【88167】石山駅の引込線

JR石山駅の周辺には大きな工場がいくつかあり2方向に専用引込線がありました。現在はいずれも廃止されておりその痕跡もだんだんなくなってきています。米手作市様の“こんなモンもありまっせ!中学修学旅行編その1”の最初の写真は東レ滋賀事業所の引込線を撮られたものでした。このあたりは在職時代によく歩いたところでしたので現在はどんな具合になっているのか久しぶりに訪れました。ついでにもう1か所の日本電気硝子引込線にも行ってみました。
訪れたのはこの地図の左側が東レ専用線、右側が日本電気硝子専用線でJRの線路から下方向と上方向に伸びているのがわかります。図中の番号は写真を撮った位置を表しています。

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【87244】祇園祭と市電の架線

少し旧聞になりましたがお許し下さい。
青信号特派員氏から、巡行時は信号機を90度廻して道路と並行にした旨のお話がありました。
私事ですが当時は四条寺町と三条河原町に店を開いておりましたので、毎年宵山と巡行日には店頭に出ていましたが見物は出来ず手伝いに没頭しておりました。そのため話題の信号作業は見ていたような、見ていないような有様です。ただ気になったのは架線をつるしたブームのことです。昭和30年代中頃までは架線柱を上下線の真ん中に天秤型のものを設置して鉾の巡行を助けていましたが、阪急の地下延長で南側の歩道上にあった電柱に片持ち式のブームを付けて“それを90度廻して鉾は四条通中央を巡行した”と思っておりました。
しかし、どうも自信がないので交通局のある方に伺いましたところ、ご丁寧な検証報告を頂きましたので皆様にご報告いたします。
なお、転載などのご了解も頂いております。画像処理は私の責任で行っております。

まずは当時の写真ですが印刷物のコピーですので見にくい点はお許し下さい。

(右)四条河原町の写真ですが、左側に高島屋があり電柱からブームが延びています。四条通の東行車線を鉾が巡行しています。鉾の影になっていますが信号機は回転しています。
余談ですが、撮影者の伊藤とのひろさん(故人)は同志社の先輩で、お客様でもありました。北海道の方でしたが終生京都を愛して京都のスナップを多く残して居られます。
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【80696】糸崎と鉄道連絡船

キハニ5000の話題に対して戦後撮影の貴重なお宝画像をご披露頂き、感謝に堪えません。もうひとつだけ糸崎関連の話題を凝りもせずにご紹介させてください。昭和14年8月26日の中国新聞備後版の記事です。

昭和14年8月26日 中国新聞備後版

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【80657】糸崎とガソリンカー

糸崎や尾道がらみの投稿連発で恐縮です。鉄道とは関係のない郷土史のことを調べるために図書館で古い新聞記事を丹念に見ていると、自ずと鉄道関連の記事にも目がとまります。昭和8年8月8日の中国新聞備後版にこんな記事を見つけました。

昭和8年8月8日 中国新聞備後版

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【80584】尾道に山陽鉄道の痕跡を探して

昨年末に糸崎及び糸崎以東に残る山陽鉄道時代のレンガ積み橋台を3回に分けてご紹介しました。年が明けて次は三原以西を詳細にチェックしようと思っていたのですが、西に向かうと時代は新しくなり、東に向かうと時代を遡ることになりますので、古い方を優先することにして まず尾道市内を歩いてみることにしました。尾道市街地での見どころはレンガ積み橋台もさることながら、山陽鉄道の社紋入りの敷地境界杭です。実はこの境界杭については、2003年10月に発行されたJTBキャンブックス「鉄道廃線跡を歩くNo.10」のなかで 山陽鉄道に造詣の深い長船友則氏が「尾道周辺の山陽鉄道境界杭」という現地レポート記事を載せておられます。これを読んで 一度自分でも現物を確認しようと思いながら10数年が経ってしまい、ようやく実現したというわけです。

尾道駅から線路に沿って東に歩くことにしました。長船氏のレポートを頼りにまず最初の地点「千光寺前踏切」付近の境界杭を探しました。ここは線路の山側です。意外と簡単に見つかったので さい先良しと次の地点に向かいました。しかし帰宅して写真を確認すると どうも別物だったようで、本物はどうやら草むらの中に隠れていたようです。残念! ここから東に10mほど行った歩道沿いの花壇の中にも境界杭がありました。

平成29年1月11日  花壇の中の境界杭

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【79547】糸崎以東に山陽鉄道の痕跡を探して

先に79394、79421で「糸崎に山陽鉄道の痕跡を探して」と題して 臨港線跡に残るレンガ積み橋台を中心に120年前の遺構をご紹介しました。引き続き 非常にローカルなレポートで恐縮ですが、糸崎から東に向かって尾道方面の山陽鉄道の遺構と思われるレンガ積み橋台を見て歩いた結果と そこから見えてきたこの区間の歴史に思いをはせてみました。なお大半が海岸近くですので橋台の観察は干潮時を狙わないと見れません。この日は天気の良い干潮時間帯でした。糸崎(いとざき)を出発した上り列車は山裾を左にカーブしながら糸碕(いとさき)神社の裏を抜けて海岸に出ます。この日私は糸碕神社に参拝したあと 神社の裏手にある短い糸崎川橋梁から観察を始めました。

糸崎川橋梁を通過するEF210-305牽く上り貨物列車  平成28年12月19日

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