【89915】半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(4) 長田

シリーズ4回目は、長田交差点付近です。神戸市電が山陽電車と平面交差する交差点の直ぐ北側に下の絵ハガキのような赤鳥居があり、商店街が連なります。市電はその前で直角に曲がり、上沢通りを東に進み湊川公園に向かいます。
▼長田神社鳥居前
出展:株式会社くとうてん発行、もふもふ堂 絵ハガキ『市電の走る風景』
vol.3 より『長田神社前商店街』 (株式会社くとうてん様より掲載許可受け済み)▼4系統須磨駅発循環須磨駅行き 700型720号車 実際の市電はこんな風に、直角に曲がっていました。長田交差点を渡って来て、これから湊川公園、下山手に向かい、三ノ宮、元町、中之島、東尻池を経て須磨駅に戻ります。この日は祝日らしく、屋根の日の丸が旗めいています。鳥居を入れて撮ってはいませんが、似た文字の看板があります。絵の時代より写真の方が新しそうでお茶屋の看板は違います。
1967.3.20撮影 14422

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【89652】半世紀前の国鉄・富山港線-今昔対比-

デジ青で最近、富山港線の話題を眼にしたので、半世紀前のアルバムを思い出し、ひっくり返してみました。1960年の11月、同志社EVEの最中でした。この年、同好会はEVEには参加せず、10人前後のグループで高山線の夜行に乗り、高山機関区や富山港線を訪ねていました。帰りは、信越線・中央線経由でした。

それから半世紀以上経った今年2017年、5月に今度は工業化学・高分子化学専攻のゼミの仲間11人と富山県・八尾と岩瀬浜の街を歩きました。この仲間もDRFC同様、半世紀以上付き合いの同志社仲間です。数年に一度旅行に出掛けています。2年前は筆者が幹事で大井川鉄道の客車に乗せ寸又峡、接阻峡に向かいました。

さて半世紀前の富山港線。画像と記録メモはあっても、詳細説明は難しく、鉄道ピクとリアル誌他を参考にしました(下記参照)。ピク誌は丁度富山港線を訪れた時に同じくした発行でした。筆者が国電、それも買収国電の投稿などこれが最初で最後です。何せ、下記文献の拾い読みですから、間違いも多いと思います。読者のご指摘をお願い致します。
参考文献:鉄道ピクトリアル 第10巻第11号 通巻112号 1960年11月 鉄道図書刊行会
国鉄電車のあゆみ-30系から80系まで- 1968年2月 交友社

▼クハ5502+クモハ2011 富山駅6番ホーム 1960年11月25日  00601
元鶴見臨港鉄道サハ210型(1942年川崎車輌製)→国鉄鶴見線クハ5500型5502→1957年当線へ。塗り分け塗装なし、行き先表示板挿入枠無設置。1967年1500Vに昇圧時廃車(以下の車両もほぼ同時期に廃車)

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【89225】半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(3)大橋9丁目-板宿

須磨駅前から出発し鷹取町までが前回の記事でした。次の本庄町を過ぎればトライアングル交差点、大橋九丁目です。ここから北方向に板宿線が分岐します。
下の地図は1967(昭和42)年人文社発行、京阪神市街詳細地図です。左(西)の須磨駅前から海岸に沿い、南東向きに進み、右端(東)下部に大橋9丁目が見えます。中央に国鉄鷹取工場がありました。余談ながら中央上部(北)に上細沢町がありますが、筆者が11歳から27歳まで過ごした所です。鷹取工場の操車で蒸機の音が昼夜を問わずによく聞こえたものです。ここは、神戸市の西部、須磨区です。
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【88682】半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(1)須磨

2017年は神戸開港150年です。それとはあまり関係が無いのですが、半世紀前の神戸市電と街の風景を対比してみたいと思いました。初めは市電の西端、須磨駅前です。

筆者が子どもの頃、須磨区の若宮から須磨浦までおよそ3.5kmの海沿いはみんな、魚釣りができたり遠浅の海水浴場がある白砂青松の素晴らしい地域でした。東須磨の自宅から若宮海岸なら歩いて20分。山陽電車に乗れば須磨駅の隣り、須磨浦まで15分。海水浴や釣りで須磨駅前もよく通りました。

安全地帯のある停留場、須磨駅前を画面右・東方向に向け発車する3系統935号。市電の背後に赤地に白文字で『須磨』と書かれた停留場標識が見えます。その右に焦げ茶色の瓦葺の屋根がありますが、山陽電車・須磨駅入り口です。ホームは階上で画面左上に架線と鉄支柱が見えます。画面中央右寄りにある箱型の建物は現在も残っています(後述)。

3系統は須磨-東尻池-中之島-神戸駅前-三宮駅前-県庁前-長田-東尻池-須磨に至る循環線でその逆コースが4系統でした。1965.2.28 撮影 C0802 記事の続きを読む


【88101】カラフルDC-半世紀前、盛夏編

残暑お見舞い申し上げます。
昨年に続き『真夏の蒸機』を考え、記事も途中まで書いたのですが、もうひとつパッとせず、諦めて、DCにしました。以前加太のDCを投稿したのですが今回はそれ例外の場所です。炎天下になかなか来ない蒸機を待つ間、さっと通り過ぎたDC。高価なフィルムが勿体無くてあまり気乗りせずに撮ったDCですが、今はやはり貴重に感じるものです。DCの形式を私はよく間違えます。気を付けますが、間違いあればご指摘下さい。

先ずは米坂線。先だってより、蒸機39685の写真をさいたま市役所に飾って頂いていますが、それはこれと同じ場所の地上から撮ったもの。下の画像は山から俯瞰した準急『あさひ』です。仙台発仙山線、奥羽線、米坂線、白新線経由新潟行き。上下各2本あり、鉄橋とトンネルが続く深山幽谷地帯を行くキハ58系が画面左に進行します。一面緑でDCの色がよく映えます。同じ位置から撮った貨物列車の画像は蒸気も見えず、緑と黒だけ。見栄えがしませんでした。
▼米坂線 玉川口-小国間 607D 『あさひ1号』 1965.8.17      C1521 記事の続きを読む