【43052】EVE展示『京都市電で偲ぶ・・・』を、web版『鉄路輝く』に追加掲載

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昨年のEVEに展示された、『京都市電で偲ぶ昭和の同志社』は、 クローバー会全員の会活動の原点とも言える作品でした。

それらは後日、総本家青信号特派員さんの手で、このデジ青に キャプションと共に掲載して頂きました。また、定点撮影の現況写真と 詳しい説明を加えて紹介くださいました。お蔭でEVEに行けなかった筆者 も自宅で力作を鑑賞させて戴きました。お礼申し上げます。

そこで、これまで4回の写真展同様に、Web版『鉄路輝く』に追加掲載しました。 上の画像は、そのサムネイルです。BGMには、ちょうど半世紀たった今も健在な 同志社カレッジソングのオルゴールが聞こえます。(このページでも聞こえます。)

サムネイルをクリックして展示写真にジャンプしてください。撮影者のキャプションと 共に、総本家青信号特派員さんの現況と説明が併記されております。

1964
僭越ですが、サムネイルの右上からジャンプできる、1964年2月の同志社大学 構内外の写真ページを追加させて頂きました。上の画像です。筆者の卒業時、 ゼミ仲間と作成した私製卒業アルバムの一部です。そしてBGMに同志社大学 グリークラブ演奏の同志社カレッジソングを2番まで挿入しました。 良ければご視聴ください。(なお、ブラウザがChrome、Firefox、Operaの場合、 グリークラブ演奏は流れません。)(この頁では1番のみ聞くことができます)

このページの画面上部、クローバー会にマウスを乗せ、リンクをクリックし、クローバー会 写真展(青色文字)をクリック。『鉄路輝く』Web版に進みましたら、『138EVE写真展』をクリックしてご覧ください。 本日は【写真展ページへ】からもジャンプできます。


【42233】EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -6-

今出川通に沿って

今出川線の市電は、烏丸線に遅れること2年、昭和51年3月に廃止された。南に京都御苑、北に同志社と、緑豊かで絵になるところだった。京都市電がよく似合っていた。37年後の今も、市電がいないだけで、その風景は変わっていない。

▲EVE 中林0022【19】西行きの「同志社前」電停に停車する15系統500形。「急行通過」の表示が見えるが、平日の朝、乗降数の少ない停留所をすべての市電が通過するもので、若干の速度向上に寄与した。(昭和40年 撮影/中林英信)

500形の元気な姿や、人々の服装や様子がよく伝わって来る、50年近く前の「同志社前」。それにも増して、カラーの保存状態もよく、当時がよく再現されている。

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【42163】EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -5-

烏丸上立売

烏丸上立売にも電停があったことを現役会員に言うと、驚いていた。確かに、市電廃止後の代替バスにも烏丸上立売バス停はあったものの、地下鉄開業後はそれもなくなり、もう30年以上も「烏丸上立売」は存在しない。現在、烏丸今出川~烏丸車庫前(現・北大路駅前)は、市電外郭線内の廃止路線で唯一市バスの走らない区間である。京都バスは走っているものの、烏丸今出川のつぎは、烏丸中学前である。

・EVE 福田IMG0038sy【17】烏丸線には「烏丸上立売」の電停もあった。右の建物は、当時の学生会館(大学側は大学会館と呼んでいた)で、現在の寒梅館の建つ位置である。 (昭和49年 撮影/福田静二)

131130_019sy当時の学生会館は学生のための厚生施設で、食堂や書店があったが、学友会本部もあり、大学闘争の拠点ともなっていた。学友会本部は、落書きだらけ、ゴミ屋敷同然の鬼気迫るところで、近づき難かった。現在は寒梅館が建って、すっかりしゃれた雰囲気に変わったが、手前の店2軒が、外観もほぼそのままで今も健在なのが面白い。

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【42096】EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -4-

烏丸今出川電停付近

西門を出ると、そこは烏丸線の南行き、北行きの停留所があった。今回はその周辺を。

・EVE 小西149041sy【13】烏丸今出川の北行き停留所の15系統900形。安全地帯は北行き・南行きともに交差点の北側にあり、そのまま路上横断してキャンパスへ行く学生が多かった。この時代でも、学生服の姿が見えた。(昭和45年 撮影/小西啓文)

131130_024sy今出川キャンパスの再整備に合わせて西門も新しくなり、周囲は開放的な雰囲気にはなったが、やはり以前の門構えのほうが大学らしくて好きだった。「薩摩藩邸跡」の石碑も少し移転した。

 

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【42052】EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -3-

烏丸今出川をめぐる(2)

・EVE 西村0021【9】昭和48年に開館した図書館を背後に見て、烏丸今出川の交差点を左折し、今出川通に入る15系統。車輌は600形を連結市電用に改造した2600形だが、この頃は、単行ワンマンカーで使用されていた。(昭和49年 撮影/西村雅幸)

131130_030sysy交差点西南角から撮られた写真で、前回の写真【7】と同じ角度から撮られている。現況と比べても、背後の図書館には全く変化がなく、この角度だけ切り取ると、40年も経過しているとは思えないほどである。

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【41869】EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」-2-

烏丸今出川をめぐる

烏丸今出川交差点の四隅からは、さすがに多くの写真が撮られている。さまざまな角度から見ていこう。(黒字は展示キャプション、青字は補足)

EVE 小西001131sy131130_033sy【3】雪の烏丸今出川を曲がる臨系統の500形。右側に見える小さな瓦屋根の建物は、もと交番。大学紛争時代には何度も焼き討ちにあった。現在の地下鉄への出入り口に当たる。(昭和44年 撮影/小西啓文)

最古参の500形が両方向の交通を遮断して、ゆっくり左折するのは、“古豪のお通り”と言う感じで堂々としていた。カラーは、烏丸今出川南東角から見た現況で、交差点を囲んでいた大学の土塀も、新しいものになっている。交番の跡に、地下鉄への出入り口が造られた。

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