西鉄福岡市内線の痕跡

また小ネタで失礼します。昨日九大医学部(九大病院)から箱崎(筥崎宮)界隈を歩いていたら懐かしい風景に出会いました。福岡市内線の貫通線(貫線)の面影が今に残るポイントです。街の中心、天神町を出発、東中州、博多部の中心呉服町を通過した後、千代町を過ぎると専用軌道に入り大学病院前、東車庫前、馬出、箱崎まで専用軌道が続きました。その馬出(まいだし)電停が今もバス停に使われています。線路跡はバス専用道路になっています。

箱崎本通りと電車が交差する場所がここです。箱崎、馬出は九大の街、子供のころは本当ににぎやかな街でした。残念ながら医学部(病院)を除く全学部がJR筑肥線の沿線に移動、寂しい街になってしまいました。以下は昨日フェイスブックに投稿した文章です。皆様の想い出、ありましたらお寄せいただけますか。お待ちしてます!!

『箱崎本通りをまたまた歩いていたらここ! 昔の市内電車の馬出電停。40年以上前の面影、今に残っています。バスじゃなくて電車が来んかねぇ、さっきからずうっと待っとうばい・・はよ来んね』

【5年前の続報】田川2ヶ所の2本煙突 6月1日修正

先日の日田彦山線関連投稿時、標記の件について総本家様より5年前の投稿を振り返っていただきました。再度その場所の確認と思いGOOGLE MAPに史跡「三井鉱山 伊加利立坑跡」を登録してもらいました。

伊田、伊加利2ヶ所の立坑が電化された専用線で結ばれていたことは以前に総本家様からお教えいただいていましたがそのことを地図上で示すことができました。 GOOGLE MAPの作成、以前にも「宇島鉄道中唐原駅跡」を登録してもらいました。今後とも自分で足を運んだところを地図上に残して行きたいと思います。以上自己満足の投稿、お許しを・・・

二本煙突を結んだ専用線はこちらからご覧ください。

※このMAPは誤りです。申し訳ありません。再度情報を取り掲載します。但し伊加利立坑跡の場所は正当です。

宇島鉄道中唐原駅跡はこちらからです。

 

 

 

【続報】日田彦山線 BRT化

おはようございます。一昨日から皆様にも関連投稿頂いた日田彦山線BRT化について今朝の地元紙に大きな記事が掲載されました。

昨日福岡県知事が地元住民への説明会を開催、バス専用道の設定区間をJRと詰め東峰村議会の承認を取り付けることで決定となりそうです。以上ご報告まで・・

JR日田彦山線の今後は?ちょっとひと回り

久々の投稿です。5月21日(木)、まさしく不要不急の外出ですが現地の様子が気になり出かけました。赤間~久留米(鹿児島本線快速)、久留米~日田(久大本線)日田~添田(日田彦山線代行バス)添田~田川後藤寺(日田彦山線)田川後藤寺~新飯塚(後藤寺線)新飯塚~直方(筑豊本線)直方~自宅(西鉄バス)、所要約8時間でした。

久留米から久大本線、昔は久留米を出ると次は御井(みい)でしたが久留米高校前、南久留米、久留米大学前と久留米が4つも並んでいます。その昔の白滝、旧白滝、上白滝、下白滝(順番は定かでありません)を思い起こします。東へ進んで田主丸駅、ここまでが久留米市、次の筑後吉井からはうきは市になります。

 

 

 

 

 

 

日田からは運転休止中の日田彦山線代行バスに乗車、日田添田間は現在約100分、鉄道の時は約50分でした。バスは大行司、筑前岩屋駅から線路を離れ沿線の主要自治体東峰村の中心小石原を経由します。見どころのアーチ橋、代行バスの車窓からようやくです。お許しを・・・

 

添田から日田方面の錆びついたレールです。かっては急行列車も走るにぎやかな路線でした。3年前の九州北部豪雨で運転休止、こちらでは復活に向けたJR九州、福岡県、地元自治体との協議が連日報道されています。前述の東峰村村長も鉄道による復活を断念、福岡県、JR九州が推すBRTでの再建に合意したもようです。

また1ヶ所、鉄路が消えていくのでしょうが令和の時代の新しい地域再生の姿を時折足を運んで応援して行きたいと思います。

追伸 この地区のお手元の画像、ぜひぜひ投稿をお願いします。九州のなかでも一二を争うスポットかと思います。

キハ40000の謎を追って

宮崎交通のチハに始まり盛り上がったキハ40000ですが、宮崎繁幹様からキハ40004の貴重な写真のご紹介があり、撮影時期や撮影場所の手がかりを探るために手元にある本から添付のようなキハ40000配置表を作ってみました。元になった資料は、昭和41年朝日新聞社発行の「世界の鉄道’67」です。巻末に昭和10年以降2年ごとの全国の蒸気機関車の形式別配置表があります。その中に気動車も形式のみですが記載されていて大変役に立つのです。高校生のときに大金530円で買った本ですが、50年経った今でも有用な1冊です。「世界の鉄道」は’62年から70年代まで発行され、特に巻末の各種データは色あせることのない貴重な情報源です。まさに「いい仕事してますねー」です。

キハ40000配置表

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鉄道、つれづれ草ー“乙訓の長老”からのお願い その3

前にも書いたように、戒厳令下空襲警報が鳴り響く中、降り注ぐウイルス爆弾をかいくぐって長老様の写真を探しに行きました。探していた写真はすぐに見つかりましたが、長老様は次々に写真を出して解説をしてくださいます。どこで撮ったのですか?いつ撮ったのですか?には「あそこや!」「あのときやったな」と仰りまして定まりません。いやいやかまいません。いい材料が見つかりました。と預かり帰りました。いつものように皆様の知見で解決してください。

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昭和の電車 改訂版(58)ー南海デニ502号ー

前回の京阪700型に関しては、なんにも投稿が無かったのでガッカリしました。
かつては京阪連と言えば瞬間湯沸かし器となって阪急には敢然と戦いを挑んだものですが、いまでは牙は抜かれ、阪急会と立場が入れ替わったようです。いでよ、京阪の準特急氏!

今回は南海ですが、以前に南海を取り上げたときは反応がよかったので驚きました。

鉄道、つれづれ草ー“乙訓の長老”からのお願い その2

乙訓の長老様の記憶はさらに続きます。

⑧近江鉄道の八日市駅で撮影。左220形車番読めません、右は読めませんが米原行きクハ12〇〇+モハ□で撮影時期は1990年代でしょうか。以下写真⑨⑩もこれだけで撮影時期は分かりませんでした。

⑨写真⑧と同じ八日市駅の220形224でしょうか。到着番線からこの列車は近江八幡方面からの列車では?

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鉄道、つれづれ草ー“乙訓の長老”からのお願い その1

老いてますます盛んな乙訓の長老様と、先日東華菜館で食事をしました。
その時に「最近投稿が無く手持ちぶさたでさみしい」とお伝えしたら、「写真はまとめたがデータがわからんのや。いつどこで、何を撮ったのかが思い出せんのや。みんなに聞いてくれんか?」と言われ、後日お宅に伺って写真を持ち帰りました。

長老の書斎を見てビックリ!隠し部屋に本や資料が詰まっていましたが、これでも後輩達に進呈した残りだとか。まだまだあるので欲しい人があれば進呈するので見に来て欲しいそうです。お伝えしておきます。

写真は白い箱に分類されて山積みですが、そのデータが分からないそうです。今回の写真はその一部ですが、ご覧になって場所・車輌に関して・時期が分かる方は何でもかまいませんのでコメント欄へ書いてください。
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昭和の電車 改訂版(37)ー国鉄モロハ50型ー

この記事を読んでモロハ50なる車輌が実在なのか、それとも関先生の想像の産物なのかがはっきりしません。終戦直後の国鉄は、復興事業と人員輸送と進駐軍の横車に四苦八苦していた時期です。いろんな車輌がうたかたのように出ては消えていたのかもしれません。モロハ50が実在か幻かを判定願います。