【89106】たーちゃんの電車めぐりに寄せて

たーちゃんの電車めぐりシリーズは思わぬビッグヒットになりそうですが、阪和線の項で河昭一郎様より「電車はないのか?」「ED38は?」とのご質問がありました。また、大阪駅の西の端にEF52が捨て子されていた、などの書き込みがありましたが私にも少々写真があります。でも毎度のことでひどい物です。どなたかいい写真を出展されるまでのツナギ、時間稼ぎとして見て頂けたら幸いです。

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【89057】 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ⑥和歌山の国鉄瞥見

“た~ちゃん”の和歌山の電車めぐりは、前回で終わりましたが、渡されたアルバムには、最後に国鉄の写真が貼られていました。電車めぐりの際に、和歌山周辺で写されたものです。ご本人は、“行きがけの駄賃”の撮影のつもりでしょうが、国鉄車両に興味を示す私の立場からは、電車もさることながら、アルバムの最終ページに大きな価値を見出しました。おもに写されたのは東和歌山(昭和43年に「和歌山」に改称)で、戦前から電化済みの阪和線(阪和電鉄)の終点であり、そこから続く紀勢西線は、全くの非電化区間であり、電機と蒸機が出会う駅でもありました。△国産初の大型電気機関車として名高いEF52のトップナンバー機が東和歌山駅に顔を見せる。特徴あるデッキが白く塗られて、さらに大きく見える。

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【89015】 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ⑤野上電鉄 その後

昭和30年代の野上電鉄の訪問は、前回紹介どおりですが、一昨日、廃止直前の野上電鉄を写したL版アルバムが送られてきました。野上電鉄は、ご承知のように1994(平成6)年4月に廃止されていますが、“た~ちゃん”は、廃止前にも数回にわたって訪問しており、現役時代の野上との比較のために、ぜひ掲載してほしいと送られてきたのでした。
私も廃止前に訪れています。ところが、廃止をめぐって、労使の対立があったり、社員間でも考えの相違があったりして、現場には張り詰めた空気がありました。その矛先が撮影者に向けられ、駅でカメラを持っているだけで制止されたり、車内でカメラを取り出すと運転士が怒鳴りに来たりと、すさんだ空気が流れていて、私自身は野上への思い出は封印していました。しかしそこは、決して喧嘩をしない、人間のできた“た~ちゃん”、事務所の呼び出しにも誠実に対応し、沿線の子どもたちとは、野上廃止について、話し合い、友好的な訪問を果たします。ホントに電車が好きな“た~ちゃん”らしい、野上電鉄との別れ方でした。
△ 日方車庫に集結した廃止前の車両たち、これを撮っていたら、事務所から呼び出しが掛かった。

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【88986】 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ④野上電鉄

和歌山紀行、続けます。“た~ちゃん”は現役時代、昭和32年12月、同35年3月の2回、和歌山を訪れています。2回とも、和歌山市内線を撮影・乗車のあと、市内線の終点 近くにある野上電鉄日方駅を訪れています。車庫も隣接していて、事務所を訪れると、30歳代の車両課長に応対してもらい、いろいろな話をしてもらったと述懐しています。中小私鉄ならではの悲哀も聞き、この時の会話が、全国の中小私鉄に目を向けるきっかけになったと言っています。
野上電鉄と言えば、廃止直前の姿しか知らない私など、阪神・富山地鉄から来た小型車という印象が強いのですが、それらが入線する以前で、10両の電車が在籍していました。

△ 和歌山市内線の「野上電車前」で下車、目指す野上電鉄の駅・車庫はすぐだった。

 

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【88851】 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ③和歌山電気軌道

本シリーズ、前回は和歌山電気軌道の和歌山市内線をご覧いただきました。た~ちゃんが訪れた当時、和歌山電気軌道には、もうひとつ東和歌山(当時)~貴志の鉄道線がありました。昭和36年には、南海貴志川線となり、いまの“たま駅長”、“いちご電車”の和歌山電鐵です。
た~ちゃんの述懐を続けますと、最初に和歌山へ行ったのは、昭和27年、14歳の時で、関西急電の華モハ52に乗りたい一心で、一人でカメラも持たずに東和歌山へ日帰りで行ったそうです、構内にいた4輪車が琴参電鉄から来た電車とは全く知らず、次いで昭和32年には、今回発表する訪問となりました。その時には琴参電車は解体後で、あとで高橋弘さんから、もと琴参車の写真をいただいた感動が忘れられないとのこと、それを使って「関西の鉄道」で貴志川線の琴参電車を紹介したところ、編集長に召し上げられたと思い出しておられます。
△ 東和歌山から和歌山電気軌道の鉄道線に乗り、伊太祁曾の車庫を訪問しての帰りに、岡崎前で801+202と交換した。801は、もとガソリンカーで、ほかにも阪急・東急から来た中古車両ばかりで、新造した電車が1両もないことは、いまも変わらない。

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【88624】 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ②和歌山電気軌道

和歌山市内線は、和歌山市と海南市を結ぶ都市間連絡の使命も持つものの、国鉄紀勢本線と並行しているため、直通客は少なく、地域の生活路線的な色彩が強かったようです。また和歌山市の鉄道の成立から、和歌山市と東和歌山(当時)と二つのターミナルを持ち、両駅間の移動や、その中間に位置する官庁街・繁華街への往来と言った短距離輸送もかなりあったようです。それと和歌浦、紀三井寺へ向けて観光客輸送も特徴と言えます。とくに和歌浦は、万葉集にも歌われた古来からの名所でした。
老人が写された昭和30年代の半ばは、輸送の最盛期で、系統の重なる公園口~車庫前は本数が多く、ラッシュ時などは数珠繋ぎになって走っていたと言います。実は私は、この軌道線は見たことも乗ったこともありません。廃止が昭和46年ですので、行こうと思えば行けた年代でしたが、路面電車の撮影優先度は低かったのです。廃止の10年以上前の軌道線がいちばん充実していた時代に、2回に渡って貴重な記録を残された当時の老人の進取性には改めて敬服します。

△ 30形と60形が交換する。出自はどちらも創業時の1形だが、改造時期が違い、面相も異なる。撮影地は「車庫前」と判明。

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