芸備線 またもや不通

連日コロナに振り回されている昨今ですが、3月9日未明 芸備線新見発備後落合行き3441D キハ120単行(車番不明)が東城・備後八幡間で線路上に崩れ落ちていた土砂に乗り上げ、横転するという事故がありました。この3441Dは新見発5:18で 新見・東城間の布原、備中神代など5駅を通過する「快速列車」という設定になっていますが、実質は回送列車で、事故当日も乗客は無く、運転士にケガは無かったそうです。

令和2年3月10日 中国新聞朝刊

同紙 県北面

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とあるニュースの見出し

Yahoo! の見出しに『地下駅の強風、何とかならない? 髪ぼさぼさ「分け目逆に」と不満、その原因は』なんてなのがありました。
最近は記事の購読数を稼ぐために刺激的な文言が見出しとして多用されており、思わずクリックすると、阪急の西院駅と大宮駅のことでした。


画像は下り特急から通過する西院駅を撮ったものです。

記事本体は、以下のURLです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200315-11004048-maidonans-life
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京阪700形旧80型塗装色最終日

2016年9月に「80形誕生55年記念イベント、80形塗装車両」との投稿をさせて頂いてから3年半、3月3日が最終運行日となりました。80形が登場したのは1961年8月12日それから55周年を記念して701,702号がこの色に塗られました。この車両は何度か撮影しましたが、昨日は天気も良く暖かかったので撮影に出かけました。平日にもかかわらず、特に浜大津交差点にはいつもより多くの人が集まっていて、学校が休校になったためか高校生らしき姿も見られます。     ↑ 最終日の700形旧80形塗装色 続きを読む

 江若鉄道百周年 切手発売

連投、失礼します。江若鉄道は、昨年が廃止50年で、さまざまな展示も行なわれましたが、ことしは、江若鉄道が創立されて100周年に当たります。会社側からすると、“廃止”より“創立”に重きを置くのは当然で、ことしは、現・江若交通が行なう催事が予定されており、その第一弾として、郵便局からオリジナルフレーム切手「江若鉄道創立100周年記念」が2月25日(火)から発売されます。
日本郵便のホームページに載せられている、フレーム切手「江若鉄道創立100周年記念」の見本。実は、会社から依頼があって、私も写真を提供しているし、古い時代の写真についても、山科の人間国宝にも許諾をいただいたりして、写真提供を行なっている。「鉄道」とは言いながら、名物だったボンネットバスも入っているのがミソ。

 

 

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 ことしは 伏見線廃止50年

間際になっての案内で恐縮ですが、明日2月16日(日)だけ、伏見区役所(伏見区総合庁舎)で、こんなイベントが開かれます。

 伏見 歴史Do!フェス2020
 2月16日(日)11:00~16:15
 伏見区総合庁舎 一階ホール(京阪丹波橋駅から西へ10分)

伏見の歴史に関係する、さまざまな団体が合同で資料展示・プレゼンを行なうものです。伏見線の歴史の掘り起こしに努めておられ、私もお世話になっている「伏見チンチン電車の会」さんも出展され、私も写真展示、映像解説のお手伝いをします。何分にも展示は一部であり、急なお知らせでもあります。強制はしませんよ。ヒマを持て余して困っておられる方だけに、そっとお知らせしておきます。
京都市電伏見線…、昭和45年3月限りの廃止だから、ことしちょうど50年を迎える。しかも日本最初の電車営業路線として京都電鉄伏見線が開業してからは125年だ。もう50年経つのか、ほんとに感慨深い。伏見線の思い出は、何と言ってもDRFCのヘッドマークの製作だ。その前年の江若鉄道廃止のヘッドマーク贈呈に味をしめて、伏見線でも‥‥と思い、例によって、あり合わせの材料で急ごしらえをして、3月30日午後、予約もなしで九条車庫へ乗り込み、局長に直談判した。江若は即OKだったが、そこはお役所のこと、その場では結論が出ず、預かりの形で、その日は終わった。果たして翌31日の最終日、朝早くから伏見線に駆けつけると、なんと廃車になる500形のトップナンバーで、装飾車の501に燦然と輝いているではないか!しかも、本来「急」マークを取り付けるステーにDRFCマークを取り付けたため、「急」はなんと腰板ライトの網に差し込むという心配りで、何とも賑やかな前面だ。急いで、分かる限りの会員に電話して吉報を伝えた。結局、この日一日、最終電車まで501はヘッドマークを付けたまま走り、多くの市民の目に焼き付いた。

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 京都で進む 駅リニューアル (2)

阪急 西院駅

続いて阪急西院駅の建て替えですが、こちらは、すでに完成して供用を開始しています。西院駅は、昭和3年に新京阪鉄道が地上駅を開業し、昭和6年に関西初の地下鉄道が京都(現・大宮)まで開通して、西院も地下駅となりました。その後、約90年間、姿を変えずに現在に至り、その価値が認められて、土木遺産「阪急大宮駅と大宮・西院の地下線路」にも認定されました。しかし、その構造のため抜本的な改良もできず、上下移動は階段だけと、バリアフリーには縁遠い駅となっていました。そこで、市の制定した「バリアフリー移動等円滑化構想」に基づき、阪急西院駅と、京福西院駅も含めて、2015年からバリアフリー化と乗継利便の向上を目的に、整備を進め、京福西院駅に直結する北改札口、南改札口が完成し、両駅の乗継が便利になったほか、エレベーターも設置されました。引き続き、その仕上げとして、阪急西院駅ビルの建替えに着手、駅機能の高度化やバリアフリー化を実現した新しい駅舎ができました。 西大路四条交差点に姿を見せた阪急西院駅。駅の機能はすべて地下に潜り、駅ビルそのものは、銀行や診療所が入る。前掲の投稿でも「駅はランドマーク」と書いたが、何の主張もない、無機質な4階建てとなった。

市電時代の西院駅は?と探したら、半分だけ写ったものが出てきた。一階は、阪急共栄ストアーが入っていた。何でもある小さなスーパーで、付近にまだコンビニなど無い時代、結構に賑わっていた記憶がある。

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 京都で進む 駅リニューアル (1)

嵐電 北野白梅町

地元・京都の西側で駅の改修が進んでいます。まずは嵐電の北野白梅町駅のリニューアル工事の進捗を見てきましたので報告します。嵐電の交通ネットワーク強化施策の一環として、3月の市バスダイヤ改正に合わせ、駅とバス乗り場の一体化を行うものです。三面二線だった駅を、従来の2番線を使った二面一線の突っ込み式に改め、1番線のスペースを市バス専用の発着場として、バスとのシームレスな乗り継ぎを可能にするものです。すでに発表された3月20日の市バスダイヤ改正によると、急行102号系統(錦林車庫前~北大路BT)の往路(金閣寺方面)がルート変更し、新発着場へ乗り入れを行います。従来、バスからは交差点を渡って駅に着いていたのに比べて、今出川通から嵐山方面へ、バスと嵐電が直結されることになります。白梅町交差点、イズミヤの右側で進む嵐電北野白梅町駅のリニューアル工事。市電がまだ走っていた約44年前の白梅町駅。イズミヤも建っていなかった。

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 嵯峨野トロッコの“ナメクジ” 解体へ

京都市の嵯峨野観光鉄道トロッコ嵯峨駅構内に保存展示されていたナメクジ、D5151が解体されることになり、最後の姿を見るため、年末恒例の“近所鉄”として行ってきました。2004年に京阪樟葉駅前くずはモールの保存展示場所から移ってきて、トロッコ嵯峨駅の19世紀ホール前で展示され、訪れる観光客に親しまれてきましたが、屋根なしの野外に展示されてから50年近く経ち、老朽化のため解体されることになりました。年内のトロッコ列車の運転日は、本日が最終日で、近くで見られるのは最後となり、年明け早々に解体に掛かると言うことです。

“保存車両”と言えば、永遠不滅と思いがちですが、種々の理由で存亡の危機に瀕する例は、最近よく耳にします。京都でも、加悦のSL広場の2020年春の閉園が決定し、貴重な車両27両の行く末が案じられています。トロッコ嵯峨も、加悦も、クローバー会のイベントで見学しただけに、消滅の危機に接すると、ひとしおの思いです。

嵯峨野観光鉄道トロッコ嵯峨駅構内の保存機のナメクジD5151。D51のうち初期機のナメクジは95両製造されたが、案外保存が多く、そのうち、約20両が保存されているが、形式と製造番号が同じ5151は、他形式でもあまり例が無いだけに貴重な存在だった。

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久々に中国路から小ネタ3件

しばらく投稿から遠ざかっておりました。お得意の中国新聞からの引用です。

を令和元年12月23日 中国新聞朝刊

平成29年4月のクローバー会木次線ツアーに先立ち、米手様、INUBUSE様と下津井を訪ねました。その際、下津井駅跡の保存車両を管理されている方から、このクハ24が下電ホテルに行くことが決まったという話を聞きました。運転台にも、そんな看板が取り付けられていました。あれから約1年半が経ち、新聞記事にあるように新たな働き場所を得たようです。

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