広島短信

中国地方は早々に梅雨明けして、暑い毎日が続いています。今朝の中国新聞にこんな記事がありました。

令和5年7月23日 中国新聞朝刊

電停の名前は「十日市」ですが、交差点の名前(道路標識)は「十日市」です。

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道南を巡る旅(後編)

5.江差線跡

秘湯「銀婚湯」は今までに各地で泊まった秘湯旅館の中でも、屈指の名湯でした。たまたま泊り客も少なく、いくつもあるかけ流しの温泉は独り占め状態だったのは良いのですが、温度が高すぎて大きな浴槽に入るためには相当水を足さねばならず、結局湯船に入るのを諦めました。あとで旅館の人に聞くと、日によって泉温が異なるらしく、ジャンジャン水を入れてもらって良かったのにと言われました。家内も同じ経験をしたそうで、浸かれない温泉は初めてだねと、思い出に残る温泉でした。(混浴の露天風呂は適温でした)

そんな銀婚湯をあとに、日本海側の江差に向かいます。北前船とニシン漁で賑わった江差は歴史的建造物や榎本武揚艦長の開陽丸など見どころの多い町です。この地方は明治以降は檜山爾志郡に属し、その郡役所の建物が江差町郷土資料館として立派に保存され、道の有形文化財にもなっています。その1室が旧国鉄江差線関連の展示室になっていました。

令和5年6月10日 江差町郷土資料館にて

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道南を巡る旅(前編)

書棚に並ぶ本がどうしても増え続けるため、定期的に必要度の低くそうな本から処分しているのですが、その中で捨てられずに書棚の一角を占めているシリーズに朝日文芸文庫の司馬遼太郎「街道をゆく」40巻があります。敬愛する司馬遼太郎氏による旅行記ですが、これを読んで現地に行ってみたいと旅先に選んだことが少なくありません。今回はその第15巻「北海道の諸道」に触発され、函館、江差、松前の旅を計画し、6月8日から13日まで道南を巡ってきました。司馬遼太郎氏の旅は40数年も前のことですが、年月を経ても、その土地ならではの風土や文化を追体験できればというのが旅の目的です。その中に「鉄」の要素も加えると、いつも結構忙しいプランになります。ここでは、その5日間の中での「鉄」部分だけをご紹介致します。

今回の旅のコースは次のようなルートです。1日目 広島空港→仙台空港、仙台から「はやぶさ」で木古内へ、木古内から道南いさりび鉄道で函館入りし、函館泊。2日目、レンタカーで亀田半島を1周して森から落部へ、落部から山越えして銀婚湯で1泊。3日目、銀婚湯から江差、松前へ。松前で1泊。4日目、松前城下散策後知内温泉で1泊。5日目、函館に移動してレンタカーを返して、函館市内観光後、函館で1泊。6日目、函館市内観光後函館空港→羽田→広島 というルートで、渡島半島の南半分を1周してきました。学生時代を含め、何度か道内を旅していますが、函館は通過点であったことが多く、また江差、松前線などの行き止まり支線は訪ねることなく廃線になっていましたので廃線跡だけでも訪ねようと思っていました。

1.道南いさりび鉄道

仙台から乗車した「はやぶさ23号」は盛岡で秋田行き「こまち」を分割後、快調に青函トンネルを抜けて、北の大地に着きました。そのまま終点新函館北斗まで行くのが早くて便利なのですが、それでは旅の趣旨に反しますので、木古内で下車し、旧江差線の残存区間である道南いさりび鉄道に乗り換えました。はやぶさを降りて乗り換えた物好きな乗客は我々夫婦2人だけでした。キハ401796が発車を待っていました。

令和5年6月8日 木古内駅で発車を待つ133D 函館行きキハ401796

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クローバー会北九州ツアー余禄

あれからもう1ケ月近くが経とうとしており、間の抜けたレポートになりますが悪しからず。2日間のツアーが大変充実したものであったことは、参加者の皆様が異口同音に述べられている通りで、企画、お世話頂いた方々に改めて感謝申し上げます。せっかく北九州に行くなら少し寄り道をと考え、2日目は西鉄貝塚駅前で皆様と別れました。私の住む広島県三原市は小早川隆景の居城三原城のある城下町ですが、その隆景がまず1585年に伊予攻めの功により秀吉から伊予国を与えられ、次いで1586年に九州攻めの功によって筑前、筑後と肥前の一部を与えられます。そして海城として名島城を築き、博多の街づくりを行います。ということで、三原人にとって名島城の存在は有名なのですが、私自身は名島城を訪ねたことがなく、今回は絶好のチャンスと考え、名島城跡を訪ねた次第です。名島城跡訪問記は省略しまして、この日は和白で1泊し、翌日は香椎線の初乗りで西戸崎に行き、そのあと、若松、戸畑、スペースワールドと巡って帰路につきました。そんな寄り道旅の様子をご紹介します。

1.香椎線と西戸崎

宿泊したホテルAZ福岡和白店は有難いことに朝食は6:00からなので、早々に朝食を済ませてJR和白駅に向かいました。JR香椎線和白駅は西鉄貝塚線和白駅と隣接しており、月曜日の7:00過ぎとあって、香椎、博多方面に向かう通勤、通学客で大変混み合っていました。しかし西戸崎方面に向かう人たちは少なく、西戸崎までの15分程ではありましたが、風景をゆっくり楽しめました。

和白駅風景 令和5年5月29日 左は西鉄貝塚線654+614、右はJR香椎線721C宇美行き

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芸備線5月下旬まで運休

2017(平成29)年4月にクローバー会の木次線ツアーがあり、新見から備後落合まで満員のキハ120に座れずに揺られ、ようやく着いた備後落合では、肝心の木次線スイッチバック区間が土砂崩れのためにバス代行になっていると知って、一同ガッカリしたのが昨日のようです。早いもので あれからもう6年が経とうとしています。その際に通過した芸備線備後八幡・内名間で去る3月23日に新見発備後落合行き445Dが備後八幡を19:15に発車後、19:20頃に線路上の落石に乗り上げ、キハ120の前の台車が脱線するという事故がありました。乗客はゼロで、運転士にケガはなく、軽微な脱線事故で済んだのは不幸中の幸いでした。

JR西日本のホームページより転載。サラッと5月下旬の運転再開と書かれている。

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美濃から尾張、三河へ(後編)

リニモや愛知環状鉄道の初乗りに満足し、愛環新豊田駅から名鉄豊田市駅に向かいました。ここから三河線終点の猿投(さなげ)に向かいます。

令和5年3月12日 豊田市駅にて 猿投行き6004 隣は名古屋市交鶴舞線N3308

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美濃から尾張、三河へ(前編)

クローバー会の長良川鉄道イベントの様子は、すでに事務局から報告記事が掲載され通り、天候に恵まれ北濃までの初乗りを満喫することができました。事務局殿に感謝です。私は帰路、美濃太田で皆様と別れて太多線で多治見に向かい、多治見で1泊後、やはり初訪問の鉄路を巡ってきましたので、その様子をご紹介したいと思います。長良川鉄道には平成13年の年末に、単身赴任先の高崎から三原にクルマで帰省する際に関駅に立寄って、2軸車のナガラ1形等を撮っています。その際に元気なナガラ201も撮っていました。

平成13年12月29日 関駅にて ナガラ201

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白帯ワムのファン様へ

デジ青を色々な視点でご覧頂いている方がおられることを大変うれしく思っています。白帯を巻いた事業用貨車については、私も興味が無いわけではありませんが、白帯ワムファン様のようにそれをメインに追いかけたり調べたりしたことはなく、1881両もカウントされているとのことで、驚きとともに敬意を表したいと思います。

さて、1881両も調査されているなら、参考にはならないかと思いつつ、私がかつて撮っていた事業用貨車の写真をご紹介します。とは言え、ほとんどがメインの救援車の向こうにチラッと写っている程度のものが多く、車番や形式、常備駅などがわからないものが多いことをお許し下さい。

まずは昭和39年に梅小路機関区の扇形庫線で撮ったワム9965(あるいは9955)です。

S39 梅小路 ワム9965?

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お城と鉄道 備後短信

準特急氏のお城シリーズで以前福山城と福塩線のモハ70系の紹介がありましたが、今回は「瑞風」と福山城です。

令和5年2月28日 中国新聞備後版

JR西が定期運行している瑞風の各コースの中で、山陽本線上りの場合、尾道で長時間停車し、福山は通過です。今回の福山停車のプランは、日本旅行(クラブツーリズム)の貸切列車で、下関1泊ツアーの帰路にあたります。「ウエスト銀河」のスジに「瑞風」を走らせたようです。3月15日はクラブツーリズム、16日は日本旅行の企画・販売で、京都10:18発、福山17:00着と、6時間半かけて福山まで走るようです。車内で音楽家による生演奏、昼食、茶会などが予定されているそうです。寝台車の昼間のアルバイト運用で思い出すのは「橋立ビーチ」ですね。瑞風とは比べ物にならない寝台車でしたが・・・。

なお新聞記事の写真に写っている伏見櫓は伏見桃山城から移築されたと伝わっています。

山陽路の115系タクアンも終焉か

山陽本線広島支社管内では227系レッドウイングが日常風景になりましたが、三原以東の岡山支社管轄の電車は黄色1色の115系、117系が活躍中です。しかしようやく227系が投入されることになりました。

令和5年2月4日 中国新聞朝刊

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広電近況

広電西広島駅や宮島口駅のリニューワル工事が一段落し、現在は広島駅ビルの建替え工事が本格化し、広島駅前をはじめ広電沿線の風景がどんどん変化しています。久しく広電の撮影をしていないので、1月11日に宮島線を中心に沿線を歩いてみました。

宮島口駅に到着した3801

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今年も新聞ネタで失礼します

デジ青読者の皆様、本年も中国新聞の記事引用で手抜き投稿致しますのでよろしくお願い致します。中国新聞では「鉄路のあす」という、不定期ですが連載取材が続いています。三江線廃止以来、県北の人たちの関心が高いのかもしれません。昨年末には2022年の総括記事が載りました。

令和4年12月20日 中国新聞朝刊

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湯口さんと過ごした2日間

令和4年12月19日 クローバー会のLINEに「12月11日に湯口徹氏ご逝去」という衝撃的なニュースが飛び込んできて、茫然としました。以来2週間ほどが経ちましたが、その喪失感から立ち直れずにおります。改めて心よりご冥福をお祈り致します。多くの皆様が回顧されているように、私にとって湯口氏は雲の上の存在と言うべき先輩でしたが、平成27(2015)年6月に氏の「鞆鉄道」取材のお手伝いをすることになり、1泊2日の短い時間ではありましたが、氏と行動を共にする機会を得ました。今にして思えば、夢のような2日間でした。この貴重な体験を皆様にも共有して頂くことによって、氏への感謝に代えたいと思います。

2015年12月1日 ネコ・パブリッシング発行 RMライブラリ196 鞆鉄道 表紙

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広島から新聞ネタ3題

令和4年も余すところ2週間となりました。コロナはじわじわと増え始めており、5度目のワクチン接種は済ませたものの、やはり出控える日々が続いています。さて、ここ数日、中国新聞紙面に鉄道ネタが続いて掲載されたので、ご紹介します。先に投稿しました「迷惑な瑞風」と「スカイレール廃止」の続報などです。

まずは「瑞風」から。

令和4年12月17日 中国新聞朝刊より

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迷惑な「瑞風」

2017年から運行が始まったJR西の豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風」はコロナ禍でも運行が続けられてきたように思います。私も何度か撮影に出向きましたが、乗るものではなく、見るもの、撮るものという高嶺の花です。昔風に言えば、電気式気動車ですが、電車風に言うと4M6Tです。寝台列車ですから寝台車にはエンジンを搭載せず静粛性を確保する代わりに、両先頭車(キイテ87)、ラウンジカー(キラ86)、食堂車(キシ86)の4両の床下に発電用のディーゼルエンジン(コマツ製SAD140HE-3)を2基ずつ搭載し、計8基のエンジンで発電機を駆動し、すべての電力をまかなっています。長時間停車時でも、空調などのために常時発電するため、エンジンを止めることはありません。撮影しやすい尾道駅での長時間停車を撮りに行った際に、その騒音の大きさに驚いたものです。案の定、夜間長時間停車の糸崎駅周辺住民からの苦情が新聞に載りました。

令和4年12月1日 中国新聞朝刊

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上越路のEF5861

11月15日にデカンショまつり号氏が大宮鉄道博物館にEF5861が保存されたことをご紹介頂きました。この記事を拝見し、そう言えば 私が4年間高崎で過ごした際に61号機に出会ったことを思い出し、写真を探してみました。平成12年から13年に撮影していました。当時の所属区名板は「田」、田町でした。

平成13年1月6日 上越線井野駅を通過する「EL&SL水上号」。先頭はC58363。次位がEF5861。

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令和4年の鉄道記念日

鉄道開業150年という節目の日にも関わらず、全く盛り上がらない10月14日であったように思います。皆様はいかがお過ごしだったでしょうか。中国新聞の記事を引用させて頂き、古き良き時代を思い出すことに致します。

令和4年10月14日 中国新聞朝刊(下に続く)

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広電開業100周年記念 3100型塗り替え

広島電鉄宮島線は本年8月に開業100周年を迎えました。宮島口駅も新しくなり、今はJR広島駅に高架で乗り入れる工事が進んでいます。低床連接車の増備が進むなか、旧型の単車や連接車は肩身が狭くなってきています。そんな中で、3100型3101の塗装が旧塗装に塗り替えられたそうです。10月1日付けの新聞記事をご紹介します。

令和4年10月1日 中国新聞朝刊

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