【53312】準特急さん、教えて下さい!

準特急さんは各地にある保存機関車を研究されていますのでお伺いします。
今から十数年前、まだ可部線が三段峡まで通じていた頃、親戚一行で墓参りをかねて観光に行きました。その時、駅前にC11が保存されていました。時間があったので一枚撮っておいた写真がこれです。
その後、可部線は寸断されて廃止されてしまいました。このC11はどうなってしまったでしょうか?もしご存じなればお教え下さい。
温井・三段峡10

準特急さん、教えて下さい!” への4件のコメント

  1. 米手作市様
    9日夜の大宴会ではお世話になりました。盛り上がった会を思い出しながら名古屋に1泊して今戻ったところであります。私は保存蒸機のうちその現役時代に撮影したことがあるものについて新旧対比をデジ青でやっております。勿論友人の協力も得ておりますが、新旧対比はお若い屋敷さんにもできないのではないかと思いやり始めた次第です。さてC11189ですが、いろいろ調べてみますと米手さんのおっしゃる通り1975年の廃車後可部線の三段峡駅前に保存されていました。可部線の廃止とともに2003年に山陽本線の天神川駅北側のキリンビール工場跡地にできたイオンモール広島府中に移されたようです。天神川という駅が山陽本線にあったとは知りませんでしたが、広島とその次の向洋の間にできた駅です。この機関車はそのほとんどを九州で活躍したのですが、残念ながら現役時代の姿をとらえることができませんでした。広島といえば三原の西村雅幸さんが現地に立ち寄ることがあればその時に確認していただきたいと思います。

  2. 元会長、副会長殿 先日は大変お世話になりました。C11189ですが準特急さまのコメントどおり現在はイオンモール広島府中に
    ある筈です。実は私はまだ見に行っていないので一度訪ねようと思います。ところでイオンモールがある地は広島県安芸郡府中町で広島市ではないのです。府中町はその名が示すとおりかつて安芸の国の国府があったところです。面積は10㎢、人口5万人とほぼ千代田区と同じ規模の小さな町ですが、マツダの本社があるためか広島市府中区とならずに町制のままです。町内の駅はマツダ本社前の向洋駅だけです。マツダと並んでキリンビール広島工場が大きな位置を占めていましたが、今では外国人観光客にも人気のショッピングモールとなっています。天神川駅の下りホーム前はJR貨物のEL庫があってセノハチのEFたちが休んでいるのをホームから撮影できます。

  3. 準特急様、西村様、
    まずは総会でのご協力に感謝を申し上げます。
    今後とも、新会長へのご協力をお願い申し上げておきます。
    さて、天神川などという駅が山陽線にあったとは知りませんでした。
    てっきり嵐電の終点だと思い込むところでした。
    しかし、C11189は、可部線とは何の関係もないとのこと、珍しいカマでもないのにわざわざ移動してまで保存するとは何かあるのでしょうかね?
    また、現状が分かれば教えて下さい。

  4. 西村雅幸様
    勝手にご指名をさせていただき恐縮しておりましたが早速のコメント有難うございます。天神川駅近くに行かれ同機を撮影された暁には是非発表をよろしくお願い致します。

    米手作市様
    正確な表現は忘れましたが「蒸気機関車は最も生き物に近い機械」とかこのような表現で言われていたと思います。現役時代に撮ったことがある保存機関車に出会うと「よぉー久しぶりやな」と声をかけたくなります。機関車にしてみれば長年走ってきた路線に近い場所に保存されるなら幸せではないかと思います。ところが全く縁もゆかりもない土地に保存されている例も結構あります。人気のC57で言えば、北海道育ちの57号は東京世田谷区に、九州育ちの66号も東京大田区に、関東育ちの160号は奈良県王寺に保存されております。どういう経緯でそうなったかはよくわかりません。C11は珍しいカマでもないのにとご指摘ですが、保存が始まった時期は蒸機の終末期である昭和50年前後であり、その頃に残っていたD51、C57、C58、C11、C12、8620、9600あたりが保存対象機になったと思われます。従いましてその頃に消えてしまった革命児と言われたC51やD50、ハンサムボーイC59等は製造両数の割には保存機は少なかったようです。また、保存するには小型のタンク機関車の方が場所をとらないので都合がいいということもあったかもしれません。何れにしまして広島なら山陽路で活躍したC62、C59、D52あたりの大型機をもっと保存してもよかったと思いますが、「時既に遅し」ということもあったでしょう。

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