2009年 北の大地へ Part2 SLニセコ号

第3日目 10月24日

余市6:40(1928D)→7:50倶知安8:02(2929D)→9:16小樽9:45(1934D)→10:08余市

着いた時は、それほど寒さを感じませんでしたが、夜間、何度も寒さで起きました。かつて、オートキャンプを始めた時に、通販で買った薄いテントが、寒さを防げず、震えながら、寝れぬ夜を過ごした事を、思い浮かべました。
昨夜からの雨はあがったようですが、車内温度は、3度です。3シーズン用の寝袋で十分だろうと、寒冷地用は用意してありません。しかし、ホカロンだけでは、追い付きません。北海道の寒さをなめていました。でも、自宅では、昼間、まだ半袖のTシャツでも十分でした。これほど、温度差があるとは、意外でした。

薄明るくなった道の駅『スペーシア・アップよいち』の駐車場を見ると、あちこちに本格的なキャンピングカーや、乗用車が泊まっています。乗用車は、寒さのせいか、1台1台と、出発して行きますので、私も洗面後に車を動かし、JR余市駅に向かい、カセットコンロでお湯を沸かして、コーヒーを入れて、暖まりました。

今日の予定は、『SLニセコ号』の撮影ですが、約40年前にC62重連を撮影した場所等は、覚えていません。まずは、小樽~倶知安間を、列車に乗っての、撮影ロケハンです。朝日が差し込んだ余市駅に、6:40始発のキハ40-822+キハ40-821の2連が、入線してきました。雨が、あがった車窓には、地面からの朝霧が薄く漂い、幻想的な光景が広がっています。青空が見えだしました。今日は、絶好の撮影日和と、なりそうな期待が持てます。

一路、倶知安駅を目指しました。然別駅で、小樽から731系電車と総括制御運転されるキハ201系3両編成(963D)と交換しました。
▲ 銀山駅でも同じキハ201系3両編成(3925D快速ニセコライナー)を、交換待ちしました。
定刻の7:50倶知安到着。かつて、広かった構内は、転車台が記念として残されるのみでした。
倶知安からは、長万部から来た、キハ150系2連の2929Dに乗り換えて、小樽まで逆行しました。復路の然別駅で交換したのは、キハ150-10+キハ40-823の2932D列車
▲ 山間部は、綺麗に色づいた木々が、線路を囲んでいますが、これはと思う場所は、線路沿いをかなり歩かないと行けません。約40年前は、それでも歩いて行きましたが、今は、そんな体力を持ち合わせていません。道路と交差する場所は、極めて少なく、既に鉄ちゃん達が、三脚をセットして、準備をしていました。




▲ 9:16 小樽着後、札幌から来る『SLニセコ号』を待ちました。定刻から4分遅れの9:20に、DE10型を先頭に『SLニセコ号』が、到着しました。入線ホームに移動して、写真を撮りますが、大混雑です。C11-171の運転台は、子供たちに開放されています。先頭部に乗って記念写真を撮る人達もたくさんいます。
一旦、改札を出て朝飯の駅弁を買ってから、9:45発のDCで、車を置いてある余市駅に戻りました。

最初の走行撮影地は、急勾配の始まる然別→銀山間の、218キロポスト付近、国道5号線と交差する上山道跨線橋です。30分前には、到着しました。既に30名以上の鉄ちゃんで、一杯ですが、何とか撮影場所は確保できました。和気あいあいと、通過を待ちました。地元鉄ちゃんに、これからのお勧め撮影地を聞きますと、これからみんなは、車で追っかけをする。道は一本道。集団で移動するので、ついて行けば分かるとの、明解な返事がもらえました。通過時間が近づくと、一気に駐車する車が激増して、大渋滞が起こりました。


▲ 11:03、汽笛が聞こえ、色付いた林から、白い煙が見えました。朝霧も消えて、温度も上がってきました。晴れわたった中を一直線にゆっくりと、勾配を駆け上がる『SLニセコ号』、周りからは、カシャカシャとのシャッター音が、何10回も聞こえてきます。ドレーンも吹き上げて、サービスも満点でした。
▲ 撮影後、言われたとおりに、追っかけ集団について行きます。2番目は、11:27小沢駅発車シーンです。

▲ 3番目は、小沢→倶知安。倶知安峠の20‰急勾配、紅葉の中の、急カーブを時速10km/hで、しんどそうに登ってきました。ここで気が付きましたが、鉄子ちゃんの多い事、多い事、それも立派なデジタル一眼レフカメラを持っての撮影です。約40年前には、考えられなかった事です。

4番目は、倶知安駅発車を撮りたかったのですが、国道5号線は、4車線となって、交通量が激増し、撮影集団を見失ってしまいました。倶知安以東は、朝のロケハンをしていませんでしたので、撮影地点が分かりません。仕方なく、ニセコ駅に向かいました。

ニセコ駅に着いて、進行方向を見ますと、大きなアーチ型がそびえています。平成9年11月に竣工した380mのニセコ大橋です。既に、鉄ちゃん、鉄子ちゃんが、大勢群がっています。急いで、車を反転し、駆け上がりました。
▲ 見渡すと、少し頂上部分に雲がありましたが、冠雪の羊蹄山がくっきりと見えて、まさに絶景が広がっています。我々の時代には、目にする事が出来なかった光景です。直ぐに、『SLニセコ号』が、到着しました。間に合って良かったです。

羊蹄山バックの撮影が終わった後、これからの追っかけ撮影地を聞きますと、時間的に難しいと言われましたので、午前中の撮影は、終わりにしました。
今日の宿泊は、勤務時代にお世話になった札幌住いの先輩宅です。あまり遅くにはならないように言われていましたので、札幌までの帰路時間を、ナビを使って調べますと、3時間と言っています。復路の『SLニセコ号』を撮影するには、ちょっと難しそうです。

懐かしの倶知安駅を見に行き、駅前のスーパーで、昼食弁当を買い求めた後、今年3月に逝くなられた、ご尊敬する鉄道カメラマン、真島満秀氏の写真集『日本の鉄道絶景』を見ますと、倶知安→小沢間に、残雪の羊蹄山をバックに走るDCの綺麗な写真が、載っていました。
ここから、近くです。今日の天気なら、『SLニセコ号』は、無理でもDCだけでも撮っておきたいと、撮影地ガイドの地図を見ながら、向かいました。少し、迷走しましたが、未舗装の脇道を走ると、20台以上もの追っかけ集団の車が見えました。
『北四線踏切』が、絶好の撮影地です。2時間前ですが、既に三脚を立てて、場所取りが始まっています。撮影に邪魔な雑草を刈り取ってくれているファンもいます。

踏切近くに車を止めて、先ほど買った弁当を食べながら、時間を過ごしました。
皆さん、結構気さくに話をしています。輪の中に入り、札幌までの所要時間を聞きますと、新しい道路も出来ているので、2時間もあれば十分と言われ、予定を延長して、『SLニセコ号』を撮る事にしました。

『ぶんしゅう7号』の京都ナンバーを見て、話しかけられた人は、自分は少し前まで、長距離トラックの運転手だったが、転職した今の会社の友人から、撮影のために運転手を依頼されて、追っかけを手伝っている。北海道の道は、熟知しているが、『北四線踏切』と、言われても、分からず、ここに来るのは苦労したと、言われました。友人の方は、何と京都の西京極から、飛行機に乗って撮影に来られたという、熱心なファンでした。

札幌までの最短ルートは、道路地図帳を拡げて、詳細に聞きました。5号線から途中で、広域農道を通り、ショートカットするルートで、地元人でなければ分かりません。信号も殆どなく、聞いて正解でした。

『SLニセコ号』通過時刻近くになると、車は激増しました。1車線の林道です。瞬く間に、車の離合は、不可能となり、遠くに止めても、ファンは、やって来ます。

『ぶんしゅう7号』の出番です。屋根を上げて、屋根上テントからの撮影準備をしました。定刻の倶知安駅発車15:28に、汽笛が鳴り響き、踏切の警告音が鳴りだします。付近は、山影が出来てきましたが、斜光を受けて『SLニセコ号』は、来ました。

撮影後は、教えていただいたルートをたどり、無事18時前には、先輩宅に着きました。久しぶりの再開に、夜遅くまで、話が弾みました。そして、寒さに震えての寝られぬ夜は、回避できました。ありがとうございました。 Part3 へ続く

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