【20223】2012年春の中国鉄路の旅          Part7 平庄煤礦鉄路 その2

第9日目 4月27日  平庄2日目

今日は、 撮影開始前に平庄駅に立ち寄って、切符を買わなければなりません。
① 4月27日 平庄→平庄南     K7384 次  1枚  O氏乗車
② 4月28日 平庄→阜新       4210次    2枚   O氏と私が乗車
③ 5月  6
日 ハルピン→瀋陽北     D102次    1枚  O氏乗車
④ 5月  6日 ハルピン東→満州里 K7059次orK7091次 1枚 私が乗車

は、昨年5月に来た時に眺望がすばらしいと、平庄南駅の裏山に2人で登ったのですが、いくら待っても列車は来ませんでした。O氏は最近、中国鉄ちゃんの集まりで、ここで撮った人の写真を見せてもらったら、かなり良かったとリベンジに燃えておられました。TaxiやBusで行くより、丁度良い時間に列車がありましたので、これに乗車です。
私は、五家炭鉱の路線や駅がどうなっているのか見たかったので、Taxiで向かうことにしました。午前中の撮影は、お互いの希望を尊重して、別々に行動することにしていました。

は、次の撮影地阜新炭鉱へと向かう2人の切符です。もっと早くに買っておきたかったのですが、ネットの残席情報では、なぜか「0」が並んでいます。始発駅の赤峰からは、1,000席以上の残席があるのですが、2日前(当日含む)にならないと、平庄からの残席はありません。ネット情報のミスかと思い、昨日も着いてすぐに平庄駅售票処で確認したのですが、「没有」と言われ、今日になりました。

は、 鉄道写真家小竹直人さんがプロモートされた「阿里河森林鉄道」のフォトランツアー(5月2日~6日)に参加後に、解散場所のハルピンから、日本へ帰国される飛行機の出る瀋陽へ向かわれるO氏の切符です。

は、同じく解散後にロシア国境の町満州里へと向かう私の切符です。

これだけの多種な切符です。間違いがあってはならないと、メモ用紙に分けて書き、售票処に2人のパスポートと共に提出しました。

ところが、ちゃんと書いたつもりでしたが、售票処駅員から「どの列車に誰が乗るのか?」と聞かれました。 あ~やっちゃいました。いつもは、同時にこんな多種な切符を買っていませんでしたので、名前まで書いていませんでした。ボケて頭が回らなくなっていた私のミスです。すみませんと謝って、再度説明して発券していただきましたが、受け取って確認すると、の切符が1枚しか発券されていません。今度は、駅員のミスです。もう1枚発券していただきました。

始めに售票処に並んだ時は、前には3人しかいませんでしたが、ふと気づくと後ろには、售票処を超えて外まで人民が並んでいます。その数、約30人以上です。ほんの5~10分程度のやり取りでしたが、あっという間に状況は一転していました。田舎の駅ですので、窓口は1つしか空いていません。O氏も来るのが5分遅れたら、買えなかっただろうねと、安堵されていました。


▲ しかし、ちゃんと買えたと思ったこの切符は、まだ問題がありました。写真をみて気づかれた方はいらっしゃいますでしょうか? 当ててみてください。
これは、撮影が終わった後から気づきましたが、中国鉄道倶楽部の隊長さんまで巻き込んでの迷惑をかけることになりました。これは、中国鉄路の切符を買う上でも、重要な事の1つですので、詳しくPart8で説明させていただきます。



▲ 駅前からTaxiに乗って約40分で、五家駅に到着しました。結構遠いです。炭鉱では動いていて、粉砕した石炭がご覧のように山積みにされていましたが、セキの姿は1両もありません。今日、五家炭鉱から石炭列車が出るとしますと、空セキを回送しなくてはなりませんので、O氏との待ち合わせ場所から確認できます。
以前に通勤列車が運行されていたことを確認できる駅舎とホームがありました。また、機回しが出来るようにもなっていました。

しかし、この日は前日と打って変わったようなような強い風が吹き上がっています。ポッパー付近では、細かい粉塵が降り注いで、マスクとサンブラスなしでは近づけませんでした。勿論、用意は万全でしたが、ホテルに帰ってシャワーをすると、黒い滴が流れました。

▲ 復路はバスです。おじさんに聞きましたら、ついて来いと案内してくださいました。駅前からは炭住がびっしりと並んでいました。結構大きな町です。


▲ 歩くこと約10分で、5路のバス停?に着きました。 乗っても中々発車しません。車掌さんに料金(3元)を支払うと、貴方は何人?どこから来たの?と聞かれます。日本人で京都から来たと答えると、「日本人!初めてです!」と、えらく驚嘆されて、是非に一緒に写真を撮らせてと、スマートフォンモドキの携帯電話を取り出して、運転手さんをカメラマンにピッタリと迫られました。可愛いお姉さんでしたので、まあ良いかと、私もにっこりポーズで撮っていただきました

バスは、後から4人の客を乗せてから、ゆっくりと出発しました。ノロノロと町中を走り、客を拾って行きます。約15分後に鉄路と交差する、装煤~五峰間の道口(踏切)に着きました。ここで下車して平庄南前の橋まで歩きますが、風が一段と凄まじくなって砂塵を巻き上げてきたので、一旦踏切番小屋に逃げ込みました。
▲ 日本では安全第一ですので、部外者が侵入するのはご法度ですが、ここでは一人で列車が来ない間は、暇を持て余していますのでフレンドリーに迎えてくれます。直ぐに自己紹介をして、列車の通過記録簿を見せてもらいました。
これを見ますと、O氏が平庄南駅の8:50に着かれてから、装煤へ向けて9:04、10:06、10:19の3本、平庄南に向けての正向き列車は、9:30、9:43と2本が通過しています。これなら、それなりの収穫はあったでしょうね。

▲ 踏切番小屋には、もう1人保線区員がおられました。平庄南から来た可愛らしいレールバスに手を上げて停車させ、何やら積み込んで装煤へと向かって行きました。このレールバスを見たのは初めてです。

風が少し収まりかけたのでお礼を言って、踏切番小屋を出て、O氏との落ち合う場所へと向かいました。 O氏の大きな体は、遠くからでもよく見えます。手を振ると、分ったらしく手を振って答えていただきました。
朝はたくさん来て良かったですねと申し上げると、「それが、丘の上まで登ったんだが、風が凄まじく、まず三脚は立てられない。カメラを構えても身体が持っていかれて、安定しない。砂塵で下方向は見えなくなってしまう。残念だが下りた。」と、言われました。

▲ 11:26、昨日、ちょっと悔しい思いをした場所には、直ぐに列車が上がってきましたが、気温がどんどんと上がってきているので、煙は全く見えずです。さっきのレールバスの方が絵になりました

▲ 12:13、すっかり我々が馴染みになった食堂で、昨日同様の麺とビール定食です。
スープも結構美味しいのです。

▲ 13:47、食後、新緑をバックに撮りましたが、やはり煙がないと寂しいですね。

この後、今回最後の挑戦と目的の撮影地に、突風で足を取られながら向かいました。
到着後、ズリ捨て拾いのおじさんのガレージで風を凌ぎながら待ちましたら、このズリ捨て線は1日3回しか来ないと言われました。どおりで、昨日は来くことがなかったのです。
今日は、3回目が昨日通りに、ここに来るかどうかです。移動は不可能ですので、賭けましたが、汽笛すら聞こえてくることはありませんでした。


【20168】2012年春の中国鉄路の旅          Part6 平庄煤礦鉄路 その1

第8日目 4月26日  平庄1日目
瀋陽19:05(K
7362次)→5:35平庄
574キロ 10時間30分

平庄を訪れるのは、昨年5月、今年3月に続いて3回目です。中国鉄ちゃんで訪中50回以上を誇られる、O氏もなぜか同じです。近くの元宝山には、何回か行かれているようですが、ここに蒸気機関車が走っているのは分ってはいたけれど、前進型が驀進する集通線等々、行くなら優先すべき撮影地がいくらでもあった。ここや阜新が注目されだしたのは最近で、蒸気機関車が撮れる場所がなくなったせいでもあると言われます。

1回目2回目とまずまずの撮影はできましたが、確かに平庄では、際立って素晴らしいと感動を持てる撮影場所はありませんでした。
しかし、いつもは平凡単調でDATAから、消してしまいたくなる撮影場所でも、いくつかの条件が揃えば、一転してしまうことがあります。今迄撮り逃がしたのは、西露天口からのズリ捨て列車でした。特に山に夕日が沈む頃の光景は、考えただけでも心が躍る瞬間です。
今回、私たちが平庄に来た目的は、ただの石が突然にダイヤとして輝く、この瞬間を撮りたいがためです。滞在2日間をこれに賭けたいと思ってきました。今日は、雲1つない雨上がりの快晴です。条件1をクリアーするでしょう。きっと素晴らしい夕焼けが見られる事を期待しました。


▲ 常宿化してきた宝山大酒店にチェックインして、ホテルの朝食をとった後、直ぐにTaxiで撮影目的地に向かいました。
10:14
に到着、中々の場所です。ズリ捨て列車がくれば、そこそこの写真は撮れます。近くにいた作業員も10:20には上ってくると言われますが、煙は見えてもここまでやって来ません。

▲ 11:18
しばらくたってから、これは、おかしなと思いズリ捨て路線に上がって見ますと、随分と前でズリ捨て作業をやっていました。
▲ ズリ捨て線からは、本線が良く見えます。
12:18、機務段(機関区)のある装煤駅から単機が国鉄との接続線のある平庄南駅へと貨車引取りのために向かっていきました。


▲ 12:39、引き取ったセキは、約50両余り、平庄の街並みをバックに下って行きました。

▲ 13:01、ようやくズリ捨て線に列車が来ましたが、何と9両もの長編成です。
上がって見ますと、どこから現れたのか、トラックが2台止まっています。そして、前のズリ捨て列車が落していった、人間の頭以上の大きな石炭岩石を選びながら、荷台に積みこんでいます。後方には、今の列車がズリ捨て作業を行っていますので、粉塵が舞い上がり、風下のこちらにも舞ってくる中での作業です。



▲ これを見ていた専門家のO氏は、「
ぶぶんしゅうさん、このズリには売り物になる良質の石炭が結構混じってますよ。勝手な推測ですが、多分、採炭現場でわざと良質の石炭をズリに混ぜてもらって、これを拾って売るといった行為があるのかも・・・。採炭所で働く人民にも何らかのキックバックがあるのかも・・・。持ちつ持たれつ、お互いにこれで、生計を立てている行為は、昔から行われているんでしょうね。」と、独自の見解を申されます。

石炭の国際価格は、現在高騰して、1トン当たり約10,000円前後だと言われます。用途により価格は違っていますが、中国で有名な大同南部郊外産の発電用炭坑口価格は、今年1月10日時点で1トン当たり490元(約6,500円)ですので、この3~4トン積みトラック満載で、1台約25,000円前後の収入にはなるのでしょうね。と、言うことは、石炭かどうかを選別しているおじさんおばさんの日当は、80元ではすぐに集まるでしょうから、10人で800元(約10,400円)として、元締めは2台あたりで、約40,000円の収入にはなります。1ケ月で約120万円は、多少ばら撒いても中国では、十二分な収入です。かなり、ボロイ商売ですね。

O氏と同行しますと、中国鉄路撮影のノウハウの他にも、今迄知らなかった事をいろいろと、勉強させていただきます。人とおしゃべりすること以外は、何事にも無知な私には、大変参考になる事ばかりです。ありがとうございます。

▲ 14:17、そろそろお腹もへってきましたが、この辺りには、店屋もありません。約40分歩いて、ヤードがある五峰駅近くの昨年5月に食べた食堂に行くことにしました。
「好久没見(お久しぶり)」と、大きな声で店に入ると、店主は覚えてくれていたのか、直ぐにビールを冷凍庫に入れてくれました。
注文は、O氏も私も大好きな、野菜たっぷりの麺とビールです。1人当たりビール2本を付けて、これで一人11元(約150円)です。

▲ 15:30、平庄炭鉱鉄道1番の撮影地、五峰~平庄南間です。この場所からは、下り勾配になりますが、真っ黒な煙を出してくれました。新緑で青い空の下、煙が映えます。

さて、ここからが問題発生です。陽もまだ高いので、五峰ヤードから分岐する五家炭鉱からの列車が来た場合を想定して、少しロケハンをしました。1週間か1ケ月に一回走るかとどうかと言われている路線です。よほど運に恵まれないと、撮れることはできませんが、昨年夕刻に走って来ました。遠くから撮れただけでした。

今回は、もしもにそなえての準備ですが、そうしている間、16:19にズリ捨て線の最初に待っていた場所に列車が来るのが見えました。まだ、撮るには早すぎますが残念です。
次に来るのは、今迄の3回を考えると、5時半~6時半です。遅くなれば、念願の瞬間が撮れます。

それまでは、装煤からの石炭列車を平庄南駅前の橋の前から撮ることにしました。
こちらも。新緑をバックに上り勾配を力行する石炭満載の列車が撮れますので、まずまずです。最優先の撮影が待っていますので、17時まで待つと決めましたが、それでもO氏はソワソワです。先に行っていただく選択肢もあったのですが、折角一緒に来ていますので無下に断りきれないのが私の弱点です。5分前には向かうことにしました。

▲ ところが、徒歩約8分、五峰駅まで来ますと、向こうから黒い姿が見え始めました。約30両のセキを牽引して、SY1052号機がやってきました。思わずO氏の肩を叩きました。後5分の我慢が出来なかったかの報いを受けました。しかし、これも中国鉄路撮影の常識でもあります。

撮り鉄に徹する方は、よく2人以上で行くよりも1人で行った方が、良い写真が撮れると言います。どうしても複数で行くと撮りたい場所がお互い違っていたり、同じ場所でも撮る位置が、お互いに邪魔になったりして妥協を余儀なくしてしまうので、デメリットが大きいと申されます。私も同意見ですが、中国鉄路となるとこの常識は、異なります

まず、鉄道写真を撮っている鉄ちゃんに出会うのは、芭石鉄道ぐらいのもので、他では全くいません。拡がる大地では、孤独感さえ出ますので、安全性から言っても複数で撮る方が良いに決まっています。私も数10回は経験していますが、誰も通らない場所で、一人で何時間も待つのは、もし強盗・野獣にでも襲われたりしたらどうなるだろう、突然の病にあったら、天候が突然に変わったらどうしよう等々の不安を感じますので、撮影そのものが冒険です。撮影場所がダブっても、数10人もいるわけがありませんので、ごくわずかな譲り合いで、問題にはなりません。
複数で行くと、身の安全や時間を確かめ合ったり等々の1番大事なメリットが多くあります。何よりも待っている間に、大地を背にして、
日本では想像もできない中国鉄路についての面白いお話が出来るのは、とても興味深く楽しいことです。私はこちらの方を優先します。

撮影場所を移動しました。目的地は、お互いで確かめ合った、ズリ捨て線の1番手前にしました。本当は、一番奥にしたかったのですが、もし手前であったなら撮れません。明日もありますので、今日はここで固く、決めておこうとO氏と、意見一致です。


▲ しかし、待っている間にも本線には、蒸気が走行しています。
17:25
1017号機が単機で平庄南駅へと向かいます。つまり、平庄南駅では、今2台の蒸気機関車がいるわけです。国鉄線から引き取るセキが多いとしか理解できません。

そして、 18:11に空車約30両を、18:27には空車約20両を牽引して装煤方向へと向かって行くのが見えました。
あの場所に残っていれば、4連発で結構良いショットが撮れたでしょうが、結果論です。 前回撮り逃がした拘りに固執した事は、新しいチャンスを失う結果になるのは、人生経験豊かの私達には、分ってはいても、老いて判
断力が鈍くなったのでしょうね。

▲ 今回の最優先撮影場所だったここには、待ち続けましたが、汽笛すらありません。24時間操業のはずなのになぜだろうと、私たちは思いますが、残念ながら2人共、ここでの情報を取れる方法や、案内人を知っていません。自力撮影での辛さです。
日没を確かめて、山を下りました。

道路に出ましたが、今度はTaxiもBusも通りません。町まで歩くには、元気が残っていません。とにかく町方面に向かう車に手を上げて頼むしかありません。
夕闇が迫った頃に、ようやく若者が運転する高級車が止まってくれました。降りる時にも、お礼を言って、ここの相場の20元を渡そうとしましたら、いらないと受け取りません。今時の銭、銭の中国にもこんな粋な若者がいるんですね。感心しました。

▲ 今宵の夕食は、ホテル近くの餃子屋にしましたが、注文すると、何と1皿に50もの餃子が出てきました。これで、14元(約180円)です。激安です。
しかし、年寄り2人では食べ切れる量ではありません。かなりを食べ残して、店を出ました。


【20162】2012年春の中国鉄路の旅          Part5 瀋陽から平庄へ

第7日目 4月25日
① 天津21:40(K345次)→7:45瀋陽北  785キロ 10時間5分
② 瀋陽北駅10:34(地鉄)→10:52瀋陽駅
③ 瀋陽19:05(K7362次)→5:35平庄    574キロ 10時間30分


▲ 温州始発の列車は、既に約28時間も走行してきたせいなのか、ゲリラ暴風雨のせいなのか分りませんが、26分遅れの22:06発車となりました。乗車後は、列車の窓に叩き付ける雨音を聞きながら、睡眠に入りました。


▲ 翌朝も、雨音を聞きながらの早起きです。寒いなあと思って通路の温度計を見ますと、15℃です。今迄が暑かっただけに寒さをより感じます。車窓には、雨をたっぷりと吸い込んだ大地が続いていきます。駅に着いても叩き付ける暴風雨で、大きな荷物を持った乗降客は、必死の歩行です。窓から撮ろうとしても、コンデジのピントは合ってくれません。朝食を食べに食堂車に行きましたら、ご覧のとおり、無座客の座席車になっていました。

回復運転をするのかと思っていましたら、瀋陽北駅には更に遅れて、約1時間の晩点でした。
今日の朝食は、駅前食堂で軽めにワンタンと中国風パンにしました。
食後、
售票処(切符売場)に行き、問題の鄭州で買った切符の座席交換に参りましたが、長蛇の列です。街角切符売場では、交換はできませんので、O氏と落ち合う瀋陽駅へと地鉄で行くことにしました。

地鉄で途中乗り換えて、約20分で瀋陽駅に到着しました。售票処は、北駅と違って並んでいる人民はわずかです。どこに行ったらいいのか、よく分っていませんので、取りあえず誰もいない窓内でお姉さんに聞いてみました。すると、お姉さんは何やら話して、こっちへ来るように、窓口内から手招きしてくれます。「改签」と表示された窓口まで行くと、並んでいるお客さんの切符発売を止めて、優先でやってくれました。手数料はなく、差額の9元を支払いました。ご覧のとおり、同じ部屋で下段になっています。



中国鉄路の切符については、心配されていたこの道の
達人の鄭州鉄道日記さんに報告すると、「う~ん、出来ましたのか。自分はこのケースでやったことがないので分らなかったが、どこでも出来るとは言い切れないと思いますよ。」との返答です。 中国鉄路の切符購入については、まだまだ奥が深いようです。

▲ 軟座寝台は一般的に4人1部屋となっています。複数でご利用される場合は、同じ部屋になっているのか、ご参考してください。例外として、2人上下段で1部屋、また高級軟座寝台車には、両端が、4人用の軟座寝台となっている車両もあります。

O氏との待ち合わせは、瀋陽駅横のマクドにしていました。時間が十分ありますので、駅前のホテルで休憩をとる選択肢もあったのですが、雨が降っていますので、またゲリラ豪雨に会うのもいやです。HP投稿用の画像処理が滞っていますので、4時間ぐらいはあっという間に過ぎるだろうと、ハンバーガーを食べてコーヒーを飲みながら、PCを出して専念しました。

16時過ぎにO氏がやってこられました。東京から瀋陽空港に着かれたのですが、リムジンバスは客が満席とならないと発車せず、しかし中々客が集まらず発車したが、高速道路を通らずに一般道を走って来た。個人経営なので、運行経費を節約させるためだったのだろう。おかげで、3時半ぐらい迄には着くと思ったが、余分に時間がかかったと言われました。
中国では、長距離を走る高速バスは、発車時間が明記されていますが、短距離バスや市内バスは時刻表がありませんので仕方ありませんね。
平庄へ向かう夜行列車には十分時間がありますので、昨夜から使って電池がなくなってきた、PCの充電も兼ねて駅前食堂に入りました。

▲ 瀋陽駅は、前回3月に来た時同様に大連~ハルピン間の高速鉄道建設のため大改造中です。込み合う待合室で長時間待つのを避けて、発車30分前に入りましたら、直ぐに改札が始まりました。
階段を上がったり下がったり、右に左に曲がったりで、10分以上をかけてホームにたどり着きました。


▲ この列車は、軟座寝台2両連結しています。O氏が探索に行かれますと、何と1両は定員34人で、33と34は狭いですが2人用になっていました。珍しい車両です。
珍しいのは、コンパートメント内のコンセントの電源です。今迄乗車していた列車には、コンセントがあっても通電している事がなかったのですが、通じています。先ほど駅前食堂を探した時は、充電させてもらえるかどうかを聞いて、OKな店にしたのですが、予測が外れました。
また満席だろうとの予測も外れ、苦労して切符を改签してもらったのに、平庄まで部屋は2人貸切でした。

今回の旅では、予測が外れる事が多く、泣かされることが多発しましたが、これが前兆だったのかもしれません。

▲ 雨の中の発車でしたが、一夜明けると、まばゆいばかりの朝日が上がってきました。快晴の空の下、平庄駅に降り立ちました。撮影条件1は、クリアしました。今日から是非とも撮りたいと思っていた、瞬間へのリベンジが始まります。


【19886】2012年冬から春への中国鉄路一人旅     ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅 総集編

海外旅行では欠かせない、クレジットカードを忘れるという大失態から始まった旅でしたが、倹約を重ねて何とか手持ちの現金でやりくりしながら、O氏に自宅から送ってもらったクレジットカードを持ってきていただくまでを凌ぎました。
O氏と合流できなかった場合は、街角に這いつくばって道行く人からの施しをお願いするしかないかと覚悟しておりました。O氏様、助かりました。ありがとうございました。

44日間の人生最長の旅は、前半の「2012年冬から春への中国鉄路一人旅」と、後半の「ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅」になっております。まとめましたので、ご覧ください。


▲ 今回の旅では、成都から广州までと、深圳から大連までは、飛行機を利用しましたので、乗車地図では、つながっていません。

▲ 昆明のメータゲージ区間は、時刻表に記載がないので、現在調べております。分り次第に差し替えます。广州~九龍間の乗車距離は、中国鉄路区間のみです。

下記をクリックしていただきますと、内容をご覧いただけます。

【2012年冬から春への中国鉄路一人旅】

Part  1  とほほのスタート
Part  2 1891次に乗って齐齐哈尔へ
Part  3 富拉尔基(フラジル)の蒸気機関車
Part  4  国境の町、黒河(ヘイフー)へ
Part  5 国境の町、黑河(ヘイフー)のあじあ号展望車
Part  6 ( ハルピン )から鸡西(ジーシー)へ
Part  7  鶏西鉱業集団鉄路 その1
Part  8  鶏西鉱業集団鉄路 その2
Part  9  鶏西鉱業集団鉄路 その3
Part10 大地横断5,010キロ 鸡西から昆明へ
Part11 昆明のメータゲージ、 湏越(雲南)鉄道
Part12  昆明のミシェラン 雲南鉄路列車陳列館
Part13  成昆鉄路に乗って、グースの里 北碚(ベイベイ)へ
Part14  江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その1
Part15 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その2
Part16 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その3
Part17 北碚(ベイベイ)から重慶(重庆)へ
Part18 重慶モノレール(重庆軌道交通)
Part19 重慶から芭石鉄道へ
Part20 芭石鉄道その1
Part21 芭石鉄道その2
Part22 芭石鉄道その3
Part23 簡単便利に購入できる中国国内線航空券と鉄道切符
Part24 一旦出国、再入国で大連へ
Part25 大连市電(大连軌道交通)

【ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅】

Part  1 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その1
Part  2 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その2 展示車両
Part  3 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)
Part  4 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型) その2
Part  5 平庄炭鉱から阜新炭鉱へ
Part  6 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

Part  7 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2
Part  8 北台製鉄所 その1
Part  9 北台製鉄所 その2
Part10 北台製鉄所 その3
Part11 錦州八角台発電所の建設型
Part12 瀋陽から天津へ、そして帰国

以上です。現在、次の中国鉄路乗車の旅も始まっております。近々にアップロード始めさせていただきますので、またご覧いただければ幸いです。


【19589】ドイツ風的 中国蒸気機関車の撮影の旅 Part5  平庄炭鉱から阜新炭鉱へ

今日は、337キロ先の阜新炭鉱へと向かいます。平庄駅からは9:29発昼行と、19:08発夜行の2本の列車があります。夜行は、阜新に02:02着ですが、一旦ホテルに入ってから早朝撮影に向かえば良いかなと勝手に思っていました。どちらになるのか史超さんに聞いてみましたら、列車は7時間もかかって遅いので乗りません。瀋陽から大型バスを呼んでいます。高速道路を走れば4時間以内で着きますので、昼食後に出発しますと言われました。

第4日目(訪中36日目) 3月25日
ホテル6:00(チャーターBus)→元宝山鉱_西駅→風水溝駅
② 風水溝駅7:40→8:58平庄装煤駅→五峰付近10:10→10:45西露天鉱
装煤駅12:40→市内13:30→13:45ホテル14:20→17:55阜新機務段
阜新機務段18:15→夕食→20:00ホテル


▲ 西駅で数人を降ろしてから、橋まで連れて行かれましたが、風が強く気温も上がって来ていたので、狙ったカットにはならずでした。
7:37、通勤列車が
風水溝駅に到着しました。今日は、ヤードにセキの姿はなく、降りた大勢の職工達は迂回せずに炭鉱に直行して行きました


▲ 8:58、今日は、直ぐに平庄炭鉱装煤駅に参りましたが、機関車は1425と1017号機の2台だけです。毎日運用が違っています・
9:27五峰駅方面に移動しますと、1083号機が空車を回送して装煤駅へと向かってきました。


10:07、いつもの五峰~平庄南間の橋での撮影です。橋手前まで行きたかったのですが、皆さんのカメラ視界に入ってしまいます。多人数での撮影のデメリットです。風が強い日でした。この前後のカットは、全部風が前に吹いていて機関車を隠していました。牽引機は、1425号機です。


▲ 10:45、今日は、直ぐに西露天鉱行きです。またEL撮影かなとウンザリしていましたが、1764号機が作業車を牽引して上がってきました。これなら好し好しです。
▲ 空車のセキを牽引してELが降りていきます。ドイツ人には感激シーンなのでしょうね。

▲ 未舗装路を石炭を満載したトラックが通過するたびに、半端でない粉塵が舞います。通訳の史超さんもこれには参っていました。
踏切には、多くの注意看板が立っています。左から「火车小心=列車に注意」、左下は「紅灯停车・灭 灯停车=赤灯停車・点滅停車」、右上は「铁路道口・一停・二看・三通过=鉄道踏切・1に停車・2に確認・3に通る」、右下はZ型の変形道の様子です。真ん中下3つの看板はお分かりと思いますが、問題は「☓ ∧ 」。この標識が分かりません。どなたか教えてください


▲ 皆さんは、EL撮影に励んでおられましたが、O氏と私は一足先に露天掘を離れました。12:00、午前中の運行が終って休む1025と1764号機。この2両がズリ捨て専用でした。


▲ 平庄での最後の昼食は刀削麺でした。スープが美味しく結構いけました。ただ調理のスピードが追いつきません。
外国人が珍しいと近所からも人民が集まってきて記念撮影の連続でした。


▲ ホテルに戻って、シャワーで汚れを落としてから、大型バスに乗換えて、阜新へと向かいました。国鉄の新線建設が始まっています。沿線は、赤土のハゲ山、丘陵がおおく植林が進められていますが、数10年以上は必要ですね。


▲ 17:55、平庄から高速道路を約3時間半で夕日の阜新炭鉱機関区に到着しました。列車の半分の所要時間です。前回見つけられなかった機関区です。SY上遊型0941、0988、1210、1319号機の4両が休んでいました。12両が在籍のはずですが、みんなに会えるでしょうか・


▲ 夕食時には、明日から阜新と北台を引率していただく案内人の紹介がありました。阜新の住民だそうです。どんな撮影地を案内いただけるか楽しみです。
今日も皆さんの食欲は衰えることなく旺盛でした。

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【19450】ドイツ風的 中国蒸気機関車の撮影の旅 Part3  平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)

瀋陽鉄道博物館は、広大な蘇家屯機関区内にあります。敷地内に食堂車を使った食堂がありましたので、みんなでバスを降りて撮りました。


▲  蒸気機関車は、博物館にも展示してあった工建型1018号機でした。1958年製造、軸配置;0-C-0、動輪直径;1,000mm、最高速度:35km/h。1959年に撫順化学工場に配属、1989年に 蘇家屯機関区に転属され、2009年9月に引退しました。、食堂車はCA23-890666+CA23-890888の2両でした。門の前の保線のモニュメントも立派です。機関車も客車も磨かれてピカピカでしたが、案内表示は日焼けして年月が経っているように見えます。食堂車は、1両定員は48人ですから全部で96人。使用されている様子がなく、単に展示してあるだけか分かりません

瀋陽鉄道博物館の場所はこちらです。列車食堂こちらです


第2日目
(訪中34日目) 3月23日
① 瀋陽 19:05(K7362次)→6:38 赤峰 11時間32分 602キロ
赤峰駅 6:50(Bus)→8:06 風水溝

【平庄炭鉱】中国国電集団公司系列、国電平庄煤業集団公司
内モンゴル自治区にある平庄炭鉱の採掘は、清時代に始まり満州国建国後に本格的に開発が進められました。戦後は、中華人民共和国の国営企業となり、現在中国5代電力会社の一つ 中国国電集団公司グループに属し、 国電平庄煤業集団公司との社名となっています。
専用線は、元宝山紅廟平庄平庄西露天と、4つの運輸段に分けられていますが、平庄運輸段 が統括しています。専用線の総延長は100キロ余りに達していて、建設型、上遊型が主力として活躍しています。露天堀内は電化され、東ドイツ製のELが使用されています。
列車で約7時間の365キロ先には、12両もの上遊型が走る阜新炭鉱があり、蒸気機関車撮影を十分に楽しめる所です。

昨夜、瀋陽からはK7362次に乗り込みました。今日の最初の目的地は元宝山でしたが、終着の赤峰まで乗車してしまうと、朝の建設型が牽引する客車列車には間に合いませんが、なぜか終着駅赤峰まで乗車しました。

6:02には、 元宝山 に停車しましたので、なぜに降りないのか、O氏はドイツ人の思考に疑問を投げかけていました。
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私の方は、 元宝山は初めての訪問ですので、疑問すら分かっていません。赤峰到着後は、チャーターされた中型バスに乗り込みました。

8:06、建設型が牽引する西駅からの客車列車は、既に風水鎮駅に到着済みでした。

▲ 8:18、知らない者には、何の疑問やクレームも出てきませんが、知っている者にとっては、折角
元宝山 に来て、建設型が客車列車を牽引すると言う1日1回の目玉をみすみす撮り逃がしたのは、納得できないものでした。日本人ツアーなら大きなクレームになったでしょうね。蒸気機関車は大同で1987年に製造された建設型8249号機でした。

10:12、西駅に戻る空車回送。中国鉄路の鉄道橋はこのようなPCコンクリート製が多いので、味気がありません。鋼製のトラス橋など、まず目にする事がありません。撮影場所は、こちらへ
元宝山の撮影はこれで終了です。平庄に向けて移動しました。


▲ 11:25、元宝山から約28キロ、1時間あまりで平庄の装煤駅に到着しました。昨年5月に来て以来10ケ月ぶりです。
左からSY1017、1083、1425号機です。反対側には1764号機がいました。早速、みんなで並んで撮影です。

▲ 前回来た時は、平庄を離れる列車の車窓からズリ捨て路線を走行する列車を見て、知らなかったのでびっくりしました。今回は是非行きたいと思っての参加です。隣接する西露天掘線も覗いてみましたら、真っ黒ではなく、茶色に塗装され綺麗なズリ捨て列車がありました。推進運転のための車掌車も黄色塗装で綺麗です。

12時になると、蒸気機関車の運転手さんは昼食後オンドル風の寝床でお昼寝です。風が強いので屋外にいた我々もこの休憩所に避難しました。右下は、我々の今日の昼食です。朝は、蒸しパン、みかん、ソーセージとお茶で煮た卵のチャイニーズブレックファーストでしたが、お昼はカップ麺が主食です。

▲ 13:30、昼食後は、みんなで西露天鉱に向かいました。身体を休めているのは、SY1025号機です。

下は、ちょっと気になった放置された客車です。中を見てみましたがご覧のとおり床が抜けていました。
以前、平庄鉱では、装煤駅から五家鉱、古山三井への通勤列車が走っていました。1995年頃に廃止されたそうですが、 使用された車両のようです。





▲ ドイツ人です。彼らのお目当ては、東ドイツ製のELです。
鸡西で見たのと同タイプのようです。形式はEL2/23と読めます。1500V用、全長3,200mm、最高速度は70km/hです。

露天鉱を見下ろせます。最深部よりジグザグにスイッチバックで上がってきます。撫順、三道嶺、阜新と見ましたが、それほど大きくはありませんが、中国が初めて自国開発した露天鉱です。


▲ 15:14、これでもかとEL撮影が続いた後、平庄南駅に一旦行き。次の蒸気機関車の到着時間を聞いたようでしたが、1時間後と言われたので 装煤駅方面に戻る途中で単機が、平庄南駅へと回送して行きました。何を聞いていたのでしょうか。前回の経験から五峰駅の信号所で聞いた方が確かと思います。阜新居住の案内人ですが、あまりこの地については、分かっていないようです。

▲ 16:02、先ほどの1017号機が、平庄南駅から空のセキ40両近くを牽引してきました。良い煙でしたが、突風が吹いていましたので残念ながら流れてしまいました。

▲ 16:25装煤駅方面に戻る途中で、今度はズリ捨て線へ向かう列車が見えました。先ほど同様にバスの運転手さん右往左往です。丁度、夕日が西の空を染めてくる状態でしたが、逆の順光側に向かってしまいました。困ったものです。


▲ 16:45装煤駅に戻りました。夕日が当たって輝く蒸気機関車となりました。

今日平庄で見た蒸気機関車は、SY上遊型1425、1025、1764、1083、1017号機の5両でした。

▲ 長い1日が終って、前回も宿泊した宝山大酒店にチェックインして、まずシャワーです。7:30にロビーに集合して近くのレストランで夕食です。たっぷりと数々の料理が出ましたが、食欲旺盛なドイツ人は、全部平らげました。右下は、評判だったポテト料理です

明日朝は、6時にロビー集合です。部屋に戻って直ぐに就寝しました。

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