【85131】凍える大地への旅 2016年 Part16 札幌→旭川 青春18きっぷの旅 その1

今回の旅の締めくくりは稚内行きです。初めて訪問したのは18歳の夏で約50年も前のことでした。サハリンへと渡る航路の乗換えのために日本では見られないドームがある乗換駅が設置されていました。また訪問したいと思っていましたが行けずじまいとなって昨今はJR北海道から「JR単独では維持困難な線区」と、宗谷本線(名寄~稚内)がノミネートされてしまいました。
このまま無視していたら知らぬ間に廃線になってしまうかもしれない。折角札幌まで来ているこの機会に乗りに行くべきと思いました。ついでに宗谷本線に走るラッセルカーも撮ってみたいと欲張りも出ましたので、これに合わせることにしました。
ただ、ラッセルカーは毎日走行しているようなのですが、今冬の運行ダイヤがネットからは調べても分かりません。昨年のダイヤは分ったので多少は変更があっても同じぐらいだろうと挑戦することにしました。
乗車は勿論鈍行列車、今日は途中の名寄までの乗車です。運賃は4,320円になりますのでお得な青春18きっぷ(1日単価2,370円)を利用です。
▲ 10:01 札幌駅10番線で発車を待つ721系電車の155M。ラッシュもすぎたのでガラガラの車内でした。

第10日目 12月18日 その3
① 札幌 10:07(155M)⇒10:48 岩見沢 11:08(2325M)⇒12:38 
旭川

まずは岩見沢まで721系普通電車で向かいます。最高速度はたまに120km/hで走行しますが、表定速度は59.4km/hです。駅間距離3.38㌔と短いためです。
岩見沢で20分の乗り継ぎ接続待ちです。

▲ 10:48 岩見沢1番線に到着、3番線への乗り換えです。

▲ 10:53 跨線橋から見ますと丁度折り返しなのか721系3連が入線してきました。

▲ 2・3番ホームには、ばんえい競走に使用される「ばんば」のモニュメントが設置されていました。力強さが表現されています。
ばんえい競走は岩見沢、旭川、北見、帯広と公営競技として実施されてきますが、2006年には帯広を残して廃止されました。テレビでは見たこともありますが、モニュメントとしても見るのは初めてです。
▲ 昭和47年当時の岩見沢です。石炭列車も走り、ホームにも活気が感じられました。この駅のホーム売店には珍しく夏でも”おでん”があって、これが美味しくてよく食べたのを覚えています。

▲ 岩見沢の発車時刻表です。朝の札幌方面行普通電車は7時台に5本もありますが、ラッシュはこの時間帯だけで後は1時間に2本のローカル運用です。特急列車が普通と同数になっています。
1番右の列は苫小牧へと向かう室蘭本線の時刻表です。昭和44年当時は9本(内1本は夕張行き)の鈍行が発車していましたので今は2本減の7本です。夕張行きを除いては全列車ともSL牽引でした。

▲ 初めて北海道に行った頃の昭和44年度夏の道内時刻表、函館本線小樽⇒旭川の7時~11時台の時刻表です。当時はDC特急・DC急行・DC快速・普通電車・DC普通・EL普通客車・SL普通客車等々、様々な列車が走り、分割や併合運用も多くありました。時刻表を見ているだけでも旅ができて、楽しかった時代でしたね。

▲ 父親が国鉄勤務だったので古い旅客事務用の鐡道地図は幼き頃から絵本の1つでした。最盛期の頃(昭和37年1月)の日本国有鉄道業務用の鉄道線路図です。

▲ 上は現在の路線図と、今回の乗車経路です。今日はラッセルカーを撮る都合で名寄までの乗車です。

▲ 11:02 乗込んだ2325Mの車内ですが、先ほどの列車と同じくらいの乗車率です。ゆったりとしたシートに包まれて鈍行旅です。

▲ 11:47 滝川着、この列車の後のを特急スーパーカムイが追いかけています。追い抜かれのために9分間停車をしますので駅舎と駅前を視察です。
駅舎内部はリニューアルを受けたようですが、建物は以前のままです。優等列車を含めてすべて停車する主要駅ですが、華やかさはありません。

▲ 12:38 岩見沢から1時間30分の乗車で旭川に到着です。半世紀前に来ていた時は地上駅でしたが、高架駅になり、2011年(平成23年)11月23日、4代目駅舎が全面開業しています。

▲ 旭川駅は大きく変貌していました。半世紀前は途上駅で待合室の座る椅子はテーブルよりもっと大きい平面になっていましたので寝袋に入って寝るにはとても良く、いつもステホさせていただく駅でした。カニ族にとっては人気の駅でしたので満席もあり、仕方なくタイル床に寝ることもありました。一度朝、目覚めて目を開けると直ぐ上にはセーラー服を着た二本足が見えたことがあって焦りました。その方が立ち去られるまで起きられなかったことが旭川駅の思い出の1つです。

▲ 旭川駅の駅弁です。美味しそうなのが並んでいますが、ちょっと予算オーバーです。迷った挙句はコンビニ弁当を選びました。すぐ隣の駅ナカ食堂にはそばやラーメンがありました。

▲ 13:51 優等列車が並ぶ中、1両ポツンと待っているキハ54-504が私が乗車する普通の音威子府行きです。ここからは未電化区間です。DCに乗って北上します。 Part17へ続く

凍える大地への旅 2016年 Part16 札幌→旭川 青春18きっぷの旅 その1” への2件のコメント

  1. 広大なヤードがあった岩見沢の構内は、まだ少し昔の雰囲気が残っていますね。
    ただ、ステンレスの車体ばかりでは地方色も旅情もつや消しです。

    • 米手作市様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。
      かつての北海道の鉄道は石炭輸送が多く、岩見沢の他近くでは追分や深川等でヤードを見かけました。あの広大だったヤードはどこへ行ってしまったのでしょうね。石炭から石油・LPGへとエネルギーが替わって行って鉄道輸送の役目も変わってしまったのでしょうね。
      車両たちもステンレス全盛時代になってきてますね。不思議とトラムにステンレス車体が見受けられないのが救いです。

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