早春の中国一人旅 Part7 芭石鉄道 芭沟~菜子埧

第8日目 2010年3月9日
① 蜜蜂岩站6:32-(第1次)→7:10芭沟站
② 芭沟站-(徒歩)→焦埧站-(徒歩)→仙人脚站-(徒歩)→菜子坥站
③ 菜子坥站16:10-(第3次)→16:25蜜蜂岩站

昨夜は、大牟田市から来られたA・Kと、犬山市から来られたM・O氏、そして、芭石鉄道を案内してもらうために、遠く寧夏回族自治区の銀川市から、ご両名が呼びよせた、鉄ちゃんでもあるツアーコンダクターの鄧有貴さんと一緒に、中国鉄路の撮影談義に盛り上がりました。

A・K氏は、1993年から中国鉄路に魅入られ、30回以上も訪中して、撮影を続けておられる猛者。M・O氏は、6回目ですが、熱意たるもの相当な方でした。

鄧氏とは、以前からインターネットで知り合い、今回も日本人2名を引率して来られる事を確認済みでした。しかし、お会いするのは、初めてでした。中国鉄路のSL撮影専門のツアーコンダクターで、今まで数多くの日本人を中国各地に、案内されておられ、経験豊富です。

従って、最新現地情報は、熟知しておられますので、もし訪中される方がいらっしゃいましたら、ご指名されると良いと思います。費用は、それなりに必要ですが、何処へでも飛んで来てくださいます。

馬氏は、英国人の案内人です。英語が堪能な方は彼を、日本語のみの方は、鄧さんをご指名してください。どちらも、甲乙付けがたい熱心な鉄ちゃんです。

ご両名は、上海で合流されて、成都までは、空路で入られ、1週間のご滞在です。お二人ともビール好きで、昼間から水のように飲んでおられました。私も好きですが、今回は、長く歩くので、年齢を考えて、撮影後の楽しみにしました。


7:22、第1次、芭沟站到着。7:38、折り返しの下り列車、第1トンネルを出る。右側の小屋は、列車が走行する際に、トンネルに人が入らぬように注意するトンネル番人です。踏切番と同様に、通過時には何処からか現れます。

今日も一緒に始発列車で出発、芭沟を目指しました。朝の天気は、いつもと同様の雨です。ご両名とは、芭沟站で別れ、私は、第1トンネルを抜けた場所で、折り返しの石渓行き列車を待ちました。

撮影後は、朝食を食べに、芭沟の青空市場に行きましたら、食堂で、またお会いしました。小さな町ですので、食べに行く所は、まあ決まっています。お粥とマントウで3元=約42円です。昨日の朝食より、雰囲気もよく、美味しく格安でした。

魚、肉、野菜等々の朝市が広場で開催されます。芭石鉄道沿線の人々は、ここで新鮮な食料品を調達します。

他に、ミシンを持参して、靴や衣類の製造や修理もやっていました。

ご両名が、定番の撮影地、溜池に先に向かわれた後、青空市場を散策していたら、突然にSLの汽笛が聞こえました。どうやら、不定期の貨物列車が、今日は運行されたようです。站へと急ぎ、売店で通過したのを確認後、第1トンネルに向かうと、どこからか、踏切番が現れて、踏切の遮断機が降ろされていました。

折り返しの列車は何時に来るのかを聞きましたが、直ぐに来るだけの返事です。トンネル上に登って、待ちました。

9:18、石炭列車、芭沟を通過。芭石鉄道の踏切遮断機は、全て手動式です。

次の撮影予定地は、上り列車が、第2トンネルを出た所です。少し長い第1トンネルを地元の人と一緒に抜けて、向かいました。ここでは、トンネルも日常の生活道路です。


10:58、第2トンネルを出る、上り第2次
11:16、第1トンネルを出て、第2トンネルに向かう下り第2次。

今日は、足の痛みが、幾分消えました。しかし、無理は禁物です。ゆっくりと歩き、昨日、休憩した焦埧站に、11:40到着。中国語を教えていただいた雑貨店のおばさんは、近所の人3人で、何か分りませんが、中国版花札のような物で、遊んでいました。

この辺りでは、2人寄れば、トランプ、3人寄れば花札、4人寄れば麻雀をする。成都に近づくと、麻雀の音がするというぐらいゲーム好きな人々が多いそうです。

焦埧站から約8分で、観光列車のみ停車する溜池の站に到着しました。
芭石鉄道一の大築堤がある撮影地の山を登ってみましたが、最高部まで行っても、背景に菜の花畑はありません。

そうなんです。菜の花は、種を秋に蒔かないと、咲きません。毎年、菜の花畑の位置は変わっています。残念ながら、今年この地区には、種が蒔かれなかったのです。

今日も撮れる列車は、後3本です。買っておいたソーセージ等で昼食をとりながら、ここで撮ろうか、どうしようかと思案しましたが、今回はパスしました。

再び、徒歩でのロケハンを続けました。気に入った撮影地は、第4トンネルを出た背景に菜の花畑が見える場所でしたが、約2時間半もあります。時間つぶしが必要です。仙人脚站まで歩き、焦埧站と同様に、駅構内の雑貨店前の椅子に腰掛けて、寒くなってきましたので、火鉢にあたりながら、おばさんとの中国語勉強を始めました。


しばらくすると、どこからか、地元のイケメン高校生がやってきて、バトンタッチです。聞けば、今日は学校が休みで、犍為の寄宿舎から自宅に戻ってきていると言います。

芭石鉄道沿線には、小学校が菜子坥站近くにありますが、中学校以降は、石渓站からバスに乗って犍為の町まで行かないとありません。授業時間は、8:00~21:00までですので、自宅からの通学は無理です。学生は、寄宿舎で合同生活をします。

彼との会話は、自己紹介に始まり、何処から何をしに来たか、学校で勉強した日本を、いろいろと聞いてきます。分らない言葉は、電子辞書を開けて、ノートに筆談です。

丁度、撮影に良い時刻になった頃、彼の友達が呼びに来ました。再見と次回の再開を約束して、撮影場所に向かいました。


15:20上り第3次の撮影が終わった後、次の撮影地の菜子埧站までの、約2キロ強を約40分余りかけて、ロケハンしながら歩きました。

菜子埧站到着の菜の花畑の下り第3次を撮影後、すぐにその列車に乗車して、蜜蜂岩站に戻りました。


16:18、蜜蜂岩站到着。この站でのの撮影を忘れていましたので、第4次も含めて、発着を撮りました。

まだ、ご両名は撮影に没頭されているようでしたので、1本3元=約42円ビールを飲みながら、待ちました。今夜も4名だけの宿泊客の民宿です。

もう少しは、芭石鉄道での撮影を続けたかったのですが、既に明日のホテルを予約しています。鉄路切符も購入していましたので、予定変更が出来ません。今回、撮れなかったシーンは、来年に残しておこうと、決めました。

民宿の主人に明日の出発を伝えて、宿賃を支払いましたが、4泊と1朝食4夕食の合計は、210元=2,940円でした。ここに来るには、大変な苦労が必要ですが、短期滞在だけでしたら、多少散財しても、福澤諭吉さん1枚でお釣がきます。

この夜は、撮影した画像を見せ合いながらの昨日にも増して、盛り上がった夕食兼宴会タイムでした。

早春の中国一人旅 Part6 雨の芭石鉄道

帰国後、桜前線を求めて、九州、四国とぶんしゅう7号と旅にでました。その間、投稿ができずで、間が空きましたが、芭石鉄道の続編を掲載します。

第7日目 2010年3月8日
① 蜜蜂岩6:52-(第1次)→7:32黄村井
② 焦埧15:40-(第3次)→16:04蜜蜂岩


今日も早起きして、英国人親子&通訳と一緒に、6:32発(実際は、20分延着)黄村井行きの始発列車に乗車しました。彼らは、次の菜子埧站で下車しましたが、私は、終点まで向かいます。


どの站も土日を実家で過ごし、寄宿舎へと向かう中高生が、始発の石渓行きを待っていました。左は、焦埧站、右は、芭沟站です。


小雨がぱらつき、真っ暗闇の出発でしたが、次第に夜が明けだし、黄村井站では、はっきりと見えるようになりました。しかし、小雨は、本降りになってしまいました。毎日、朝方は雨が降りますが、夜明けにはやみます。出る前に、今日も晴れるよねと、聞きましたら、大丈夫との返事でしたので、何の用意もしていません。

黄村井站ホームのテント待合室から、離れられません。戻るにも、今日は、月曜日で観光列車はありません。次の列車は、10:50発です。困っていると、どうしたと出勤中の近所の人が話しかけてきました。傘が欲しいと伝えると、どこからか折りたたみを買ってきてくれました。15元=約210円でしたが、20元渡して受け取ってもらいました。


前回行った炭鉱で、所長と一緒に写した、写真を持ってきました。熱烈歓迎です。少し待てば、炭鉱夫の勤務交代があって、掘り出した石炭を満載した、人力トロッコを押すシーンが見られるのですが、雨が強くなって、道がぬかるみ状態になってきたので、撮影意欲が消えました。


雨が降る中、芭沟站へ向け、線路上をロケハンしながら、歩きました。昔の栄華はいずこへの廃墟が続きます。と、思ったら、朝食の準備をしているのでしょう、台所から煙が立ち上っています。

こんな光景の中を走る写真もいいのですが、折角の花のシーズンです。菜の花のある場所を探しましたが、中々、ありません。


芭沟の町並みです。一応、観光客向けに整備はされていますが、活気は感じられません。

ロケハンしながら、1.6キロを約30分で歩き、芭沟站に着きました。駅前の飯店で、朝食20元=約280円を注文しました。3品のおかずとご飯ですが、お世辞にも美味しいとは、言えません。

お爺さんと、お婆さん、そしてお母さんの家族3人が、経営者兼従業員ですが、食べている最中に、『味はどうか?美味しいか?これは、○○と××を食材にしている。等々。』3人が何度も同じ事を言い、目の前に来ます。落ち着いて食べられない以上に、うるさい!

食べ終わると、日本人がよく泊まりに来る。部屋を見せると、強制的に各部屋を案内します。後で来られた旅行社の日本語通訳者に聞くと、うるさくて評判の一家で、やはり、うるさいと、けんかまでしたと、言います。でも、面倒みは良さそうですよ。


なんだかんだで、時間つぶしは出来ましたが、時間超過です。結局、站近くで、妥協しました。折返しが直ぐに来ますので、決めていた撮影地に行こうとしましたが、列車の方が早く、またも妥協のカットです。

次の列車は、約4時間後です。交通機関はありません。歩くしかないのですが、昨日、頑張り過ぎたのが原因で、右足は膝が、左足は足裏が、歩く度に痛みが出だしました。とても、蜜蜂岩站までの行軍は無理です。せめて、次の焦埧站まで1.4キロで、止めよう。まだ先は長い、今日は無理しないでおこうと決めました。

芭沟站から焦埧站まで、約40分もかけて歩くのがやっとで、12:20に着きました。次に撮影する列車まで、約3時間近くあります。朝からの雨はやみましたが、歩くのは困難です。


駅構内の雑貨店に入って、椅子に座って、おばちゃんと雑談で、中国語の勉強です。ノートに漢字を書いて、ピーインを入れてもらって、発音練習です。授業料は、店で買うカップラーメン5元=70円です。お湯は無料です。ソーセージ4元=56円も食べると、満腹になりました。

以前は、仕事が終わって、5:30以降の疲れてからの授業でしたが、最近は、お昼の授業が増えましたので、言葉のレパートリーも増えました。ただ、使わないと、直ぐに忘れてしまうのが欠点です。


これでも、駅舎内です。切符販売の窓口もあります。しかし、待つ人はいません。切符を買うのは、窓口内でした。

今までは、列車に乗ってから切符を買っていましたが、今日初めて、站で切符を買いました。何と、座席指定席券です。ご覧ください。

座席指定席券を発券するには、どうするのかと思っていたら、机の上には、列車別の座席表があって、販売済みは、チェックが入っていました。右が発券された切符ですが、ちゃんと、年月日・列車名・車両番号・座席番号が記載されています。

15:40焦埧站から第3次の下り列車に乗って、16:04蜜蜂岩站に到着しました。降りると、英国人親子が乗車待ちをしていました。これから、どこへ行くのでしょうか。挨拶と握手をして、別れました。

別れがあると、次には、出会いがあります。民宿の1階には、着いたばかりの方の荷物を置いてありました。2名分です。さて、どんな日本人が来られたのか? 今夜は、久しぶりに、日本語の会話が楽しめます。

蜜蜂岩站発最終の18:20(20分延)の第4次は、暮れてきたので、駅近くで撮りましたが、お見せできるレベル以下です。今日は、歩くのが困難で、従って成果も少ない日でした。体調が優れない時は、仕方ありません。鉄道写真撮影には、健全な足腰が必要不可欠です。休んで、復活を待ちました

教えましょう【7658】

彼の家の裏の線路際です。

但し、ストリートビューのない時代、1965年10月16日の撮影です。この次のコマが、蒸機が金色に輝いて見え、ピク191号D51特集に掲載された有名な写真です。4,5人が蒸機の接近に慌てて、彼の家の木戸を開け撮影に走ったのですが、できたのはこの撮影者のみ。自慢作の一コマ前がこれです。彼の家も写っているでしょう。
列車は小荷物2045レ、D51145【奈】+D51934【亀】

次にも彼の家が写っています。上の写真と共に、スキャナーの苦手な軟調写真です。ゴミ箱に入っていたのですが、ひょんなことから復活しました。この撮影日は精査中です。上の写真とは、2階や物干し台の様子が異なります。理由は判りません。D51145【亀】単機回送です。

これらの写真は24日に持参すべく考えていたのですが、【7658】との行き掛かり上、先んじて公開します。また、この他にカラー写真が1枚あります。数人の青年と共に、彼の家の屋号が写っています。肖像権(これとて50年の時効寸前で問題になるほどの代物ではありませんが)もあり、24日に持参とします。

教えて下さい!

昨日淀屋橋から特急に乗りました。いつものことでなにも変わらないことですが、ふと疑問が浮かんだのです。

このホームにはタテに2列車が同時に止まることがあります。1列車は8両、2本で16両。新幹線と同じ両数です。18mと22mの違いはありますが約300mほどにはなるのでは?

一本のホームでこれほど長いものは私鉄では他にないのでは?と思うと調べなくてはおられません。早速ネットで調べましたが京都駅旧1番線ホームは出ていますが私鉄で一番長いホームの記録は見あたりませんでした。

そこで京阪お宅、いや京阪ファンの物知りの方にお尋ねします。淀屋橋は日本の私鉄では一番長いホームですか?違ったらどこが一番長いのですか?

教えて下さい!

4/1から『京阪電車100年のあゆみ』展 開催!

クローバー会の今年度の公式行事第一号、『写真でつづる京阪電車100年のあゆみ』が、いよいよ4月1日から、京阪七条駅歩いて1分の「集酉楽サカタニ」で開催されます。
開催前日の31日、関係者が夕方から集まり設営を行いました。事前の準備もあって午後9時には滞りなく完了、あとは開場を待つばかりとなりました。会員がカネとヒマに飽かして撮りまくった珠玉の写真約30点が並びます。
会期は4月30日までの1ヵ月、会場の当番はとくに定めていませんが、来客の多い土日はぜひ来場いただき、来客の接待をしていただきますようお願いいたします。

着々と進む準備作業。今回は、京阪電鉄からの協力もいただき、一部の写真の提供のほか、多くのポスター・パンフレットの提供もいただいた。