冬の芭石鉄道へ Part4 成都→石渓站

昨夜、相棒は、ホテルに戻るとホテルマンを捕まえて、得意の英語で、『メタセコイア』の事を聞いていますが、誰も知っていません。植物園にも行きたいようで、尋ねましたら、郊外にあって、タクシーでも約40分はかかると言われました。滞在日程からして、行くのは、無理です。

申し遅れましたが、相棒のM・T君は、某女子高校の先生を続けていて、毎年オーストラリアから来る、交換留学生が滞在する6ケ月間の間、直接の担当者ではないが、観光に連れて行ったりして、生の英語を学んでいるそうです。北京科学植物研究所でも、英語が堪能なエリート研究生との会話をしたのも彼です

第4日目 2010年1月1日 
成都のホテル8:30→11:15楽山市12:10→14:00芭石鉄道石渓站 
 6:30新年の朝を迎えましたが、中国では旧正月(2010年は、2月14日)を新年としているので、何の催しも行われません。ホテル内も、クリスマスの飾りつけが残っています。ただ、ホテルマンは、外国人客に向けては、『a happy new year』と、声をかけてくれました。     

 

品数豊富な朝食バイキングを食べてから、荷物をまとめ直して、案内人を待ちました。今回は、初めての芭石鉄道訪問です。海外旅行初めての相棒もいますので、いつものように、一人、バスに乗り継いで、分らぬ土地を行くのは、冒険でもあります。高くつきますが、地元旅行社の、芭石鉄道ツアーを申し込んでおきました。

8:30、約束の時間にロビーに行くと、若干25歳、成都の大学で日本語を学んで、日本語検定1級の資格を持つ、四川美人の胡小姐が待っていました。旅行社が用意した車は、8人乗りの大型ワゴン車、これなら楽です。

直ぐに、約136km先の楽山市(乐山市)に向けて発車です。2010年4月開業に向けての地鉄建設中で、通行規制が多く、迂回しながら混みあう街を出て、成楽高速公路に入りましたが、3日間の連休で、世界遺産となった楽山大仏や峨眉山へと向かう観光客の車も多く、そして濃霧です。50~100m先しか見えず、最徐行を強いられました。楽山インターチェンジ出口も閉鎖されていて、ここも先まで行っての迂回です。

四川盆地は、山々に囲まれているので、この時期は、霧発生が多いとの説明を、胡小姐から聞きました。多難を思わせるスタートです。車内で。胡小姐と4日間の行程の確認と、芭石鉄道の時刻表を受け取りました。

11:15、予定を大幅に遅れての楽山市に到着でした。普段ですと、約2時間で着くそうです。楽山市は、人口133万人、青衣江、岷江、大渡河の合流点にあるところから、成都市、重慶市などの主要都市につながる水陸交通の要衝として栄えています。合流した川は、ここからは、大渡河となり、長江に注いでいます。

ご飯は、桶に入れて、約40分間蒸します。しかし、ほっくらとした銀シャリではなく、パサパサでした。

楽山市での運転手を入れての、4人分の昼食の総菜です。左上から、川魚と豆腐の煮込み、トマト、野菜と溶き卵のスープ、左下から野菜炒め、ソーセージ、きゅうりとおぼろ豆腐のスープです。これで、291元=4.074円。旅行社の案内する餐馆(レストラン)です。高めは、仕方ありません。

芭石鉄道の始発駅石渓までは、途中で適当な食事場所がないので、ここで昼食タイムです。名物は、ナマズ料理との事で、生簀で品定めをしましたが、60cm級で、測ってもらうと、約4.500円と言われ、パスして、庶民的な川魚にしました。


12:10、霧で川面も見えない岷江大橋を渡り、石渓への約55kmの1本道を大渡河に沿って、向かいます。片側1車線の舗装道路ですが、整備が悪く、所々陥没までしていますので、快走は出来ません。対岸の石渓に渡るフェリーは、1~3日の間、休航で、またまた迂回しました。

13:50芭石鉄道の石渓站に到着しました。成都から、約188km、途中、迂回を余儀なくされましたので、実際は、約200km、昼食等の休憩を入れて、約5時間半の行程でした。日本から3日間と半日、本当に、ようやくたどり着いたとの感が、ありました。

石渓站前の坂道を駆け上がっていくと、そこには、発展リニューアルを続ける中国鐡路站とは、違っての芭石鉄道沿線の生活感溢れる光景が、広がっていました。

冬の芭石鉄道へ Part1 旅立ち

第1日目 2009年12月29日
長岡京7:00-(快速)→7:27大阪-梅田7:34-(地下鉄)→7:43なんば8:00-(ラピート)→8:39関西空港10:25-(JL785)→12:50北京空港14:00-(机場快軌)→三元橋-(北京地鉄10号線)→国貿→15:00ホテル

ホテル→永安里-(1号線)-西単-(4号線)→北京南站17:40-(京津城際鐡路C2067次)→18:10天津21:00-(C 2090次)→21:30北京南站→西単→永安里→22:30京倫飯店

北京空港からは、広州地鉄(川崎重工社の技術供与)に続き、中国地鉄2番目となった鉄輪式リニアモーターカー(ボンバルディア社の技術供与)の机場快軌(総延長28.1km)に乗車して、三元橋站で、10号線に乗換え、ホテル近くの国貿站まで行きました。

私が、頻繁に訪中を重ねた10年前は、2路線総延長42.6kmだった北京地鉄ですが、2009年末では、総延長227.2kmまでになりました。5年後には、561kmになる予定です。経済成長も、年10%を越える勢いで発展を遂げている中国ですが、地鉄も脅威の延伸を成し遂げています。 

開業当時の天津站 CRH2-300のオンパレードでした。

現在の天津站 CRH3のみの、運用となりました。

北京南站からは、2008年8月開業した、中国鐡路初めての新幹線、京津城際鐡路乗車を案内して、天津に向かいました。開業当初は、殆どの列車は、JR東日本等から技術供与された『はやて』CRH2-300が、最高速度350km/hで、走行していましたが、契約上のトラブルにより、日本側からクレームが入り、もう、1編成も走っていません。

天津到着後は、夕闇の中でしたが、ライトアップされて綺麗になった、かつての租界街を案内し、天津名物の肉饅頭を食して、深夜、北京に戻りました。