2012年冬の中国鉄路の旅 Part4 国境の橋Ⅲ 琿春(珲春)

第5日目 11月16日
① 図門(Taxi)→琿春(珲春)→図们
② 図们20:30(K7368次)→翌日5:45长春

今日は、昨日のTaxiを再チャーターして、図们から東方向(珲春)へと向かい約60キロ先の国境の橋を目指しました。
【不運の鉄路】
 1932年に「珲春鉄路」が設立され、1935年に満鉄北鮮線の訓戎~珲春(14.8キロ)が、762mmのナローゲージで開業しています。訓戎~水湾に架かる国境の橋はこの時に建設されました。
1938年には、「東満洲鉄道」に買収され、1939年には輸送力増強のために1435mmへと改軌されました。国境の橋も、この時点で付け替えられています。その後、珲春以降の延伸が続きましたが、1945年のソ連の突然の侵攻により鉄路は破壊され消滅したようです。わずか10年で消えた不運の鉄路です

▲ 前回ご紹介した1996年版の鉄路地図では、ご覧の通り図们から東には鉄路はありませんでしたが、発行された年の1996年には、図们~珲春(73キロ)が開業しました。以降、貨物輸送にのみに使用されています。

最新の地図では、ロシアとの国境を超えてゲージは違いますが、結ばれたようです。

Zhan Qian Xi Da Jie, Hun Chun Shi, Yanbian, Jilin, 中華人民共和国
▲ 9:30、図们江沿いの国道302号線を走り、ロシアの侵攻により消滅したという断橋に到着しました。道路を横切るように線路跡は残っていました。
土手に上がりますと、鉄道橋と道路橋の2つの橋がありましたが、鉄道橋は橋脚を残すだけ、道路橋は北朝鮮寄りのわずか20mほどが壊されて断橋となっていました。
鉄道橋の橋脚ですが、かなりしっかりとして幅広く見えます。この鉄路についての文献はあまり残っていないそうです。何のために建設され、いつ消滅したのかは、なぞのようです。

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2012年冬の中国鉄路の旅 Part3 国境の橋Ⅱ 開山屯へ

第4日目 11月15日
① 丹東 前日14:42(K7378)→11:38龙井
② 龙井(Taxi)→開山屯→図们 

 丹东~龙井の1,066キロを約22時間かけて走るK7378次は東北地区のみを走る列車としては、走行距離の長い列車の一つです。
走行する和龙~白河は途切れた路線でしたが、 最近つながりこの列車が生まれました。使用される車両は旧型緑皮車で、暖房は車両ごとの石炭炊きのボイラーです。しかし、乗り鉄には応えられない車両です。
ただ、食堂車がないことが問題ですが、我々二人の主食はビールと白酒ですので、よく来る車内販売で十分でした。

丹东始発時は、ガラガラでしたが、瀋陽で多数の乗客があり、満席となりました。途中で小竹先生の通訳兼アシスタントの王さんから連絡が入り、长春は今年初めての大雪で既に20cmの積雪があったようです。こちらの車窓からも白い世界が広がっていきました。
▲ 雪を見ると子供は、はしゃぐんですね。おばあさんは、一生懸命孫をあやしていました。
▲ 11:38、龙井到着。この駅は日本侵略後の1934年に開業しました。この地域の豊かな原木と石炭を本土に送るため鉄路は建設されました

ここから王さんが手配していただきましたTaxiで再び国境沿いを訪ねます。その前に昨日の昼間以降初めての食事です。東北ですので、注文するのは水餃子と地ビールでした。

対向車も殆ど走っていない田舎道を100km/h前後で突っ走ります。途中で運転手がスピードを緩めると、ナンバープレート読取り器がありました。

龙井から約40キロ、40分ほどで開山屯に着きました。かつては、図们江を渡り朝鮮鉄道と結ばれた鉄橋があるそうです。
▲ 地図は、中国鉄道出版社発行の「中国鉄路交通地図集」1995年版から転載しておりますので、和龙から白河まではまだ記載がありません。

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