八月だ、もっと熱くなろう!赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part3 P.G.PANGKA(パンカ製糖工場)

神谷武志企画のテレマカシーツアー  第2日目 8月5日 2の2


午前中の撮影は終了です。昨夜、ホテルには深夜到着で、朝は皆さん5時過ぎには起きられたようですので睡眠不足です。皆さんの体調を案じての神谷隊長の心遣いで、泊まっているホテルに一旦戻っての昼食。食後は、シャワーとお昼寝タイムとなりました。私は初めてのインドネシアとあって高ぶっておりましたので、ホテルのプールでひと泳ぎしました。後は落ち着いたのか、心地良くなってプールサイトのチェアーで、監視員の方から起こされるまで眠ってしまいました。


▲ 15:36、再び戻ってきたパンカ製糖工場の機関区。午後からの斜光がス3号機にスポットライトを浴びせていました。バックにおいてあるのは、サトウキビの絞りかすの”バカス”です。他の工場では、マキを燃料にしていますが、ここではバカスを主に使っていますので、火の粉がよく排出されます。夜はすばらしく、通称”花火”といわれていて、ここを訪れる鉄ちゃんの憧れになっているそうです。

これより夜まで、2号機をチャーターしての撮影開始です。民家の立ち並ぶ、工場ヤードの引き揚げ線の先方向に向かいました。


▲ ここまでトレインが来るのは珍しいのか、住民の皆さんも出てきて走行を見守ります。猛者軍団は連写で答えます。カメラ2台が見える奈良からお見えのW・Jさんは、ずっしりと重そうな背中のカメラバックに、6×7の他に3台、合計5台ものカメラを持ってきておられました。なんと重量は25kg以上とか、体力勝負の撮影でもあります。


▲ 猛者軍団は、2号機と不安定な空ローリーに乗って、集積場ヤードの先へと向かいます。

▲ 行ける所までと来ましたが、ここから先は線路が埋もれていてダメです。神谷隊長は、もう少し先ならバナナ林で良いロケーションなのにと残念だと申されていました。ここより少しヤードに戻して、夕陽が沈むのを待ちました。 


▲ 16:58、陽はまだ高かったのですが、機関車に近づいて夕陽を入れてみました。

▲ 17:22、特殊フィルターをお借りして撮りましたので、狙っていたショットには近くなりました。

▲ 17:44、陽が沈んだ後も残像を求めてみましたが、日本のような綺麗な夕焼けにはなりませんでした。

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八月だ、もっと熱くなろう! 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part2 P.G.PANGKA(パンカ製糖工場)

神谷武志企画のテレマカシーツアー  第2日目 8月5日 2の1


 昨日は、闇夜の中を走行していましたので、どこへ向かっているのか初めてで分かりませんでしたが、ジャカルタから東へ約200キロ余りを移動しました。宿泊したホテルは、テガル駅から近いBahari-inで連泊となりました。

 

2日目の朝は、6時にホテルのレストランに集合して、朝食後にパンガ製糖工場へと向かいました。距離はそれほどでもないのですが、市内は朝の通勤渋滞、郊外は凸凹道が続き、約1時間弱での到着でした。工場近くには、農場から工場へと運ぶ路線が残されていました。かつては、縦横に敷設されてシュガートレインが走っていたそうですが、殆どがトラック輸送に替わってしまっていました。

【精糖工場の鉄道の運用】
O氏のご説明によりますと、シュガートレインが走るのは、6月~9月の収穫期に限ります。農場で栽培されたさとうきびは、収穫後ただちに精糖工場に運びこまれます。ここで搾り取られた濃縮砂糖液は、工場内で砂糖に精製されるか、タンクローリーに積まれて、別の精製工場に運ばれるそうです。

鉄道運転は大きく4つに区分されます。
1.さとうきび畑から精糖工場の本線までを仮設線路を使って運搬
2.精糖工場の本線から工場集積場まで運搬(フィールドという)
3.工場集積場から工場装入口まで運搬
4.製品の出荷

【P.G.PANGKA(パンカ製糖工場)】  ※ 構内配線図は左上です。


▲ 7:32、工場前の踏切を渡ると直ぐにDL(12号機)が、工場からの空のローリー(サトウキビを積む貨車の名称)を牽引して、集積場に向かってきました。ここは、工場集積場と工場装入口間の運転のみが残されていました。

▲ 集積場の積み替えヤードには、トラックから移しかえられて、サトウキビを満載したローリーが運搬を待っています。

▲ 既にローリーを連結して、発車待ちは2号機、1916年ドイツ製(ARN.JUNG JUNGBNTHAL)です。

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