雨のあじさい

INUBUSE氏に刺激されて休みにあじさいを撮りに出かけました。桜の撮影時に現場でカメラが突然作動不能になり失意の思いで帰投したあと、ボディーを購入して撮影に備えていましたが、業務が輻輳しており、長らくクラで休んでいました。INUBUSE氏の余計な刺激に、行かねばならんと思って出かけた次第です。例によって愚作を載せます。
小生の守備範囲は千葉の片田舎なので例によって小湊鉄道です。形式的には面白みがないですが、雨の雰囲気がええということで、しかも週末は都合のよいことに雨、同業者も少ないという好条件です。それでは。

やっぱり雨です。フロントガラスに・・。雨も捨てたもんではありません

雨の雰囲気、ええですね。
途中、里見でのトロッコの出発風景。如何に雨でも傘をさした駅長はちょっとね。別の雰囲気を期待したのですが。


いよいよロケに掛かります。

ひっそりと木陰に咲くあじさいは、小生みたいに、,しおらしく佇んでいます。

あとは、細かい説明抜き。
あじさいの咲く田園を走る気動車と、やはり、木陰に咲くあじさいがひっそり伺うなかに山道を分け入ってくる列車の雰囲気です。梅雨の季節の情緒が出ていますでしょうか。

夏は暑いので、この辺で。涼しくなってきたらまた、デジ青の画面をよごしてやろうと思います。

北海道家族旅行(2)

「予備知識なし」で出掛けたのですが、小樽でも発見がありました(私にとっては)。家族とは半日別行動しよう!ということになり「手宮線」跡を見て、小樽駅の近くでJRを撮ろうかなと思っていましたが、「観光マップ」を見ると端っこの方に「小樽市総合博物館(北海道鉄道発祥の地)」のイラストが載っていました。一時間くらいで見てこれるかなと思って行ったのが、名前は総合博物館ですがなんと「重要文化財 旧手宮鉄道施設」でした(多分、知る人ぞ知る!ですね)。~北海道の鉄道の歴史はここ手宮から始まりました。この地ならではの歴史的遺構の数々が館の内外で、静かに時を語っています~とあります。確かに広大な敷地の中で多くの、特に北海道で見られた車両群が展示されています。館の入り口にあるのが「しづか」でした。これも「ぴかぴか」の状態で展示されています。屋外にはキハ821、キシ8012、キハユニ251、ED75501…、客車でもオエ61309、スエ785といった救援車、スユニ50501は中に乗務員の作業中の人形があり、中を覗いたとたんビクッ!とします。展示車両はほとんど中に入れますし、救援車は機械工具まで揃えてあります。さらに、北海道の特徴的な車両として除雪車を見ることができました。新しいところで、DD14323、DD1537です。キ270(単線用)とキ1567(複線用)です。庫内で見えにくいですが、キ601(ロータリー車)、キ800(マックレー車)で「キマロキ」編成となるものですね、私にとってはこれら全て実働時には見ることも無かったものでした。3時間近く居ましたがまだまだ充分ではありません、しかし小樽駅に戻るバスは1時間に1本しかありませんのでこのへんで引き上げました。屋外の展示車両(「しづか」以外全てですが)はさすがに塗装の傷みも進み、色褪せたものもあり残念でもありますが広い場所で保存されていて気持ちがいいです、訪れた価値はありました。最後に次の訪問地である函館へ行く途中立ち寄った「JRタワー」からの眺めです。

「これは動きませんでした気動車」の屋根をキャンバス張りにする。

 wakuhiroさんのコメントに書いたように例のオニ70の屋根をキャンバス張りをするためにまずは布張りを考えてみました。普通の布を貼るのは難しいようです。そして考えたのはアイロンで接着できる布です。100均などでゼッケンテープとかネームテープとして売っているものです。買ってきて廃車にした怪しい電車の屋根板に試しに貼ってみました。何とかなりそうなので、まずは「これは動きませんでした気動車」の屋根をキャンバス張りにすることに。

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 ◆ “た~ちゃん”の電車めぐり ⑲

全盛時代の京都市電600形を撮る (2)

ちょっと留守にしている間にも、宮崎様や米手さんから、京都市電の貴重な写真がアップされ、楽しんでいます。これに乗じて、た~ちゃん撮影の昭和30年代の600形をもう一度載せました。
95両が製造された600形ですが、更新・改造が多く行われ、600形のまま残ったのは僅かでした。これも、ある意味600形の特徴とも言えるでしょう。一次車601~685は、終戦後の酷使や、軽量車体による車体歪みなどが発生し車体更新が行われます。先欄のコメントでも話題になった、側面中央部の垂れ下がりの有無が、更新前後の見分けポイントです。
そのあとは、未更新車のなかから、2600形ワンマンカーへの徹底した改造に移ることになります。昭和39年から18両が改造され、新製された2000形とともに、京都初の連結市電として活躍することになります。その後は、1600形ワンマンカーの簡易改造へと移り、昭和41年から63両が改造されました。結局、600形のまま残った一次車は4両のみでした。なお、戦後製の二次車686~695は、大きな改造を受けることなく、最後までツーマン車として使用されました。
600形を先頭に、烏丸車庫前でズラリと発車を待つ市電群、すべて形式が異なる、市電全盛時代のシーン。

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北海道家族旅行(1)

以前から北海道へ行こうと家族で話していたのですが今回実現することができました。観光旅行がメインとなり「鉄分補給」は期待せずというスタンスで予備知識も全く無いまま出かけました。このためクローバー会諸兄からは「こんな事も知らんのか」とお叱りを受けそうですが、私としては「こんなんありました」ということでご容赦願います。出発は大阪/伊丹ANA20便(B777-200)で東京/羽田経由ADO65便(B737-700)で帯広に到着です。B737も形式は古いですが-700まであるとは思いませんでした。帯広のホテル近くを散歩していて見つけたのが「十勝鉄道蒸気機関車4号、客車コハ23号」です。

遊歩道に屋根つきのスペースで保存されていました。

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大阪市電1001型

しばらく(約一ヶ月)このシリーズの新聞掲載がなかったので、関三平先生のお身体に故障が発生したのか、交番検査で入場かと心配のあまりお電話したところ、先生はお元気で安心しました。しかし、新聞社の勝手で掲載が4週間に一回となったとか!けしからん!!と怒りまくっております。

閑話休題

大阪市電は京都市電と違い、全く分かりません。知りません。
ご存じなのは「大阪特派員」氏でしょうか。同じ特派員氏でもこちらの方は全くアナログで、貴重な写真も投稿できないそうなので、また介護に行かねばなりません。介護士不足が身にしみます。

久しぶりの世田谷線 アジサイと共に

6月6日関東地区も梅雨入りとの報道が有りましたが 翌7日は良い天気に恵まれ アジサイがきれいであろうと久しぶりに東急世田谷線に出かけました。
田園都市線で三軒茶屋へ 少し歩いて世田谷線の三軒茶屋駅へ その昔とは比べ物にならない現代的な駅になっています。
車両はデハ300形2両連節車 10編成が在籍しています。平日の昼間でしたので6分間隔7編成での運用でした。
309F(バ-ントオレンジ)が入線してきました。折り返し高井戸行に乗車して終点まで乗車しました。

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保存蒸機とその現役時代(38)

皆さんの恵那・明知(明智)旅行前後の報告も楽しく拝見させていただいたが、私は2日目のお弁当列車を失礼して南木曾の保存機D51351の撮影に向かった。前回デジ青での保存機発表は2016.12.27付[80204]で千葉県の久留里線小櫃駅近くに保存されているC12287であった。既に忘れられた投稿であるが、西村さんから応援の声をいただき再び老骨に鞭を打って再開した。ここは駅から近かったが保存機訪問は屋敷さんのように若くないので結構大変である。

南木曾は以前三留野と言ったが駅から300mくらい名古屋寄りに戻った旧線跡の公園に雨ざらしで保存されていた。妻籠宿に向かう外国人が多数通っていく途中に保存機は鎮座している。以前の画像を見ると保存機は相当壊されたりして荒れていたが私が訪問した時は厚化粧状態であった。

 

<D51351主な経歴>

1940年(昭和15年)2月日立製作所笠戸工場製 製番1230  新製後福井、金沢、富山等に配置され北陸線方面で活躍。その後1965年(昭和40年)10月新庄、横手に転属し奥羽本線方面を走った。1971(昭和46年)年10月には木曽福島に来て1973年(昭和48年)7月まで中央西線を最後の働き場所とした。

1973.01.21 贄川のD51351[木曽福島]  集煙装置をつけているが東北からの転属機であることが前照灯横に設置された予備灯の存在でもわかる。 ▼

 

2018.05.27 南木曾のSL公園の同機で補助灯は外されており、煙突も集煙装置の関係か短い。 ▼