【7200】江若鉄道白鬚駅復元工事の近況

白鬚駅復元1

白鬚駅復元1

高島町に続いて白鬚駅復元工事に着工しておりますが、3ブロックの基板は出来上がり、レールのスパイクが始められるところまできました。不安だった湖岸の擁壁も何とか格好になり、案ずるより生むが易しといったところです。いつもラジオを聴きながら作業しているのですが、今日は朝から津波警報のニュースばかりで、湖岸の作業をしていると 早く避難しなければならないような錯覚に陥りました。先は長いのですが、ぼちぼち進めてゆきます。それにしても松の木をどのように作ろうかと名案がありません。ゆっくり悩むことにします。では1カットだけ写真を添付します。白鬚駅の北側、湯口先輩著「丹波の煙 伊勢の径 上巻」の表紙を飾る写真の場所がこのブロックです。


【7185】奥山さんのC6120が掲載されました

 月刊誌『とれいん』423号(20103月)に奥山さんのC6120が大きく掲載されました。一ノ関を出発する上り列車です。

 奥山さんのフィルムと写真を預かり、早速にC6120を捜しましたら、3枚ありました。内2枚が一ノ関、他の1枚がここに掲載の青森駅到着の写真です。なんと3枚とも機関区以外の写真でした。いずれも完璧な写真です。また、同誌には当会3会員の写真も掲載されており、OB会が
大活躍です。

 
 
OB会第1回の写真展と今回の掲載とで、当会会員は勿論全国のファンも、「奥山さんの写真を見たことがある」となった筈です。

 
 そして近日中に、『奥山さんの機関区めぐり』が
web に登場予定です。フィルムもL版も完璧な姿で保存されています。どうかご期待ください。


【7174】阪急 HM満載

既に、総本家 青信号特派員さんよりご紹介があったように、6300系にHMが付いて、最後の雄姿を見せています。家に近いこともあって、連日、愛用の電チャリで撮影に励みました。HMは、6300系以外にも付けて走行していますので、あらためてご紹介させていただきます。

阪急電鉄 100周年記念号   桂→西京極
摂津市駅 2010年3月14日開業記念号  西院→西京極

本命の6350ありがとう号  大山崎→長岡天神

長岡天神→西向日

上牧→高槻市

長岡天神→大山崎

ちなみに、3月14日時刻改正で、京都線の最高速度が、110km/h→115km/hにスピードアップされて、若干ですが、時間短縮が図られます。この運行表も、相川~東向日は、最高速度『115』に、代わります。
http://holdings.hankyu.co.jp/ir/data/ER200912092N1.pdf


【7164】通過列車への運行変更指示

1956年10月15日の参宮線大事故に関し、急行や準急など、通過する列車の乗務員に対して離合駅変更等の運行変更の指示はどうするのか、に関してメールを頂戴した。時間の余裕があれば通過駅で交換するタブレットのキャリアに変更指示書をつけて乗務員に知らせることもあろうが、間に合わなければ=大概は地上の信号機のみのこと。成程なるほど。

無線があろうとなかろうと、機関士、助手とも、信号機を必ず確認するのが建前なのだが、六軒駅は本来離合する松阪駅の隣りである。11分遅れてはいたが、まさか離合駅が一つ前の六軒駅に変更されていたとは思っていなかった―離合駅変更を乗務員は知らなかったわけで、信号機以外の手段がなく、それを無視した結果だったのである。無線のある現在なら、少なくとも事前に運行指令の変更指示が届くから、かような事故の発生率は希少になる。


【7158】亀山の参宮線事故機

米手作市氏が亀山で参宮線事故機を撮られたのが1963年3月とのことで、小生は1957年3月だから、6年前になる。早けりゃいいというもんじゃないが、折角の機会だから小生の分も諸賢の御目を汚すことにする。なお事故のあらましは、以下鉄道ピクトリアル65号(1956年12月)から引用する。

参宮線で不祥事故
10月15日18時22分、国鉄参宮線六軒駅において、準客243列車(本務C51203亀山、補機C51101亀山)が11分延で同駅進入に際し、下り安全側線に突入本線機及び次位補機は築堤したの田甫内に転落脱線傾斜、つづく1・2両目客車は全軸脱線横転本線を支障中、折柄松阪を定発した準客246列車(本務C57110山田、補機C51172亀山)がこれに接触し本務機及び次位補機とも全軸脱線し、これがために死者40重傷56死傷者計107名を出すという不祥事故が発生して世人の耳目を聳動(湯口注しょうどう=恐れ驚かす)した。

(中略)いままで判明した点は、243列車が遅延のため対向246列車と行きちがいを変更して六軒駅(所定は松阪駅)とし臨時停車の扱いをしたところ、243列車の機関士が出発信号機を見誤(場内信号機は上下共「進行」現示)ったのではないかと推定されている。243列車が脱線してから246列車の進入までにわずか45秒であるために列車防護の時間はなかったもので、246列車としてはやむを得ないとしても、243列車の4人の乗務員が大切な信号を見落としたという結果になると、事柄はきわめて重大である。(後略)

離合個所変更の通知を機関士にどう伝えたのかが分からないが、無線などありえない時代だから、例えば通過駅で駅長から錘にくるんだ通信文を機関室に投げ込む、といった原始的な連絡方法だったのかもしれない。これは列車に急病人が出た際などに、車掌が通過駅に投げ下ろす方法で、車掌のカバンにはこの為の錘が入っていたのである。

C57110のぶっ潰れぶりが酷いが、それにしても車輪は4両とも、ちゃんとレールに乗っている。すなわち台枠はさして損傷がないことになる。




で、以下は全然事故と関係がないが、上記鉄道ピクトリアルの記事の最初のフレーズは、約270字がマルなしで延々と続いている。野坂昭如の文なら独特の芸術だが、こんな「へったら長い」文が雑誌に掲載されていたことにいささか驚く。なお小生はサラリーマン最初、かつ8年勤めた職場―広報課で、先輩から新聞記事(15字詰)では10行=150字がマルなし文の限度だと叩き込まれた。


【7142】最後の阪急6300特急 HM付きに

いよいよ終幕が近づいた阪急6300特急、乙訓の老人の予告どおり、本日の午後出庫運用から記念のヘッドマーク付きで登場しました。
いちばん近くを走るイベント電車とあれば、好きにはなれない葬式鉄にあっさり宗旨替え、さっそく撮ってきました。
このご時世、電鉄側の異例の撮影のお願いが奏功したか、みんな安全に平和裏に撮影していました。

「ありがとう6350」のHMで本日夕方から走った特急編成

「通勤特急」の初運用 夕陽を受けて端正な前面が浮き上がった