らせていただきますと、ED301が点検中でした。
1946年、日本鉄道自動車「東洋電機製造(株)の子会社である東洋工機(株)の設立当初の社名」により製造されました。

変ったところでは、ワフ511と512、まだ新造されたばかりのようでピカピカでした。

降りしきる雨の中、終点の黒石に到着しました。
41年前とは違って、貨物ホームは消え倉庫もなくなり、広い終着駅らしくなっていました。

▲ 雪の多いこの地区です。大きなラッセル車が用意されていました。

ホーム横の線路にも雪対応のために雪囲いが設置されていました。ポイント部分ではよく見かけますが、珍しいですね。

▲ 黒石からは日中ながら4両編成も走っていました。利用客も多かったのでしょうね。

 

 


▲ 41年前には、少し離れた所に立派な国鉄の黒石線の黒石駅がありました。

黒石線は、奥羽本線の川部駅から分岐した6.2キロの短い支線で、1984年国鉄から弘南鉄道に転換されましたが、赤字解消とはならず1998年に廃止されています。
訪れた時は、DC単車が1時間1本程度で運行されていました。

黒石駅で列車を待っておりましたら、大相撲の地方興行でもあったのでしょうか、ホームにはたくさんの力士が待っておられます。来たのは、定期の単行にグリーン1両を含むキハ28・58系4両が増結された5両編成でした。

多分この路線で、このような長編成が走ったのは、最初で最後ではなかったかと思います。貴重なショットが撮れました。
▲ 弘南線をロケハンしましたが、目指すリンゴ園は唯一津軽尾上駅付近です。取りあえず、現場に行ってみてからと思い途中下車して、雨の中を向かいました。

赤とんぼが乱舞する中、傘をさしながらの撮影となりましたが、望んでいたフレームにはなりませんでした。
▲ ご覧のとおりの豪雨です。新里駅前には、五能線で活躍した48640号機が展示されていました。

今日は、41年前に振り返っての旅を楽しめました。そろそろ青森に向かわねばなりません。弘前駅に戻って、JRに乗換えて、青森駅前のイベント会場に到着しました。会場では東京から夜行バスで準特急先輩も来られていて、写真パネルの取り付けをお手伝いさせていただきました。
総本家さん、ここまで準備されるのはさぞかし大変だったろうと思います。ご苦労様でした。立派な展示会場です。明日からのお客様のご来場が楽しみですね。
▲ 準備が終れば、鉄ちゃんは真っ直ぐに駅に向かいます。特急あけぼのの夜撮です。隣の番線には485系の特急電車が入っていたために全編成を入れての撮影は出来ませんでしたが、発車は流し撮りにしました。ズームを入れての斜めからの夜撮走行は、難しいですね。ただ停車している列車は、手持ち1/6秒でもブレません。インドネシアで修行した成果はありました。デジカメですので何枚写してもフイルム代は不要です。夜撮の名人となれるように頑張ります。

ホテルは準特急先輩と同じにしました。明日朝は、出勤前に朝撮です。準特急先輩に連れて行ってもらうことにしました。  Part4  へ続く

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