カラーで振り返る 昭和の気動車 -5-によせて

はじめまして。88年度生の「こぱんだの保護者」こと山本 晃司です。

昨年の総会で「子連れ鉄日記台湾編」を僭越ながら発表いたしました。
ORFC-OB デジタル青信号 に投稿を…といわれていたのですが、サボっておりました。
8月26日の記事で「カラーで振り返る 昭和の気動車 -5-」キハ58系「きのくに」の写真がありました。1972年とあまり変わらないということに逆に驚きました。
2017年8月31日のほぼ同一地点の写真をお粗末ながらご紹介いたします。

岩代-南部間のお立ち台ですが、走ってくる役者も287系がメインとなりました。

8月5日から運転開始した「パンダくろしお」です。
何とも言えない表情をしています。

 

今度は289系の「くろしお」。元を正せば「しらさぎ」の683系を直流化したもの。
「くろしお」が電車化されたときには新車が入ったのですが、その381系を置き換えるときには中古で対応するということは、この列車の位置づけが何となくわかってしまいます。

上の写真は 35mm換算で80mm相当ですが、今度は広角側で(38mm相当)。
太平洋と電車の対比ならこちらの方がよかったかもしれません。

時代は変われど、雄大な風景は変わらないと感じています。
あれほど走っていたキハ58系も今は消滅。日頃の記録の重要性を感じています。

おまけ。

 

ついでに、紀伊日置~周参見の日置川鉄橋でも撮影。
誰も目を向けない105系に1枚。
体質改善工事を受けていますので、すぐにはなくならないでしょうが、こういうものこそ記録の重要性を感じています。

しかし、普通列車も2時間~3時間に1回しかなく、「撮ったら乗れない」「乗ったら撮れない」のがつらいところです。
このあと、次の列車まで3時間。「くろしお」の方が多いくらいで、地域の流動が減っているという証拠なのかもしれません。その「くろしお」も減っているように感じました。

長くなりましたが、今後ともよろしくお願いいたします…。

カラーで振り返る 昭和の気動車 -5-によせて」への3件のフィードバック

  1. こぱんだの保護者様、
    105系の「・・こういうものこそ記録の重要性を感じています。」とのコメント、全くその通りです。いつでも撮れる、地味すぎる、などで撮っていないとあとで探したら一枚も無かった!と言うことになります。鉄道写真は時代の記憶も記録します。諸先輩の写真を見ても、撮る時は車両しか目に入っていなかったでしょうが今見たら乗客の服装や町並み、空気の加減まで時代が違います。
    いい写真を撮られていると思いますよ。デジタルの良さを使ってバチバチ撮って置いて下さい。期待しています。

  2. こぱんだの保護者様
    昨年のホームカミングデーでの講演ありがとうございました。私も台湾には何度か行っているので、講演会、懇談会でお聞きした台湾のお話し参考にさせて頂きました。合わせて、国内でもまめに撮られているのですね。廃車になる、廃線になるという話が出るとどっと押し掛ける風潮、それよりも日常を記録しておくのが大事で、私も遅ればせながらまず近場の写真を日常的に撮るように心掛け始めました。実は紀勢線はまだ撮りに行ったことがないので、この記事拝見して行ってみたいと思っています。

  3. コメントありがとうございます。筆無精でお返事が遅くなりました。

    >米手作市様
    「日頃の記録も必要」と、えらそうなことを書いていますが、実のところ、地元の京阪やJRもそうともいえないわけで、お恥ずかしい限りです。

    >事務局様
    独身の時代はあちこち出かけていましたが、やはり、結婚、娘ができたとなると、出かける回数は減ってしまいます。撮り鉄よりも乗り鉄のウエイトが高くなっています。
    9月に入ると2学期ですので、青春18きっぷの消化試合もかねて出かけた次第です。

    次は、京阪のプレミアムカーでしょうか。ただ、あれは中間車なので…撮り方を考えないといけません。そういえば、5扉車の5000系もホームドア設置で「余命宣告」がくだされてしまいました。こちらも記録しておきたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください