【79700】三江線その後

全線廃止が決定し 焦点は代替え交通手段をどうするかに移っていますが その検討が始まりました。一方 どこでも同じですが廃止が決まると「お名残り乗車」が増えているようです。

平成28年12月22日 中国新聞朝刊

平成28年12月23日 中国新聞朝刊


【76473】三江線 その後

全線廃止が平成30年3月末と当初の予想より延びたことで、変な安堵感が漂うのか、あるいはカープの優勝騒ぎの陰に隠れてしまったのかここのところ 少し関心が遠のいた感があります。最近の中国新聞記事からいくつかご紹介します。

平成28年10月14日 中国新聞朝刊

平成28年10月14日 中国新聞朝刊

記事の続きを読む


【75781】三江線廃止は2018年3月末

ここ1週間 旅に出ておりましたのでお知らせが遅くなりましたが、三江線の廃止、バスへの転換は少し先延ばしされ 平成30年(2018年)3月末として廃止届が出されました。中国新聞記事を転載します。

 

平成28年9月29日 中国新聞朝刊

平成28年9月29日 中国新聞朝刊

記事の続きを読む


【75603】着々と進む三江線廃止の動き 他

どですかでん氏の格調高い投稿のあとで いつもの安易な新聞転載で恐縮です。9月30日にJRが国交省に廃止を届け出るそうです。

平成28年9月25日 中国新聞朝刊

平成28年9月25日 中国新聞朝刊

記事の続きを読む


【75458】三江線 小ネタ

全線廃止表明以降 地元のテレビや新聞には三江線ネタが急に増えています。今朝はこんな記事が載りました。

平成28年9月23日 中国新聞朝刊

平成28年9月23日 中国新聞朝刊

三江南線の初列車に乗務したOBの回顧談です。当時は「2両編成で機関士2人、車掌2人」とは 写真に写っているキハ02の2連のことでしょう。気になるのはそのキハ02の下の写真です。明らかにキハ02ではないので、当時の配置表を見てみると 三次区にキハ41500(後のキハ06)が1両配置されていたことがわかりました。また三江南線開業時にはまだキハ02(当時はキハ10000)は配置されておらず、どうもキハ41500 1両で三次、口羽間を往復していたようです。キハ02の写真は後年のもののようです。このOB氏が最初に配属されたのが備後十日市車掌区だそうですが、昭和28年当時は三次機関区ではなく、備後十日市分区と呼ばれていたようです。昭和28年には8620が19両、C58が14両配置されています。芸備線の三次以南をC58、三次以北や福塩線に8620が活躍していた時代だったようです。

 


【75403】三江線情報 他

毎度 新聞ネタで失礼します。三江線廃止表明から3週間ほどが経って沿線6市町での住民説明会が済んだようです。

平成28年9月22日 中国新聞朝刊

平成28年9月22日 中国新聞朝刊

住民側がいくら存続を希望したところで 廃止と決めたJRが心変わりする筈もなく 説明会や廃止容認表明という通過儀礼も必要かもしれませんが 代替えバスについての前向きな議論を早く始めれば良いのにと思います。

記事の続きを読む