【19886】2012年冬から春への中国鉄路一人旅     ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅 総集編

海外旅行では欠かせない、クレジットカードを忘れるという大失態から始まった旅でしたが、倹約を重ねて何とか手持ちの現金でやりくりしながら、O氏に自宅から送ってもらったクレジットカードを持ってきていただくまでを凌ぎました。
O氏と合流できなかった場合は、街角に這いつくばって道行く人からの施しをお願いするしかないかと覚悟しておりました。O氏様、助かりました。ありがとうございました。

44日間の人生最長の旅は、前半の「2012年冬から春への中国鉄路一人旅」と、後半の「ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅」になっております。まとめましたので、ご覧ください。


▲ 今回の旅では、成都から广州までと、深圳から大連までは、飛行機を利用しましたので、乗車地図では、つながっていません。

▲ 昆明のメータゲージ区間は、時刻表に記載がないので、現在調べております。分り次第に差し替えます。广州~九龍間の乗車距離は、中国鉄路区間のみです。

下記をクリックしていただきますと、内容をご覧いただけます。

【2012年冬から春への中国鉄路一人旅】

Part  1  とほほのスタート
Part  2 1891次に乗って齐齐哈尔へ
Part  3 富拉尔基(フラジル)の蒸気機関車
Part  4  国境の町、黒河(ヘイフー)へ
Part  5 国境の町、黑河(ヘイフー)のあじあ号展望車
Part  6 ( ハルピン )から鸡西(ジーシー)へ
Part  7  鶏西鉱業集団鉄路 その1
Part  8  鶏西鉱業集団鉄路 その2
Part  9  鶏西鉱業集団鉄路 その3
Part10 大地横断5,010キロ 鸡西から昆明へ
Part11 昆明のメータゲージ、 湏越(雲南)鉄道
Part12  昆明のミシェラン 雲南鉄路列車陳列館
Part13  成昆鉄路に乗って、グースの里 北碚(ベイベイ)へ
Part14  江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その1
Part15 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その2
Part16 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その3
Part17 北碚(ベイベイ)から重慶(重庆)へ
Part18 重慶モノレール(重庆軌道交通)
Part19 重慶から芭石鉄道へ
Part20 芭石鉄道その1
Part21 芭石鉄道その2
Part22 芭石鉄道その3
Part23 簡単便利に購入できる中国国内線航空券と鉄道切符
Part24 一旦出国、再入国で大連へ
Part25 大连市電(大连軌道交通)

【ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅】

Part  1 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その1
Part  2 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その2 展示車両
Part  3 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)
Part  4 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型) その2
Part  5 平庄炭鉱から阜新炭鉱へ
Part  6 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

Part  7 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2
Part  8 北台製鉄所 その1
Part  9 北台製鉄所 その2
Part10 北台製鉄所 その3
Part11 錦州八角台発電所の建設型
Part12 瀋陽から天津へ、そして帰国

以上です。現在、次の中国鉄路乗車の旅も始まっております。近々にアップロード始めさせていただきますので、またご覧いただければ幸いです。


【19919】連接車9

今回はヨーロッパの路面タイプではない連接車とする。連接車については鉄道ピクトリアル789 2007年5月号にその特集が組まれているが、巻頭の説明では「連接車は車両同士の連結部分に台車を配置し、隣接する2つの車両を1つの台車で賄っている車両である」と書かれている。ところが、その特集記事の中で専門家は上記定義に当てはまらないものと断って最近普及しているLRVを広義の連接車として説明している。広島電鉄5000形のようなLRVはヨーロッパ各都市では以前から多く見られるが、このような5車体3台車の車両では台車のない車両は隣の車両が吊っている様である。この連接車特集号では日本のLRVの写真がどんどん紹介されているし、旧東ドイツでは2車体2台車もある。連接車の定義、範囲はよくわからなくなった。ということで連接車最終回は標準型で有名な車両を選んでみた。

最初はイタリアの元TEE「セッテベロ」ETR300で小田急NSE等に影響を与えたといわれる車両。1952年生というから恐れ入るが実に思い切ったデザインの車両である。2車体3台車の間に3車体4台車の中間車を挟む7両編成。2000年5月5日ミラノ~ボローニャ間にあるFidenzaでの撮影。

 

これも有名なフランスのTGV。8車体9台車の中間車に両端はボギー式で10両で1編成。2005年8月7日南仏Antheorの高級別荘地から撮影。パリリヨンとニース方向を結ぶ上下列車。↓        

     

 

1997年8月17日ベルギーのローゼンタール~アントワープ間のKijkuit付近で撮影のタリス。アムステルダム発ブラッセル行きで両端動力車中間8車体9台車はTGVと基本的に同じ考え。↓

          

ユーロスターも連接台車を採用しているが、動力車と客車間、編成中央の客車間は非連接で4分割可は海底トンネル内での異常時対応。1997年8月20日ベルギーのフランス国境に近いMonsで撮影したブラッセル発ロンドンウォータールー行き。↓

 

最後はスペインのタルゴ。2000年5月7日スイスチューリッヒ郊外のMurgenthal~Rothrist間を行くRE/44に牽引されるバルセロナ発チューリッヒ行きEN273列車。客車間の台車が1軸であるのが特徴で標準型の変わり種。↓

         以上で連接車9回の連載を終わる。

 


【19913】レイルNo82「武庫川をめぐる鉄道」について

兵庫ふるさと通信員さんより表題について紹介をいただきました。早速コメントを書いたのですがどういう訳か送信ができない状態なので、新たに新規投稿の形でコメントさせていただくことをお許し下さい。

 

兵庫ふるさと通信員様

お名前は始めて拝見させていただきますが、有難うございます。拙文、拙写で恐縮しております。先輩であるtsurukame様には応援出演をしていただき、内容が濃くなりました。また、893-2様には急遽現在の写真を撮るように協力依頼をしたのですが、撮影途中でお役所に多大な寄付もされたと伺い、これまた、恐縮しております。

 

乙訓の老人様

励ましの言葉かお小言かよくわからないところがありますが、いつも早いコメント有難うございます。私は本を書く知識、能力、体力、気力は全くありません。鉄ピク誌に関しては毎号次の特集のテーマが与えられますので、どうせ何時かは撮る写真と思って出かけます。編集部がどういう写真を欲しているかは一応頭に入れおきます。データ以外は専門の方が説明を入れてくれるので気楽と言えば気楽です。私の強みは関西育ちで関東在住者、歳をとっていることです。逆に専門分野がなく、お迎えが近いとも言えますが、歳をとっている分、東西の新旧写真がかなり手元にあるとも言えます。古い写真はどちらかというと掲載率が高い様ですが、、最近の写真、特にJR系は若い人の方がカメラ知識もあり、うまいので殆ど落選します。若い人と競争するのも面白いですが、全部落選するとがっかりです。古い写真、特にカラーは貴重であるとのことですが、老人様やDRFC-OBの人間国宝級の方々のような貴重なものは皆無です。しかし、最近は私自身紛れもなく老人だと思っております。現在、連接車の最終回を準備しておりますのでまた、宜しくお願い致します。


【19890】準特急さんの企画、発刊さる!

レイル(THE rail) No.82 株式会社エリエイ/プレスアイゼンバーン発行 

DRFC OB会員、準特急さんの企画による『武庫川をめぐる鉄道風景』が421日発刊されました。準特急さんが、少年時代を過ごした思い出の武庫川には、戦前・戦後を通じてたくさんの鉄道が関係します。 

写真と記事は、阪神電車武庫川に始まり、阪神国道線、東海道線、阪急神戸線、阪急今津線、福知山線等々。t殊に福知山線は旧線・新線の両面から、そして旧線跡探報記事もあります。誌の一部を写真で紹介します。

誌は懐かしい場面の数々を、カラー・モノクロで表現した大判の写真集です。地元兵庫県民には特に懐かしく、思い出の場面にたくさん出会いました。DRFC OB会員のtsurukame 氏も写真提供に協力されています。
デジタル青信号の読者もこぞって購読されますことをお勧めいたします。 


【19865】ドイツ風的 中国蒸気機関車の撮影の旅 Part12  瀋陽から天津へ、そして帰国

第11日目(訪中43日目)   4月1日

中街(地鉄)→瀋陽駅8:30(D164次)→14:14天津西 699キロ 5時間34分

長かった旅も最終へと入りました。お連れいただいたO氏にお礼を申し上げて、7時前にはホテルを出ました。着いた瀋陽駅も大連~哈尔滨間の新幹線建設工事で、瀋陽北駅と同様の大改造中です。駅横のマクドで朝食後、乗り込みました。

▲ 乗車した車両は、何とオール6人掛けのコンパーメント車でした。しかも、シートピッチが狭くて、後ろにリクライニングもできずで窮屈です。これなら、1+2列にしてくれたら、どんなに快適だったでしょうか。
この日は通路側席でしたので、いくらかはマシでしたが、途中から真ん中席には赤ん坊を連れた2組が乗車してきましたので、ウトウトもならずです。幸いにして電気は使えましたので、乗車中はひたすらHP用の画像処理に専念しました。


▲ 殆どの乗客は1つ手前の天津駅で下車しましたが、私は北京~上海間新幹線が開業して大変身を遂げた天津西駅にはまだ行っていません。
まあ、昔の駅を知っている者にとっては、びっくりです。 11本もの相対式と2面の片式ホームの数は以前とは比べようがないくらいに多く、コンコースは広大です。ホームから地下鉄まで15分もかかりました。

この日の夕食は、馴染みの日本料理屋へ行き、久しぶりのカレーライスを頼みました。

第12日目(訪中44日目)   4月2日

① ホテル11:30(Taxi)→天津空港14:00(JL840)→17:45名古屋空港
② 中部国際空港18:36(ミュースカイ)→19:05名鉄名古屋
③ 名古屋19:25(のぞみ247号)→20:02京都20:08→20:19長岡京

今日は、生涯で最も長い旅の最終日です。2月19日に旅立ち、44日間何とか無事に過ごせました。一人旅を続けたわけではなく、途中からはO氏、そしてドイツ人一行と合流しての変化にとんだ旅でしたので、一人旅の楽しさ、グループでの旅の楽しさの両方を味合えました。撮った写真の枚数も生涯最高です。

どの1日が最高だったか、どの1枚が最高だったと問われても、毎日が思い出に残り、1コマ1コマのシャッターを押す度に生きている幸せを感じていました。学生時代に戻ったような感覚を持つ事が多い旅でした。また、こんな旅をしたいと思っております。

これができるのも元気な身体があってこそです。私は、丈夫な身体ではなく、いつポックリ逝ってもおかしくない持病を持っていますが、じっとしておられない性質ですので、ついつい出かけてしまいます。

▲ ホテルでゆっくりして、正午前に天津空港に向かいました。出張ペースでの駐在でしたが、その頃と比べようがないほどの渋滞です。ちょっとヒヤリとしましたが、中心部を抜けるとスムーズに進み空港に到着しました。
搭乗前のラウンジサービスがありますが、北京等と比べるとしょぼいものです。
機内食も近距離で、初めて天津から日本への国際線が飛んだ時は、おにぎり1個と信じられない機内食に搭乗客のみならずCAさんも唖然としましたが、今日はマシです。昔のように国際線はステーキがどかんと出ることはありませんが、これなら我慢内です。もっとも私としては、アルコールがあれば問題ありませんが・・・。

久しぶりのセントレアに着陸、名鉄、新幹線の流れで無事帰宅しました。自宅では、まだ1歳の孫が誰が来たのかと、不思議そうな顔で迎えてくれました。

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