加越能鉄道デ7000形に寄せて

利用促進看板
のりばの看板は「いい加減な電車」/(15-10-15)

3月10日【45074】関 三平氏の「加越能鉄道デ7050形/なんじゃこりゃの窓配置」(https://drfc-ob.com/wp/archives/45074)、に対して、
西村雅幸氏より翌日3月11日【45082】「いいかげんな電車の現役時代」(https://drfc-ob.com/wp/archives/45082)、
1週間後の18日どですかでん氏より【45381】「いい加減な電車の写真があったちゃ。よかったら越ノ潟へ行ってこられ」(https://drfc-ob.com/wp/archives/45381)、
翌々日の20日乙訓の長老より【45465】「いい加減な電車の原型」(https://drfc-ob.com/wp/archives/45465)、
3日後の23日INUBUSE氏より【45586】「いい加減な電車の原型の今」(https://drfc-ob.com/wp/archives/45586)、と発表が続き、それぞれコメントが寄せられ、一昨年7月13日【21925】「富山地方鉄道クハ91と一昔前の万葉線」(https://drfc-ob.com/wp/archives/21925)、でも触れておりこの電車の注目度の高さが伺える。

以上の投稿と重複部分もあるが、モデルになった富山地方鉄道デ7000形を含めて少々補足したい。

富山地方鉄道デ7000形   7001~7023
原型となった富山地方鉄道デ7000形は、都電8000形をモデルに昭和32年から40年にかけて22両(7001~7023/7004は欠番)新製され、35年以降に新製された7012~7023の11両は冷房改造され、7014以外の10両は現在も健在である。
都電8000形は急カーブでの接触防止のため車体の前後が絞られていたが、デ7000形はそれがないため大きく見える。

デ7001~7006(デ7004欠)が32年、デ7007~7011が33年、デ7012~7015が35年、デ7016、7017が36年、デ7018~7023が40年に作られた。メーカーは全車両日本車輌、制御方式は間接非自動制御、駆動方式は吊り掛け式、主電動機出力は50kw×2である。
台車はデ7001~7011が軸梁式N-102、デ7012以降が通常の軸バネ式(7012~7015/N-103、7015・7016/N-105、7017~7023/N-110)である。

デ7001~7006は59年4月1日、西町~不二越駅前間の廃止に伴い廃車、デ7007~7011は平成5年デ8000形と代替で廃車になった。
デ7012以降は59年から平成元年にかけて冷房化が行われ、引き続き使用されているが、デ7014平成23年新型超低床車T100形と代替で廃車された。

デ7005/ (45-10-10) 富山駅前
昭和32年製の第1次車。乗心地が悪く騒音が大きかったため、59年山室線廃止時に廃車された。
7005 45-10-10

デ7007/ (45-10-10) 富山駅前
33年製の第2次車。1次車と同じ理由で平成5年に廃車
7007 54-5-2

デ7012/ (52-9-23) 南富山駅前
35年製の第3次車。昔の阪和線快速の70系と塗装が似ている。冷房改造され現在も稼働している。
7012

デ7013/ (54-5-3) 富山駅前
35年製の第3次車。
7013 54-5-3

デ7021/ (45-10-10) 富山駅前
40年製の第5次車。
4系統は環状線で、富山駅前~県庁前~丸ノ内~西町~中教院前~東電地方~地鉄ビル前~富山駅前と循環していたが、47年9月21日中教院前~地鉄ビル前間、48年3月31日丸ノ内~西町間が廃止となり環状運転は消滅した。

平成21年12月23日富山副都心線として丸ノ内~西町間が復活して再度環状運転が行われるようになったことはご承知の通りである。
7021 45-10-10

加越能鉄道デ7000形 7051~7053
関 三平氏はデ7050形 と記されているが、正しくはデ7000形 である。
車号が7051~7053のためデ7050形と称される場合があるが誤りで、富山地方鉄道と区分するため7051から付番された。

昭和36年日本車輌、制御方式は間接非自動制御、駆動方式は吊り掛け式、主電動機出力は50kw×2、台車はN-105で、扉の位置以外は富山地方鉄道デ7016・7017と同一仕様である。

このような窓配置になった理由は、一般的には富山地方鉄道デ7000形をベースに、在来車に合わせて両端扉にしたためとされているが、下記のような説もある。
昭和36年富山地方鉄道デ7000形は7016・7017の2両新製されているが、メーカーは5両の発注を見込んで新製した。キャンセルになった3両を急遽両端扉に改造して加越能鉄道に売り込んだというものである。

新製当時運行が軌道線しか認可されなかったため、中伏木以遠が地方鉄道法である新湊線に入線できず、伏木線(米島口~伏木港/昭和46年9月1日廃止)に直通する新高岡~伏木港間で使用された。新車が入線しない新湊方面の乗客のやっかみから、富山注文流れ説が出たのではないかと思われる。

超低床車MLRV1000形の代替で廃車されたが、デ7052は「いすみポッポの丘」(いすみ鉄道上総中川駅より徒歩25分)で売店として活用されている。

デ7051/(42-3-21) 新高岡
7051 42-3-21

デ7053/(上:42-3-21)米島口  (下:15-10-15)高岡駅前
7053 46-2-10
7053 15-10-15

デ7052/ (23-8-30)  いすみポッポの丘
車内でタマゴが販売されている。外観、車内とも殆ど手が加えられていない。
7052 23-8-30
7052-2

 デ7060形 7061~7062
昭和40年日本車輌製で、扉の位置以外は同じ年に作られた富山地方鉄道デ7018~7023と同一である。新湊から富山地鉄射水線に乗入れ新富山までの直通運転を目論み7060形同志の連結運転が可能であった。
実際には富山乗入れには使用されず、営業運転での連結運用もなかったので、後日連結器は撤去された。

問題は変則窓配置で、7051~7053の場合種々の状況から止むを得なかったかも知れないが、その後4年経過しており設計変更も可能であったことを考慮すると「いいかげん」と言わざるを得ない。
2両とも超低床車MLRV1000形の代替で廃車された。

デ7061/ (15-10-15) 高岡駅前
7061 15-10-15

デ7070形 7071~7075
昭和42年日本車輌製で、まともな窓配置になった。7052は廃車になったが、他の4両は現役で、7071と7073は冷房改造された。
台車がN-110Bに変更された以外は、デ7000形、7060形と同じである。

デ7074/(上:45-10-10   下:15-10-15) 高岡駅前
7074 45-10-10
7074

デ7075/ (46-2-10) 米島口
7075 46-2-10

加越能バス
加越能鉄道は平成14年10月10日高岡軌道線を万葉線に移管したことにより鉄道はなりバス専業になった。
平成24年10月1日社名を加越能バスに変更した。

加越能は「加賀」「越中」「能登」を指すが、現在石川県の「能登」までの直通運行はなく、県境に近い「脇」で北鉄能登バスに乗り継ぎが可能である。能登半島を走行しているので社名に偽りはない。
高岡から合掌作りで有名な白川郷の荻町間、オール一般道を約2時間半で結ぶ路線の終点は岐阜県である。
変わったところでは砺波と金沢駅を一般道で約1時間半で結ぶ路線がある。
高速バスは、高岡~池袋・新宿間を西武バスと共同運行で昼行便と夜行便各1往復、高岡~名古屋間を単独運行で昼行便5往復、高岡~金沢間を北鉄バスと共同運行で6往復運行している。

富22か1178/ (15-10-15)
58年式K-RJ172BA
富22か1178

富山22い・269/ (15-10-15)
61年式P-218M イオン塗装車
富山22こ269

富山22い・325/ (15-10-15)
61年式P-HT223BA
富山22こ325

富山22あ・・・1/ (15-10-15)
12年式KK-HR1JKEE
富山200あ1

富山22い・・・5/ (15-10-15)
12年式KK-MJ23HE
富山200い5

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