【91535】奥山先輩のアルバムから

DRFC奥山先輩のアルバムにありました、梅小路のC575です。
▼C575 1970(昭和45)年1月11日 梅小路機関区
▼C575 1971(昭和46)年5月9日 梅小路機関区

C571の画像も沢山あります。
▼C571 1973(昭和48)年10月1日 梅小路機関区


【91063】半世紀前の阪急神戸線(2)芦屋川-御影間、併せて今昔対比

芦屋川駅です。前回同様、青信号4号、高橋正雄先輩記述『京阪神急行神戸・宝塚線』を参考文献(*)として引用させて頂きました。
▼芦屋川駅、上り4連普通車最後部 1961年3月11日撮影
【920型920-924(M)、950型950-954】951は戦災復旧車で、以前より平シルであったが、車体は終戦直後の復旧であり完全な出来栄えでなく、更新工事で面目を一新した。通風器はガーランド式で中央一列。Tc車のパンタ取付台は撤去された。台車はこの920型のみ汽車会社のL-17(920型)、L-15(950型)である(*)。
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【91035】半世紀前の阪急神戸線(1)西宮北口-夙川間、併せて今昔対比

恐ろしく長いタイトルです。お待たせ致しました。阪急920型など1961(昭和36)年の画像が中心です。 また今回、車両解説に使用しました参考文献は、我らが青信号4号1959(昭和34)年12月発行、高橋正雄 『京阪神急行 神戸宝塚線 使用車両の現状について』です。(*)で示します

▼西宮北口-夙川間 925型4連 上り三宮発梅田行き普通車  1961年3月11日撮影
【920型の解説】一般に920型と呼ばれる一連の神戸線車両のうち920~924、950~954はその最も初期に製造されたもので、いずれもMTc恒久連結車である。昭和33年から34年にかけて全10両が提起更新を完了したが、二段シルやリベットは撤去され、雨樋も新しい形のものになっている。(中略)通風器はガーランド式で中央一列、Tc車のパンタ取付台は撤去された。
【925型925-928(M)、955型955-958(Tc)  】 通風器がガーランド式2列になっている事とM車の台車が川崎-16である他は920型と大差ない。現在920,950型に続き更新工事実施中である。(*)  ということから、画像は更新後の姿の様です。  記事の続きを読む


【90823】故羽村 宏先輩の作品-京都市電運転系統図

最近、故羽村 宏先輩の阪急京都線の画像を投稿し、読者の皆様にご覧いただきましたが、その他の先輩諸氏から連絡が沢山ありました。それは、阪急の写真の他に、羽村先輩の有名な『京都市電運転系統図』も多くの人に見て貰ったらどうか、また、顔を知らない後輩に顔写真も載せて知って貰うのはどうか、とのことでした。

そこで、1961(昭和36)年10月14日発行、青信号8号掲載
『昭和14年7月 京都市電運転系統図』をご覧に入れます。
当時の謄写版印刷でカラー印刷は不可能。現在の標準輪転機印刷機などでもカラー印刷は困難な状況です。これは、予め謄写版印刷で印刷したモノクロ図の上に、黒を含め3色を用い、手書きで彩色したものです。青信号8号は何部印刷製本したのか判りませんが、兎に角発行部数分を彩色、8号に挿入製本されたものです。
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【90812】もっと酷いビネガーシンドローム(2)

前回(1)と同じ車輌の山陽電車の119-118号です。撮影は、1961年2月19日。
被害が進み感光膜とベース(三酢酸セルロース、またはトリアセチルセルロース)の間に空気も入り、今にもベースから剥がれ落ちそうな酷い状態でしたが何とか修復し、過去に一度投稿の上、皆様のご覧に入れた事があります。
before
after