新・ここはどこ?私はだれ?【中村進一氏のアルバムより】-2-

写真が多岐に亘り、数多くありますのでのんびりしてはいられません。
さっそく次ぎに進みます。

古典蒸機は複写されたり同一原版から焼き増しされたものが多いようです。その意味では発表済みの写真が多いのでネットで探しやすいのかもしれませんが、私はできるだけネット検索はしないで皆様からのご教示をお待ちしております。皆様はどんな方法でも(ネット検索でも、亀甲占いでも)いいのでお願い致します。

①国鉄8800型

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新・ここはどこ?私はだれ?【中村進一氏のアルバムより】

最初にご説明をしておきます。
中村進一氏は子供の頃から市電が大好きで、その写真を撮る傍ら京都駅を中心として国鉄の車輌を撮影しておられました。やがて趣味の対象は全国の鉄道全般に亘ることになります。特に市電の写真は街の移り変わりも記録していることから立命館アーカイブに保存されることになりました。その温厚なお人柄から私は中学生の頃から年齢差もかまわず同好の士としてお付き合いをさせていただいています。この度その記録の一部を見せていただき、ぜひともDRFCーOBの皆様にも見ていただこうとご了解の上公開することになりました。

ただ、写真のデータが添付されていないため、車種・撮影時期・撮影場所などが分かりません。また、中村氏の撮影されたものだけではなく、交際のある全国の方からの交換写真(昔はそれも写真を集める重要な手段であった)としていただいたものや、絵葉書のように店で買った写真もあります。それらについては撮影者の名前、販売店の名前など分かる限りは明記しました。スキャンするに当たりル-ぺで目視してわかる範囲は書き出しましたがほとんどは分かりません。そこで当欄で皆さんから知識を結集して判別していただきたいのです。分かっているものについても敢えて掲載するものもありますが、それらに関しても思い出などがありましたら何なりと書き込んでください。

これからも会員外の方からの資料提供やご投稿を歓迎する意味においても活発なご意見交換を期待しております。

では、【蒸気機関車】からはじめます。
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編集快調!新・ここはどこ?私はだれ?【予告編】

中村さんの資料集は多岐に亘っていて選定に手間取ります。さらに、今ではお目にかかれない小さなサイズの写真も多くルーペが必需品になります。

大まかに分けて「蒸気機関車」「ディーゼル機関車」「電車」「市電」に分類していますが、まだ開けていない箱があるのでさらに増えるかもしれません。

中村さんシリーズは今までと違って“場所や車輌”“時期”だけではなく皆様が知っている知識、思い出などの蘊蓄を傾けていただくようにお願いします。お持ちの知識を広く開陳して下さい。

では、電車の【予告編】をご覧下さい。

クモハ300-1

クモヤ22001

近日公開 新・ここはどこ?私はだれ? 乞うご期待!

私の鉄道趣味の大先輩に「中村進一」さんという方がおられます。京都市電を中心に鉄道全般の写真を撮っておられる方です。最近は貴重な写真があちらこちらの展示会やアーカイブで展示されていますのでご覧の方も多いと思います。
そんな中村さんの写真資料が立命館のアーカイブに収蔵されることになりました。
そこで中村さんにお願いして『ここどこ?わたダレ?』のタネにできそうな写真を貸していただこうと思い、お願いしました。
お宅へお伺いしたら既に用意して下さっていましたが、なんと段ボールに二箱もあります。車を取りに帰ってお借りして来ましたが、整理がたいへん!中村さんはお付き合いが広いためいろんな方から写真を贈られています。ただ全くデータがありません。そこで優秀な探偵の皆さんにお願いです。
整理が付き次第ご覧頂きますが、写真の車輌のわかる限りの情報を教えていただきたいのです。
機種・場所・時期などのほか特筆すべき事があればそれもお願いします。
では、その【予告編】をご覧下さい。

河 昭一郎さんよりプレゼント!

久しぶりに河 昭一郎様からメールで『こんなん、あるでー』と写真の差し入れを頂きました。
さすがは国電の大家、一目で懐かしい写真だと分かるのですが、私は門外漢の悲しさ、値打ちが分かりません。また、我々への挑戦状なのか、データが入っていません。
よしッ受けて立とう!!
で、皆様に分析・解説(撮影場所と撮影時期が分かれば)をお願いします。(丸投げ!)

こんな面白い写真をお持ちの方は挑戦状を送って下さい。当会の探偵がたちまち解決します!

昭和39年5月3日 東京駅 上り「第1こだま」

「かえだま」については、2014年5月6日の特派員氏の投稿に詳しいので転載させて頂きます。
《昭和39年4月24日のことだが、静岡~草薙を走行中の宇野行き特急「第一富士」2001Mが、静岡操車場を通過しようとしたところ、踏切を直前横断したダンプカーと衝突、1~6号車が脱線、とくに先頭1号車のクロ151-7は、線路に直角に全軸脱線し大破した。 ちょうど新幹線開業前で、「こだま」形は九州乗り入れを控えて改造入場中で、予備編成が全く無い状態だった。

そこで、事故翌日の4月25日から5月6日の間、上り「第1こだま」、下り「第2こだま」は、153系11連で代走することになり、特急料金は半額となった。これまでも、ダイヤの乱れで所定の運用ができず、153系を特発した例もあったが、長期間153系代走となったのは、これが初めて、いわゆる“替えだま”と呼ばれる特異な例となった。》

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恥を忍んでお尋ねします!

梅小路に新駅がオープンしてまもなく一ヶ月!
同時に西側に平行して既設の旧渡り線を利用して連絡橋ができました。

(左)梅小路京都西駅下りホーム
(右)旧渡り線を利用した連絡橋

この橋への登り口は七条通を西へ進み、山陰線をくぐったすぐの北側にあります。エレベーターと階段がありますが、ホテルが建設中のため、まだ利用者は少ないようです。線路は南へ進むのにつれて西へ300mのカーブになり、10‰の下りとなって梅小路貨物駅へと入っていました。その線路跡をそのまま使っているのでなにかとマニアには面白いようで、たまにしか通らない通行人に対してマニアの割合が多いように思います。

まず、両脇の側壁はそのままだし、歩道の中央にはレンガで線路が表記されています。さらに進むと、

この先には鉄路が現存する。 正面の建物は鉄博本館

連絡橋は駅本屋に近づくと左折してエレベーターと階段で駅に入るが、遊歩道は10mほど突きだして旧線跡を見られるようにするらしい。

さて、余談が続きましたが本題に入ります。

この連絡橋の側壁の中間に、いくつかの標識が当時のまま残っています。
その記号についての質問です。
こんな事もシランのか!との罵声を覚悟の上で恥を忍んでお尋ねします。この記号群の意味をおしえてください!

この裏には半径300mの表示がある。                           西村氏より  TCL=緩和曲線長(25m)     CCL= 不明   C=カント(51mm)            S=スラック(1067mm+15mm)       V=曲線通過速度(42km)

 

 京都市電版 “ここはどこ これはなに?” ③

京都市電の写真展、休廊日を置いて、本日から後半戦となりました。地元の新聞にも掲載されたため、今日も開場を待ちきれずに続々とご来場される方が多く、聞けば10時開場と間違えて来てしまい、近所で時間を潰されたとか。また会場を「河原町今出川」と間違われて、どこを探しても見つからず、交番へ行って聞いて来たと言う方もおられました。展示スタイルも少し変えて、ご来場の方から聞いた話を整理した札を写真の周辺に貼って、ツーウェイのスタイルを採り入れました。クローバー会メンバーも、マルーン会長以下、続々とご来場いただきました。ありがとうございます。
さて、今回の“ここどこ”、入口に掲げている左右1.5メートル程度の大きな写真で、皆さん立ち止まって見ていただいて中に入られます。これは、近くのマンションの屋上から写したものですが、訴求ポイントは、丸太町線、河原町線両方向からレールがあった時代であること、それに交差点にあった、われわれの母校が写っている点ですが、私たちの気づかない点まで指摘があり、皆さんの記憶や観察力には脱帽した次第です。

右上の黄丸、山肌に何かが見える。これは五山送り火のひとつ「左大文字」だ。交差点から見えるのは「大文字」だけで、鴨川まで出れば「妙法」も見えるが、この付近の定説だった。しかし、少し高度を上げると「左大文字」も見えるのは初めて知った。この写真からはよく分からないが、ほかの「船形」「鳥居形」も見えるのだろう。

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 京都市電版 “ここはどこ これはなに?” ②

ドーム球場? プラネタリウム?

続いての“ここどこ”も、俯瞰写真からの出題です。ただ、“?”ではなく、すでに解明されていますが、来場者からは“こりゃなんや”という声が聞かれました。

俯瞰写真を撮った場所は、荒神口停留場近くの救世会館という世界救世教の施設でした。さすがに無断侵入は気が引けて、受付で許可を求めて、うやうやしく屋上へ上げていただきました。建物の元を正せば、立命館大学の恒心館でした。昭和43年前後の立命館大学の紛争では、全共闘の拠点になり、機動隊との激しい攻防戦が行われました。市電展を見に来られた、この建物の裏側にお住まいの方から、“放水で家がビショビショになって怖かったわぁ”の声があり、300メートルほど離れた私の家にも、深夜まで機動隊のマイクや笛の音が聞こえてきて騒然とした状態でした。この写真は、その屋上から、河原町通りの南側を撮っています。すると中央に、ドーム状の建造物が見えてきます。
私はさすがに地元でしたので、よく知っていますが、これについては、“知ってる派”“知らない派”に二分されていました。実際に行ったことがある人もおられ、ほとんどが町内会の行事と答えていました。
これは市電河原町線が走っていた当時、河原町二条上る東側にあった、“レーザリアム(Laserium)”という名称のアミューズメント施設だった。ドーム内でレーザー光線を発射し、音楽とともにいろいろな図形を描く、いまのプロジェクションマッピングの原型のようなもので、最先端の技術を駆使した、日本初登場の施設だった。運営していたのが、近畿放送で、KBSラジオからCMがしょっちゅう流れていた。

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 京都市電版 “ここはどこ これはなに?”  ①

本日、正式オープンの京都市電写真展。初日の土曜日、暖かい気候に恵まれ、また午後からは京都府主催の鉄道史シンポジウムが歴彩館であって、その行き帰りに来ていただくなど、多くの皆さんにご入場いただきました。クローバー会会員も、開場前からクシベ・アダチさん、開場直後には、山科の人間国宝、乙訓の老人と大物がご来場、午後からは、無印不良品さん、86さん、玉ちゃん、久しぶりにKoさん、そして、最後は米手さんとデジ青がそのまま会場に移転したような賑わいでした。ほかにも、小学校、中学校の同級生、もとの会社の同僚や、知り合いの趣味人多数、近所のおじいちゃん、おばあちゃん、通りすがりの人びと、その数、約百人、先日の西利での平均入場が30人程度ですから、その数倍の人が、狭い会場にあふれたのですから、その密集ぶりはご理解いただけるでしょう。結局、11時に来て、何も食べられずに、立ちっぱなし、喋りっぱなしの7時間でした。勘秀峰さんと快い疲労感を残して、夕闇の街に消えました。本当にありがとうございました。

山上のナゾの要塞?
こんなことばかり書いて、公共のデジ青を独占して申し訳ないと思っていると、最後に乱入した米手さんから、“そばぼうろ”が食べられなかった悔しさからか、私にさらなる投稿を迫ります。米手さんは、“ここどこ”シリーズで、ボカシや黒塗り画像で臨時列車を増発していただき、私の投稿を待っていただいたのでした。そのご厚意に応えなければと、その返礼の企画を急遽立ち上げました。

写真展に来られた方は、ホントによく観察され、私たちの知らないことまで尋ねて来られます。そこで、話題が集中した、解明できない“ナゾ”について、いろいろ綴っていくことにしましょう。

これは勘秀峰さんの撮影で、河原町二条付近のビルから北を見ている。伸びるのが河原町通、中央を横切るのが丸太町線の市電、この写真のキモは、左側に、我々の出身の春日小学校、その向こうの京都府立鴨沂高校、さらに立命館大学の広小路学舎が連なり、すべてが旧校舎で現在見られないものばかりだ。ところが見る方は意外な方向に眼が注がれた。右上の円内、山の上に、白い建造物が見える。ハテ、こんなところに…と会場で話題になった。方向からすると、下鴨あたりのはずだ。拡大してみると、確かに山の上にあるように見える。左手にうっすらと送り火の「妙法」の「妙」が見えているから、やはり、下鴨、松ヶ崎方面だ。山のように見えるのは、下鴨神社の杜なのかもしれないが、果たして、そんなところに‥‥。ナゾは深まるばかりだ。

 

ここはどこ?私はだれ?【臨3】

それでは五日間の旅行に出ますのでその間に宿題を出しておきます。
よく調べて回答して下さい。

なお、1900生さんには解答権がありません。なぜなら一緒に行って写っているからです。コメントも禁止します。ブチブチつぶやいたらカンニングと見なし退学と致します。

では五日間、これを保たせて下さい。