元祖4扉通勤電車の写真発見

 DRFC現役時代に高槻電車区見学会で救援車となった元祖4扉通勤電車を撮っていました。多分、当時見学会に行かれた方も撮影していると思います。「青信号24号」の活動報告の中に6月27日(1970年)高槻電車区見学会14名参加とあります。

高槻電車区救援車001-1

ところでこの写真でいいんですよね?運転台より3枚目の扉が改造されているようです。電車の詳しいことはわかりませんので先輩諸氏よろしくお願いします。

 

鶴見臨港鉄道モハ220型クハ260型

関先生によると、実際にはこんな編成はなかったとのことですが、何か見たことがあるような編成です。
晩年は高槻電車区にいたそうですから、見たのかもしれません。
どなたか、長老か藤本さんになるのでしょうが解説をお願い致します。
鶴見臨港モハ220_NEW 鶴見臨港モハ220(文)_NEW

C58239 1967年の雄姿

去る4月12日、釜石線・花巻-釜石間で、動態保存C58239牽引のSL銀河が運転開始されました。読者は新聞、テレビ、Uチューブ等で既にご存じのことと思います。
C58239は1972年の廃車時以来、盛岡市の交通公園に保存されていました。2012年復活に向け解体、ボイラー修復などを経て、2013年復元。2014年初めより試運転を開始、今日に至りました。この間の一部始終が、動画、静止画で相当詳しく説明されています。 盛岡鉄道管理局の、C58239復元作業の記事一覧をご覧ください。

復元、動態保存の姿はそちらに譲り、ここでは現役時代の雄姿のみにします。写真が3枚ありました。当会OB会奥山直秀さんが2枚(フィルムを筆者鶴が預かっています)のモノクロ、筆者のカラーです。

▼当会OB会員奥山直秀さんは、1967年の盛夏、北海道各地の機関区をめぐり、帰りに青森、盛岡、平機関区に立ち寄られていました。その盛岡機関区でのカット。
宮古機関区所属のC58239が駐機していました。1967年8月15日、盛岡機関区。C582392

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保存蒸機とその現役時代(27)によせて

準特急先輩の保存蒸機シリーズを毎回楽しみに拝見しています。27回目でC5856の現役時代の紹介があったのですが、この写真を見ていて 自分も同じようなアングルの写真を撮っているような気がして調べてみると ありました。でもC5856ではなくC58294でした。1966年(昭和41年)12月22日の撮影です。小生が高校2年のときで、友人と日帰りで加悦鉄道を訪ねた際のスナップです。実は舞鶴線の駅だとは判っていたのですが、何駅だったのかが判らないままでしたが、準特急さんの写真を見て 真倉駅と判明しました。背景の樹木や山の形から同駅と判断しました。

 

 

C58294 S41-12-22

C58294 S41-12-22

このC58294は敦賀一区のカマで 小浜線からの列車を牽いてきたのでしょう。冬でもあり 珍しい形のスノウプロウを付けています。このC58は昭和46年3月15日に同区で廃車されました。

準特急さんのC5856とは特段の関係はないのですが、同じ駅で同じアングルで撮っていたというだけのことで、特派員氏の「窓から写した駅・列車」への便乗でもあります。

窓から写した駅・列車 -5-

syIMG_0017因美線美作加茂駅、通過する列車は、大阪発米子行き急行「かいけ」の5両編成。昭和41年の高校2年生、所属していたカメラ部の旅行で、鳥取から倉敷へ向かう途中、買ったばかりの一眼レフで交換列車を写したもの。当時、因美線は、陰陽連絡線として、優等列車が3本運転されていた。「かいけ」のほか、宇野-鳥取間の「砂丘」、大阪-上井間の「みささ」で、「砂丘」は、走行中にタブレット授受を行なう最後の急行列車として、平成9年まで残存した。

「かいけ」は昭和37年10月改正で、三原-出雲市間の伯備線経由の準急「皆生」として誕生した。ただ、乗車率は良くなかったようで、昭和40年10月改正で、宇野-出雲市間に変更され、「たまつくり」と改称される。そして同改正で、大阪-米子間に、姫新・因美線で結ぶ準急として、かな表記の二代目「かいけ」が走り出す。大阪を朝に出て、米子には夕方に到着する、皆生温泉などの観光地へ向かうのには格好の列車となった。しかし、昭和43年10月改正で、列車名統合により、「かいけ」は、「みささ」とともに「伯耆」に統合され、「かいけ」の名は3年で消えた。

その後、因美線は、平成6年の智頭急行の開業で、激変した。唯でさえ過疎化が激しいなか、優等列車もすべて智頭急行経由になってしまったから、智頭-東津山間の凋落ぶりは、著しいものがあった。この写真を撮った当時は、優等列車も含めて13本あったが、今では7本、鳥取までの直通は1本だけだ。

sy数年前、青春18きっぷで因美線を通しで乗ったが、線路の保守が十分でない箇所が多く、徐行運転の繰り返しだった。その時に、美作加茂駅で撮った交換列車はキハ120の単行だ。駅舎は2003年に新しく新築された、待合室には、以前の因美線の写真が飾られていた。私の仕事時代に、懇意にしていた写真事務所の社長が、この美作加茂の出身で、小さい頃の思い出をよく聞かせてもらった。当時のこの写真を見せると、“写真を生業とする人間でも撮っていなかった”と言われた(昭和41年7月)。

 

2014年春 北近畿タンゴ鉄道 Part5 久美浜駅、果樹園、加悦SL广場

第5日目 4月12日

015:40 今回の旅では最も寒い朝をを迎えました。朝方には寒さで目が覚めました。
ぶんしゅう7号は車の屋根の上にテントが付いた車です。車内と違って外温の影響を受けますので寒さには弱いのが欠点です。
北海道でも10月に3℃以下になってシェラフに毛布の追加、湯タンポの購入を強いられました。
今朝も同様ですが、そこまでの耐寒用具は今回準備していません。エンジンをかけての暖気確保と煮込みうどんを作って体の中からの対応としました。

朝食後は、久美浜湾をぐるっと回って5月イベントで宿泊するリゾートピア久美浜に立ち寄りました。
地図01_2▲ リゾートピア久美浜付近の地図です。久美浜駅からはTaxiで約10分です。駅前に客待ちをしていない時は、駅で呼んでもらいます。ホテルで合流される方は、到着後ホテルに電話をして送迎車を呼んでいただくか、またはTaxiをご利用ください。

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広電 新線構想

これから検討が始まる段階の話ですが、JR広島駅前広電ターミナルの改良計画に端を発し、駅前へのアクセスルート変更案が地元の反発を招き、地元の新たな要望として循環ルート構想が出てきたということです。全国各地で路面電車復活への機運が高まっていますが、さて広島はどんな方向へ話が進んでゆくかが気になります。中国新聞4月19日朝刊の記事をご紹介します。

中国新聞 2014-4-19朝刊 

中国新聞 2014-4-19朝刊 

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保存蒸機とその現役時代(27)

福知山の保存機の展示は一風変わっていた。

これまで見てきた保存場所は公園や小学校が多かったがC5856は福知山駅から徒歩約15分の商店街にあるポッポランド2号館にあり、一種独特の感じがした。

C5856 1939年 川崎製 製番2062

2013.8.30福知山鉄道館ポッポランド2号館展示のC5856▼s-13.8.30福知山C5856
1968.12.21 舞鶴線真倉 938列車敦賀発福知山行き C5856[福知山]▼

s-68.3.21C5856_edited-1

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2014年春 北近畿タンゴ鉄道 Part4 山陰本線余部鉄橋、香住・柴山の桜

第4日目 4月11日

016:00 「道の駅 あまるべ」で起床です。道の駅はエンジンをかけっぱなしの長距離トラックが泊りますのでうるさくて深夜に起こされる事があります。
そのために最近は敬遠しているのですが、ここは国道9号線沿いでもなくトラックは皆無で、潮騒だけを聞いてゆっくりと熟睡できました。

昼食後はゆっくりと鉄橋上の駅に上がっての散歩です。
08▲ 7:39 下り1番列車、浜坂行きの161Dキハ47-5+キハ47-1は昨夕撮った編成です。

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2014年春 北近畿タンゴ鉄道 Part3 丹後神野~甲山の果樹園、山陰本線柴山の桜

第3日目 4月10日

6:40 昨夜潮騒を聞きながら就寝した時は、暖かかった車内も朝方にはぐっと冷えて5℃近くになっています。天気予報どおり風が出てきて沖合は白波が立ちだしました。朝は快晴ですが、昼前には雲が空を覆うそうです。
今回の旅は、桜を追いかけてが目的ですが、もう1つ花粉症に苦しんでいますので、潮風が吹く場所の方が過ごしやすいと避難目的もありました。
今日は、自宅にいる時同様に車内でTVを見ながらPCを開いてゆっくりとした朝の時間を取りました。

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10:18 KTRのHPでは、「リゾート地の玄関口にふさわしく、青い空と海に映えるパステルカラーのペンション風駅舎」と紹介されている丹後神野駅に、到着。京都府内のKTR各駅は、創業時に国鉄時代の木造駅舎を所在地の市町村負担で改築しています。
この辺りは桃や梨の果実栽培が盛んな地域です。桃や梨の花も開花を迎えていますので沿線でどこが多いか駅員さんに聞いてみました。すると今まで探していた木津温泉~丹後神野ではなく、丹後神野~甲山が多いと言われます。教えていただいた通りに甲山方向への踏切手前を右折して農道を進みますと、満開の果樹園が広がっていました。

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