【7637】芦生佐竹保雄写真展のご案内

つぼみも花も気まぐれな天候に戸惑っているこの頃です。

お変わりなくお過ごしのことと思います。

私たちも相変わらず元気に忙しく過ごしております。

さて、「佐竹保雄鉄道写真展in芦生」のご案内をさせていただきます。

トレランス号のころからときどき訪ねたり、木のおもちゃオータンやそれにちなむトレランス号の記念品などでかかわりの深い芦生での催しです。

廃校になった小学校の分校舎で芦生木工を営む鈴木さんとのお出会いで、この催しが実現しました。鈴木直道さんの仕事場で木工作品とのコラボです。

思えば京都府と滋賀県と福井県の国境に位置するこの地は、鉄道と何のかかわりもありません。今日でも秘境といってよいほどの山奥です。近くには美山のかやぶきの里がありますが、そこからさらに13キロ離れた芦生へは、アクセスが難しいです。だからこそ芦生という気がします。

 今回の企画は、大阪の友人グループと同志社の鉄道同好会OB・クローバー会のご協力をいただきました。外国の鉄道ではシベリア、ペルー、中国など、路面電車ではキエフ、タシケント、サンフランシスコなど外国の作品は全部未発表です。枚数も今までで最大規模となります。

また51日のみ、展示写真の説明も含めて「特別企画・佐竹の話、夜呭(よばなし)ということで、ゆっくりした時間を予定しております。

翌日は由良川源流のせせらぎを聞きながらの森林浴もよし、生き物の多様性がうれしい京都大学演習林辺りの散策もよし、きっと日頃の疲れを癒してくれることでしょう。ゴールデンウイークを1泊2日芦生の旅に是非どうぞ。

私たちも、おかげさまでこの1年を喜寿と古稀夫婦として過ごしてきております。この企画も自分の越し方の振り返りや整理になるように思います。

お会いできるのを楽しみにしております。

取り急ぎご案内まで。    

   

 

 

        2010年3月吉日  佐 竹 保 雄                        

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      「佐竹保雄鉄道写真展in芦生」

 

会   期:201051(土)~5日(水)10時~17(12時~13時休み)

観覧自由、1日の午後・夜に佐竹の話、聴講無料。宿泊お勧めします。

在 廊 日:430(準備)、5月1日・2日宿泊,3日(午前中)。

会   場:芦 生 木 工 (南丹市美山町芦生)、     主催:芦 生 木 工 

   合:芦生山の家(0771-77-0290)  佐竹保雄 (&fax075-593-4276

アクセス:5/12のみ園部駅前から専用送迎バス1回運行。  他はマイカー。

宿泊募集:12日(5/1・2)、定員20名。  他の日の宿泊については山の家へ

費   用:10200(12食・バス利用・2日の昼弁当付き)

申   込:417日、別紙申込用紙にて佐竹宛FAXで、先着順。詳細・相談等は佐竹へご連絡ください。(&fax 075-593-4276090-1248-3321)

 

 

 

 

     FAX 075-593-4276 佐竹宛

 

「佐竹保雄鉄道写真展in芦生」宿泊・専用バス・弁当 申込み用紙

  

                     申込日 :  月  日  

 

お名前 :

                     

連絡先 :電話・FAX・携帯    

 

 

参加者お名前(性別)

 

小人は( )ご記入ください。

 

1、             (  )

 

2、              (  )

 

 

 

 

 

 

宿 泊 日 

(7350円、小人5775)

 

 他の日の宿泊は山の家へ

 

1、51(土)人数(  )人 ⇒万一の   場合2日に変更(可・否)

 

2、52(日)人数(  )

 

 

 

昼食弁当 (850)

 

 

 

1、52() (  )ケ

 

2、53() (  )ケ

 

 

専用バス利用(片道1000) 

 

JR園部駅西口1300

芦生山の家  1330?

52日園部迎えは希望者があれば運行予定、時間は15時頃?

1、利用しない(マイカー)

 

251() 園部発(  )人

352() 芦生発(  )人

452()  園部発(  )人   ⇒

553()  芦生発(  )人

 

 

 

 

運行決まれば発車時刻を改めてご案内します。

 

  5月1日は、山の家は貸切となります。宿泊定員は32名です。相部屋をご了承ください。先着順。万一定員オーバーの場合は2日に変更できる方にご協力をお願いし少しでもご参加できるようにしたいです。申し訳ありませんが調整不能の場合は参加をお断りします。受付結果は返信します。

430日、51日、2日に佐竹は泊まります。30日または2日のみの宿泊、または連泊は可能のようですが、至急佐竹まで。3日は満席とのことです。

この用紙で4月17日までにfaxまたはE メールでで佐竹へ申し込んでください。 大阪グループは小川さん取りまとめお願いします。

問合先:宿・展覧会・散策ガイド⇒芦生山の家 ℡ :   0771770290

    その他・相談等    ⇒佐竹 保雄 電話&fax 075593-4276

                佐竹紀美子 携帯 :09012483321

一般観光・町内バス  ⇒美山町観光協会℡ 0771751906

 

 

※このお知らせは佐竹先輩よりのご依頼を受けて田野城が代理投稿いたしました。

※お問い合わせは乙訓の長老、会計の井原会員、佐竹さんまでお願いいたします。

※佐竹さんのアドレス

   yks-tole@kyoto.zaq.ne.jp   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【7628】江若鉄道白鬚駅復元工事(その3)

ぷるぷるさんのD50に圧倒されながら、当方は相変わらず江若にのめりこんでいます。当初計画では高島町が完成すればそれでよし としていて、続いて白鬚駅もと考えていなかったため、コントロールパネルなど制御系でいろいろ問題が発生してきました。白鬚駅は交換駅なのですが、ポイント切換えをあたかもCTCのように 高島町から遠隔操作するかどうかで迷ったのですが、白鬚駅単独でポイントの自動切換えをすることにしました。今回新たな試みとして 角型の9V電池を電源とし、高島町で実績のあるDCソレノイドを駆動させることにしました。運転会を想定すると 白鬚駅に駅員を1名配置してポイント切換えのみを行ってもらう。但し高島町駅からポイント切換えの指示を出すというイメージです。その指示のためのLEDランプを設けてあります。自作のポイントマシンも調子がよく 白鬚駅でもパチン、パチンといい音で動いてくれています。


【7623】日本橋だより

 
27日に近畿日本鉄道と国立文楽劇場が企画した文楽列車が走った。大阪難波駅を9:38に出発した列車は車体を平城遷都1300年仕様に装飾した6輛で、前部のみ洋食皿ぐらいの大きさのヘッドステッカーが貼り付け。前5輛に文楽友の会会員150名と一般募集客50名が乗車する貸切列車である。乗り込むには二千円が必要であるが、弁当飲物はもとより乗車券も別途購入という厳しいもの。文楽劇場もよりの日本橋駅に停車し人形二体が最後部一輛に乗り込む。

奈良駅へは10:27到着という各停並みの所要時間。奈良駅では着ぐるみ人形のせんとくんが文楽人形をお出迎え。遷都1300年を記念し文楽劇場が奈良猿沢池を舞台にした出し物「妹背山婦女庭訓」を上演するのに乗じたイベント列車である。
大阪難波駅で写真を撮っていたのは劇場の職員と特派員と参加者の3人だけ。駅員は昨今の鉄ちゃん騒ぎを予想してか多勢が待機。特派員は見送っただけで、売店で赤福を土産に買って日本橋駅まで阪神電車に乗って帰る。奈良行きの阪神電車なんて変な感じ。山陽電車も遠慮せんと奈良まできたらええのに。

新聞によりますと、大阪府知事が関西空港の活性化のため新大阪駅と南海難波駅を結ぶ鉄道を造れとか、寝屋川市長が京阪びわこ号を動態保存し寝屋川市の目玉にしたいといってるとか伝えています。びわこ号復活したら、もちろんクローバー会の貸切
列車でしょう。

500系・北陸・能登・阪急特急・キハ52と話題のつきなかった三月ももう終わり。東奔西走いただいたトップページ写真撮影隊のみなさま楽しませていただきました。500系は、こだまに格下げ。入口付近をロングシートにして走っているのかな。

ウインドウズ95でも投稿出来るか徹夜で勉強しました。

そうだ京都いこう。七条で写真でつづる京阪電車100年のあゆみ展だ。


【7591】黒部上部軌道

                                                                                                                                     山の中に建設された黒部川第4発電所を発車して黒部川本流の鉄橋の手前を通過。休憩中にいきなり列車が顔を出したのでシャッターのタイミングが遅れてしまった。鉄橋の渡った先が有名な高熱隧道である。

2004年11月3日付で旧掲示板【285】に澤村達也氏が小林純爾氏とご一緒に黒部上部軌道を見学された時のレポートを「高熱隧道」のタイトルで発表された。

登山の写真を整理していたところ、昭和56年9月23日、黒部ダムから黒部川に沿って「下ノ廊下」を欅平まで歩いた時に撮影した「上部軌道」の写真が出てきたのでご覧いただきたい。 

旧掲示板【167】と重複する部分もあるが、京都から前夜の「ちくま」で出発し、松本で大糸線に乗換え信濃大町で下車。扇沢まで「北アルプス交通」の路線バス(松本電鉄と川中島バスの共同運行)に乗車した。扇沢から黒部ダムまでのトロリーバスは8両の続行運転であったが満員であった。ダム到着後、乗客の大部分は黒部ダム方面の出口に向かうが、何名かの登山客は「下ノ廊下」方面の出口へ。そこには係員が登山届と各人の行き先と装備のチェック等を行っていた。「阿曽原の小屋で宿泊して欅平に行く」と答えると、「前の2人連れと一緒に行ってくれ」と言われた。途中に危険箇所が何カ所もあり、単独行の場合万一の時のためである。ここで滑洛した場合は絶対助からないし、遺体の収容すら困難である。前の2人連れは、山慣れした20代前半のアベックで、一緒に歩く訳には行かないので少し離れて後ろを歩いた。黒部川の断崖絶壁沿いに危うく取付けられた道は、一歩足を踏み外せば絶対に助からない。何カ所かの難所を無事通過して、十字峡で昼食にした。ここは、黒部川本流と剣沢、棒小屋沢が十字になって合流する所である。更に進むと、山の中に建設された黒部川第4(通称黒四)発電所の送電線の出口が見え、本流を吊橋で渡り少し行くと、仙人谷ダムに到着し、その向こうに上部軌道の線路が見えた。ここで休憩中に3両の客車を引いたバッテリー機関車がいきなりトンネルから顔を出し、欅平方面に結構なスピードで通過し、屋根付きの鉄橋を渡り、高熱隧道に吸い込まれて行った。(タイトルの画像)

ダムの堰堤を渡り、暫く行くと、仙人湯から池の平を経て剣岳方面に向かう雲切新道との分岐で、ここで仙人湯まで行くアベックと別れた。小屋に到着したのは午後2時半頃で一番乗りであった。夕食まですることがないので露天風呂に浸かったり、その辺をブラブラして過ごしたが、今から思うと、仙人谷ダムまで引き返してもう少し撮影すればよかったと思うが、朝から一歩間違えばあの世行きのような所を延々と6時間も歩いたため、とてもそんな気にはならなかったのであろう。

翌日は雨の中、朝6時に出発して、傘をさしながら水平歩道を約5時間歩き、11時頃欅平に到着した。昨日よりは危険度は少ないが、道幅は50㎝位で下まで200mはあろうかという相変わらず断崖絶壁沿いの道で、途中には真っ暗なトンネルが2ヶ所あった。

黒部峡谷鉄道で宇奈月に出て、富山地鉄で富山へ。折角の機会であるので富山地鉄を少しだけ撮影して急行「立山」で帰った。

現在は、鉄橋部分は冒頭の写真の箇所を含めて完全なシェルターで覆われてしまったようで、走行中の写真は無理なようである。それでも走行中を見たいと言われる方は、私までご連絡いただきたい。都合がつけばご案内する。但し、黒部ダム、欅平のいづれから歩いても最低6時間はかかり、それなりの登山経験が必要であるが、欅平からの方が危険は少ない。また、高所恐怖症の人は諦めること。途中の画像も貼りつけたので参考にしていただきたい。

 

下から見た黒部ダム

 

黒部川本流に沿って。右側のくぼみが登山道。

 

黒部川本流と剣沢、棒小屋沢が合流する十字峡。

 

この辺りの山の中に黒部川第4発電所がある。左が登山道。

 

黒部川第4発電所の送電線の出口。

黒部川本流を渡る登山道の吊り橋。

 

仙人谷ダム。昭和11年に着工して15年に完成した。資材運搬用のトンネル建設中に摂氏165度にも達する岩盤を掘削して完成した。

 

黒部川を渡る鉄橋。当時から屋根が付いていたが、現在はシェルターになっている。

 

宿泊した阿曽原小屋。小屋の営業期間は例年7月から10月下旬まで。先の鉄橋の写真共々人物の写っていないものがないので止むを得ずこれを使用した。顔の部分を修正しようと思ったが、今更修正してもしゃーないと思ったので、素顔のままにしておいた。

 

ED24/欅平 昭和55年日立製

 

ED28/欅平 昭和57年日立製

 

ED21/宇奈月 昭和49年日立製

 

ハフ1027/宇奈月


【7587】なぜ新規投稿者が増えないか?

今日、準特急氏と久しぶりに雑談する機会を得ました。全国を巡礼して回る途中とのことで学生時代の悪行を懺悔しているのだそうです。雑談も後半に入った頃、準特急氏が言いました。「どうして常連以外の会員からの投稿が増えないのだろうか」

私は答えました。「パソコンの使い方がわからんのだろう。なんせガリ版しかシラン世代やからな」

準特急氏「須磨の大老や乙訓の長老かて使っているやないか」

私「・・・・・・・」

鉄道に関する知識なら鉄道趣味界の人間国宝、世界遺産、ワシントン条約保護生物と称される至宝であるが、この諸先輩方がデジタル時代に適応していけるとは思ってもいませんでした。だが言われてみると確かにご両所だけではなく丹頂鶴氏もすばらしいHPを作っておられるではないか!ということは何かほかに投稿しづらい理由があるのではないかと考えました。準特急氏が千鳥足で去っていくのを見届けてから急いでこのHPを開けました。するとなんと言うことでしょう!ぷるぷる氏も同じように悩んでおられたではないですか。そしてもう投稿しないとすねておられる様子。そこで大阪通信員氏に電話してみました。氏もこのところ投稿がないお一人ですから。案の定帰ってきた言葉は「新しいアップローダーの使い方がわからへん。最近頭のメモリーが不足気味と、CPUの計算速度がついていけないんや。なにせ頭はまだwindows95のままやから」とのたまわっている始末。「近くの日本橋へいって最新型windows7にかえてください」といって電話を切りました。

幸いにも管理者jrが解決策を考えてくれるとか。これでROM生活を送って書かない会員諸兄からも投稿がぞくぞくと入る日も近いのではと安心しました。

読むだけで批評ばかりしているあなた、投稿してみませんか?近況報告一行だけ書いても楽しいものですよ。待ってます。


【7487】工房便り D50の制作(2)

(「D50の制作(1)」の続き) 
このキットには下回りが含まれていませんので、前回の記事通りダイカスト製の主台枠、動輪、サイドロッドとテンダー台車を別に購入していました。あとのパーツは手持ち部品から最大限の流用をはかることにして、メインロッドはAdachi製、クロスヘッドは天賞堂製を使うことにしました。問題はバルブギヤーです。使えそうなのはD51用ですが、加減リンクの位置がD50とは模型寸法で1mm程度異なるため、全体の流用を諦め、作るのが面倒な加減リンクのみ流用することにし、エキセントリックロッド、ツリリンク、同腕、芯向キ棒、合併テコ、結ビリンクを0.5mm厚の洋白板から、返りクランクは1mmの洋白板からそれぞれ切り出しました。
切り出したバルブギヤー。このうち合併テコは下部の二股部分が大きすぎ、シリンダー後蓋部に干渉するため、作り直しました。
切り出したバルブギヤー。このうち合併テコは下部の二股部分が大きすぎ、シリンダー後蓋部に干渉するため、作り直しました。 
モーションプレート組立。面倒でも製作図を描いてから作ります。

モーションプレート組立。面倒でも製作図を引いて・・。
 
 
 
これらの取付の中心となるのがモーションプレートですが、これも市販品がなく自作です。中心位置が狂うとバルブギヤーの寸法に影響するので製作図を引き各パーツを作ります。半田付けで組み上がったところがこの写真です。バルブガイドは丸棒をドリルレースで削り出しました。
             バルブガイドは丸棒をドリルレースで削り出しました。

蒸気機関車でよく目立つシリンダーブロックも自作です、手持ち品流用パーツはメインシリンダー前後蓋(挽き物)、空気弁(ロストワックス)です。

写真は弁室の後蓋とバルブガイドで、真鍮丸棒をドリルレースで削り出しました。バルブガイドの周囲を弁室の後蓋を止めるボルトの頭が取り囲んでいますが、これは丁度寸法の合う平ワッシャに、リベットを埋めるのと同じやり方で0.4mmの真鍮線を埋め、表現しました。

二枚重��で左右分を一度に加工します。
二枚重ねで左右分を一度に加工します。

スライドバーも自作しました。1mm厚の洋白板を寸法に切り出し、二枚重ねてヤスリで側面から見た形に整えますが、このときに中央部の溝になっている部分は溝を加工した後上下の滑り金の表現も兼ねて帯板を半田付けするため、細く加工しておきます。

ク��スヘッドとスライドバーを合わせます。スムーズに動くように調整します。

クロスヘッドとスライドバーを合わせます。スムーズに動くように調整します。

出来上がったスライドバーとクロスヘッドを合わせます。スムーズにしかも大きな型のないように調整します。クロスヘッドは天賞堂製のC51用(ロストワックス製)が形がよく似ているためこれを使いました。後で判ったことですが、D50のクロスヘッドは後年、多くの機がD51用に似た近代機設計のものに交換されています。しかし、今回は元設計の形にすることにしました。

クロスヘッドはメッキ処理がされていません。昔は使い古しの写真の定着液に浸して銀メッキを施したものですが、今は「メッキ工房」なるメッキキットが製品化されています。約1万円もするキットを買うが良いか・・思案中。 

シリンダーブ��ックとモーションプレートを主台車枠に取り付けます。
シリンダーブロックとモーションプレートを主台車枠に取り付けます。
バルブギヤーの組み込みが出来、上回りと下回りがドッ��ングしました。

ブギヤーの組み込みが出来、上回りと下回りがドッキングしました。

シリンダーブロックの前後板は0.8mm、側板は0.3mmの真鍮版ですが、この寸法が機の前部の高さ寸法を決定しますので慎重に寸法を決めます。外から見える側板はこの時点では必要なく、むしろ先に付けてしまうとスライドバーや各パーツの組立がやりにくいので後回しにします。次回に紹介しますが、側板には点検蓋(0.1mm真鍮版)を貼り付け、0.4mmのリベットを打ってから空気弁のパーツを半田付けし、シリンダーブロックに沿うように曲げて行きます。なお、この側板の本付けは最後にします。シリンダ排水弁、シリンダ安全弁(共にロストワックス)を購入しましたので、このあと取り付ける予定です。 

シリンダーブロック、モーションプレートを主台枠に取り付け、バルブギヤーが無事所定の位置に組み込み込めました。なお、先台車は簡単に自作できますが、ショップでAdachi製のD51用をつい買ってしまい、これで時間と労力の節約をするつもりでしたが車輪をφ11.5mmに交換しようとすると軸径が異なり、取り付け位置も異なるなどけっこう手間取りました。

主台車枠後部と従台車は自作が必要で、これ以上に手間取るので、後回しです。 

ようやく機関車らしくなってきました。
少し機関車らしくなってきました。

ようやくこれで上回りと下回りのドッキングが可能となりました。バルブギヤーも組み込んだ下回りに上回りを載せ、前部デッキ、間高さと傾斜キャブの屋根高さなど所定寸歩が得られているか良くチェックし、修正可能なところは今のうちに少々の手戻りが出ても修正しておきます。(つづく)