EVE展示『京都市電で偲ぶ・・・』を、web版『鉄路輝く』に追加掲載

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昨年のEVEに展示された、『京都市電で偲ぶ昭和の同志社』は、 クローバー会全員の会活動の原点とも言える作品でした。

それらは後日、総本家青信号特派員さんの手で、このデジ青に キャプションと共に掲載して頂きました。また、定点撮影の現況写真と 詳しい説明を加えて紹介くださいました。お蔭でEVEに行けなかった筆者 も自宅で力作を鑑賞させて戴きました。お礼申し上げます。

そこで、これまで4回の写真展同様に、Web版『鉄路輝く』に追加掲載しました。 上の画像は、そのサムネイルです。BGMには、ちょうど半世紀たった今も健在な 同志社カレッジソングのオルゴールが聞こえます。(このページでも聞こえます。)

サムネイルをクリックして展示写真にジャンプしてください。撮影者のキャプションと 共に、総本家青信号特派員さんの現況と説明が併記されております。

1964
僭越ですが、サムネイルの右上からジャンプできる、1964年2月の同志社大学 構内外の写真ページを追加させて頂きました。上の画像です。筆者の卒業時、 ゼミ仲間と作成した私製卒業アルバムの一部です。そしてBGMに同志社大学 グリークラブ演奏の同志社カレッジソングを2番まで挿入しました。 良ければご視聴ください。(なお、ブラウザがChrome、Firefox、Operaの場合、 グリークラブ演奏は流れません。)(この頁では1番のみ聞くことができます)

このページの画面上部、クローバー会にマウスを乗せ、リンクをクリックし、クローバー会 写真展(青色文字)をクリック。『鉄路輝く』Web版に進みましたら、『138EVE写真展』をクリックしてご覧ください。 本日は【写真展ページへ】からもジャンプできます。

車号「26」に寄せて

藤本先輩はじめ皆様の「26」コレクションさすは素晴らしく 楽しく拝見させていただいています。なかなか現役車両の「26」は少ないようですが 身近なところに 嵐電「モボ26」がいました。
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昨年2013年11月10日ホームカミングデーの日 午前中の雨の北野線でのモボ21型26号車です。 旧126号車の車体更新車として1994年に製造されました。同形車にモボ27もいますが装飾帯の色が銀色でモボ26の金色と雰囲気が違います。
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北野白梅町に到着したモボ26です。嵐電は修学旅行生の利用も多く、この車両はいい思い出になることと思います。

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半世紀前に秋田市電を訪ねて

昨年「どですかでん」氏が秋田市電の事を話題にされたように思う。その時に1959年9月23日に訪問した時の写真が出てきたら紹介するとコメントした。正月に古い写真を整理していたら出てきた。訪問時在籍していた車両は16両、内訳は4輪単車6両(22、23、25、26、111、113)ボギー車10両(31~35、60~63、201)の計16両であった。営業距離7.3kmにしては両数が多いのは、実はこんな運行方法をとっていたのであった。

営業区間は秋田駅前-土崎間で、全線単線で片道運転所用時間は30分であった。初発6:10、終発23:10、終日20分毎で、朝ラッシュ時は続行運転があり、秋田市の外港である土崎からやってきた列車(何両が一群なのかメモなし)は、車庫近くの大工町停留所から続行車を含め6両がぞろぞろと足並み揃え、秋田駅めがけて走る光景が見られたのであった。この姿を車庫訪問に向う途中で気付き、福島よりすごいなあ-と、カメラを向けたのであった。新大工町車庫(本線から少し離れていた)へ所属車両調査に伺うや、先ずこの続行運転の事が質問となった。黒板には9月4日から7;20発60、61、33号車、7:40発201、34、31、32、23、25号車、8:00発63、35、26号車の3群の車号が記入されていた。始発地の土崎で何両が1群となり出発しているのか聞き漏らしたが、大工町停留所で6両打ち揃ってぞろぞろ走りだし壮観なものであった。更に気付いたのは末尾の四輪車が空車であったことで、恐らく途中の停留所で積み残しが無いように配慮したのではないかと思う。

秋田1秋田2

 

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(続)形式または車号が「26」の車両

西村雅幸氏からお話があった夕張鉄道26号機と井原 実氏がコメントされた貨車の写真があったので追加する。

夕張鉄道26 / (44-9-3) 鹿ノ谷
元国鉄29674で大正8年川崎造船製。昭和37年6月に譲り受けている。
44-9-3 26鹿ノ谷
26-2  44-9-3

ワキ26 / (45-3-31) 京都
ワキ1形のワキ26である。ワキ1形は昭和5年から15年にかけて290両、戦後35年から37年にレキ1から100両改造された。
ワキ26は昭和5年日本車輌製の1次車である。
ワキ26

 

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26尽くしに寄せて

藤本先輩ならではの26尽くしは さすがと言うほかありません。宇佐神宮境内の26号機を平成15年5月に撮影しておりましたので、ご紹介します。もっと他に26はないかと探してみましたが、夕張鉄道26号機は残念ながら写しておらず24号機しかなく、京阪京津線26号は青信号26号の表紙としてガリで描いただけで写真はありませんでした。確かこの絵は浄福寺氏撮影の写真を元に描いたように記憶しております。皆様の手元で眠っている26があれば是非ご紹介を。

平成15年5月2日撮影

平成15年5月2日撮影

形式または車号が「26」の車両

明けましておめでとうございます。
今年も、チョット古い話と自宅周辺の話題を書込みしたいと思いますので、よろしくお願い致します。

平成26年に因み、形式または車号が「26」の車両を集めてみた。

旧国鉄車両
(1)電気機関車
ED26
初代と2代目があり、初代から解説する。

ED261 / (43-8-30) 西長岡
富山港線の前身富南鉄道のロコ2で、大正14年WH社製で昭和15年日本鉄道自動車で改造されたと言われている。
昭和32年にED261に改番され、引き続き富山港線で使用されていた。
昭和35年1500Ⅴ昇圧により廃車になり、越後交通に譲渡され長岡線、来迎寺線で使用されていた。
ED261 43-8-30
ED261-2 43-8-30
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あの頃の西山天王山付近2

準特急さんが西山天王山付近の作品を発表されましたが、私も少し撮影していますのでお目にかけます。
1978.8.12 現西山天王山駅北端付近

西山天王山駅北東側にプールがありました。いつの間にかなくなりましたが、線路沿いにスライダーがあり、調子八角交差点近くに豆腐屋の2階建てビルがあったので許可をもらって屋上から撮影しました。

プール1

プール2

1980.4.29 長岡天神-大山崎

場所の見当がつきにくい写真ですが、円明寺の住宅の南側、小泉川に合流する小さな川の大山崎寄りです。撮影していたら女の子がやってきて勝手にポーズをとってくれました。演出ではありません。帰り際、畦に立て看板があって、それには「マムシに注意!」と書いてあり慌てて逃げて帰ったことを憶えています。

れんげ

 

 

年の初めは 信貴電の不思議

新年あけましておめでとうございます。本年もお願いします。

 さて、「信貴電の不思議」でありますが、大和川橋梁の橋脚が継ぎ足されていることについて疑問に思っていました。いろいろ調べてもよくわかりませんでした。昨年のことですが、鉄橋のすぐ近くに「久度神社」があるので、そこの方に聞いたらなんらかの手がかりがあるのではないかと思って行ったのですが、どなたもおられませんでした。それでは正月であれば初詣の参拝する人が来るので、神社の方もおれれるのではということで1月2日に初詣を兼ねて久度神社にお参りをしました。さて、「久度神社」は「久度神」をお祀りをしています。しかし、平安遷都の時に平野神社へ「久度神」を遷座されました。ところが、名前は「久度神社」のままでした。再び、平野神社より「久度神」を勧進してお祀りしています。それは昭和になってからで遷座してから1175年という歳月が経っていました。鉄橋のことをお伺いした神主さんは氏子の方々が年に一度、平野神社へ正式参拝を行っていると言われていました。この「久度神」がカマドの神さんといわれている事について神主さんにお聞きしたら、カマドのことをクドということから、後の世になってから「久度神」がカマドの神さんと言われるようになったとおっしゃっていました。ところでカマドは「へっつい」とも言いますが、湯口先輩の名著『「へっつい」の系譜 -低重心超小型機関車の一族-』の冒頭に“おくどさん”という言葉が出てきます。大阪では“へっついさん”といっていましたので、私は“へっついさん”の方がなじみがあります。そういえば子供の頃、家には“へっついさん”がありました。

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   ↑ さわやかな境内の久度神社 

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 ↑ 右側の森が久度神社の神域です。(この写真は昨年の5月に撮ったものです。)

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12年ぶりの京阪電車初詣

息子が東京で結婚したので、翌年から12年途絶えた京阪電車初詣を2日にすることが出来た。連絡バスは、正月には昼間の京阪淀駅行きを増発するというので、混雑時間帯を狙って家を出た。西向日10:05発、西山天王山10:09着である。10:43発が定期便、臨時便は30分毎の10:13発にあるだろうと思っての行動であった。あると思ったのは大失敗で、停留所はガラーン、増発の挨拶ビラあっても運行時分の案内なし。最初からスカタンであった。止む無くサンドウイッチとヨーグルトで10時のおやつとする。10:30を廻ると三々五々、43分めがけて人が集まりだした。バスはJR長岡京から12人乗せて到着、19人乗車で定時発。途中、久貝で7人乗車、内1人は前方から手を上げて来た初老のおばちゃん。これで宮前橋を渡って淀駅定時到着。老人を加えると39人が対岸の初参りに参上したことになる。淀駅でこの39人を改札口で観察していると、34人が下り(大阪行)ホームへ、残る5人は上りホームで寒風にさらされながら普通電車を待つ。下りの初詣は石清水八幡宮だろう。上りは先ず4人が伏見稲荷、残る1人は老人で、毎年一族郎党を引き連れて下鴨神社に参拝の筈が、今年は南紀へ「みたらし団子は買っておいてね!」と言って行ってしまい、団子調達役となってしまった。役目を果たし転寝するうちに「パンダ可愛かったね」の声に目覚めた老人であった。

井原鉄道 開業15周年

新年あけましておめでとうございます。今年も掲示板に中国地方のニュースを中心にお届け致しますので、よろしくお願い致します。またも新聞切り抜きで恐縮ですが、元旦の中国新聞に井原鉄道の記事が載りましたのでご紹介します。井原鉄道は平成11年1月11日に開業しました。あえて1並びの日を選んで開業したのが良かったのか、第三セクター鉄道のなかでは比較的好調に推移しているようです。なお大きい紙面を分割しましたので 見苦しくなっていますが悪しからず。

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謹賀新年 新春は、阪堺電気軌道 161形、1001形を撮る

新年、あけましておめでとうございます。
今年も乗り鉄、撮り鉄に徹して鉄路の走る世界各地へと向かいたいと思っております。今年もよろしくお願い申し上げます。

2014年元旦、新春初めての撮り鉄は、遠方より鉄友来るで一緒に初詣でにぎあう阪堺電気軌道(略;阪堺電車)へと出かけました。
01▲ 12:34 撮っていますと、突然「新型車両3両編成の1001形が只今参ります。」と、アナウンスが聞こえました。
この1001形は堺市の補助によって、平成25(2013)年2月に新造されたLRV(超低床車両)で、アルナ車両製です。同年8月25日から浜寺駅前~我孫子道で運行されていましたが、11月14日に発生した自動車との接触事故によって運行を停止していました。また天王寺方向への営業運転は、平成26(2014)年春からと発表されていましたが、新春のこの日に修理が終わっての我孫子~住吉を臨時運行となりました。1001形は3編成が投入される予定で、愛称は「堺トラム」です。

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