【34966】2013年 春の中国鉄路の旅 Part11 北朝鮮国境沿いの鉄路 その5 国境の町「丹東」、鴨綠江大橋を渡る国際列車と虎山長城

01_チョゴリ▲ 万里の長城の東端 丹東「虎山長城」で朝鮮の民族衣装チョゴリを着て記念写真を撮っておられたお嬢さん。真っ赤な衣装に白い顔がとっても印象的でした。聞けば、籐先生の大学の生徒さんで、観光にきておられていました。 一瞬、すぐそこの国境を越えて来られた「喜び組」の方かと思える美貌の持ち主でした。

 

第12日目 5月12日
 丹東14:42(K7378次)→翌10:29和龍

今日は、小竹先生と一緒に午後の列車で丹東を離れ、次の国境の町へと向かいます。
2日間厚かましくもお世話になりましたOさんの奥様、ご両親やご家族の皆様にお礼を申し上げて出発しました。まず目指すのは、朝に北京から到着して北朝鮮平壌へと向かう国際列車が北朝鮮へと渡る中朝友誼の橋です。撮影場所は前回北朝鮮に残る蒸気機関車?を撮影した中朝友誼の橋、すぐ近くの丹東中聯大酒店の屋上お立ち台です。

02_鴨緑江大橋1▲ 9:35、お立ち台から見た、日本統治下時代の1911年10月に竣工された鴨緑江大橋(中朝友誼の橋)です。全長は944.2m、幅は11m。併用軌道ではありませんが、片側を道路、もう片側を鉄道の両方で使用されています。道路は狭いために一方通行で、時間を区切って両方からの走行です。中国側から北朝鮮に向かうのはこれでもかと積載されたトラックですが、復路は空で戻ってきます。
03_丹東駅303_丹東駅5
今日はどうかなと見ますと、トラックは相も変わらずイミグレ前からの行列ですが、イミグレの様子が前回と変わっています。
前回見た日帰り北朝鮮ツアーの観光バスやチャーター車がいません。従って観光客も居なくガランとしています。
昨日に籐先生が北朝鮮の緊張感が高まり、今年の4月から中国人も北朝鮮に行かれなくなったよと話されていた通りです。

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【34908】2013年 春の中国鉄路の旅 Part10 北朝鮮国境沿いの鉄路 その4 国境の町「丹東」、新鴨綠江大橋

第11日目 5月11日

昨夜は丹東に住まわれるOさんの奥様のご実家で厚かましくも夕食をご馳走になり、宿泊までさせていただきました。久しぶりの家庭の味は山菜の天ぷらが出ました。天ぷら粉は日本から持ってこられたそうで、ほっと一息大変美味しくいただきました。ありがとうございました。04_花1

06_山菜採り今日は午前中、ご実家の裏にある裏山に登ってみることにしました。山は春を迎えていました。
綺麗な小さな花が咲き、たらの芽、こごみ、ゼンマイ等々の山菜の宝庫で近所の人たちも採りに来ておられました。昨夜のおかずも山で採ってこられたそうです。

01_山

かつて日本軍が要塞を築いていたそうで、登って見ますと塹壕や砲台の残跡が残り、丹東の街並みが見渡せる尾根づたいはハイキングコースになっていました。気温は20℃とさわやかな朝でした。
03_温度

05_餃子▲ お昼も奥様とお母様のお手製の山菜入りの焼き餃子です。これも絶品です。恥ずかしながら私の家内は味音痴ですので、こんな美味しい料理は作れません。ちょっとOさんを羨ましく思いましたね。
前回そして昨日も国境の橋を案内していただいた籐先生も来られました。籐先生はこちらの大学の先生です。今日は丹東に建設中の新鴨綠江大橋を見に行きましょうと案内していただきました。

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【34799】2013年 春の中国鉄路の旅 Part9 北朝鮮国境沿いの鉄路 その3 集安から丹東へ、水豊ダム

第10日目 5月10日
① 通化BT7:31(Bus)→11:40長甸
② 長甸(マイカー)→水豊ダム→上河口→丹東

今日はホテル横のバスターミナル(汽車站)から丹東行き長距離バスに乗って途中にある長甸にある次の北朝鮮との国境の橋へと向かいます。
鉄路&バス_比較_縮小1▲ 集安から長甸までのルートは鉄路も考えられない事はありませんでしたが、最短距離に鉄道は現在敷設されていなく、上のルート地図のように大きく迂回しなければなりません。3本の列車を乗り換えての所要時間は約24時間とバスの約4時間と比べると雲泥の差がありますのでバスでの移動となった次第です。
バス路線HP用▲ 地形図から見たバス路線です。鴨綠江に沿って走り、途中からは山間を走行します。高速道路はありませんので全線一般道です。
切符はすでに買ってもらいました。今日は天気も良くなさそうですので、ゆっくりとバスの乗り鉄旅です。長甸までの移動距離は約190キロ、所要時間は約4時間です。

01_バス切符▲ バスの切符ですが、保険料(1元=約17円)まで付いてきました。56元+1元=57元(約960円)が運賃になります。
朝起きると外は雨模様でした。1日ずれなくて良かったですね。ホテル食堂で朝飯を食べてからの出発です。
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【27900】2012年 冬の中国鉄路の旅 総集編

ご尊敬させていただいております小竹直人先生との2度目の旅は、2人だけの5日間の旅でしたので直接に身近で、中国鉄路に撮り向かわれている姿を見せていただく事ができました。たくさんの勉強をさせていただきまして、ありがとうございました。
しかし、私のような気ままにぶらり旅をしながら、たまたま良いのが撮れたらいいよ程度とは違って、生活もかかっておられますので、撮るについての真剣度が全く違っていました。さすがプロとあってテーマについて追い求められる、集中したお姿は真似が出来ませんでしたが、貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました。

この回は、中国東北地方(旧満州)の北朝鮮とロシア国境沿い、そしてかつて盛況だった森林鉄道の復活SLのチャーターをいたしました。またいつもの一人旅とは違って、中国鉄路をこよやく愛されている中国鉄ちゃんの方々との楽しい撮影の旅となりました。お世話になりました皆様方、ありがとうございました。またご同行させていただく機会がありましたらよろしくお願い申し上げます。

 【2012年 冬の中国鉄路のルート】
東北MAP【行程表】
【乗車した列車】
【投稿した紀行記】
クリックしていただきますと、任意の紀行記をご覧いただけます。

 Part1 丹東へ、北朝鮮にSLがまだいた?
 Part2 国境の橋
 Part3 国境の橋Ⅱ 開山屯へ
 Part4 国境の橋Ⅲ 珲春
 Part5 长春路面電車と軽軌
 Part6 国境の町、绥芬河(綏分河)へ その1
 Part7 国境の町、绥芬河(綏分河)へ  その2
 Part8 鶏西鉱業集団鉄路
 Part9 綏棱(スイリン)森林鉄路 (綏綾森林鉄道) その1
 Part10 綏棱森林鉄路(綏綾森林鉄道) その2
 Part11 天津地下鉄、帰国

これからもぶんしゅう旅日記は続きます。今年は1年の1/3を海外で過ごしました。64歳を迎えましたが、足腰が元気なうちに今迄行く事が出来なかった彼方に向かいたいと思っております。よろしくお願い申しあげます。


【26325】2012年冬の中国鉄路の旅 Part1 丹東へ、北朝鮮にSLがまだいた?

10月の国慶節後に四川省の監獄鉄道北台製鉄のスラグ捨てを撮影するため、訪中計画を組んでいましたが、反日運動勃発により止むを得ず延期としました。しかし、その間でも訪中される猛者軍団もおられて、行けるきっかけを待っておりましたら、中国鉄路撮影の第一人者の1人でおられる小竹直人先生より、北朝鮮沿いの断橋や路線跡を回ろうと思っているので一緒に行かないかとのありがたいお誘いを受けました。
11日のカミンディのイベントが終った翌12日、小竹先生の後を追いかけて旅立ちました。合流地は、北朝鮮と中国が最も交流がある町「丹東」です。交流を支えるのは、中朝友誼橋です。 ▲ 16:50、丹東で宿泊した丹東中聯大酒店の屋上から見た国境線の鴨緑江に架かる中朝友誼橋と鴨緑江橋梁のライトアップです。どちらも日本軍が建設しましたが、右側の鴨緑江橋梁の方は、朝鮮戦争時期にアメリカの空爆を受けて断橋となっています。橋の詳しい記事は前回訪問の紀行記をご覧ください。下記をクリックしていただければ、記事にリンクします。

2010年秋の中国一人旅 Part4 丹東国際列車、 Part5 丹東(安東) 瀋丹線(安奉線)

第1・2日目 11月12日、13日
① 長岡天神5:19(阪急)→南茨木(モノレール)→6:08大阪空港
② 伊丹7:05(JL102)→8:10羽田9:10(JL023)→12:20北京
③ 北京空港(空港快速)→東直門(地鉄)→鼓楼大街→北京駅
④ 北京17:27(K27次)→翌朝7:17丹東

いつものように伊丹→東京→北京ルートです。羽田乗換の際に以前にあった滑走路エリアを走るバスは廃止されていました。一旦到着ロビーを出て無料バスで国際線に移動です。しかし、乗継1時間では、忙しすぎてラウンジでゆっくり朝飯を食べる余裕はありません。
待ちかねた機内食は、空弁から少しレベルアップしていました。
▲ 北京からは、平壌行きの国際列車K27次に乗車しました。切符は閑散期と言えども当日購入は難しいので、北京国際旅行社に依頼しました。今回は、丹東から龙井までの切符も一緒に依頼しましたが、日本でもインターネットで購入できるようにしてもらいたいですね。
▲ 乗車当日の北京駅です。以前と違って、正面入り口前にゲートが出来ていました。構内に入ろうとする乗客は、ここで切符と身分証(外国人はパスポート)の提示を求められます。名目上は、ダフ屋対策のために実名制切符が発行されましたが、誰が乗車するかのチェックはなく、有名無実化されていましたが、ようやく飛行機のチェックインカウンターのようにしっかりとしました。ただ全駅での設備には諸事情で至らず、大きな駅のみになっています。
名目上と申し上げたのは、反抗分子の移動チェック対策があるからです。勿論、広大な国土の道路にも日本のNシステム同様の車両ナンバー読取装置が設置されています。今回は、国境沿いを行きましたので、こんな所にもと思える田舎の道路にも設置されていました。

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