【33586】台湾一周駆け足旅行(3)

<3月22日>高雄⇒太麻里⇒台東⇒鹿野⇒關山⇒玉里⇒花蓮

三田会のお三方は早朝の列車で海を入れた撮影のため枋山に、続いてSさん、Tさんは遅れてどこか途中下車で撮影のため出発。私は高雄駅の新旧対比で駅周辺を撮影することにした。高雄駅は地下化工事でこれまた激変しており、撮影は厳しい。旧駅舎は現在の駅舎に向かって右側、高架橋を越えた場所に移築されていた。年配者や警察で旧駅舎にあった位置を確認したが、どうも現在の駅舎は旧駅舎よりもやや左側に建てられたようである。

1968.3.20 小さくて見難いが人力車やボンネットバスらしきものが見られる↓s-63.3.20高雄駅舎

2013.3.22 現在の高雄駅 旧駅舎は右手高架橋のあたりにあったとのこと↓

s-13.3.22高雄駅舎

2013.3.22 移築保存されている1940年建造の旧駅舎↓

s-13.3.22旧高雄駅舎

駅周辺の撮影後9時25分発莒光751次で太麻里に向かう。途中で撮影を終えたSさん、Tさんと予定通り車内で落ち合う。Sさんは母君がこの近くの屏東で育ったとのことで、先年家族旅行をされているほか台湾には何度も足を運んだとのことで詳しい。因みに私の母は4年前に亡くなったが、これから行く花蓮の生まれである。さて、太麻里には定刻12時2分に到着したが、台鉄も事故でもない限り定刻を守っており、東南アジアのどこかの国のようなことはないので有難い。太麻里もSさんの案内で10分ほどで有名撮影地に着く。先日このあたりがテレビ放映されたが、山に上がれば上るほど海が入るので次回のチャレンジコースにしたい。

太麻里~知本 自強231次 新左営発樹林行き 12両もつながり慌てる↓

s-13.3.22太麻里231次 記事の続きを読む


【33494】2013年 はにかみの国、ミャンマーSL撮影の旅 Part12 キハ47、181、183系発見、ミャンマーの蒸気機関車、マンダレー~ヤンゴン夜行列車の旅

08_マンダレー駅808_マンダレー駅9▲ マンダレー駅ホーム端にある水汲み場にボトルを持ってきていたお嬢さんたち、ちょっと振り向かれた時に出ましたはにかみ笑顔、久しぶりに見させていただきました。

 

第7日目 3月29日 その2
マンダレー 17:00(D4n)→9:15 ヤンゴン

08_マンダレー駅308_マンダレー駅615:15、マンダレー駅に到着しました。2階駐車場から構内を見ていますと見慣れたカラーのDC2両が入線してきました。飛ぶようにホームに向かいました。

2両のDCは2011年にJR四国から譲渡されたキハ47系です。

キハ47-116→RBE2571
キハ47-117→RBE2572
と、改番されていました。

車内を見たかったのですが、制止させられました。
列車は2時間遅れで到着したそうで、乗降が終わるとすぐに折り返していきました。
制止はそのためでした。
ドアは開けっぱなしで去って行きました。
行先は時刻表がなく分かりません。

08_マンダレー駅008_マンダレー駅108_マンダレー駅4▲ 車庫を覗くともう1両が留置されていました。

キハ47-1087→RBE2574
3両とも車体制限のため屋根上のベンチレーターは撤去されていました。
JR四国からはもう1台が譲渡されています。
こちらはヤンゴンに配車されているそうです。
キハ47-503→RBE2573

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【33445】2013年 はにかみの国、ミャンマーSL撮影の旅 Part11 マンダレー

07_踏切1 マンダレー駅周辺のロケハン途中の踏切前でお会いした洗濯をしていたお嬢さん。明るくさわやかな笑顔で答えてくださいました。それにしてもマンダレーの皆さん、昨日と同じく愛想良く元気です。またきたくなりますね

第7日目 3月29日 その1
マンダレー 17:00(D4n)→9:15 ヤンゴン

02_朝食2 02_朝食▲ 6:30、清々しい朝を迎えました。欧米人もかなり泊まっておられたSwanHotelでの朝食です。欧米人や我々にも口に合うような各種メニューが用意されていました。ほっとしてたくさん食べましたが、しばらくするとお腹の調子がおかしくなりました。Nさんも同じで、どうも二人とも食べ合わせが悪かったようです。私は正露丸を飲んで強制的に治めましたが、Nさんは持参されていた別の薬が効かなかったのか、重症になられました。一方のO氏はとても元気で人間性だけでなくお腹も違っておられるようで頑丈です。旅の途中での腹痛は大変です。今日はスタートで失敗しました。

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【33322】2013年 はにかみの国、ミャンマーSL撮影の旅 Part10 ナムツからマンダレーへ その2 マンダレー駅

02_空港前12_edited-102_空港前13▲ Paleik分岐駅で遊んでいた子供たち。底抜けに明るく踊って、お得意のポーズで決めてお迎えしてくれました。

第6日目 3月28日 その2
① ナムツ6:55(チャーター車)→8:55シッポー駅10:10→14:43マンダレー空港
② マンダレー空港14:50→パレイク駅16:15マンダレー駅

01_メイヨー1シッポー駅を出発する1日1本の列車の発車を撮ることなくマンダレーへと急ぎました。往路では途中で渓谷を上下する急ないろは坂がありました。車体が長いトラックは急なカーブを曲がるのは大変で、片側通行になって大渋滞しました。ここを超えるのがネックになっています。
運転手さんも飛行機に遅れてはいけないと渋滞を心配されておられましたが、復路では渋滞がなく無事通過しました。ほっと一安心でした。

01_メイヨー312:50、順調に走り続けてメイヨーに到着しました。メイヨーは植民地時代からの避暑地で海抜は約1000mもあります。ここからマンダレー空港までは100数10キロです。これでフライト時間には間に合います。これなら大丈夫とネイトンさんは申され、市内のとあるレストランに入りました。

01_メイヨー4▲ ドカ~ンと今まで食べていなかった料理の数々が出てきました。これがミャンマー料理なのでしょうね。美味しくいただきました。

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【33364】E233川越線試運転

午後から悪天候が予想された26日、205系を撮影に指扇~南古谷に行ったら、10人くらいの先客。何でも新車試運転とのこと。そう言えば、大宮や川越車両センターでも見かけたのでいよいよ205系を追い出すことになるのか。番号は7001であった。INUBUSEさんから埼京線と横浜線が近々E233に置き換わるとの報告があったのでとこのことだと思った。

s-13.4.26指扇E233


【33180】2013年 はにかみの国、ミャンマーSL撮影の旅 Part9 ナムツからマンダレーへ その1 シッポー駅

05_シッポー駅19▲ シッポー駅ホームの上で葉っぱに乗せたクーンと呼ばれる噛みタバコを売っていた少女。初めはとても恥ずかしそうで、中々表情を引き出せませんでしたが、お話をかけながら何枚かシャッターを切っていくうちに自然と、はにかみ笑顔が出ました。カメラに慣れていない素朴な表情がとっても素敵でした。
05_シッポー駅27▲ おばあちゃまにしっかりとおんぶされた可愛いお孫さん。べちゃこい笑顔は我が家の孫にそっくりです。思わず両手を差し伸べました。

 

第6日目 3月28日
① ナムツ6:55(チャーター車)→8:55シッポー駅
② シュポー駅10:10→14:43マンダレー空港→16:15マンダレー駅

01_朝食6:30、今日の朝食はパンではなく麺です。さっぱりとした味付けは日本人好みです。美味しく召しあがらせていただきました。
6:55、今日は朝からナムツを出発してマンダレーへと向かいます。マンダレー空港でM1さんとM2さんを見送りますが、当初予定していた時間よりフライトが1時間も早くなっていますので急ぐことになりました。 01_ナムツ→マンダレー地図701_時刻表▲ 赤線が移動した軌跡です。O氏がGPSロガーで記録されたDATAをいただきました。

国鉄線とはほぼ平行していますが、車窓からはほとんど見えず踏切を渡る時に分かる程度でした。
帰路のどこかで走行写真を撮ってみたかったのですが、急いでいました。初めてで車窓からのロケハンもできていません。従って走行写真は撮れずでした。

まあ、1往復の運行しかなく、待ち受けも遅延が日常的ですので、よほどラッキーでないと撮れないのが現実です。
次回の機会ができましたら、終着のラショー駅ナムツ鉱山鉄道の休止線沿いを辿って、ナンヨー駅も寄ってみたいですね。

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