1953年高校生東京へ その8


ロクサン→ナナサン東武版

東京の最後は東武鉄道。荒川鉄橋での撮影である。皆様慰めては下さるが、こんな写真を撮るぐらいなら、杉戸か浅草橋に行き、当時山ほどいた蒸機を撮った方がどれだけよかったことか。


準急

5700系特急

俗称「ネコヒゲ」特急。湘南クハ86の2枚窓妻模倣は私鉄でも早い例だが、ひょっとすると西大寺鉄道キハ8、キハ10に若干遅れをとっているかもしれない

やはりはこうした列車を撮るべきだった
ED451 足元が切れているのは、6×6 15枚撮り手製改造で、次のコマが重なったためである

K.H.生さま 戦前の大連市電の件

大連市電とあれば、出番かなと思って、見てみましたが、戦前の事は、分りません。路面電車博士に聞かざるをえないと、思います。
写真から見ると、ダブルルーフ車のようです。私の知っているのは、日本車両製か、ボロボロの残骸ぐらいで、この車両は、現存はしていません。そこで、ネットからや文献等で、調べました。その頃の絵葉書を集めてみましたので、ご覧ください。

どうでしょうか。ダブルルーフ車が、あるのがお分かりでしょうか。
それと、下記のHPをご覧ください。どうやら、英国製で、特等(定員16名)と並等(定員32名)の2室があったと掲載されています。
http://dalian2006.hp.infoseek.co.jp/page061.html
http://dalian2006.hp.infoseek.co.jp/

大連の市電

戦前鉄道省に勤めていた明治30年生まれの祖父が満州に出張した際の

土産のパンフレットが昭和2年生まれの母を経由して私の手元にいま

あります。

イラスト画に書かれている路面電車のことが少し気になりました。

この電車などについてご存知の方はおられませんでしょうか。

多少の知識でも知りたく思います。

台湾鉄道全線乗車の旅 Part9 高雄→花蓮

第7日目 5月26日

① 技撃館7:12-(MTR)→7:22大寮
② 大寮7:28-(MTR)→7:46美麗島
③ 美麗島7:52-(MTR)→8:08小港
④ 小港8:40-(MTR)→8:42高雄國際機場
⑤ 高雄國際機場9:16-(MTR)→9:36高雄車站
⑥ 高雄車站9:52-(MTR)→美麗島9:54
⑦ 美麗島10:04-(MTR)→10:12技撃館
⑧ 技撃館10:50-(MTR)→10:58美麗島
⑨ 美麗島11:10-(MTR)→11:22左營
⑩ 左營12:00-(台湾高鐡434)→14:00台北
⑪ 台北14:30-(台鐡自強號『太魯閣號』1063)→16:45花蓮

今日は、台湾新幹線太魯閣號に初乗車です。切符は、20日台北駅で、すでに買い求めていましたので、乗車までの間は、昨日に全線乗車できなかったMTRと、保存されている高雄旧駅舎見学です。

早起きして、シャワー後、荷物をホテルに預けて、まずは、橘線の終点大寮駅を目指しました。終点手前で、地上に出ると、車庫がありました。それからは、高架線を走り、大寮駅到着です。駅前を見渡しましたが、まだ開発中のようで、遠方に町並みが見える程度です。

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韓国1971年その3

 慶州、東大邱に続き今回は水原、ソウルの鉄道風景を紹介したい。水原はナローゲージの鉄道が見られたが、これは次回としたい。数年前に水原まで乗り鉄したが、通勤電車が走っており、風景の激変に驚く。この1971年はまだ、夜12時以降は外出禁止令が出されていた。日本では東京都知事は美濃部さんの時代であり、韓国の年配の方は、それを非難し、反共色が強かった。水原駅前には韓国鉄道近代化のあるべき姿のひとつであろうか日本のブルートレインがPRボードに見られた。韓国は客車列車が多く、台湾などと同じようにアメリカGE製のディーゼル機関車がブンブンと大きな音をたてて走っていた。客車の一部には25メートルくらいある米軍が持ち込んだと言われるダブルルーフの客車も結構見られた。

1971.4.26 水原 ディーゼル機関車に牽引される客車列車

 

1971.4.26 水原出発 釜山行き観光号

1971.4.26 水原 日本のキハ20タイプの気動車

1971.4.26 水原 機関車の直ぐ後ろに見える大型ダブルルーフ客車は米軍の持込

1971.4.26 ソウル駅北側 戦前の鮮鉄特急「あかつき」は釜山~京城(ソウル)であったが、急行「ひかり」「のぞみ」はさらに満鉄方面へ、急行「大陸」、「興亜」は北京に向かっていた。

 

 

 

台湾鉄路全線乗車の旅 Part8 高雄地鉄

第6日目 5月25日

嘉義16:10-(区間車3165)→18:03高雄

 台湾鐡路全線乗車の旅も、中盤6日目の朝をむかえた。昨日は、フル稼働だったので、老体を休めなければ、この蒸し暑さには、身がもちません。台湾は、温泉大国でもあります。丁度、バスで、約1時間ほどに、台湾屈指の珍しい泥温泉の、関子嶺温泉がある。平渓線で、CK124を撮影した時に、知り合った若い日本人夫婦も薦めていた。バスターミナルもホテルから、徒歩5分となれば、行ってみるしかない。

ただ、台湾の路線バスの運転は、日本ではお目にかからないほど、すごい。急カーブをもろともせずにタイヤを鳴らしながら、突っ走る。北台湾で経験済みです。ここもそうなんだろうと、覚悟して乗車しましたら、昨日の田野列車に、毛が生えたような、うすのろ走行です。これは、寝るしかないと、運転手に下車駅を言って、揺れるがままに任せました。

車内に響きわたる運転手からの、アナウンスで起こされました。あたりの景色は、市内地から山の中です。川を挟んで、古びた温泉旅館が並んでいます。先まで行くと、さまざまな浴場を完備した、近代的なスパ温泉があるのですが、手短にバス停前の温泉旅館に入ったのが、間違いでした。

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201系「四季彩」引退

【3343】「JRおおみや鉄道ふれあいフェア」でも書き込みした通り、6月28日(日曜日)をもって201系「四季彩」が通常の営業運転を終了し、7月に実施される「お別れ運転」を残すのみとなった。【3343】と一部重複する部分があるが概略を簡単に述べると、車号は 青梅←クハ201-134+モハ201-263+モハ200-263+クハ200-134→奥多摩 で、昭和59年10月近畿車輛で中央線用として新製、武蔵小金井区に配置、中央線用としては最終増備車であった。平成13年7月大井工場で青梅線用の展望電車に改造(車号は変化なし)土、休日に青梅線を中心に定期運行、一般公募により「四季彩」と命名された。現在のラッピングに変更されたのは平成17年6月である。

車内は大きく改造され、奥多摩に向かって進行方向左側の座席を撤去し、奥多摩寄りの先頭車クハ200-134は窓側に向いた折畳み座席を、後ろの3両はクロスシートを設置して、窓は開閉不能の1枚窓に改造された。一方、右側の座席は通常のロングシートで、窓はそのままであるが、シートはパケットタイプのものに取り替えられた。

6月20日、27日と2週連続で出かけたが、撮影者が沿線に分散したのと27日は横須賀線に旧形客車が走り、そちらに行った人が多かったためか、青梅~宮ノ平間の踏切、軍畑の鉄橋等一部の有名撮影地を除けば、人出はさほどでもなかった。

このあと7月11日、12日に立川~青梅間、18日~20日に立川~奥多摩間で「さよなら運転」が実施されるが、「募集型企画旅行商品」として運転されるため一般乗車は不可能である。

クハ201-134/立川寄りの先頭車で春の吉野梅郷と梅の花が描かれている。

 

モハ201-263/2両目で夏の御嶽山と「れんげしょうま」の花が描かれている。

 

モハ200-263/3両目で秋の鳩ノ巣渓谷と紅葉が描かれている。

 

 

 

左側は4人掛けクロスシートになっている。元の座席下に設置された扉開閉機と暖房器を生かしたため、側板と座席の間にデットスペースが生じた

クハ200-134/奥多摩寄りの先頭車で、雪の舞う奥多摩湖と冬に黄色の実を付ける柚子が描かれている

 

 

左側の座席は多摩川の渓谷を見学できるように外側に向いている。座席は跳上式で使用しない時はバネで折畳まれる。

 

日向和田~石神前間を走行する奥多摩行

 

日向和田~石神前間を走行する青梅行

 

二俣尾駅に停車中の青梅行(左側はホリデー快速の回送列車)

 

軍畑~二俣尾間を走行する青梅行

 

軍畑~二俣尾間の軍畑鉄橋を渡る青梅行(鉄橋の二俣尾側、駅から徒歩2分のお立ち台は人が多かったのと逆光のため、一旦谷へ下りて登り返した対岸に行った。同業者はゼロであったが場所は今一つ)

 

[参考]軍畑鉄橋を渡るE233系(駅から徒歩2分のお立ち台)

 

[参考]軍畑鉄橋を渡る73系(昭和49年5月1日撮影)

 

軍畑駅に進入する奥多摩行

 

沢井~御嶽間を走行する青梅行

 

鳩ノ巣駅に進入する青梅行

 

奥多摩駅を発車する青梅行

湯口徹さん受賞祝賀会・開催のお知らせ

今もデジタル元祖青信号で大活躍の「湯口徹さん」、昨年出版された「日本の蒸気動車」が、鉄道友の会選定の2009年「島秀雄記念 優秀著作賞」に、単行本部門で選出されました。

湯口さんは先年、「内燃動車発達史」を上梓され、鉄道趣味界を驚嘆させました。この時はまだ今回の受賞制度がなく、設定2年目の本年に受賞が実現しました。

DRFC設立時からのメンバーであり、クローバー会の推進役でもある湯口さんの今回の受賞を祝う集いを、次の様に企画いたしました。皆さんの参加を待っています。

1.日時:200989日(日曜日)午後530分~午後730

2.会場:大阪梅田・お初天神通り、ニューミュンヘン本店3

  Tel 0663113381

3.会費:御一人5,000円(当日徴収)

4.申込:電話 09036548224FAX  0752118231

  E –mail : dsxhg 814 @ ybb.ne.jp  乙訓の老人コト沖中忠順

5.締切:8月1日(土)厳守。定員20人(先着順)。

呼びかけ人:DRFCクローバー会有志

京成電鉄 創立100周年記念列車

京成電鉄は1909年(明治42年)6月30日創立以来、本年で100周年を迎えた。今年は創立100周年を記念して様々なイベントが計画されているが、その一環として3300形4両1編成(←上野、3356+3355+3354+3353)を往年の青電塗装に変更した。

6月30日(火曜日)「創立100周年記念列車」として、この編成を使用した上野~金町間の臨時特急が運転され、停車駅及び時刻は、上野(1419)、日暮里(1423)、青砥(1439)、高砂(1441)、柴又(1444)、金町(1446)であった。金町に住んで20年以上になるが、京成金町線に特急列車が走るのは前代未聞のことで、是非乗車、撮影をしたいと思っていたが、あいにく多忙な平日の月末であったため諦めていたところ、急遽午後から外出する仕事が入り、辛うじて撮影のみ間に合った。外出先での業務終了後、大急ぎで京成金町駅に行き14時40分の高砂行に乗車、柴又駅到着が14時42分、間一髪で臨時特急と折返しの回送列車を撮影することができた。平日にも拘らず金町には15名、柴又には20名位の同業者がおり、臨時特急は立ち客が出る程満員であった。ポスターに記載されている通り、8月下旬には赤電塗装車が、9月中旬にはファイヤーオレンジ塗装車が運行される予定となっている。余談であるが、高砂、町屋経由で会社に戻ったが、町屋で降りると都電の新車「8801」が三ノ輪橋行で到着、撮影後千代田線への階段を降りかけたところで「8802」が次の三ノ輪橋行で到着した。

3300形は、昭和43年から47年にかけて54両新製され、4、6、8両編成で普通から特急まで各種列車に使用され、京成線のみならず、都営浅草線、京浜急行にも乗り入れて活躍したが、新3000形の増備により、平成19年度から本格的に廃車が始まり、現在は4両編成8本の32両が在籍し、本線、金町線、千葉線で普通列車を中心に使用されている。その他に、北総鉄道に8両がリースされ、印旛日本医大~羽田空港間等で使用されている。

 

柴又駅に到着した上野発金町行臨時特急(3353-3354-3355-3356

 

中間車の3354

 

「特急・金町」の方向幕

 

折り返しの回送列車

 

創立100周年のポスター

台湾鉄路全線乗車の旅 Part7 渓湖糖廠

第5日目 5月24日 その3

阿里山鉄道嘉義車庫を出た私たちは、快速道路1号線から19号線に入り、戦前、台湾を南北に分けた濁水渓に架かる 西螺大へと向かいました。

約1時間で、西螺大橋に着きました。しかし、朝からのバイク相乗りは、初体験もあって、かなり疲れてきました。おまけに、この暑さです。意識が、ぼ~として、走行中でも、眠気が襲ってきます。危険と思い、ここで、しばしの休憩をお願いしました。 続きを読む

橋本工房気まぐれ日記

外径3mmの肉薄パイプを真鍮板にハンダ付けし、加工する。
外径3mmの肉薄パイプを真鍮板にハンダ付けし、加工する。

 久しぶりに工房が再稼働しましたので、投稿します。上の写真、これは何でしょう?相変わらず浮気ばかりで完成車が出場しない当工房に、またまた入場車が入りました。例によって作りかけて何十年というEF64(0番台)です。長い間置いていたため、工作を残したままなのに勘違いして塗装を始めてしまい、それがショックでまたしまい込んでいました。今回、当クローバー会のK先輩のDVDを見せて貰ったことがきっかけとなり、生きている内にけりをつけることにしました。これまた懐かしい、しなのマイクロのバラキットです。

前照灯の庇を付けないまま塗装を始めたことに気づき、しまい込んでいたEF6436
前照灯の庇を付けないまま塗装を始めたことに気づき、しまい込んでいたEF6436

付け忘れていたのは前照灯の庇でした。キットに入っていたのはあまり出来が良くなかったので、肉薄パイプを加工して作ることにしましたが、青色を吹いてしまってからですので通常なら仕方なく塗装剥離するところですが、それも実に面倒なので接着剤かハンダ付けで取り付けて部分塗装でごまかすことに。結局極一部塗装をはがし、ハンダ付けしてしまいました。心配していた熱影響はほとんどなく、未塗装部はエアブラシでピンポイント塗装するつもりです。

何とか庇がつきました。ハンダ付けで!
何とか庇がつきました。ハンダ付けで!

写真ではよく見えないかも知れませんが、鏝を当てたところにハンダの盛り上がりが出来ています。これからキサゲて取り除きます。

ところで次の写真も入場車です。犬山総会に持参していましたので、一部の方にはご覧に入れました。その頃から殆ど進展していませんがブレーキてことブレーキシューのセットが出来ています。これを取り付けたら基本部分は終わりで、エアーブレーキ関係の部品取り付けとパイピングです。これでようやく当鉄道のB6トリオが完成します。(写真のブレーキてこのセットは置き方が逆ですね、失礼しました)

「ところでボクはどーなるの?」と2312

「ところでボクはどーなるの?」と2312

「はよおいでや」と待っている2713と2914

「はよおいでや」と待っている2713と2914