昭和の電車 改訂版(138)ー阪神電鉄801系ー

前回の投稿は2014年6月です。
今回から数回に関しては全く反応がありませんでした。もっとも今回の阪神800形は除いて特殊なゲテモノが出てきますのでムリはないかと思いますが・・・
乙訓の長老や須磨の大老がお元気であれば何らかの資料が出てきたかも知れません。

取りあえず、阪神801系に関して写真や思い出があれば見せて(聞かせて)下さい。

お願いするばかりでは申し訳ないので、私が中学生時代に訳分からずに乱写した写真を貼りますが、どこがどう違うのか、阪神通の方、どなたかお教え下さい。

※内容とは関係ないのですが、数回前から「予約投稿」をしています。お分かりでしょうか?毎週水曜日と日曜日に連載していますが、うっかりしていたり、時間が無かったりして投稿日に掲載できないことがありました。そこで管理者に教えて貰った「指定時間に投稿する方法」を用いて数回分をまとめて予約しています。
実際には投稿予定日の午前0時1分に掲載するように設定しています。方法は会員掲示板に書けるようになったら記載しますのでご利用下さい。
便利です!

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昭和の電車 改訂版(126)ー加越能鉄道デ7050型ー

いいかげんな電車の現役時代 | DRFC-OB デジタル青信号 (drfc-ob.com)

いい加減な電車の原型 | DRFC-OB デジタル青信号 (drfc-ob.com)

「いい加減な電車」の写真があったやちゃ。よかったら越ノ潟へ行ってこられ。 | DRFC-OB デジタル青信号 (drfc-ob.com)

加越能鉄道に関しては反応薄、とばかり考えていましたが、前回時には乙訓の長老様はじめどですかでんさん、西村雅幸さんから貴重な写真と寄稿文を頂きました。

 

《特別寄稿》スカ形国電の時代(最終回)・・・河 昭一郎

《特別寄稿》スカ形国電の時代(その1)・・・河 昭一郎

《特別寄稿》スカ形国電の時代(その2)・・・河 昭一郎

クハ76028他6連下り 1963-11-17 逗子

横須賀線の電車運転は30系に始まり、32系へとバトンタッチされたが、不幸な戦争前後の混乱期を経て1951(昭和26)年3月には70系のスカ形電車が登場した。

しかし、在来車両の有効利用を命題としていたと考えられ、此の時期良く対比される湘南電車が新車のみで構成されていたのに対して横須賀線については新系列車両としてはモハ70、クハ76、サロ46(後のサロ75)のみで、当初はその製造両数も最小数であった。それに不足する車両は在来車を充当する事とし、関西から供給されたモハ42、モハ43、サハ48の他にそれまでの32系時代に活躍したクハ47、サロ45、サロ15が混結運用された。

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《特別寄稿》スカ形国電の時代(その2)・・・河 昭一郎

前回より

《特別寄稿》スカ形国電の時代(その1)・・・河 昭一郎

これらの70系横須賀線電車については、程無く『スカ形』と呼ばれるようになったが、その外部塗装は窓まわりをクリーム色とし、窓の上下は紺色とも言われるブルーが採用され、それは沿線の鎌倉や逗子の砂浜と海を表しているとも言われ、落ち着いた雰囲気をたたえていた。
この塗色は先輩格の80系湘南電車が沿線の『みかん』をイメージして窓まわりにオレンジ色を使用し、窓の上下をグリーンとした派手な印象とは対照的であった。

クハ86009 1966-3-21 静シスにて

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭車前面のデザインについては大形2枚窓の湘南電車とは相似形であったが、実は湘南電車の前面については2枚窓に落ち着く迄に次のような変遷があった。

クハ86の第1次車(20両)は丸妻3枚窓で、2次車以降は2枚窓となったが、3枚窓(1次車)⇒2枚窓(2次車)の設計変更時に丸妻台枠のままで窓のみを2枚窓化した2両(21、22)が1次車と2次車の折衷デザインとなっていて面持ちに独特感があった。

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昭和の電車 改訂版(123)ー大阪市営地下鉄60系ー

前回の営団地下鉄はやはり、と言うべきか反応がありませんでした。
関東私鉄だからか、営団だからか、理由は分かりません。
今回は大阪地下鉄です。最近は「大阪メトロ」と言うそうですが・・

前回投稿時には、元運転士の方から思い出コメントがありました。

大阪地下鉄60系