【91166】思い出の明智、岩村、、、

宇都家氏の記事を大変なつかしく拝見しました。明知線と明知鉄道には何度か訪ねていますが、岩村の思い出を少しだけご紹介します。まずは国鉄時代。

昭和45年10月18日 岩村駅で発車を待つ明智行き461レ C1274

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【91151】客車廃車体訪問記 北海道編5

日高本線沿線3題を紹介する。

【富内鉄道資料館】

オハフ33 1568(左)  スハ45 26(右)  42.782898, 142.219105  1998年9月13日撮影 穂別町 富内鉄道資料館
旧富内駅を活用した施設で、最近は「富内銀河ステーション」と称しているらしい。
旧貨物側線に留置されている客車の用途は、ライダーハウスだったらしいが、車内にはタイヤチューブが積まれていた。なにしろ駅舎は閉まっていて、周りに誰一人いなかったのでわからない。塗装は綺麗である。

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【91141】ここは 明智、岩村、、、

国鉄明知線にも明知鉄道にも乗ったことはありませんが、明智(線名と字が違うようです)には6年前に行ったことがあります。明智は古い街並みを活かし、「大正村」として観光地となっています。施設のうちの一つのおもちゃ資料館には古い電車やSLの魅力的なブリキのおもちゃが展示されていました。北原氏ならこれらの素性もたちどころに鑑定されるのでしょうか?

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【91121】 地図を携えて線路端を歩いた日々 -16-

飯田線⑦ 中部天竜

伊那路を抜け、天竜川の渓谷美を眺めながら、中央構造線を長大トンネルで抜けて、飯田線は中部天竜に至ります。ここには、中部天竜機関支区があって運輸上の要の駅になっていて、いつも、ひと電車遅らせて、区を訪問したものです。

中部天竜機関支区を横に見て発車する辰野行き1227M、クモハ52004+サハ75102+クハ47108+クモハ54119 “流電”の活躍は中部天竜以南が多く、辰野まで足を伸ばすのは1往復のみだった(昭和45年8月)

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【91115】応募してみてはいかがですか

三江線関連の新聞記事が少しずつ増えてきたような感じがします。こんな記事がありました。

平成29年12月12日 中国新聞朝刊

船佐駅から宇都井駅までの間で撮った写真との制限はありますが、結構長い区間ですから 足繁く三江線を訪ねておられる方ならきっと良い写真を撮っておられることでしょう。ぶんしゅう殿はじめ三江線応援団の皆さんは応募されてはいかがですか。さてこんな記事もありました。 記事の続きを読む


【91063】半世紀前の阪急神戸線(2)芦屋川-御影間、併せて今昔対比

芦屋川駅です。前回同様、青信号4号、高橋正雄先輩記述『京阪神急行神戸・宝塚線』を参考文献(*)として引用させて頂きました。
▼芦屋川駅、上り4連普通車最後部 1961年3月11日撮影
【920型920-924(M)、950型950-954】951は戦災復旧車で、以前より平シルであったが、車体は終戦直後の復旧であり完全な出来栄えでなく、更新工事で面目を一新した。通風器はガーランド式で中央一列。Tc車のパンタ取付台は撤去された。台車はこの920型のみ汽車会社のL-17(920型)、L-15(950型)である(*)。
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