2011年 春から春から夏への中国鉄路の旅 Part11  阜新煤礦鉄路 その1

第9日目 5月26日 午前

今日は平庄煤礦鉄路に続いて上遊型が現役で残る阜新煤礦鉄路を訪ねる。阜新市は遼寧省省都である瀋陽市の西北西約200キロに位置する地級市です。阜新駅周辺の地図はこちら

朝6時にホテルを出発して上遊型が客車を牽引する唯一の通勤列車の撮影を目指しました。

▲ 6:22、約20分で中国鉄路の阜新站に隣接した 阜新煤礦鉄路平安站近くの踏切に到着しました。站は近くにあり屋根もある立派な?ホームです。この日に見た最初の上遊型は1319号機。平安站はこちらへ。


▲ 6:56、1210号機牽引の満員通勤列車が到着しました。客車はYZ22-79006+79003の2両編成。到着しますと職工が線路を渡ってきました。踏切は有人で3人の踏切番が列車が来ると遮断機を下ろして安全確認をします。撮影することに注意されないかと、線路際は避けて遠慮がちに撮影を始めましたが、我々の存在すら関係ないそぶりで全くお構いなしです。途中からは堂々と遮断機が下りている踏切内での撮影が出来ました。


▲ 7:15、通勤列車は機回しをした後、ヤードへと回送されました。ヤードには1818号機1460号機が待機していました。朝から約1時間で4台、昨日と合わせると5台の上遊型と対面です。いったい何台が現役で運行されているのか楽しみになってきました。

踏切での撮影を終えてからはズリ山に向かって小高い丘への道を上がって行くと、約30分でまた踏切に出ました。五龍炭鉱前の踏切はこちらへ。

▲ 踏切のすぐ横は五龍炭鉱ヤードになっていて、先程待機中だった1818号機が上がってきました。見ていますとスイッチバックを繰り返し、やがて3両のズリ捨てホッパ車を牽引してズリ山へと上がって行きました。我々も後を追いました。

9:12、ズリ捨て山への道を上がること約40分、 205值班室(当直部屋)に着きますと既に作業を終えたズリ捨て列車が丁度下りて来ました。


▲ 9:30、ズリ捨て列車が下りてしまった後、值班室内に入れてもらいお話を聞くことにしました。中にはズリ捨て線の配線図表があり、機関車のプレートが掲げてありました。その数は12枚。ということは、少なくとも12台の上遊型がこのズリ捨て線を走行しているということなんでしょうね。

ついでに通過記録簿も見せてもらいました。

▲ お分かりにくいでしょうが、機関車番号、行き帰りの発着時刻、入線したズリ捨て路線、ホッパ車両数等々が記入されています。分かった事は、
① 最近ズリ捨てに使用されている路線は4線中の2線に集中している。
② 2線は新線と215-3線だが、どちらになるかは
205值班室に連絡がありその都度ポイント切り替えを行う。
③ ホッパ車(ZF型)両数もその都度変更されるが、3~5両らしい。
④ 運行は24時間昼夜なく行われているが、運行間隔は不定期で決まっていない。
⑤ 牽引機はなぜか1818号機が多い。

ズリ捨て路線の概要が見えてきたので、お礼を言って先に進むと新線と215-3線との分岐ポイントに扳道房(ポイント切替所)があり係員が一人おられましたので、また情報収集です。丁度良い話し相手だったのか、列車が上がってくる直前までまで気づかず、慌ててポイント切り替えをされるほど盛り上がっていました。


▲ 11:16、突然上がってきたホッパ車5両のズリ捨て列車。牽引はやはり1818号機。新線に入線して右に大きく回って行きました。

▲ 11:32、追いかけも出来ませんので、扳道房からの崖をよじ登ってみますと、遠くでズリ捨て作業を行っているのが見えました。U字形に路線があるのを確認出来ましたので、夕刻に期待してズリ山を下りることにしました。

205值班室まで下ってみると先程の1818号機牽引列車は停車中で、皆さんで昼食中です。私も誘われましたが、厚かましすぎると思い丁重にお断りして一息入れていると、1818号機列車が下りたすぐの13分後12:251378号機牽引のホッパ車5両が上がってきました。積荷はズリではなく明らかに土です。気が付くと途中で分かれたO氏が近くにおられました。

ぼちぼちお腹も空いたので食事をしようと2人下りましたらまだ先行列車が下りていない12:48には、また1818号機がズリ捨て5両編成を牽引して上がってきました。まさにピストン輸送です。煙のよく見える冬場ならここは最高でしょうね。

  Part12  へ続く

 

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