宮城県下の保存C58

tsyrukame様による陸東C58の雄姿を楽しませて頂きましたが、準特急様からのフォローにお応えして C5819など宮城県下で撮影しましたC58の保存車4両をご紹介します。いずれも8年前、平成18年7月に栗駒山登山とくりはら田園鉄道訪問を主目的にした旅の途上で撮影したものです。この旅に関して最も残念なのは 栗駒山登山のために2泊した駒の湯旅館が 平成20年6月に発生した岩手・宮城内陸地震による土石流によって跡形もなく流されてしまったことでした。この山あいの温泉は もったいないと思えるほどの湯量の贅沢なかけ流し温泉で また行ってみたい温泉のひとつでした。そんな温泉が突如消えてしまったのはショックでした。そして平成23年3月の東日本大震災。つい東北への旅が遠のいてしまった感じがします。

さてC58ですが まずturukame様紹介の現役C5819の40年後の姿です。

H18-7-24 西古川駅隣接の公園にて

H18-7-24 西古川駅隣接の公園にて

C5819-2

福知山にもいたカマのようです

比較的きれいな状態で保存されていましたが、ナンバープレートは木製?のイミテーションで、煙室扉に取り付けてある前面のプレートは壊されて半分しかありませんでした。

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ドイツのクリスマスマーケットとトラム①

ドイツ各地では11月末から12月20日頃まで各町の広場にマーケットが立ちます。12月の始めに その賑わいと少しだけトラムを見に行ってきました。
成田からフランクフルトヘ 空港からバスでホテルへ ホテルからレーマー広場へ行く途中のバスで出会った名物の「リンゴ酒電車」です。2連の後ろT車とそれを牽くM車でバスの前方を右方向へ走って行きました。
ドイツ201412DSC_1355

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広島ニュース

相も変わらず新聞情報で失礼します。19日と20日の中国新聞朝刊からのニュースをお届けします。

(1)平成27年3月14日に新白島駅開業

12月19日 朝刊

12月19日 朝刊

広島駅と横川駅間に新白島駅が開業し、アストラムラインとの乗り換えができるようになります。また227系の運用開始も話題になっています。

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C58、こけしの郷を行く-半世紀前-

春に会津線、磐越西線を訪れた1965年、夏には、飯山線、米坂線、そして最後に陸羽東線を尋ねました。米坂線で96を堪能し、坂町から羽越線に乗車。次回、日本海の撮影場所を探しながら、余目へ。撮影にはなかなか難しそうな場所ばかりが目に付きました。そして新庄経由で陸羽東線・中山平(現・中山平温泉)へ。

ここでステーションホテルを駅長に申し出たら、それなら駅長官舎の風呂に入れと、見ず知らずの者に親切な扱い。勿論有難く頂き、蚊取り線香に火を付けてお休み。

翌日、中山平-鳴子(現・鳴子温泉)、中山平-堺田間を撮影後、東北本線小牛田で食堂に入ると、非番で子供連れの、先の駅長さんとばったり。お名前を酒井清人さんと云う。帰宅後丁重なお礼のハガキを出したことを覚えています。

さて、記録写真です。前日、中山平宿泊前に、撮影場所探索の為、鳴子駅まで出掛けました。その時、夕方の鳴子駅に到着の貨物。
▼貨767レ 機C58161【小】 鳴子駅構内 1965.8.17 11233 11233
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サルに遭遇

今日は北海道は猛吹雪だそうである。先日、紅葉狩りを兼ねて秩父鉄道に出向いた折にサル軍団に出会った。影森~浦山口の武甲山採石場への引き込み線の近くで定番の撮影地である。餌でも探しに来たのかサルの軍団が人目を警戒しつつ線路を越えて民家の庭先に入り込んできた。しばらくして毎度のことなのか住民が自転車に乗ってサルを追い払っていた。撮り鉄猛者の諸兄はサルなどしょっちゅう見ておられることとは思うが、こちら小心者で一瞬びっくりしたので報告した次第である。以前、伯備線の岡山・鳥取の県境近くでも見かけたことがあり、他にも碓氷峠の国道や東海道本線の撮影名所早川~根府川のみかん山でも見かけた。日本国中に居るのかもしれない。ところでサルは人間を襲うことはないと思うが、熊はそうはいかない。最近は餌がないのか人里に下りてきて老人が襲われたというニュースをよく耳にする。秩父でも今年になって西武の横瀬駅から武甲山にかけて熊が出没しており、警戒を呼びかける注意書きを見た。北海道では知床や日高は当然であるが札幌や小樽にも現れており、陸続きである限りどこも安心はできない。熊は臆病なので音の出る鈴などで近寄らせないようにとよく言われる。私などは音をたてるとかえって気づかれるのでないかと思いどうも鈴の準備には信憑性がないと思ってしまう。熊やイノシシやサルに比べまず襲ってこないのが私の大の苦手の爬虫類。こちらは最近はほとんど見かけなくなったがどうなったのだろうか。どの動物も普段は出会うことがないのでたまたま見ると驚くがよく考えてみると人間よりは怖くはないのかもしれない。 続きを読む

備後・備中に消えた鉄道を訪ねて その2 ~井笠の「やってみなはれ」~

 福山、三原、尾道などの備後路は行ったことがありません。しかし、となりの備中にあった井笠鉄道は行ったことはあります。今回、久しぶりに井笠鉄道が走っていたところを訪れることにしました。ここは西村さんにはご迷惑ですが案内をしていただくことにしました。とにかく、お任せです。井笠鉄道も訪れることをしていますので訪問地域は広範囲に及びます。西村さんの車(最新鋭無軌条単端軽油発動車)で各地を訪れることとなりました。まず、最初に訪れるところは井笠鉄道記念館で、場所はかつての井笠鉄道新山駅です。その道中で、三原から尾道までの途中の山陽本線線路際にある「遭難軍人之碑」に行きました。

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石碑のすぐ後ろに山陽本線が走る。

これは西村さんの話によると、明治時代に日清戦争の傷病軍人を乗せた軍用列車がちょうど台風による高波で海岸沿いの線路が崩壊流失を知らずに通過しようとして脱線転覆し乗っていた軍人と乗務員が死亡した為に、その遭難者の慰霊碑だそうです。今は海岸より離れたところですが、当時はすぐ海だったようです。帰ってから国土地理院のHPで閲覧できる古い地図を見ても慰霊碑のあたりはすぐ海であることがわかりました。山陽道は慰霊碑のところより三原方面に戻った所から山側を通っていましたが、鉄道は山側に迂回せずにまっすぐに尾道の街にひかれていました。今、走っている国道2号線はどうも海であったようです。

 まずは井笠鉄道があった笠岡へ急ぐことにしました。福山西ICで山陽道にはいり、笠岡ICで降りて井笠鉄道記念館に行きます。笠岡ICを降りてからのどかな道をしばらく走りました。走っていると、二人とも「線路を走っているみたいやな。ひょっとしたら井笠鉄道の線路跡かなあ。」「いや、もう少し東側を走っていたのでは」とか「左側に見える細い道がそうかもしれませんね。」としゃべってると、知らぬ間に新山にある井笠鉄道記念館に通じている県道48号線と交差するところに来ていました。

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環状線103

先日天王寺で見かけた103です、夜の9時頃で中間の部分的な写真で恐縮です。なんだこれはというラッピングです。環状線は駅のリニューアルも進んでおり森之宮等は見た目綺麗になってきていますし、次の新しい車両の紹介もTVニュースでありました。103も残り少なくなってきましたが大阪らしい化粧ですね。DSCF1966

大阪城、通天閣と大阪の雰囲気は出ています。DSCF1971

備後・備中に消えた鉄道を訪ねて その1 ~旅のはじめはお船に乗って~

 備後三原に住まいする西村さんから書状をいただき、備後路の旅を計画されてはいかがですかとお誘いを受けました。私は、備後辺りはあまり知りません。以前に「しまなみ海道」を車で走っただけでしたので、よく見てみたいと思っていました。それでどのように行くか考えてみました。旅の楽しみはまず計画する楽しみです。目的地の行き方ですが、新幹線でシャーと行ってしまう方法もあります。これではあまり芸がないので、「旅のはじめはお船に乗って」ということにしました。備後へ行く船があるのかと言う声が聞こえそうですが、実はあるのです。まず、船で四国へ行って、さらにそこから船で芸備や備後に行くのです。最初は伊予鉄や、途中の三津駅、三津浜駅、高浜駅、伊予和気駅などを寄って、そして広島に渡り広電を見たりとあちこちとてんこ盛りにした計画を立てていました。ところで大阪からの船ですが、大阪南港を22時出航で伊予西条近くの東予港に翌朝6時に到着するオレンジフェリーに乗船するということにし、帰りも船で往復割引を適用できるようにと思っていたのです。そうすると、船中2泊と広島、福山での宿泊で2泊ということになります。しかし、あまり家を空けるのも具合が悪いのでフェリーで往復する弾丸ツアーも考えたのですが、ちょうど旅行を予定した日が「しまなみサイクリング大会」で今治から福山まで乗る予定のバスが、西瀬戸自動車道が今治ICから因島北ICまで通行止めのために午前中運休で断念し、西村さんとメールで情報交換しながら最終的には船中1泊と宿1泊で宿は鞆の浦としました。さて、その三原までのルートというのは図のようなものになります。

旅行ルート説明図

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