知多鉄道910形のちの返り咲きの姿

関先生の[90983]17.12.08付け知多鉄道デハ910形についてその表題を「知多鉄道デハ910形の成れの果て」としようと思った。先生のご説明の通りTC化されたり、木造車の機器を流用して再びMC化されたりして様々な変遷があったようであるが、最後はパノラマカー色、ミュージックホーンの特急車として使用されたので「成れの果て」よりも「返り咲き」にしてみた。

1972.9.11 名鉄瀬戸線尾張旭-三郷 2301+901← ▼

 

上と同一日、同一区間 特急905+2322 ▼

知多鉄道910形のちの返り咲きの姿」への4件のフィードバック

  1. 準特急様
    貴重な記録を拝見しました。私は撮り逃がした鉄道・車両は数知れないのですが、瀬戸線の特急車も、そのひとつだけに、羨望の気持ちで見ていました。さすが、愛知県は釜戸で生を受けられた、準特急さんらしい、きめの細かい記録と思いました。瀬戸線は、過日の「ブラタモリ」でも紹介されていましたが、つくづく、車両、沿線とも興味深いところと感じました。

  2. 総本家青信号特派員様
    コメントがしばらくできない状態であったようですがどのように解決されたのでしょうか。総本家さんが登場しないデジ青は大谷が抜けた日ハムのようなものです。ところで毎回同じことを言っていますが、1972年(昭和47年頃)は蒸機ブームであっちに行きたいこっちに行きたいと思いながらDRFC伝統の私鉄論戦に巻き込まれたその余波で大手私鉄撮影にも忙しかった思い出があります。釜戸は東濃地方で岐阜県です。中央線で春日井を過ぎて多治見あたりから岐阜県です。中津川までは名古屋の通勤圏ですが、釜戸付近は大きな開発もなく鉄道撮影地にもなっております。駅の北はハイキングコースで中山道の宿場があります。

    • 大谷の抜けた日本ハムなんてとんでもありません。私でしたら、大和の抜けた阪神タイガースでしょうか。コメントができなかったのは、管理者からヒントをもらい、別のブラウザからコメントを入れると、難なく載せることができました。これで、皆さんにコメントを入れられるようになりました。準特急さまの出生地を愛知県と間違えてしまい、たいへん失礼しました。釜戸は岐阜県でした。今年の夏も、18切符で中央西線を旅した時、青空のもとに稲穂の波が続く、爽やかな車窓風景に見入っていました。

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