【89576】5万人の写真展 広島会場

中学時代からの親友を亡くされ落胆されている米手作市様への気付け薬になればよいのですが。昨日から3日間だけ広島市の紙屋町交差点の真下にあるシャレオ中央広場で開かれている同展を見ようとカープ花電車撮影を兼ねて広島へ行ってきました。

平成29年9月23日 広島市紙屋町シャレオ中央広場

記事の続きを読む


【89546】旧型電車を追って(73系)

大阪環状線から最後に残った103系一編成が姿を消すという。しかも103系にちなんで10月3日で。大阪駅で当たり前の景色のようだった103系だが、正直よくここまで生き永らえた、という感じもする。首都圏では103系の活躍はもっと以前の話で、今やE233系、山手線ではE235系も投入されている。時代は移り変わる。103系だけでなく広く標準的な車体規格の20メートル4ドアロングシート車体も源流を辿れば古くは73系(モハ63)に行き着く。103系でなじみの前面10度の傾斜角を持たせた窓も、クハ79の300番台の昭和29年製まで遡る。私自身は1985年度生で、その年の3月には富山港線の73系が引退。その前年10月には可部線の73系が引退しており、DRFC入会時点で残存している営業線上の旧型国電は鶴見線大川支線のクモハ12と小野田線雀田支線のクモハ42だけだった。旧型国電を撮影するには、私は完全に遅れてきた青年であった。東海道緩行の旧型国電は小学生の時に引退しているので少し覚えているが、京浜東北線や横浜線など首都圏での活躍は想像の世界となる。73系については、既に多くの書物が刊行されており、インターネット上でも充実した内容の掲出が多くある。偶然であるが、ピクトリアル最新刊も72系旧型国電。なぜ今73系なのかとも感じるが、その最末期、可部線と富山港線で撮影することが出来たので、既出の内容ばかりで恐縮だが、自分自身の振り返りとして、主に実際に見た車両に焦点をあてて投稿させていただく。

記事の続きを読む


【89538】飯田線1973年8月

総本家青信号様、どですかでん様に刺激され、便乗させてください。場所の不明な飯田線の写真があったのですが、お二人のお蔭で遠い記憶を戻すことができました(私は何も分析できていなくてすみません)。1973年といえば会社へ入って2年目でフトコロの余裕は出来たものの自由な時間が少なくなり、正月や連休、会社の夏休みを利用しFさん、I氏について出掛けたたものです。当時は鉄道の写真を撮るだけで満足していましたが、今となってはやはりデータは取っておくべきだったと考えさせられます。総本家さんの言われる飯島-伊那本郷の与田切川と思われます。 記事の続きを読む


【89535】鉄道には無関係な事ですが・・

かつて同志社大学のラグビーが大学日本一になった時代がありました。それも三年連続で。
その時、指揮を執っていた監督が伊藤 武君です。中学からの付き合いは亡くなるその日まで続いていましたが、突然の悲報で断ち切られました。同志社高校の学年同窓会長を永年続けてくれて、10月7日に18回目の総会を開く直前での退場となったのです。19日の午後、打ち合わせのため二度電話しましたが出ないので翌20日昼にもう一度掛けても出ないため不安になり(永年糖尿病を患っていた)夜、主治医の同級生に電話したところ「いま奥さんから電話で、帰宅したら死んでいた、との電話があり今から行くところ」とのことでした。検視の結果死亡時刻は私が電話した20日の昼頃だったようです。

毎週のように高島屋に車を置いて私の近くの喫茶店まで歩いてきてコーヒーを飲むのが彼の糖尿病療法でしたがそれもできなくなりました。「ブル」の愛称で同級生みんなに愛された60年でした。

DRFCに関係のない話で誠に申し訳ありませんが、聞いて頂きたくて投稿いたしました。お許し下さい。
記事の続きを読む


【89526】広島便り

カープ優勝で盛り上がる広島からのニュースです。

平成29年9月21日 中国新聞朝刊

広電900型(元大阪市電2600型)の1両がソウル市に来年度開園する鉄道公園内で走るそうです。記事には何号車とは明記されていませんが、譲渡車両は906号のようです。900型は901~914の14両がいましたが、すでに901、902、903、908、909号の5両は廃車されていて 9両が全車江波車庫所属で活躍中です。とは言え1000型の増備が進んでいますので、次第に出番が減っているようです。京都市電1900型はまだ1両も廃車されずにがんばっていますが、超低床車に乗り慣れてきた乗客からは、「よっこらしょ」のステップは不評のため、いつまでも活躍とはゆきそうにありません。ミャンマーに渡った3000型がシートをかけられて惰眠のようですが、900型がそういうことにならないように願うばかりです。906号の写真を1枚添えておきます。

906号と911号 平成28年11月9日 広電本社前付近にて

記事の続きを読む


【89460】 地図を携えて線路端を歩いた日々 -13-

飯田線④   F地点  飯島~伊那本郷

五万分の一の地形図を眺めていると、先述の田切~伊那福岡とウリふたつの地形が、3キロ南の飯島~伊那本郷にも存在することが分かります。地図上で等高線を赤線でなぞると、同じ田切地形と分かり、飯田線は急カーブで上流へ回り、与田切川を渡り、またもとに戻ります。前後のカーブは、こちらの方が開けていて、撮りやすい感じがします。鉄橋の長さは74m、長さも様式も田切~伊那福岡と同じですが、下路ガーダーが逆台形であること、橋台が一部煉瓦積みであることが違っています。
本掲示板の前項で“どですかでん”さんが、地図から推測して撮影区間を特定されていますが、私もよく似た田切~伊那福岡、飯島~伊那本郷は、手帳を見返しても、どちらで撮ったのかよく分かりません。地図と見比べて、ようやく判明しました。快晴のもと、与田切川を渡って行く1251レ、ED193が牽く

記事の続きを読む