謎の写真、それは・・・

 オエ70の写真を求めていく千里、そんなたいそうなことではないが今できる事は蔵書している鉄道ファンを一冊ずつに記事をみることである。すると見覚えのある写真が目にとまった。ちょっと違うようだが同じかもしれない。オエ70とは全く関係ないのであるが不思議な直観である。さっそく、写真を探してみる。

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 地図を携えて線路端を歩いた日々 -25-

羽越本線の要衝である酒田を出発した列車が北東に進路を変えると、前方には長く裾をひいた、独特の山容を見せる鳥海山が見えて来ます。吹浦付近で庄内平野は終わり、女鹿~小砂川で県境を越えて、秋田県に入ると、再び海岸線を走るようになりますが、笹川流れほどの厳しさはありません。有耶無耶の関の跡を見て、まもなく到着するのが象潟、芭蕉も立ち寄った、海に小島が点在する景観は、地震で隆起して陸化し、いまは水田のなかに森が散在しています。長かった羽越本線の旅も、まもなく終わります。日本海に夕陽が没する頃、一日の活動を締めくくるように、D51の牽く貨物が静かに通り過ぎた。女鹿~小砂川(昭和46年8月)

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こんなん、やってます。「帰るそなたの丹波市~JR桜井線の120年」展 奈良天理市

 新聞にJR桜井線が京終・桜井間が開業して120年になるので天理市で展覧会が行われているので、昨日(2月17日)行ってきました。展覧会の題名が「帰るそなたの・・・」が天理らしいです。「丹波市」は「たんばいち」と読みます。兵庫県東北部にある丹波市(たんばし)とは違います。ややこしいい。ではどんな展覧会かといいますと、

展覧会のパンフレット 賑わっていた頃の丹波市駅の写真が

上のパンフレットでご覧のような2月25日までの展覧会です。最終日の25日には午後2時から午後4時30分まで文化財講演会があります。「天理の近代化と桜井線」そして古墳と遺跡の調査報告です。興味のある方は行かれたらいかがでしょうか。

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福井見聞録 2018年冬 雪景色を求て えちぜん鉄道 後編

1月14日 後編
▲ 11:58 福井駅に着きました。電車は折り返しますが勝山永平寺線、三国芦原線ともに運行区間は朝から変っていません。除雪は進んでいないようです。
※ 下の画像は上の画像から拡大トレミングしましたが、ハッキリ見えているのには驚きました。フルサイズのD800E(有効画素数 3630万画素)がミャンマーで壊れ修理のためドック入りなのでAPS-CのD500( 有効画素数 2088 万画素)使用なのですが、解像度に見た目の差はありません。
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三江線2題

まだ一部区間の運休が続く三江線ですが、余命1ケ月半となりました。中国新聞記事を2件ご紹介します。

平成30年2月15日 中国新聞朝刊

JR西が広島、島根両県の6市町に総額17億5700万円の支援金を支払うことで合意したということです。市町別の配分額は未定。代替バスの10年分の予想赤字額8億円を負担しても鉄道を走らせるよりは負担が少ないというソロバン勘定なのでしょうが、切り捨てられる側にとってはやるせない話です。

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 地図を携えて線路端を歩いた日々 -24-

笹川流れのほかにも羽越本線には優れた撮影地が多くあって、私も普通列車に乗りながら、何ヵ所か下車して撮りました。ここでは、笹川流れのほかの区間での撮影を南から順に紹介していきます。今回は、新潟・山形県です。C57の優美な姿をアウトカーブからとらえる。ここ西袋~余目は、陸羽西線とほぼ平行しており、同線のC58と掛け持ち撮影ができた。2048レ C57 103〔新〕(昭和46年8月)

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国鉄モハ52型

先日来、京阪の1000・1100型や飯田線のモハ52型の写真で盛り上がりましたが、本日の産経新聞には関三平先生が国鉄モハ52型のオリジナルを描いてくださいました。飯田線の写真とはずいぶん違う気品の良さ!戦争の時代に入る直前の豊かなひとときを醸し出す電車です。

ところでこの場所は桂川付近とありますが正確にはどの位置でしょうか?電車は上りか下りか?

 ◆た~ちゃんの電車めぐり ⑮ 

青電スタイルで片側に扉が3ヵ所あった大型ボギー車、1000形も忘れられない電車です。昭和24年秋に登場した時、200人乗りと新聞で紹介されました。宝ヶ池競輪場へは元田中から叡電に乗り入れ直通運転をしました。チャンチャンの警鐘からパァーンの警笛に変わりました。動物園、植物園への遠足には子ども達を満載して走っていました。
汽車は貨物を運ぶために生まれましたが、電車は人を運ぶために生まれました。でも、それ以外の役割もしました。明治・大正期の都大路の大部分は未舗装で、乾燥した日は砂塵がもうもうと立ちこめます。そこで水撒き電車が造られ、堀川押小路では堀川、熊野神社下ル徳成橋畔では疏水から水を汲み上げていました。終戦直後まで夏場には水撒きする姿がありました。

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部分運休続く三江線

北陸から東北にかけて例年にない大雪に見舞われていますが、中国地方の山間部も同様です。今日の中国新聞朝刊の記事にも まだ三次・浜原間が運休していることに触れてありました。3月を待たずに開通するとは思いますが、最後の三江線訪問を計画されている皆様には落ち着かない日々だとお察し致します。

平成30年2月14日 中国新聞朝刊