桜前線追っかけ2010年 Part6 宮原線

もう桜前線は、北海道の末端へ行ってしまいました。旬が過ぎてしまったが、その間いろいろと書き込みをしてしまったので、ご無沙汰になりますが、来年挑まれる方のためにも記録を残しておきたいと思います。

第5日目 2010年3月31日

長陽駅15:15→17:10国鉄宮原線・肥後小国駅跡→17:29北里駅跡→17:57麻生釣→道の駅ゆふいん(泊)

長陽駅訪問後は、外輪山を越えて肥後小国へと向かいました。到着後、さて肥後小国駅は、どこにあっただろうと思い『道の駅小国』に立ち寄ると、駅名版、線路が残されています。地元のおばさんに聞くと、間違いなさそうで、駅跡を利用して道の駅ができたらしい。
▲ ここから、DRFCの1967年夏の合宿地、宮原線麻生釣へと、廃線跡を辿ってみました。郊外へと出ると、約42年を過ぎた今も、築堤跡やアーチ橋がそのまま残っていました。

▲ 北里からのトンネルを抜けると、路線跡が延びていましたが、雑草が茂っていてテントを張った駅前広場が確定できません。近くの農家に立ち寄って、聞いてみましたが、思い出は雑草の中に消えていました。

もう少し宮原線廃線跡を辿りたかったのですが、夕闇が近づいていました。この日は、宿営地を明日の湯布院付近撮影に備えて、『道の駅:ゆふいん』とし、途中で温泉に入り、疲れを取りました。



1967年夏の合宿は、8月25日麻生釣駅、そして8月27大畑駅と2回場所を変えて、行われました。出発は、京都19:30発の急行第2玄海で、翌日に鳥栖8:55着。D60-65牽引の631レに乗換えて、豊後森機関区見学後、宮原線を走行する機械式DCだったキハ07型に乗車して麻生釣に到着しました。

翌日は、旅行班と写真班に分かれての行動で、私は、終点の肥後小国まで乗車して、ここからはバスで阿蘇外輪山を越えて、熊本から三角線乗車へと参りました。バスで天草五島を見学後、一旦博多に戻り、夜行列車で鹿児島に行き、吉松圣由の肥薩線で大畑に向かいました。 Part7 へ続く

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