【86850】伊賀の夏

酷暑の毎日です、今朝近所の奥様方と話をしていて「線路の側に向日葵咲いてるで」という情報で早速行って来ました。どんよりと曇った空で向日葵も思っていた程咲いていなかったのですが「こんなんも撮れました」というレベルでご覧ください。もう少し線路に近ければよいのですが線路側は私有地で、向日葵を咲かせたのは市有地、車内からも見てもらおうと思って植えているそうです。ただ伊賀神戸からの切り通しを上がったところで、ちょっと気が付き難いかな?


【86642】国鉄クロ212型

今回からプリンター&スキャナーが替わりました(キヤノン→エプソン)。そのため作業が不慣れなのとアプリソフトも替わったので使いづらくてかないません。
ま、その点を大目に見て下さい。

その最初は「国鉄クロ212型」です。213系の仲間だそうですが213系は先日の木次線旅行で伯備線で乗ったのが初めてです。昨年四国へ行った時にムリをして先頭車に乗りましたが、その時に乗ったのはJR四国のハイデッカー車だったと思います。たしか形式は「5000番台」だったような。クロ212なのかわかりません。


【86609】こんなモンもありまっせ!

しばらくぶりに投稿いたします。と、言いましてもまとまったものではありません。京都駅周辺や向日町での写真ばかりで、車両ファンには申し訳ありませんが「昔はこうだったのか」「こんな車両が走っていたのか」程度のものです。ご笑覧下さい。例によって記録はありません。

今回は「電化前の青大将」ではありませんが、初期のブルトレ用機関車などをカラーで撮っていました。東映映画の名作「大いなる驀進」の『特急さくら』はこの色でした。

EF58114
向日町昭和40(1965)年5月8日

向日町運転所も電化が完成して、電車や電気機関車が留置され、客車はそろそろ時代が去ろうとしている時期です。しかし、電気機関車はまだEF58が幅をきかし、EF61や65が顔を見せ始めていました。EF58も特急塗装の青色がありましたが、茶色がまだまだ主流です。

一番落ち着くのはこの色です。EF5885と新製間もないEF61
昭和40(1965)年5月8日

同じく向日町で、新製時から前面を警戒塗色にしているEF65も撮りました。

EF655(吹二)

青大将のEF58の写真もあるのですが白黒です。昭和40年頃からカラーフィルムを使い始めたようで、チラホラとアルバムに混じっています。しかし褪色が激しいものも有り、今回も一切の補正はしておりません。この当時の客車もおもしろいものを撮っていますが、機会があればお目に掛けます。


【86545】京急の前日

先日は準特急様の投稿にあるように、京急で「青い空、青い海、赤い車体」の写真を撮ることができました。準特急様には願いを叶えていただき本当にありがとうございました。懐かしい方々とも会うことが出来て、また猛暑で熱中症になることもなく楽しい一日でした。なお、横浜に行く前日は、別件で河口湖に居たのですが、ホテルの朝食前に出かけた河口湖駅です。駅前にあったのがモ1号で、説明によりますと…富士山麓鉄道が昭和4年に5両製造(日本車両)したもので、電気ブレーキ・砂まき装置付き。創立60周年記念事業として上田丸子電鉄より引き取り整備・復元した… とあります。自重34t、定員102人(座席50人)、電動機93.25kw×4 です。次にあるのが「瑞雲まつり」とのコラボ車両です。瑞雲とは旧海軍の水上偵察機です、富士急ハイランドでは実物大模型が展示されているようですが、この地と水上偵察機にどのようないわれがあるのか分かりません(スミマセン)。さらに私事ですが今回富士山を山梨側から見ることが出来ました。富士山というとほとんど静岡側からしか見たことがなかったのですがいつもとは違った(山梨ではこちらが正面ですね)体験でした。


【86526】北欧の旅2(フィンランドの鉄道)

前回の投稿からずいぶん日がたってしまいました。3月に行った北欧旅行の続きです。蒸し暑い日が続きますが、雪景色で少しは涼んでいただければと思います。
フィンランドは日本と同じ程度の33.8万㎢の国土に約550万人が暮らしており、その国鉄であるVRは路線長5944㎞(2013年現在)でヘルシンキを中心とした南部に集中しています。ロシアと同じ軌間1524㎜(厳密にはロシアは1520㎜ですが、相互運行可能です。)のため、ヘルシンキからはモスクワ、サンクトペテルブルグへ、直通列車が走っています。↑ サンクトペテルブルグ行アレグロ。アルストム製sm6型 記事の続きを読む


【86506】通りがかりの閉館した交通科学博物館で見つけたKS50台車

 西村さんが梅小路にKS50台車の存在を確認された写真を投稿されました。1900生さんのコメントに返事をしましたが、その時撮った写真を御披露いたしましょう。

 あれは2年前の今頃です。近鉄九条駅近くにあるとある会社の本社建物の中にC57が保存されているのを見に行こうと有志が集まりました。見学後に弁天町から安治川隧道を通って西九条に行くという計画でした。その途中の弁天町にあった交通科学博物館がどのようになっているか周辺道路から見ていたのです。その時に見つけたのが京阪KS50台車でした。交通科学博物館は展示していなかったのに何でこんなところにあるのか不思議に思っていましたが、今になり梅小路に展示されることになっていたんだと、わかったのです。

あの時はなんでこんなところにKS50台車がと思うのも不思議でなかった。