少し前の天理駅他


天理駅を発車するモ802-ク711-サ701-モ801の京都行急行/(50-8-6)

モ800系は昭和30年奈良線特急用として新製された車両で、奈良線の車両限界拡大後は、京都線、橿原線、天理線で使用された。

8月9日【22285】で、どですかでんさんが天理駅の画像を貼られたが、昭和50年に撮影した写真が出てきたので紹介する。

近鉄天理線は橿原線の支線のように見えるが、橿原線の西大寺~平端間の開業が大正11年4月(平端~橿原神宮前間の開業は大正12年3月)に対し、天理線は「どですかでんさん」が書いておられる通り、大正4年2月7日天理軽便鉄道として新法隆寺~天理間を軌間762mm、蒸気動力で開業している。大正10年1月大阪電気軌道に買収、大正11年4月平端~天理間を標準軌に改軌の上、架線電圧600Vで電化。762mmで残った法隆寺~平端間は、戦時中の昭和20年2月11日営業休止を経て27年4月1日廃止された。
平端~天理間は44年9月2日架線電圧を1500Vに昇圧。63年6月27日全線複線化。48年9月20日建築限界拡大工事が完成して大型車が入線可能になり、天理教大祭時等には標準軌区間各所から団体臨時、臨時特急等が直通するようになった。

モ8068他4連/(50-8-6)

モ822-ク722-ク714-モ807/(50-8-6)
820系と800系の混結編成。820系は昭和36年奈良線特急増発用としてM-T8編成が新製された。奈良線の車両限界拡大後は800系と同様であるが、2両固定編成で小回りが効くため、生駒線、田原本線、京阪電鉄乗入れ等にも使用された。昭和59年から南大阪線6800系の足回りを組み合わせて伊賀線に転属した。後2両は800系である。


【参考】天理発京都行急行/(41-2-16) 丹波橋

国鉄天理駅留置線(49年6月16日撮影)
天理教の大祭時には、全国各地から団体臨時列車が運転され、奈良線でもD51の牽く客車列車が見られた。国鉄天理駅には団臨用の留置線があり、一時期阪和線新性能化により役目を終えた旧形国電が留置されていた。その中で珍しいと思われる車両を紹介する。

クモハ61002/昭和7年10月日本車輌でモハ40002として誕生、27年主電動機を128Kwに取替え、28年6月の改番でモハ61002となった。49年8月廃車。
正面窓は、非パンタ側は運行窓を含めてHゴム化されたが、パンタ側は最後まで木枠であった。
下は現役時代/(48-9-15) 堺市

クハ55151/昭和12年7月日本車輌でクロハ69006として新製。昭和18年戦時改造で2等室廃止ロングシート化でクハ55104に。28年6月2等室復活でクロハ69010。昭和36年5月2等室廃止ロングシート化でクハ55104(2代目)。昭和37年12月改番でクハ55151に。昭和45年2月明石から鳳に転属。49年10月廃車。
下は現役時代/(48-3-21) 鳳

サハ57056/昭和8年12月大宮工場でサロハ56009として新製、京浜東北線等で使用。昭和18年3月大井工場で戦時改造2等室廃止でサハ57056に。東京地区で使用後、42年5月津田沼から鳳に転属。49年10月廃車。

奈良交通のボンネットバス
どですかでんさんが法隆寺駅前で撮影された結崎行を貼っておられるが、狭隘区間が存在するため比較的遅くまでボンネットバスによるツーマン運行であった。
奈あ1917/(50-1-12) 法隆寺駅

奈2あ1916/(50-1-15) 法隆寺駅

奈あ1915/(50-8-6) 高田営業所
方向幕の「三輪明神前」は撮影時に「幕回し」で出したもの。横の幕は「平端駅~高田市駅」を表示している。車両はいずれも41年式BXD30・帝国車体である。

十津川・新宮特急について
十津川・新宮特急は国道168号線の改良に伴い、昭和38年3月1日より運行され、奈良側の起点は奈良大仏前であったが、59年に八木駅に変更されている。
当初は奈良交通が新宮駅~奈良大仏前間2往復、国鉄バスが新宮駅~五条駅間1往復、熊野交通が新宮駅~橋本駅間2往復運行され、新宮~五条間に限ると5往復運行されていた。
どですかでんさんが貼られているのは2代目の車両で、現在の使用車両は5代目である。
奈2あ1750/ (50-1-15) 法隆寺前
38年式いすゞBA743P(車体は川崎航空機製)で、初代の十津川・新宮特急用車両。「奈良交通50年史」(多分)に同形の近い登録番号の車両の走行中の写真が掲載されている。写真は最晩年で法隆寺駅周辺のローカル運用に使用されていた頃である。

奈22あ 179/(50-8-6) 五条バスセンター
50年式いすゞBU04P(車体は川崎重工製)で、十津川・新宮特急、湯ノ峰急行用として新製された車両である。写真は奈良大仏前9時20分発湯ノ峰温泉行急行で、湯ノ峰温泉には16時4分に到着した。湯ノ峰温泉行急行はあと1本、奈良大仏前発11時25分→湯ノ峰温泉着17時39分があった。

奈22あ 180/(54-4-27) 奈良営業所

奈22あ 181/(54-1-15) 奈良営業所
湯ノ峰温泉行きは川湯温泉まで延長されたが、現在では新宮行特急が湯ノ峰温泉、川湯温泉を経由するルートに変更され廃止された。

奈22あ 423/(54-4-27) 奈良営業所
52年式いすゞBU04P(車体は川崎重工製)で、北山峡経由新宮行特急用として新製車両である。奈良大仏前から八木駅、大和上市駅、杉の湯(川上村)、池原(下北山村)、熊野市を経由して新宮まで2往復運行されていた。開業は十津川・新宮特急より1日早く昭和38年2月28日である。初代の車両はボンネットバスで、後の車両も座席こそよかったものの通常の路線バスと同じ2段窓であった。

十津川・新宮線と比較すると沿線に観光資源が乏しく、生活路線的な性格が強かったため、マイカーの普及と沿線の過疎化の進行により、下桑原以遠が廃止され、自治体のバスに代替されてしまった。現在は八木駅~池原間1往復、下桑原間1往復、いずれも途中の杉の湯乗り換えで運行されている。
下桑原以遠は自治体バスにより一応路線は繋がっているものの接続が悪く1日で熊野市まで到着することが不可能であったが、最近下北山村営バスが路線延長により終点の桃﨑大橋で、熊野市営バスと接続するようになったため4本乗り継ぎで辛うじて熊野市まで到達できるようになった。
新宮駅まで行く場合は更に1本乗り継ぐ必要がある。下北山村営バスは土日祝日、年末年始は運休のため注意が必要である。また八木から行く場合、下北山村営バスが桃﨑大橋に到着5分前に熊野市営バスが発車してしまい、次のバスまで2時間待ち時間がある。
逆方向の場合は熊野市駅12時22分発に乗れば、乗り継ぎがスムーズで17時54分に八木駅に到着する。
リタイヤ後、行きは十津川・新宮特急、帰りはこちらで新宮まで往復したいと思っている。

新盆墓参のコメントに代えて

犬伏です。
コメントに写真が入りませんので22399 KAWANAKAさんの記事のコメントの代わりに新規投稿とさせていただきます。

二ノ瀬での KAWANAKAさんの写真に不思議な影が写っていますが 私の写真には写っていません。不思議です。

市原で写した写真は 鞍馬へ向かう「きらら」で、本日は一編成のみの運用でした。
秋の紅葉でもないこの季節はなかなか絵になりません。

折り返しの出町柳行に乗車しました。

その後 出町柳で京阪特急8000系に乗り京橋から土居駅へ旧3000系の特急を写しに行きましたが、その少し前から雨が降り始めそのうち雷とともにどしゃ降りになり、その中を8081(旧3055)を先頭とした8連特急 淀屋橋行が走ってきました。土居15時20分通過、京橋到着予定15時23分 複々線直線区間の快走です。KAWANAKAさんのきれいな晴れた写真と対象的な大雨の旧3000系特急車をご覧ください。縦樋から流れ落ちる雨のしぶきもすごかったです。

澤村氏が宮内庁へ行き許可をいただいたというダブルデッカーの「時代祭のイラスト」もこの8831号(旧3805)が最後となりこの車両とともにもうすぐ消えようとしています。残念ですね。

この突然の雨、お二人のカメラトラブル 影のある写真 不思議な一日でした。
やっと果たせたお墓参り 少し肩の荷が下りましたが、わしも一緒に来ているぞと何か主張されているような感じがしました。

澤村君の新盆墓参

KAWANAKAです。

本隊に遅れること約2週間。仕事でお参りが出来なかった3名(Inubuse、Wakuta各氏、小生)がお参りをさせて頂きました。我々が殿(しんがり)を勤めたと思いますので報告をします。

10:00に出町柳に集合し、墓参。華と線香を手向けました。折角来たので澤村君も一緒に行きたかったであろう叡電を撮影して帰ることにしました。

鞍馬まで一旦上り、二ノ瀬で下車してロケしたときのこと、Wakuta氏の様子がおかしい。バッテリーが電源喪失。カメラが動かない。今朝ぱんぱんに充電し動作を確認したのに、という。あ~ら不思議!

このとき撮った小生の写真。写らんでも良い影が写っており、何でしょうね。

更に、市原。さすがにWakuta氏、転んでも唯では起きない、携帯で撮影するという。写真は構えるInubuse氏と何とかならんのかと苦闘するWakuta氏。結局、どうもなりませんわで退散することになるのだが、今度は小生のカメラの設定が動かず同じ設定でしか撮影することしかできなくなり、ついにメシのあと京阪で退散することにしたのでした。

Inubuse氏は関東に戻る前に旧3000特急を撮って帰るという。すると俄かに掻き曇り猛烈な雷雨。澤村氏の因縁か?Inubuse氏は雨のええ写真が撮れたと言っていたが・・・。

おかげで京阪のシールラリーは満印。やっと墓参が出来て肩の荷が下りた3人でした。折角なので前日に撮った3000とシールの表紙を載せます。

*この投稿は、帰ったらすぐにせよ、車中決定によりおこなったもので3人の報告とするものです。

夏の外回り鉄ー早起きは3本の得

暑い毎日が続いております。

暑がりなので藤本氏やINUBUSE氏のようには取材ができていません。先日もINUBUSE氏の紫陽花に触発されて藤本氏の南海/阪堺も出かけようとしたら、花は萎れているし暑いし、上手くはいきません。やっぱり夏は外回り鉄に限ると腹を括りました。18切符もさらっぴんのまま、京阪旧3000シールラリーもさらっぴんのままで残っています。

小生は原則外回りは仕事にそんなにないのでもっぱら通勤を利用しての範囲です。盆前後は定期から外されたきたぐに、日本海が申し訳程度に復活するので、それを外回りで狙います。

さて、この時期、夜が明けるのが早く少し頑張れば佐川EXPが撮れます。拙宅前あたりで05:00目安です。今日は頑張って起きます。休み時期でなければこの時間先ず誰も出会いません。さらにここはフェンスが出来てから誰も撮らないでしょうから当然1人です。新聞配達のお兄さんとすれ違いました。フェンスの上に片手でカメラをいっぱい持ち上げて、1発決めうちです。貨物にあるまじき速度でアッと言う間に通過して行きました。

急いで自宅に戻り、出勤の身支度。

普通は07:20に自宅を出ますが、今日はきたぐにを狙うので少し早く出ます。きたぐには06:30に高槻を通過しますので場所を変えて今日は高槻駅から大阪よりの芥川鉄橋にしました。ここでも早朝のランニングかワンコの散歩しか出会いません。川床にいるので、いつ飛び出してくるか分かりませんので、しばらくシャッターに指を当てて待ちます。

架線柱の位置が良くないのですが、まあ良いか(暫くは色々撮れるから)と腹を括りこれも1発。いまいちですが、とにかく撮れました。

これと、日本海を合わせて朝は3本の得となります。今日は日本海を撮ると遅刻なのでまたの機会とします。

通常は朝に183こうのとりの回送を駅までの途中で1発撮れます。国鉄色なので見逃せません。駅に着くと丁度の時間でホームの男子トイレから回送の381くろしおが撮れます。撮り終わると急いでホームに下りて普通で次の摂津富田に行き、ホームの大阪よりの先端からきたぐにを捕捉、すぐ後にくる普通で茨木まで行き、ちょうど併走してくる快速に乗り換えて始業時間に滑り込むというわけです。きたぐにが走るときだけ3本の得となります。摂津富田のきたぐにはちょくちょく同業サラリーマンがいますが、こうのとり回送、トイレのくろしおは会ったことがありません。男子小用の横からの撮影でかなり度胸が要りますが昔、祇園階段下の万歳三唱で鍛えてあるのでどうということはありません。これが3本の得です。なお下の写真は183だけ撮影日が違います。

さて、勤務が終わると18:50少しまえに大阪駅にたどり着けます。適当に残業をしての時間です。

大阪で振り子こうのとりを撮るか、新大阪まで出るか迷うのですが、新大阪に出ると381くろしお(新大阪止)、それが向日町へ回送で出た後に入れ替わりに始発283くろしおが入線します。更に30秒後にこうのとり(新大阪止)が着きます。くろしおのドア扱いとこうのとりの到着と殆ど時間差がありません。撮影後、上り新快速ホームに走れば反対ホームから編成写真が取れ、直後に入ってくる新快速で高槻に戻れます。先ほどのトイレで待機すれば、先ほどのこうのとりの回送がすぐ新快速の後を追ってきます。さらに2分後、だれも取らない281はるかがこうのとりを通過追い抜きます。トイレに入らずにホームで1枚、その後急いでトイレに駆け込むという手もあります。これは3本の得以上です。撮影終了が19:15。これで安心して帰れるというものです。今日もちゃんと撮れたので折角なので用を足して帰宅します。良い写真ではありませんが、今や貴重な列車なのでまあ良いでしょう。

まずは新大阪での写真。新大阪に到着時に既に回送とされており、詰まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に高槻。左はホームからですが、はるかの通過追い抜きがあるので、回送こうのとりはゆっくり側線に入る。この写真以外に後追いも撮れる。右はトイレからの写真。

まだまだ、外回り鉄は続きます。

 

写真展in青森 案内が載る!

過日、会員の皆さんに配信した、「クローバー会写真展in青森」ですが、準備はこれからというのに、早くも案内のパンフレットが大学から送られてきました。10月に風間浦村、青森市と、青森県下で2日間続けて行われる同志社大学のイベントを告知するA4チラシの片隅に、さりげなく載っているのは、まさしく「クローバー会写真展in青森」。告知をお願いしていた大学広報室の心遣いに感謝です。

メール配信以降、会員からは絶大な反応があり(?)、現在たった1名から写真の応募が来ています。青森県下の鉄道写真なら、いっさい制約なしの早いもん勝ち! ご応募お待ちしています。

青森という、いわば同志社とは最も疎遠な地で、永く交流が続いていたとは、今まで知らなかった

右下に注目! 大学のチラシにOB会のイベントが載るのも異例だと思うが、大学にも認知されたことがたいへん嬉しい

「鉄道絵葉書の世界」と「天理軽便鉄道法隆寺線代行バス?」

クローバー会員の皆様 残暑お見舞い申し上げます。

ところでこの炎天下の中、さる7月26日に天理参考館で行っている「鉄道絵葉書の世界」を見てきました。天理までのルートは私のところからですと、信貴山下駅から王寺で田原本線に乗り換えて西田原本まで行き、橿原線、天理線で行くのが運賃も安く、時間が早く行けます。田原本線の電車に乗って景色を眺めていると、これが大阪市内から1時間もかからない所かといつも思ってしまいます。しかし、西田原本駅から橿原線田原本駅の乗り換えは便利になっていました。今までは橿原線の踏切を渡らないと田原本駅の改札口に行けなかったのですが西田原本駅と田原本駅の間がロータリーになっていて踏み切りを渡らずに改札口に行くことが出来ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平端駅で天理線の電車に乗って発車を待っていると子供を引率した団体が乗ってきました。子供はどうも幼稚園児のようで、よく観察してみると東京から来たようで、しかも親は付き添っていないようです。あとでわかったのですが、夏休み恒例の「こどもおぢばがえり」に参加するために天理に来たようです。天理駅に降りると、まもなく貸切列車が出発していきました。乙訓の老人が言われていた客車が駅の南側の公園に保存されていました。写真は帰りに撮ることにして天理参考館に急ぎました。天理参考館に行く商店街は全国から来た天理教の信者さんでにぎわっていました。 続きを読む

佐竹さんからのお知らせ

佐竹さんのライフワーク、「東北を旅して・鉄道展 その4」が開かれます。

6月に七条京阪・サカタニで開催された「・・・その3」の続編です。

期間中は子供向けには模型鉄道を走らせて、写真展はパネル展示を行う。

「東北を旅して・鉄道展 その4」

        場所:山科青少年活動センター 山科区竹鼻四丁野町42  ℡075-593-4911

        日時:8月9日~11日 写真展 10時~21時

                      模型鉄道運転 10時~18時

 

お知り合いの方を誘って見に行ってください。

 

江ノ電の夏

犬伏です。
夏空の江ノ電を写そうと出かけました。

鎌倉駅では風鈴が出迎えてくれました。2000形2053号です。


稲村ケ崎を過ぎると海が見えてきます。20形22号の運転台越しの江ノ島です。
道路は混雑しています。なかなか青空が見えません。
江ノ島まで乗車し 歩いて戻ります。


江ノ電 江ノ島駅です。20形22号。


江ノ島 腰越間の併用軌道区間です。
1100形1151号 鉄道開通110周年&バス開業85周年「記念スキップ号(スキップえのんくん号)」記念塗装車です。


腰越駅です。さきほどの22号が戻っていきます。右の道路の先が海です。


住宅の間のこの狭い所を抜けると カンナの花に迎えられて 海沿いに出ます。500形551号


海に出ましたが 曇っています。500形502号

1151号が藤沢から戻ってきました。


1500形1501号 異色ですが江ノ島の海に似合う色です。


22号が鎌倉から戻ってきました。珍しく車の少ない時間でした。空の色と海の色はいまひとつです。
この先が 鎌倉高校前の駅です。 以上5枚は腰越 鎌倉高校前間です。

鎌倉高校前から七里ヶ浜へ電車に乗りました。


七里ヶ浜駅の先の橋の横に朝顔が咲いていました。
1500形1501号です。


同じ鉄橋です。1200形1201号です。
1000、1100,1200形の4編成8両は吊り掛け駆動ですので いい音がします。
ブレーキ装置は江ノ電現有車すべて電気指令式HRD-1となっています。


七里ヶ浜駅の稲村ケ崎寄り ここも海の見える踏切です。20形61号です。雨が少し降っています。


2000形2002号です。このあと雨が強くなり、近くのコンビニで雨宿り。


雨の中 江ノ島まで電車で戻りました。どんよりとした海です。右はゆかた着の女性です。


江ノ島での1151号と502号です。まだ雨が降っていますがそろそろやみそうなので 七里ヶ浜へ戻ります。


七里ヶ浜 稲村ケ崎間の踏切です。雨上がりに青空が出てきました。循環系統の江ノ電バスがやってきました。


10形10号です。江ノ電開業95周年を記念して平成9年につくられた きれいな電車です。青空に映える色、クラシックなデザインで子供たちにも人気の車両です。


500形551号がやってきました。


さらに稲村ケ崎方面に移動しました。江ノ島が見えていますが、西の空はまだ曇っています。
1500形1552号 嵐電との姉妹提携を記念した嵐電カラーです。
その後 稲村ケ崎駅まで歩きました。


稲村ケ崎駅 鎌倉行の10形10号です。この車両のカラーリングに似合うお嬢様方が乗り込んでいきました。
車内は 家族連れや若者たちの海水浴客が多く乗っていました。
鎌倉高校前まで 藤沢行きの電車に乗りました。


鎌倉高校前駅の腰越寄りです。東の空は青空ですが雲がかかってきました。2000形2002号です。道路は渋滞です。


鎌倉高校前駅から見た江ノ島です。西の空も晴れてきました。富士山はなかなか見えません。
さて遅くなるので帰ろうとこの電車の乗り鎌倉へ向いました。1000形1052号です。


先ほど電車の車内です。雲がかなり多くなってきました。海ではちょうど良い波のようでサ-ファーが楽しんでいます。


鎌倉駅ではカエルさんが迎えてくれました。
その後横須賀線の鎌倉駅のホームに上がると 西の空に夕焼けが見えましたので、もう一度 鎌倉高校前駅へ急いで戻りました。


かろうじて間に合いました。8月初旬ともなると日没時刻はかなり早くなっていました。乗ってきた藤沢行きの500形551号です。
後部2両は江ノ島止まりでした。


鎌倉行がやってきました。かなり暗くなり夕焼けの色も消え夜のとばりがおりようとしています。
1100形1151号 えのんくん号です。
その後上下2本を写して帰路に着きました。

当日の編成は次の通りです。鎌倉方が左です。
1052-1002+62-22
1552-1502+1551-1501
1151-1101+50-10
551-501+552-502
2053-2003+1251-1201
61-21+2052-2002

平成24年8月4日(土)の江ノ電でした。

外回り鉄の南海電車


初めて撮影した「ラビート」。奇抜なデザインはどこにもパクられていない

7月の初め、外回り鉄で南海電鉄を訪れた。いつもは京都で途中下車して103、113、117系を撮影するが、たまには変わったところと思い、南海電車に行くことにした。阪堺線は京都にいた頃からしばしば訪れているが、南海本線は40年近く撮影したことがない。

大阪駅から関空快速に乗り、新今宮で下車。取りあえず堺までの切符を買い、改札を通ると目に前に高野線の各駅停車金剛行が来たので乗車して次の「萩の茶屋」で下車。駅の周辺は風流の駅名とは裏腹であるが、通過する南海本線の電車が綺麗に撮影できる。
ラビートを初めて撮影したが、よくこんなスタイルを考えたものだと思う。
40年前の新車7000系が、座席指定車と併結で和歌山市行特急「サザン」で快走しており感激する。座席指定車は気の毒なほどガラガラで、自由席車は立ち客がチラホラ程度の乗車率である。
40分程撮影後、場所を天下茶屋駅に移して高野線の電車を撮影していると、6000形のトップナンバーが来てまた感激した。
30分程撮影後、特急サザン(勿論自由席)に堺まで乗車。7000系はロングシートでもゆったりしているし、昼間は指定席料金を300円位にしないと乗ってくれないと思う。
堺駅から阪堺線の大小路まで歩き、ド派手なパチンコ屋の広告電車に住吉鳥居前まで乗車。東京都であれば許可されないであろう。次の住吉の交差点と合わせて40分程撮影したが、都電カラーの502、筋肉マン電車の505を撮影した。
上町線で天王寺か阪堺線で南霞町に出て地下鉄で梅田に行く予定であったが、時間切れのため、南海本線住吉大社から難波に出て地下鉄に乗った。

モハ7033他8連の特急「サザン」/7000系は昭和38年から43年にかけて新製された。新製時から今日まで特急から普通まで幅広く使用されているが、近年廃車が出ている。

モハ7173他4連の普通/7100系は7000系のモデルチェンジ車として昭和44年から48年にかけて新製された。

モハ10909他8連の特急「サザン」

モハ2152他4連の普通和歌山市行/高野線の山岳区間直通用車両であったが、線路改良により橋本まで20m車が入るようになり余剰となったため本線に転属した。主に難波~和歌山市間と難波~関空間の普通に使用されている。

モハ6001他8連/昭和37年製で半世紀以上使用されている。7000系や7100系は廃車が出ているが、全車両健在で「良いものは長持ちする」見本のような電車である。

 クハ6521他6連/昭和50年1編成のみ新製された電機子チョッパ制御の試作車で当初は8000系と呼ばれていた。平成3年機器を交換して6200系に編入された。

 泉北高速鉄道5506他8連/平成2年に新製されたVVVFインバータ制御車。

 モハ706/パチンコ屋のラッピング車であるが、東京では間違いなくボツになるだろう。

都電カラーのモハ502

モハ504

キン肉マン電車のモハ505

昭和47年3月26日の外回り鉄
この日は、七道と泉北ニュータウン光明池近くの用務先に行った。
新今宮から南海本線に乗らずに阪堺線南霞町から綾ノ町まで乗車。
用件終了後七道から乗車して、時間調整のため堺で途中下車、再度乗車して羽衣で下車。
高師浜線と羽衣支線を撮影後、鳳まで乗車。ここから光明池行のバスで次の用務先に向かった。

モハ11021他6連特急「四国号」/堺

 モハ1560他5連の特急「南紀号」/堺

「南紀号」のラスト「サハ4801」/堺


モハ7025他6連の急行
/堺

 モハ7116他4連の普通/堺

 クハ7852他6連の急行/堺

高師浜線のモハ1560/羽衣

 鳳~東羽衣間のクハ79306他3連/東羽衣~鳳