【100307】 羽村さんが遺したアルバムから 〈4〉

今回のアルバム、羽村さんが最も好きだった阪急京都線を採り上げます。以前、tsurukameさんからの寄稿でも、羽村さん撮影の阪急京都線について、詳細されています(2017年11月27日90622号)。今回は、スキャンしていて新たに発掘できた写真です。
前稿で乙訓老人の思い出にも書かれていますが、羽村さんが好きだったのは“阪急京都線”であり、“阪急”ではありませんでした。京阪電鉄を分離し、新制・京阪神急行電鉄として創立してから、まだ1年しか経っていない昭和25年からの撮影で、京都線は、“新京阪”の面影を十二分に伝えていました。
最初の撮影は、西京極駅で撮られたデイ100形2両の京都行き普通電車をとらえている。周囲の光景は、郊外の様相だが、右手には、西京極野球場(現・わかさスタジアム京都)が見える。この球場は、昭和7年、昭和天皇の成婚を記念して建てられたもの。また電車左手には、現在でも見られる、未成線として残った貨物線の分岐部がわずかに見えている(昭和25年11月)。

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【100207】 羽村さんが遺したアルバムから 〈3〉

続いての撮影地は、京福電鉄叡山線(現・叡山電鉄)に移る。住まわれていた左京区内だけを走り、身近な鉄道へは以後もよく訪れることになる。最初に撮ったのが、京都市電1000型が叡山線を走るシーンだ。ご存じのように、宝ヶ池競輪場で開かれた競輪の開催日にあわせて、元田中駅にあった渡り線を通って、京都市電が山端(現・宝ヶ池)まで運転されていた。前年の昭和24年12月から運転を始め、羽村さんも、そのニュースを聞いて、行かれたのだろうか。ただ、低感度のフィルムのため、晴れていても走行中の車両を写し止めるのは難しい。そこで、羽村さんは、流し撮りで車両を止められている。偶然の所産なのかは分からないが(私も技量もないのに写したら流し撮りになっていたことがあった)、背後を空で抜いて、市電のポールが強調されている。撮影場所は、修学院の南方と思われる(昭和25年3月)。

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【100199】 羽村さんが遺したアルバムから 〈2〉

最初の撮影は、昭和25年3月12日、この写真から始まっている。背後の建物は、大正時代に建てられた二代目京都駅、撮影場所は、いまで言う、八条口側から撮られたもの。手前には多くの側線があり、京都駅に発着する客車の留置線になっていた。スハ32系の客車を8620型が入換えをしているところだろう。ハチロクは、この当時、梅小路区に14両も配置され、東海道本線の貨物列車の補機、大津、石山、草津あたりまでの軽貨物の牽引、奈良線の貨物、時には入換えと大活躍していた。

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【100194】 羽村さんが遺したアルバムから 〈1〉

またまた投稿が開いてしまいました。腰を落ち着けて投稿することにします。デジ青では、米手さんによる、献身的な電子介護が続いています。見ることが叶わなかった会内外の貴重な記録が、本欄でよみがえり、改めて、そのご苦労に讃辞を送るものです。
私も、もう一人、天に召された会員のネガを預かっています。それは、昭和44年に、37歳の若さで亡くなられた、羽村 宏 さんです。羽村さんといえば、青信号初期号で、京都市電の全系統をカラーインクで色分けして、一枚ずつ手作業で系統図を作られた伝説の人です。私とは年代が違い、お会いしたことはありませんが、亡くなられた時、私は青信号22号の総指揮をしており、OBからの一報で、出来上がり直前の青信号を止めて、急遽、訃報を載せたことを覚えています。
羽村さんは、お住まいの左京区吉田にちなんで“吉田急行電鉄”と名付けられた、鉄道模型・レイアウトが主な趣味でしたが、写真も昭和25年から撮られています。これらの写真・ネガは、親しかった乙訓の老人宅で静かに眠っていました。ある時、老人の自宅へ遊びに行った時、「これ、おまえが保管せぇ」と渡されたのが、この青いネガアルバムでした。2004年のことで、以来、10年以上が経ちますが、預かった私も、一部は、出版に使わせてもらったものの、ネガのスキャンもせず、眠ったままでした。
このことを、老人に相談しますと、“すぐにでもデジ青に発表してくれぇ”と、強い口調で激励され、電子介護の一環として、発表することにしました。預かっているのは私であっても、羽村さんの遺された写真は、クローバー会共有で受け継いでいくべきものと思っており、ならば、“デジ青”での発表がもっとも相応しい媒体だと思うに至ったのです。羽村さんが遺された青いネガアルバムは二冊、B5ヨコ型で、1ページに8点のセミ判のネガが収められ、二冊で300点余りのネガがある。鉄道模型を写されたものもあって、実物の鉄道写真は200点程度だ。いまのデジカメなら、半日で撮ってしまいそうな点数だが、羽村さんは、約5年掛けてじっくり撮られた。決して寡作ではなく、この時代の撮影スタイルはこんなもので、一枚一枚、心を込めて撮られたのだ。

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【99008】902  C12の謎に挑戦。しかし・・・

鉄道介護士氏から難題を突き付けられて、それでなくとも熱帯夜で眠れない上に あの鉄橋が気になって熟睡できず 睡眠不足が続いています。改めて問題の写真を再掲します。先日の大阪特派員氏のコメントは「このC12 全く記憶におまへん」でした。

902

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【98505】鉄子の育て方

本屋さん

お久しぶりです。
子パンダの保護者こと88年度生の山本晃司です。

どこかのTVドラマと同じタイトルになってしまいましたが…。

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