【84913】大井川でのSL+DL


異形式連結やら、電蒸やら、SL+ELやらと、盛り上がっているので須磨老人からもご愛嬌をおひとつ。撮影は1984年3月25日。この頃大井川鉄道は蒸機―それも本線ではなく、小型機を井川線に走らせて客寄せに頑張っていた。この日は旧一畑のコッペル1号機(とはいっても改装激しく原型ではないが)に火を入れた。しかし牽引力思わしからず、後尾にDLを連結し、実際はこれが推進していたのと同然なのは、1号機の煙の具合が至って気楽でまるで気迫に欠け、暢気な焚火のような状態から察知できるが。 記事の続きを読む


【84664】水没橋修整

#84524西村雅幸氏「三重。岐阜の旅(3)」に出てきた可動橋に関し、80.6歳老人が禿筆を以ってコメントしたギリシャの水没橋が、メーターゲージの鉄道橋と記したのは全くの記憶違いで、単なるケチな道路橋でありました。TVアナではないが、「謹んでお詫びし訂正致します」。

ギリシャは間違いなくヨーロッパ大陸だが、その南部ペロポネソス半島は、6キロ足らずだけでつながっているため、コリントス運河が掘削され、東のミルトア海と、西のイオニア海を結んでいる。上の写真のように切り立った崖で有名で、これだけ掘り下げるのは大変だったろうが、メーターゲージの国鉄線がこの鉄橋を渡り、国道と高速自動車道路がそのすぐ横で渡っている。運河の幅はさして広くないから、当然通過できる船もそう大きくはない。
この運河の西端は全くの平地で、シケた地方道がその河口(運河だから河口とは言わないか。要は西口)を渡っているのだが、その橋の中央桁を船の通行時水没させるのである。

これが完全水没直前の件の橋桁。



その通過時間中―詳しくは忘れたたが、1時間以上待たされたか。何しろここで渡らないと、国道まで戻らなければならないし、結構面白かった記憶がある。
何分河口?だから、ここだけ運河底を掘り下げたと思われるが、確かに安上がり工法ではあろう。しかしあんまり他では見られない景色であった。
という訳で、鉄道とは全く関係ない橋でスンマヘン。


【84576】スイスのカートレイン

この老人も我が家の実力者(ヨメ様)のお供で、スイスツアーに参加し、行程にカートレイン乗車があるのがウリの一つだった。団体旅行だから勿論大型バスで、サイドミラーを畳み、そのまま貨車に乗り込むだけでなく、連結した貨車を何両も走り続けるのは結構迫力があった。時は2002年8月で、もう15年前になる。

これは貨車に乗る入口。やっぱりランプというのかな

これは下車する車。こに1枚だけ色補正を誤り、乞うご容赦


別段貨車の内側サイドにプロテクターの類はなく、幅は標準軌間とはいえぎりぎりで、よく車体を擦らないもんだと、運転手の技量に感心した記憶がある。下の写真では、当方のバスは下車するが、左側にこれから乗り込む乗用車が列をなしている。


【84488】またまた山科

また山科でっかいな、ええ加減にしなはらんかいな、との「うんざり」声が少なからず?聞こえそうだが、今回はひと味違った山科である、と最初に言い訳しておこう。東海道本線は1956年11月19日全線電化が成り、当然に蒸機の姿が消えた。しばらくは特急やらモハ80系、貨物のEH10なども珍しかったが、そのうち見飽き?て大築堤にも上らなくなった。

しかし待てよ、ここに住んでいる以上、誰にも撮れない写真が撮れないか。折角カメラのレンズがf2なのだから、夕景あるいは未明の写真が撮ってみようじゃないの、と考えたのである。

今のデジタルカメラなら、感度がいくらでも挙げられ、多少画面は荒れたとしても知れているだけでなく、感度を上げることによって画面コントラストが上がらない。既に京都駅未明に足を運ばれ、ご苦労なさった写真も紹介されている。

アナログ写真では、当時ネオパンSSSが感度200で、現像により800ぐらい。無理すれば1600までは上げられても、粒子の荒れとコントラストのきつさが不可避。つまり列車写真では空が完全に飛んでしまうのである。それを感度はさほど上げずに、普段滅多に使うことのない開放絞り=f2で撮ってみようという訳だ。

以上が前置きで、早速やってみた。先ずは夕刻ヘッドライト点燈後を狙う。焦点深度が浅いし、シャッター速度もせいぜい1/125ぐらい、貨物なら1/60でもいけるか。あんまり寄れないのが残念だが、先ずは撮ってみるしかない。

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【84456】特急ひびきの先頭クロ

ある友人から写真を頼まれ、限りなく忘却の彼方とあって空しく探し回っていたら、肝心のものは見つからず、こんなどうでもいい写真があった。本来なら一顧だにしないところだが、偶々「ひびき」だの「クロ」だのと、タイミングが合致したのでご高覧に供する。モハ63系と70系ならバッチリ?見分けられる小生は、かような電車に全く興味がなく、先頭車がもし「クロ」なら、その旨ご教示を賜りたい。ネガは憎っくきヴィネガー・シンドロームにコテンパンにやられ、見る気もしないが、幸いキャビネにプリントしていた。撮影は確かでないが1959年頃か。


【84453】特急「ひびき」


山科での「特急ひびき」1959年1月?

山科の住人であったから、こんな写真も撮ってはいる。ただそれだけで思い入れ等はない。確か田口のキューさん(本名は啓己だが、余りにも趣味?の幅が広く、当時TVドラマの「何でも屋の久助」というキャラクターに倣って「キュースケ」と呼んでいた)は「特急いびき」と称していた。のちの「特急こだま」の代用時は「にせだま」と呼んでいた。