【103127】ここはどこ? 客車版

明けましておめでとうございます。年が明けましたので、風邪で伏せっておられた米手様を元気づけるため、「ここはどこ? 客車版」で仕事始めと致します。ただし米手様のように温情が苦手な私ゆえ、いきなり手強い1枚をヒントなしで送り出すことにしました。お屠蘇気分の方は酔いがさめるかも。

7両のうち4両がオハユニ、オハニです。

場所の特定はともかく、まずは線区名からご賢察を。


【103108】ここはどこ?私はだれ?(3)

最初の写真で年末までは行くだろう、とタカをくくっていましたが、準特急さんの言うとおり土俵際まで攻め込まれ苦戦をしております。

この手の写真はどなたでもお持ちでしょうから気楽に投稿してほしいとの考えで載せたのですが、オッとどっこい、我が会員は情け容赦もなく蹴散らし、穏やかな気持ちで新年を迎えようとしていた病いの身をパソコンに括り付けています。

では、第三問。


【103074】ここはどこ?私はだれ?(2)

瞬殺です!

甘く見ていました。せめて正月明けまではお茶を濁せると思いましたが、ここの諸兄はただものではない。

今次大戦で日本海軍は米国の16吋砲に対してそれを凌駕する18インチ砲を装備した大和級を建造しましたが、時はすでに航空戦力に主役の座を奪われていたのでした。
つまり、二次元の想定に対して世界の主力は三次元になっていたのです。
今回の企画はまさに同一線上の間違いをしておりました。インターネットやgoogleの衛星写真という近代兵器に完敗しました。

それではベトコン戦術で衛星からも識別不可能な場所での写真を繰り出して応戦します。準備不足のため予備役招集です。

予備役の応召部隊ですから多少まだ甘さがありますが、しばらく時を稼いでくれるでしょう。まだ後には精強な部隊が控えていますから油断めさるな!


【103040】ここはどこ?私はだれ?

年末はお忙しいのか、常連の重鎮諸氏が相次いで早々と年末のご挨拶をされて店じまいされました。
それではご覧の皆様が「もう休むのか!他へ行こう!」と言われるのではないかと一人気をもんだあげく、年始に重鎮からの投稿が始まるまでのつなぎに肩の凝らないお話しをご覧頂きます。

歳をとると題目のごとく「私はだれ?」はありませんが「ここはどこ?」はたびたび思い当たります。そこで古い写真の中で今では思いも付かない場所で撮ったものがあるので何処で撮ったものか、撮影場所を当ててください。皆様もお持ちでしょうから続いてくだされば面白い企画になるのでは?

では、ご覧下さい。
場所は大体で結構です。そこだと思う根拠もお書きください。東京の皆さんにはむつかしいかな?


【99934】めずらしい客車 Ⅲ

河 昭一郎さんは「客車は門外漢ですから手当たり次第に撮っています」と謙遜されますが、手当たり次第ならもっとオハ35やオハ61があってもいいと思うのにそれがどうして、なかなかのクセモノ車輌を選別して撮られています。

昭和40年代になると客車も改造や格下げ、それに台車履き替えなどが出てきてそれらを国鉄は律儀に形式を変えたものですから覚えられなくなったものです。今回はそんな客車たちも出てきます。

「客車」の定義はなにか?とのご質問がありましたが、私は“コホナオスマカ”が付いている車輌と考えております。

カニ22 1 東シナ 1965-3-20 品川駅

▲カニ221はパンタの付いた客車、といってもディーゼル発電機と電動発電機を積んだ「電源貨物車」
1960年「はやぶさ」用に作られた。東海道本線と全線電化が完成した山陽本線では架線から電気をとって電動発電機を回して発電。鹿児島本線ではディーゼル発電機を使って発電し電気を供給する。そのためにPS18を2基屋根に搭載する。パンタはEF58やEF65などの機関車からリモコンで上下させる。しかし、軸重が16tもあり熊本以南では路盤を強化しても最大で70kmの制限を受けるため、実際には路盤強化したら75kmで走れる長崎本線の「さくら」に使用された。68年にはMGとパンタを外して軸重を軽くしてカニ21と共通運用できるようになった。

記事の続きを読む


【99008】902  C12の謎に挑戦。しかし・・・

鉄道介護士氏から難題を突き付けられて、それでなくとも熱帯夜で眠れない上に あの鉄橋が気になって熟睡できず 睡眠不足が続いています。改めて問題の写真を再掲します。先日の大阪特派員氏のコメントは「このC12 全く記憶におまへん」でした。

902

記事の続きを読む


【98917】鉄道介護士からのお願い

DRFCクローバー会の鉄道介護士・米手作市でございます。
おかげさまで昨今はお客様が増えて大繁盛しております。昨日の大阪大運転会では大阪通信員先輩から大量の写真を預かりました。この方はめったに作品を見せてくれないのですが、すばらしい作品をたくさん撮っておられることを私は知っていました。しかし、最近は前立腺肥大前に引っ越したことが原因なのか、胴回りが学生時代の二倍になった(目視による)せいなのか撮った場所が分からないことが多くなったそうです。

作品は整理中ですが、数百枚はあるようです。概ね撮影地が推察できるものは仕分けていますが(私の知識に寄るので正確では無い)全く分からないモノがあります。そこであらかじめここにご覧に入れますので背景や車番などから撮影場所を特定することにご協力ください。間違っていてもかまいませんので、出来るだけ多くの方(外部の方でも大歓迎!)の知識をお貸しください。

では、どうぞご覧ください。
記事の続きを読む


【98505】鉄子の育て方

本屋さん

お久しぶりです。
子パンダの保護者こと88年度生の山本晃司です。

どこかのTVドラマと同じタイトルになってしまいましたが…。

記事の続きを読む


【97438】宮崎繁幹様からのご質問に答えましょう!

宮崎繁幹様、
ご返答が遅れましたことをお許しください。
また、普段より当会の会員がご懇意にして頂いているとのこと、心よりお礼を申し上げると共に、今後とも東京在住の会員との交流、ご指導をお願い致します。

さて、私は26日から27日まで後輩諸君による、研修旅行と称する“シゴキ合宿”に参加しておりました。そのため、帰京後も疲労困憊してコメントを拝見するのが遅れてしまいました。

宮崎様からのコメントは
《この写真は、亡くなった小生の友人、山本明弘さんの撮影です。彼は、写真は見れば判るだろぉ~、と云う調子でした。その為、データが全然ありません。「撮影日は?」と聞いたら、セミ判密着は、昭和30年前後、35ミリ版になったのは、33年位からだ、てな具合でした。従い京都市電の写真は、セミ判なので、昭和30年頃です。

押しかけで恐縮ながら、地元の同志社の皆様に場所が御判りなら、教えて頂きますよう。どうぞ、宜しく。》というものでした。

さて、ご投稿頂いたコメント欄では写真が拡大できないため、別途画像処理しまして分析しました。ご覧ください。

記事の続きを読む