DRFC-BBS
※容量制限により削除された06年1月31日までの投稿写真を一部復活しました。詳細はこちら。
※新掲示板へ移行したため、この掲示板への投稿は受け付けておりません。

新掲示板アドレス(2008.08.03〜)
http://drfc-ob.com/wp/
左のフレームが表示されていない場合はトップページへ移動してください。

 投稿者絞り込み:   ページ移動:  
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃検索 ┃設定 ┃ホーム  
46 / 102 ページ ←次ページ前ページ→

【888】吉向窯
 67年度 澤村達也  - 07/6/9(土) 8:05 -
  
当会OB(71年度)吉向秀治さんは大阪府枚方市私市にある吉向窯の八世松月を襲名しておられます。この度、弟さんも襲名され記念展が守口の京阪百貨店で開催されています。弟さんの記念展とはいえ、ご本人の作品も多数展示されており、久しぶりに会った彼もとても元気そうでした。
本展は6/12まで、京阪守口市駅下車、京阪百貨店守口店7F京阪ギャラリーにて。大阪方面からお越しの方は昼間時天満橋始発の区間急行がお勧めです。残り少なくなった1900系が入ることも。
引用なし
パスワード
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; SV1)@zaqd37ce052.zaq.ne.jp>

【887】京都新聞より転載
 元祖・青信号編集部  - 07/6/7(木) 21:16 -
  
6月7日朝刊に「思い出の七条交差点」の記事が出ていましたので掲載いたします。

添付画像
【okinaka.jpg : 192.9KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : okinaka.jpg
・サイズ : 192.9KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; InfoPath.1; .NET CLR 1...@p4078-ipbfp404kyoto.kyoto.ocn.ne.jp>

【886】おじん2人ヨーロッパ軽便 その16-8
 湯口 徹  - 07/6/2(土) 19:56 -
  
ペロポネソス半島その8 パトラ〜ピルゴス

前回貨物牽引の大型DLが面白くもなんともないと記したら、面白いかどうかは読者が決める。画像は1コマでも出すべしとのお小言が。出しますよ、出しゃいいんでしょ。

これはアルコ製の電気式で、A-9100型と称するらしい。重連で貨車は全部タンカーであった。どうだ、面白くも何ともないだろうが。

なお書き忘れたが、ディアコフト―カラブリタ間750mmラック登山軽便鉄道線の電気式ディーゼルカーは、フランスはドコービル社製である。蒸機に代わって久しいためかなりのお歳で、目下新鋭代替車両がテスト中とか。この夏には営業に入るのであろう。

3両編成で、中間車に発電プラントがあるのは旧車と同じだが、通常の車体で一部客室になっている。

港町パトラ駅構内にはとんでもない急カーブがある。そう狭い訳でもなく、ほんのひと時路上駐車したままの撮影で、理由を確かめるに到らなかった。

前回もご覧頂いたこの勇壮な3両編成ディーゼル列車は、かのガンツ社(現在はGnzs-MAVAG社=ハンガリー)1976年製の猛者で、形式は6450型。我々の常識からは到底軽便などというものではない。

次のB-B凸型DLは9400型という、日本=三菱製である。

ペロポネソス半島の北海岸に沿って、やがて南に下るとピルゴスに着く。この構内には廃車がどっさり居り、ミカド型蒸気機関車1両も赤錆姿で朽ち果てようとしていた。これはブレダ(イタリア)製7100型と思われる。

前頭エンドビームに2本立っているパイプは真空ブレーキのホースで、我国では半世紀以上前=太平洋戦争で姿を消した(最後まで使っていたのは小倉鉄道=蒸気動車のみ、中国鉄道)が、ヨーロッパではまだ少数派にはなったが健在である。

添付画像
【A9100型DL.jpg : 305.9KB】

添付画像
【パトラ駅の急曲線.jpg : 390.6KB】

添付画像
【日本製のDL.jpg : 388.0KB】

添付画像
【赤錆のミカド機.jpg : 191.3KB】

添付画像
【7100型ミカド機.jpg : 117.7KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : A9100型DL.jpg
・サイズ : 305.9KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : パトラ駅の急曲線.jpg
・サイズ : 390.6KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 日本製のDL.jpg
・サイズ : 388.0KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 赤錆のミカド機.jpg
・サイズ : 191.3KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 7100型ミカド機.jpg
・サイズ : 117.7KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; (R1 1.3); .NET CLR 1.0...@gl11-148.gl11.cilas.net>

【884】都電おもいで広場オープン+レトロ9000...
 74年度生 佐々木秀隆 E-MAIL  - 07/5/27(日) 0:03 -
  
5月26日(土)荒川車庫の隣に、都電おもいで広場がオープンした。
5500形5501(PCCカー)7500形7504(学園号)が静態保存してある。
車内にも入れる。
プニングイベントをやっていた。出店も数多く、家族連れや鉄道ファンでごった返していたが、7500形と5500形はファンの年齢層が違っていた。7500(旧車体)はついこの間まで走っていたという印象を受ける。幼少の子供たちが祖父母に連れられて車内へ入っていく。
かたや5501の方は、昭和30年代の絵本から飛び出したイメージがあるのだろう、子供の数はまばらだ。そのかわり、50~60代の人々が懐かしいという面落ちで、車内に展示してある昭和40年前後のパネルに見入っている。
昭和初期のデザインを模した9000形はいよいよ5月27日営業運転だ。花電車(ラッピングで花模様を描いた、われわれオールドファンからするといささか物足りぬ装飾)が3両準備されていた。路面電車の新車それも都電ではマスコミの注目も違う。TVのクルーが2社きていた。
都電おもいで広場
土日祝10:00〜16:00開場
ただし外から撮影は可能

添付画像
【7500形.jpg : 108.8KB】

添付画像
【PCCカー5501号.jpg : 101.3KB】

添付画像
【9000形とニセ花電車.jpg : 53.4KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 7500形.jpg
・サイズ : 108.8KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : PCCカー5501号.jpg
・サイズ : 101.3KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 9000形とニセ花電車.jpg
・サイズ : 53.4KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)@ntsitm299152.sitm.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp>

【883】おじん2人ヨーロッパ軽便 その16-7
 湯口 徹  - 07/5/26(土) 14:13 -
  
ペロポネソス半島その7 ディアコフト〜パトラ

最初[830]=その16-1修正から。国鉄アテネ駅を標準軌/メーターゲージ駅共にアテネ駅と記した。確かに駅名表にも時刻表にもそうあるが、アテネ市民はラリッサ駅/ペロポネソス駅と呼んでいるそうな。しかも後者は現在閉鎖中?とか。

登山軽便線終点カラブリタは前述のようにパラグライダーやスキーもできるリゾート地だが、1943年12月13日、レジスタンスに手を焼いたドイツ軍が報復と見せしめに、15歳以上の村民1,436人を皆殺しにした地であることをその後知った。

現在の学校等は、戦後西ドイツがその償いに建設寄贈したものの由。

ディアコフトに2泊した我々はメーターゲージの列車を撮って西に向かった。貨物はスイッチャータイプの大型電気式DL(C+C)で重連でタンカーばかり牽いていたが、こいつは面白くもなんともない。

古いDCの3連(固定編成)は面白い。動力集中方式=機関車に当たる動力車は1/3強が客室で、中間客車の台車には車軸発電機が付いていた。屋根のラジェーター部分はJRのディーゼル特急並みに排ガスで真っ黒。JRのディーゼル車とは、まさしく発展途上国並だったのである。

いずれも山岳区間は急勾配とめちゃカーブが連続するから、機関出力が大きい。というより、日本のディーゼル車両は、半世紀しがみついてきたDMH17に代表されるように、世界の標準から見て、余りにもかけ離れて遅れに遅れ、重量の割りに小出力で終始し続けた(過去形にしておく)のであった。

添付画像
【谷に沿って.jpg : 192.6KB】

添付画像
【終点カラブリタ(2).jpg : 198.5KB】

添付画像
【メーターゲージの離合.jpg : 343.4KB】

添付画像
【旧式デイゼル列車.jpg : 316.0KB】

添付画像
【パトラで.jpg : 304.2KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 谷に沿って.jpg
・サイズ : 192.6KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 終点カラブリタ(2).jpg
・サイズ : 198.5KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : メーターゲージの離合.jpg
・サイズ : 343.4KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 旧式デイゼル列車.jpg
・サイズ : 316.0KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : パトラで.jpg
・サイズ : 304.2KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.0.3705; .NE...@gl11-148.gl11.cilas.net>

【882】台湾に蒸気機関車復活! 産経新聞より
 台湾特派員  - 07/5/25(金) 14:46 -
  
産経新聞5/25朝刊より転載

添付画像
【File0001(2).jpg : 161.3KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : File0001(2).jpg
・サイズ : 161.3KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; InfoPath.1; .NET CLR 1...@p4078-ipbfp404kyoto.kyoto.ocn.ne.jp>

【881】老人コンピュータ異聞、余話
 T加太会会員 E-MAIL  - 07/5/23(水) 20:59 -
  
No.864、『ギョウザ定食を食べ終えた老人とともに現れた』は、筆者T氏です。文中、『とある大学で』とあるのは誤りで、正しくは『近所の女子高で』です。また、『会員』とあるのは、説明がありませんが多分『加太会会員』のことだと思います。

『女子校に関係する加太会会員』には、先にU氏がおられまして、T氏とは、異類同族異属同目亜種の関係にあります。ちなみにU氏は魚類、T氏は鳥類であります。

さて、話はVista/Office2007に及びます。
最新式で老人が面食らうのもあながちオーバーではありません。

Office2007では、2003とその画面構成が全く異なります。2003メニューバーやツールバーはなくなり、『Officeボタン』と『リボン』と称する道具に替わりました。

『リボン』には、従来のツールバーのアイコンコマンドが、それも多数配置され、IE7.0タブブラウザのようなタブ構成画面となっています。リボンの下には、小さなダイアログボックス起動ツールがあり、クリックで従来の詳細設定画面が現れ設定が可能です。

『Officeボタン』は初心者にとり、誤操作を招きやすく、改善の余地がありそうです。これは老人のマウス操作で気付きました。次のversionで改善されればよいのですが。

その他新機能としてミニツールバー(これは便利)、2003のユーザー設定に代わるクイックアクセスツールバーなどがあります。

一方、作成ファイルは、97-2003対応のファイル形式で保存しないと、我々保有の下位のversion ではうまく開けません。老人の上位PCと仕事場の下位PCの互換性はうまく行えたようです。下の記事No.867は老人が自分のPCで作成し仕事場で変換の上、下請け先に通信した初めての作品ではないかと思います。

2003で不足がないのに、何故また2007なのか。筆者はXP/2003に更新してまだ3年しか経っていない。あと3年は使用するつもりである。しかも筆者のPC能力では、Vistaに対応できないから、PCからして新調せねばならない。作業のためでなく、使用ソフトのためにPCを新調せねばならぬとは、本末転倒である。これらは買い替えを強要するMSの謀略であり、当分逆らわねばならない。

それにしても、乙訓の老人が保有するPCは、OS/アプリケーションソフト共に、クローバ会の他の誰もが保有していない超最新式の電脳であるのであります。

追記:老人の自宅の2階、倉庫横のコンピュータルームに、6月頃光ケーブルが新設されるそうです。これにより、当掲示板と直結されることになり、これまでのI氏や(筆者と別の)T氏とのアップロード委託契約(通称:下請契約)は破棄される予定、との事です。
引用なし
パスワード
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 2.0.50727)@ZB224247.ppp.dion.ne.jp>

【880】これも「鉄」ブームのお陰?
 今出川浄福寺  - 07/5/22(火) 23:09 -
  
今回は旬の話題を一つ。

本日22日より、ローソン限定「昭和レトロ路面電車コレクション」のおまけ付きペットボトル飲料が発売されました。

【対象商品】
 (下記商品の同一銘柄2本を同時に購入された場合)
・ アサヒ 十六茶    490ml (147円) ×2本
・ サントリー 伊右衛門 500ml(147円)×2本
・ ボルヴィック    500ml (137円) ×2本

詳細は下記アドレスにて

http://www.lawson.co.jp/company/news/1213.html

飲料水銘柄と車種は適当に組み合わせてくれるようです。

で、早速朝に近所のローソンへ。
購入したのは、京津80を2両、土佐電鉄600、豊橋3702。
Nゲージの1/150〜1/160ぐらいの縮尺か。ならばM車化も可能であろう。
とはいうものの、昨今は模型とは全く無縁故、無知はお許し頂きたい。

撮影後、ペットボトルは冷蔵庫に、車輌は家内のミニチュアコレクションケースに鎮まってしまった。

添付画像
【容器_1s.jpg : 354.2KB】

添付画像
【容器_2s.jpg : 412.3KB】

添付画像
【京津・土佐・豊橋s.jpg : 405.6KB】

添付画像
【説明書s.jpg : 0.7MB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 容器_1s.jpg
・サイズ : 354.2KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 容器_2s.jpg
・サイズ : 412.3KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 京津・土佐・豊橋s.jpg
・サイズ : 405.6KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 説明書s.jpg
・サイズ : 0.7MB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.78 [ja] (Windows NT 5.0; U)@softbank218123107009.bbtec.net>

【879】沖縄の電車(その3)
 乙訓の老人  - 07/5/21(月) 18:00 -
  
今日5月21日昼前、ジャーナルとピクを買った。元祖青信号・掲示板での特派員報告のかけらすらも両誌には掲載されていない。すごいぞ! 特派員の諸君。

先に琴参電車あれこれ(その2)で、沖縄の電車と関連があるとしたことを綴るとしよう。
琴参の初代社長は才賀藤吉である。沖縄電軌も同一人物である。才賀については、以前ピク誌で紹介されたように思うが、和久田氏は「人物と事件でつづる私鉄百年史」で次のように記しておられる。“才賀は1870年大阪生れ、一介の小僧からスタートしてやがて電気の技術を習得し、日本最初の京都電気鉄道の工事を担当して以後はみずからこの業界に乗り出した。そして才賀電気商会を設立して精力的に全国を歩き廻り、地元の資本家と組んで各地に電機会社や鉄道会社を発起した。”
これは特許を得たのに資金調達が出来ない発起者に取り入り、資金供与と共に建設工事や車両調達を才賀電気商会が請け負うという手法を取ったのであろう。才賀の事業は、現在ならベンチャービジネスと言えるものであろうが、しっかりした金融機関のバックアップがなかったようだ。そのため自転車操業を重ね、1914年倒産するという事態を招いた。
「琴参電鉄60年史」にはこのような記述がある。
1913(大正2)年3月28日 沖縄電気軌道と車台貸借契約締結
1914(大正3)年10月1日 沖縄電気鉄道と車台売買契約締結
車台とはトラック(台車)のことである。建設工事がままならない才賀は、琴参用に購入したトラックを沖縄へ貸すことにより、当座の資金繰りとしたのではないかと勘ぐってみたい。倒産月日がわからないが、琴参での事業進捗がみられず、止む無く売却して手を引いたのではないだろうか。こんぴらさんに向け走る筈の台車が沖縄で役目をはたすとは、数奇な運命を背負うことになったものだ。

付録

和久田氏の記述によれば、才賀が手がけた鉄道は先の2社以外は次の通りである。
磐城軌道 開業1914年、廃止1937年、
信濃鉄道 開業1915年、電化1925年、国鉄買収1937年、現JR大糸線、
成宗電軌 開業1910年、廃止1944年、
立山軽便 開業1913年、合併1931年、現富地鉄立山線、
美濃電軌 開業1911年、合併1930年、現名鉄名古屋本線、
岩村電軌 開業1906年、廃止1935年、
三河鉄道 開業1914年、電化1925年、合併1927年、現名鉄三河線、
伊勢鉄道 開業1915年、電化1927年、合併1936年、現近鉄名古屋線、
松阪軽便 開業1912年、電化1927年、合併1944年、廃止1964年、
防石鉄道 開業1919年、廃止1964年、
鞍手軽便 開業1915年、廃止1954年、
宮崎軽便 開業1913年、廃止1964年、
これでみる限り全てローカル鉄道ばかりである。この中で本線格に昇進したのは伊勢鉄道のみで、美濃電軌は新岐阜〜笠松口間が名古屋本線となり残存している。立山軽便の五百石(現立山町)〜立山(現岩峅寺)間は改軌され、富地鉄立山線の一部となっている。
才賀は相撲取りと間違えられるほどの肥満体で、祇園の帝王といわれた遊蕩オッサンだったとか。頓死と言われているが、実は腹上死だったとする人もいる。
引用なし
パスワード
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)@226.64.113.221.ap.yournet.ne.jp>

【878】中国鉄道 和諧号続報 Part3
 中国特派員便り No.15  - 07/5/20(日) 14:33 -
  
Part2で、アップロードした添付ファイル”和諧号運行本数表”に誤りがありましたので、ここに訂正して、再掲載させていただきます。

どうも老眼が進行しているようで、虫眼鏡だけの対応では、時刻表の数字の読み違いが生じるようです。と、言って老眼鏡を買うお金があれば、どこかに飛んで行きたいので、校正員が必要なようです。

ついでに運賃表も追加しました。中国では、特急料金等も加算されています。レートは、1RMBが、約15円です。

新幹線と料金を比較しますと、丁度鄭州〜漢口間516kmが、新大阪〜東京間実距離515.4kmと一致します。2等で160RMB(2,400日本円)です。今日の”のぞみ”だと14,050日本円。約6倍です。所要時間は、1時間の差がありますが、やはり、格安です。北京〜上海間1,463kmを往復してもお釣りがでます。

日本→広州に飛んで、広州→深センをCRH1、深センから香港に入り、九龍→上海を国際列車、上海→北京をCRH2、北京→ハルピンをCRH5に乗車しての鉄道の旅など、いかがなものでしょうか? 関口知宏君に負けず頑張ってみましょう。

添付画像
【D列車本数表.jpg : 366.1KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : D列車本数表.jpg
・サイズ : 366.1KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322; .NE...@60-56-92-217.eonet.ne.jp>

【877】沖縄の電車
 湯口 徹  - 07/5/20(日) 10:20 -
  
乙訓の御大[875]「沖縄の電車その2」でご指名があり統計を参照したがおよそ愛想がない。沖縄電気軌道は1914年4月30日開業以来車両は電車10両、定員合計400人のままが続く。

1916年3月8日沖縄電気に譲渡。1931年度2両が増加し、定員合計も480人に。すなわち各車40人乗りであった。

廃止は1933年8月12日のため、鉄道統計記載は1932年度まで=12両480人。

加田芳英「図説沖縄の鉄道(改訂版)」掲載、那覇首里間開業広告には「5月3日より電車開通」。1931年の増備は京阪電気鉄道和歌山市内線の2両(←京都市←京都電気鉄道)が大阪の坂田商会を経て沖縄電気11、12号になったとある。

同書には電車が写った写真が10枚ほど掲載されており、[867]御大投稿その1に掲載された写真2駒も綺麗な印刷で含まれているので念のため。
引用なし
パスワード
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.0.3705; .NE...@gl11-148.gl11.cilas.net>

【876】中国鉄道 和諧号続編 Part2
 中国特派員便り No.14  - 07/5/19(土) 22:43 -
  
1、中国鉄道の時刻改正
4月18日の改正は、第6回目です。1997年4月1日第1回から始まった改正は、5回目までは、在来線での160km/hを目指して、走行可能路線を増やしてきました。車両も”豪華T列車”や、”Z列車”の新製等、車内のグレードアップも行い、快適に鉄道の旅が楽しめるようになりました。

今回の改正では、
・鉄道といえば、夜行列車でしたが、大量の動力分散型電車投入により、中短距離間の昼間に走るビジネス特急が誕生、また増発され、早朝から深夜まで気軽に乗れるようになりました。上海〜南京間301kmでは、25往復もの和諧号が、突然に走るようになりました。

・200km/h(高速専用新線では、250km/h)の運行で、都市間の所要時間の大幅短縮が実施されています。上記の上海〜南京間は、最速D401で1時間58分。表定速度は153km/hにもなります。ちなみに最高表定速度は、北京〜瀋陽北間703kmを3時間59分で走行するD1とD2で、176.5km/hです。運行区間別の列車本数、所要時間、表定速度を表にしてありますので、ご覧下さい。

・D特急の目玉は、北京〜上海に初めて登場した昼間走行のD31・D32です。
10:50に双方の駅から発車して、20:49に到着します。ノンストップで、1,463kmを9時間59分。表定速度146.5km/h。5〜7月ぐらいでしたら、20:30頃は、まだまだ明るいので、思いっきり車窓の風景を楽しむことができます。

・列車に乗りたくとも、始発駅で、しかも往路しか切符は買えず、復路切符購入には、難儀をしましたが、DまたはZ列車は、全国の主要駅、市内の切符売場で、20日前から、復路や接続列車も併せて購入可能となりました。日本のように全国ネットワークでどこでも買える”みどりの窓口”は、まだ未整備ですが、これは画期的な事です。飛行機から鉄道への利用客のシフトが始まろうとしています。

貨物列車についても、今までの60〜80km/hで、5500t牽引から、120km/h 6000tへと高速化が実施されました。これにより貨物輸送能力は、12%、旅客では18%が向上されています。

2、CRH(China Railway High-Speed)
北京〜上海間の高速鉄道は、リニアから自国開発在来式の350km/h走行に切り替えられたようですが、在来線の高速化は急務で、国際入札が行なわれました。1社のみの落札ではなく、カナダ・ボンベルディア社(CRH1)、独シーメンス社(CRH3)、仏アルストム社(CRH5)、も落札し、一部はを除き、国内での製造と組立てとなりました。これら動力分散は、中国では、『動車組』と呼ばれています。

世界的に有名実績のある高速車両を技術移転して自国で生産し、それぞれの長所を吸収しようとする姿勢は、まさに戦後の日本産業の発展歴史と同様です。
ただ、日本のように優秀な中小企業が育っていない国です。基礎的な知識と経験不足は否めません。”メンツ”が全てと言って言いぐらいのプライド高い中国人です。いかに謙虚になって学べるかが課題です。

3、CRHの運行状況
4ケ国CRHの配置区は、まだ情報不足ですが、CRH1は、広州を起点としてシンセン間に、CRH5は、北京〜ハルピン間等の東北地区、最も多く製造されている”はやて”CRH2は、メインとなる上海〜南京・杭州・蘇州、上海〜北京、北京〜天津、北京西〜石家庄等に投入されているようです。CRH3は、まだ製造が始まったばかりで、不明ですが、CRHでは、最高の運転速度を誇ります。どこへ投入されるか、楽しみです。

4、CRH2の内装
Part1の写真をご覧いただけましたとおり、新幹線に乗っているのと変わりありません。何しろ今までの中国車両にはなかった設備ばかりです。

エピソード1;カギのかからない男性トイレに女性が扉を開けて、絶叫した。
男性専用トイレは、初登場です。びっくりして当たり前だったでしょう。
エピソード2;ほかほかの便座に座って、居眠りをした。
その女性は、今まで列車トイレは、汚くて一度も使用した事がなく感激しすぎたようです。

新設された国内空港では、自動水洗器も珍しくありませんが、列車では初登場かも・・・。お湯もでます。これは、便利だと、乗車記念品に持ち帰ったのも分かります。
赤ちゃんのオムツ替えなんて、なかったでしょう。
トイレのホルダーも便利です。ビルのトイレにも設置されていませんので、これも記念品です。

消火器も設置されていましたから、きっとお持ち帰り品になったと思いますが、使い方が分からないかも・・・。

それにしても、今までの対面式シートから、シートの前出しができ、リクライニングが効き、シートピッチも十分な座席は、2等車でも快適です。中国人は、荷物をいっぱい持って乗車するので、物置スペースが確保できるのはすばらしい事です。荷棚も写真のように満載です。

1つ注文は、洗面所のぬれた手の乾燥器設置です。日本人と違ってハンカチを持つ習慣がありません。レストランにも設置してある所が多くなりました。これは、必需設備品です。川崎重工さん是非ともお聞き下さい。

5、CRH2の編成
CRHそれぞれに共通するのは、食堂車、1両の1等車を含めた、8両固定編成。定員は、1編成、約600人対応。
CRH2のみ、利用客が多い列車は、8+8=16両で運行されているようです。

川崎重工業が輸出、及び技術供与して現地生産をしたCRH2が、最も多く、JR東日本のE2系-1000番代をベースに60編成480両が投入されます。既に37編成が運用に入り、7月1日と10月1日に残りが続々と投入される予定です。

今回乗車した天津→北京では、進行方向に向かって先頭車から8号車になっていました。
当日のD536の編成です。1号車から、Z203301+ZE203302+ZE203303+ZE203304+ZEC203305+ZE203306+ZY203307+ZE203300

今までは、神州号で12両編成。両端が動力車で、先頭車に続く車両が10号車の軟座で、9〜1号車が硬座。いずれも2階建てでした。列車本数は、増えましたが、当然、定員数は、神州号より減っています。朝の混み合う電車だけでも16両編成が欲しいところです。

パンタは、1編成に2台設置されていますが、通常は1台を下げています。T車にパンタがあるのも、面白いです。
CRH5の初期故障が多発しているようですので、ひょっとしたら、もっと増車されるかもしれません。

和諧号の意味ですが、『調和』、和諧社会(調和ある社会・発展)、経済の高度発展を偏重しすぎた事を反省し、接続可能な発展を目指す中国のスローガンとして頻繁に使われるようになった単語だそうです。

さあ皆様、大きく変貌を遂げてきている中国鉄道に乗りに行って見ませんか。

添付画像
【和諧号車両図面1-4号車.jpg : 69.4KB】

添付画像
【和諧号車両図面5-8号車.jpg : 72.4KB】

添付画像
【CRH各車 性能比較.jpg : 84.0KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 和諧号車両図面1-4号車.jpg
・サイズ : 69.4KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 和諧号車両図面5-8号車.jpg
・サイズ : 72.4KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : CRH各車 性能比較.jpg
・サイズ : 84.0KB

【添付ファイル】 〜添付ファイル〜
[削除されました]
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322; .NE...@60-56-92-217.eonet.ne.jp>

【875】沖縄の電車(その2)
 乙訓の老人  - 07/5/19(土) 20:31 -
  
帰宅してまず国土地理院「那覇」を求めた。鉄道資料30号掲載の1921(大正10)年の経路に「むかし沖縄」の停留所など重ねてみたが、地名が分からず投げ出してしまった。今回、昭文社都市地図「那覇」にJTBキャンブクッスIIIを参考にして、ルートを探ってみたのが本稿掲載の図である。これからすると都ホテル裏の遺構は、橋桁の架台ではないように見えるのだが、ホテルの裏へ探検に行くような行為を老人はしていないので何とも言えない。また、泊高橋の東は川と街道の間を走っており、泊港から南への街道沿いは道路自体が移設直線化され、なんの面影も残していないことがわかる。久米通りは拡幅、直線化されている。だらだら坂は首里坂と呼ばれている。通堂とは那覇港で、沖縄航路の発着場であった。老人が首里坂で見たものは何だったか、よく覚えていない。
【図の説明】地図は東西に広がっているので、3分割とした。1〜3で、A→Fとなる。
太線は想定路線、●は想定停留所位置、★印は車庫と都ホテルの位置。

さて、どんな電車が走っていたか、読者氏へ返答しなければならない。鉄道資料30号には最新電動客車明細表及型式図集[昭和5(1930)年刊]から車体図(写真OP2、泊高橋の写真のもの)が転載されている。それを紹介するが、主様要目は次の様になっていた。
番号1〜10、軌間1,067mm、電圧500V、最大寸法8,090×2,134×3,419mm、自重6.3t、
定員40人、出力30Hp×2、車体製造所 梅鉢工場、1914、15年製造、制御器・電動機 GE、制動機 スターリングメーカー 手用、台車 ブリル 21−E、
電圧についてはキャンブックス「日本路面電車III」を参考とした。鉄道統計資料を須磨の大人はお持ちと思うので、車両数の変遷など紹介して頂くと嬉しいのだが。

添付画像
【op3.jpg : 99.7KB】

添付画像
【op4.jpg : 98.7KB】

添付画像
【op5.jpg : 98.2KB】

添付画像
【op6.jpg : 97.1KB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : op3.jpg
・サイズ : 99.7KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : op4.jpg
・サイズ : 98.7KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : op5.jpg
・サイズ : 98.2KB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : op6.jpg
・サイズ : 97.1KB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; InfoPath.1; .NET CLR 1...@p4078-ipbfp404kyoto.kyoto.ocn.ne.jp>

【874】Re:朝鮮南北鉄道 試運転続報
 工-'79 山下敬司 E-MAIL  - 07/5/19(土) 18:55 -
  
すみません、韓国側の機関車の番号を打ち間違えていましたね。
7135号ではなく、7435号です。訂正しておきます。

ちなみに、当日京義線の列車を運転したのは、
南北離散家族の機関士だったそうです。
父親(故人)を思い、感慨ひとしおだったようです。
日本人には実感が湧かないところですが・・・
引用なし
パスワード
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322) Sle...@218.209.224.222>

【873】Re:朝鮮南北鉄道 試運転続報
 工-'79 山下敬司 E-MAIL  - 07/5/19(土) 18:46 -
  
久々の投稿です。
私も現地で、韓国のTVでですが、この世紀のイベントを目の当たりにしましたので、少しレポートします。
当日は朝からKBS、YTNなどの主なネットワークでは総力を挙げて生中継をしておりました。私はほとんどKBSを見ていました。(ハングルは分かりませんが・・・)
<京義線>
ムンサン駅構内で記念式典。各界から来賓を招いての挨拶。
そして 11:10 列車がムンサン駅を発車
スモークに包まれた列車が、ムンサン駅をゆっくりと発車。花火も。

列車は、機関車に大きなヘッドマークが付いています。
5両編成の客車をを牽引しています。
客車はセマウル用の客車です。機関車は7135号。
(写真1)
イムジンガンを経由して、いわゆる非武装地帯(JSA)を通過、開城へ。
ただし、中継は非武装地帯には入れませんので、望遠カメラで走行する
列車を撮影していました。通常このあたりは撮影禁止だと思われるので、
特別措置でしょう。
<東海線>
こちらは、列車がJSAを超えてくるところから中継が入りました。
11:30に金剛山(クムガンサン)列車は発車しました。
北朝鮮の車両で、機関車と5両編成の客車が連結されています。
こちらも大きなヘッドマークをつけています。
(写真2)

クムガンサンは韓国人もよく行く観光地です。
北にとっては外貨稼ぎの場所でもありますが、
政治的に癒着が問題にもなっている、いわく付きの場所です。

12:33 猪津(チェジン)駅に北朝鮮から列車が到着。

とまあこんな具合でした。
たまたま、夜勤だったので、朝から昼まで、ずっと中継を見て
寝不足になってしまいましたが、いい経験をしました。

写真は、KORAILのホームページに出ておりましたものを転載しました。

添付画像
【117947413809000_1-1.gif : 0.6MB】

添付画像
【117947463218900_2-1.gif : 1.0MB】
引用なし
パスワード

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 117947413809000_1-1.gif
・サイズ : 0.6MB

[添付]〜添付ファイル〜
・名前 : 117947463218900_2-1.gif
・サイズ : 1.0MB
・ツリー全体表示
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322) Sle...@218.209.224.222>

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃検索 ┃設定 ┃ホーム  
46 / 102 ページ ←次ページ前ページ→
ページ:  ┃  記事番号:   
(SS)C-BOARD v3.5.4 is Free.
掲示板についてのお問い合わせはこちら。