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【840】栗電たずねて18きっぷ(その7)
 乙訓の老人  - 07/4/27(金) 23:47 -
  
18きっぷ最終日は8月16日。義妹に白岡まで送って貰い9時11分発上野行(564Mレ)は115系11連、盆休みにつき空いていた。上野9時55分着。山手線205系で東京へ。
東京10時40分発熱海行アクティ(3755Mレ)215系10連。達也君へのみやげ話に、ダブルデッカーに乗らねばならない。東京発は座席定員80%位だったが、横浜で満員となった。大船から降りる人が多く、藤沢では東京発車時同様となった。ダブルの車内構造には一言も二言も言いたいことがあるが、京都で喚いても犬の遠吠えとなるだけだ。それでも2階席の乗り心地の良いのには感心した。熱海12時11分着。
待ち受けていた12時25分発静岡行(2449Mレ)、113系3連だ。ダブル10連の客が押しかけ黒磯並み、いやもっと悲惨な情景が展開された。段落しやるかなとおもったが、カブリツキに貼り付け状態となり身動き不能。沼津12時48分着、やっと段落ち成功。超満員電車を見送り13時7分発浜松行(757Mレ)113系7連はガラガラで発車。浜松15時13分着。接続は15時19分発米原行快速(3135Mレ)117系8連。前の4連が米原直行で後4連は大垣で解結だ。米原17時56分着。接続は18時22分発新快速姫路行(3641Mレ)221系8連。京都着19時14分。やれやれ、18きっぷの旅は乗り換え多く邪魔臭いなぁ。
それでも東京〜京都間8時間34分の所要時分、35年前のEL牽引急行並みだ。

(その4)で予告した改軌後の姿を紹介することにする。いずれも形式図記載のものである。
写真番号、形式、番号、定員、客室面積、最大寸法、自重、台車、出力、車体製造所、
製造年月、価格、その他、等を羅列するから適当に判断されたし。
(P119)M15、1〜3、120(44)人、30.6u、15,700×2,700×4,080mm、27.0t、FS21、
40kw(375V)×4、ナニワ工機、昭和30年9月、14,000,000円、
(P120)M18、1、130(52)人、39.78u、18,640×2,740×4,084mm、36.0t、TR14
85kw(675V)×4、西武鉄道所沢工場、昭和34年8月、
西武鉄道モハ204(大正15年10月、日本車輌製造)を改軌の際に購入、M16・1として使用していたものを鋼体化したもの。
(P121)C14、1・2、100(42)人、27.0u、14,656×2,700×3,880mm、20.0t、
TR11系、ナニワ工機、昭和31年1月、2,117,000円、
京阪神急行81・86の車体(大正12年12月、川崎造船所製造)を利用したもの。
(P122)ED35、1、9,650×2,645×3,960mm、35.0t、85kw(675V)×4、東芝、
昭和30年9月、
西武鉄道が昭和23年3月製造の当機を入換用として使用していたが、改軌の際に購入し、
晴れて本線用となった。
(P123)ED20、1〜3、8,768×2,070×3,470mm、20.0t、40kw(750V)×4、
三菱電機、昭和25年8月、
元ED18、改軌、1・2は昭和30年9月、3は昭和31年6月、
(124)DB5、1・2、4,416×2,172×2,600mm、5.0t、40hp、協三製作所、
昭和30年9月、1,600,000円
ついでながら、須磨の大人撮影分も紹介しよう。
モハ1400、1・2、60(28)人、14.4u、10,200×2,100×3,370mm、13.0t、
26.1kw(750V)×2、日本鉄道自動車、昭和25年8月、1,750,000円、
モハ2400、3、70(24)人、16.2u、11,250×2,134×3,420mm、13.5t、
22.38kw(750V)×2、日本鉄道自動車、昭和26年10月、2,929,266.60円、
ED18、1〜3、8,150×2,043×3,320、18.0t、2,750,000円、
ハフ1400、1402、50(28)人、9.89u、11,328×2,127×3,175mm、5.3t、
昭和3年12月、丸山製作所、3,400円、
サハ1400、1403、50(30)人、13.24u、8,738×2,100×3,010mm、3.8t
昭和3年4月、3,000円
ハフ1402とサハ1403の最大寸法、客室面積を比較すると、大人が言及したハフ1402の特異な生い立ちを彷彿させるようではないか。このあたり、大人の大作を購入出来なかったクローバー会会員に、もう少し説明されては如何かなと思うしだいである。

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【839】連休直前!全国一斉OB学力テスト
 ’62 在郷OB  - 07/4/27(金) 23:23 -
  
Ladies and jentleman, wellcome to the shinkansen

This is the HIKARI superexpress bound for Tokyo.
We will be stopping at Kyoto, Nagoya and
Yokohama stations before ariving at Tokyo terminal.

We will soon make a brief stop at Kyoto.

We are now traveling 300km/h.

Attention : Prease notify the conductor or
station staff immediately if you find any suspicious
items and ・・・・・・ baggage ・・・・・・・・ .

問一 車内放送調に和訳せよ。
問二 ・・・・・・・部分を埋めて文章を完成させよ。
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【838】四天王寺古書市
 K.H.生  - 07/4/27(金) 15:25 -
  
昨日より天王寺の寺域内で恒例の古本市が開かれております。
昨日夕方の1時間ほどいってきました。
今年の戦果は朝日新聞の世界の鉄道1964で、これで創刊から
1976年の地方私鉄最終巻まで揃えようと思った全巻が揃いました。
個人的な思い出ですが71年ころ、大分市の図書館で68年の気動車
特集や71年の客車特集をみつけ、自分の好きなものは非電化地方
私鉄に生きた車両たちだと運命的な出合いを感じました。
新冊で買った74〜76年と平行して古書を求め初め70年の私鉄DL編は
可部線の17m国電を写しにいった時に広大前の古書店でみつけ
京都の在学時代に元田中の本屋で62年と63年を購入。その後数年おきに
1冊ずつぽつんぽつんと集めました。
ここまで34年くらいかかったのも自分らしく無理せず、長く楽しい思い出です。
もう地方私鉄は殆ど残ってなく、鉄道趣味の対象の変容にも感慨が
ありますが、この年齢になりやっと揃った全巻を本箱に並べて
さあこれから、何を研究しようかと愉しみです。

古本市は30日まで、時間は夕方6時閉門まで。最終日は4時です。
あと復刻ものと思われますが昭和20〜30年代頃に印刷したM39年の
山陽鉄道時刻表(A2サイズ程度裏表印刷)が300円であと2冊くらい
ありました。岡山、広島、山口方面への交通史など研究されている
方はお勧めです。
以上湊町特派員がレポートしました。
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【837】おじん2人ヨーロッパ軽便 その16-3
 湯口 徹  - 07/4/27(金) 11:06 -
  
ペロポネソス半島 その3 ディアコフトB

先ずはこの地域の地図をご覧あれ。上面中央右寄りに錨のマークがあり、パラソルもあって港とリゾートの町であることが分かる。ここがディアコフト。海はギリシャ本土とペロポネソス半島を隔てるコリンティアコス湾である。

海岸に沿う緑の線がメーターゲージの国鉄線、黄色が高速道路。ディアコフト駅から赤い線が左下に延びる。これがはるばる来たぜ函館―ならぬ、お目当ての750mm軌間アブト式軽便線で、終点はカラブリタなるリゾート地。

高速道路の下をくぐって谷間に入り、右から道路が寄り添ってくるまで、完全に谷間を鉄道だけが川(青色)に沿って走る。

途中駅?が4か所(橙色)あるが、現在では上から3つ目メガスピリオン(地図の表記は違う)だけ駅員がおり、離合が可能だが1個列車が往復するだけ。

メガスピリオンとは、駅のすぐ右斜め下の村落の名だが、駅と村とは谷が隔て、かなり上流で渡って戻るから3×2=実質6km以上離れている。かつての北陸本線杉津を思い出す。

アテネで貰った時間表(前々回B6版と書いたが、B7版=88×132mm、表紙とも36ページ)では8往復のように読めるが、シーズンで時間が変わる全列車を載せており、現実にはその半分の4往復。22kmに上り、下り共67分を要し、起終点の高低差は約750m。

2泊をディアコフトの町で確保した我々は気分も軽やかに、駅周辺の探検にとりかかった。駅北側に小さな松林があり、蒸機が3両いるではないか。

松の落ち葉にまみれた蒸気機関車はフランス製でC1、外側台枠、勿論アブト式サイドタンク機である。ほかにも有蓋・無蓋ボギー貨車が4両だったか5両だったか。片側に車掌室のある無蓋車は、何やら草軽電鉄(よりはるかに長いが)を思い出させる好ましい雰囲気であった。

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【松林のアブト機3.jpg : 184.2KB】

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【836】栗電訪ねて18きっぷ (その6)
 乙訓の老人  - 07/4/24(火) 22:42 -
  
暑かった。一浴びしようと思って素っ裸になり、バスに湯を入れる。その間に一気張りと思い便器に腰を下ろしたとたん、グラグラと来た。そのまま腰を下ろしていたら、大きな揺れに変わった。収まったようなのでテレビをONにしてみると6時7分、震源は大船渡沖合、津波の恐れはないとでた。ややあって石巻震度3と。あれで震度3? 地震に慣れない京都人の感覚である。安宿は鉄骨造で外壁はヘーベル貼の安普請、揺れて当たり前田のクラッカーだ。テレビでは築館が今夏最高の38℃と報じている。沢辺でウロウロしていた時は、確実に40℃近いものであったであろう。
4日目、15日は8時前に身支度して食堂に行ってみたら若者で満員。昨夜、日野某のライブショウがあり、それを追いかけ首都圏からやって来た連中らしい。コンビニでサンド、牛乳を求め駅に向かう。腹に収め石巻8時50分発快速うみかぜ4号(3824S)103系4連(P116)のカブリツキの人となる。鳴瀬川鉄橋を渡ると一面の田園。「あった」。なにかといえば三角の架線柱である。宮城電鉄は仙台〜本塩釜建設時、鋼材節約のため三角柱を採用したとか。それが石巻延長区間にもあり、高城町まで相当残っていた。原ノ町電車区跡は地下線化の工事でごったがえしていた。仙台までは昔ながらのSカーブ連続である。仙台9時49分、仮設なのか地上ホームに到着。昔の地下線は表口にでる地下道に変身していた。市電保存館があると言う仙台市営地下鉄南端の富沢へ行くことにしたが、下車して乗務員に聞けば徒歩20分だとか、やめた。八乙女へ行けばホームで写真が撮れると言うので北行した。下車してホーム北端へ。入構する電車、(P117)運転手君の帽子だけしか見えない。運転台を見に行ったら大きなテレビがあり、左がホーム右は正面を写し出していた。これでは前方注視の必要性がないわけだ。
八乙女駅前に出てみたら、1‐1系統・仙台駅行のバスがある。若い運転手君に「駅迄どれくらいかかります?」と聞けば、「1時間近くかかります。地下鉄にされたら。」「地下鉄は景色がないでしょ。」「観光バス代わりですか?」「まぁ、そんなとこかな…」 郊外住宅地から古い町並みに入り、仙山線の踏み切りを渡る時、西方に駅が見えた。運転手君に聞けば「東照宮です。」知らない駅である。35年前は北仙台で下車、高校同級生の親友宅でお世話になったことを思い出した。
コンビニでちらし寿司と缶ビールを購入、12時50分発福島行(530Mレ)719系3連に乗った。槻木到着13時15分、接続は13時20分発福島行(926Mレ)8101系2連、25人の乗客である。阿武隈急行線は初乗車である(P118)。発車後すぐにJR線を越え、下り勾配を利してたちまち時速100kmとなる。カーブは緩く直線区間がほとんどだ。集落が眼に入らない。降車客は2〜3人あるが、乗車客は0。角田でやっと降車11、乗車14人。やれやれと思っていると、60の速度制限票あり。直線で工事をしている様子もないのに……。その内、ゆらゆらときた。カブリツキに移り分かった。レィルの通りが悪く、バラスが緩んでいる。丸森着、元通学生が言っていたように町並みは阿武隈川の対岸で、駅前はひっそりしている。降車7人、乗車15人。丸森発は28人であった。
発車するや右折左折となり対岸(右岸)に渡る。眼下に阿武隈の流れがゆっくりと。川縁までの断崖は優に20mあり、最初のトンネルを出た所で川下りの船に出会う。こちらを見上げて手を振る人が認められたが、阿武急は時速90kmを落とすことなく次のトンネルに突入する。次駅「あぶくま」は川下りの乗船場のようで、降車4人。乗車0。長いトンネルを抜け「兜」なる珍しい駅、乗降0。やっと田園風景に戻る。降車0、乗車ありが続く。梁川、保原と福島交通飯坂東線時代の懐かしい駅名だ。保原では28人の乗車があった。その後、卸町3人下車2人乗車で、89人が福島14時35分着であった。車掌が全線通して乗ったのは、老人だけだと言った。
福島駅前「中合百貨店」で1ケ370円の桃を7ケ買い、今夜の宿泊代とする。福島15時38分発黒磯行(142Mレ)455系6連、黒磯17時45分着。黒磯18時20分発上野行(666Mレ)115系11連、白岡20時8分着。共にガラガラで、足が伸ばせた。念願の栗電再訪を果し、阿武急にも乗れた。万歳三唱!

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【835】おじん2人ヨーロッパ軽便 その16-2
 湯口 徹  - 07/4/20(金) 11:59 -
  
ペロポネソス半島 その2 ディアコフトA

先回[830]の2/3コマ目にほぼ同じ写真を入れてしまった。改めて今回1コマ目に入れた写真は、メーターゲージのアテネ駅信号用ハンドルである。日本を含め他国のこの程度の規模の駅なら、いくら何でももう少し複雑であろう。

バックに写っている建物の一部だけ見ても、この駅舎の重厚ぶりがお分かりいただけよう。流石というか実に立派なもので、歴史の深さを感じる。

我々は案内所での「ノープロブレム」に半信半疑。お目当ての軽便線が運行しているとは嬉しいが、昨夜関空で見たトーマスクック時刻表(運行開始6月)が頭から抜けない。ほんまかいな?

アテネの町を抜けるには、延々と自動車専用道路を走らねばならない。日本なら高架にするところ、平地を仕切り、所々立体交差(アンダークロス)の道がある。それがやがて本格的な高速道路になる。勿論右側通行である。

ところがその自動車専用道路は、1車線にしては路肩も広いが、2車線分はなく、おまけに対向車線との分離帯も柵もない白線のみ。これで追い越しはどうするのか。

しばらく走って分かったのは、追い越しのウインカーを出すと、反対側を走る車が路肩側によけてくれ、こっちは反対車線に侵入した形で追い越すのである。慣れるまでは英国の田舎で真中車線を両側が使う追い越しと同じように怖かった。しかし街中と大違いのマナーのよさには感心した。

途中何か所かトルゲートがあり、通行料は500/600ドラクマと記憶する。今はユーロだが、当時ドラクマは円の1/3ぐらいだった。1か所はゲートがあっても無人(無料)で、それを知らず徐行し後ろの車からクランクションを鳴らされた。

アテネから約90kmでコリントス運河を渡り、いよいよペロポネソス半島に入る。お目当てディアコフトにはインターチェンジがなく、手前で地上に下りる。もうそろそろ平面交叉のはず、と何やらレールらしきもの通り越した。すぐ引返すと、まさしく軽便のレールで、しかも光っている!

2人して大きく息を吐いたことであった。列車はアテネの案内所の親父(新庄が年を食ったような、それはかっこいいおっさんだった)は嘘をつかなかった。アテネから約170kmであった。

線路に沿って北へ。ディアコフトの町に入ってメータゲージ線に突き当たり、少し西へ、大木が茂る機関支区があった。人気はなかったがこれほど気分のいい車両基地は今まで経験がない。看板は英語で、TOOTHED RAILWAY OF DIAKOPT ENGINE STATION とある。横にアブトラックの板が放り出してあり、かつての横川でもそうだった。

カラブリタへ上る軌間750mmの軽便線は22km、うち3か所計3.6kmがアブト式で、最急勾配145‰。勿論蒸気機関車で開通し、現在は電気式ディーゼルカーだが、2両編成の間に2軸の発電ユニットを連結している。ふもと側が動力車で、ロッド連動。スカートがあって肝心のラック駆動部分は見えない。

我々は住宅街中の小奇麗なプチホテルを選択し、あまりの機関支区の雰囲気にすっかり舞い上がり、2泊を確保。下ってくる列車を待ち受けた。扉はヨーロッパの路面電車並みに片側しかなく、ふもと側運転席に接する部分(景色が良い。かつての香港ケーブルカーもそうだった)が1等になっている。

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【834】栗電訪ねて18きっぷ(その5)
 乙訓の老人  - 07/4/19(木) 22:28 -
  
沢辺駅長とのやりとりをしている時、待合室の方へ眼をやったら、可愛い幼子が父親からお握りを貰いむしゃむしゃ口へ運んでいる。「お幾つですか、1歳半?」「そうですよ。」「今一番ええ時でんなぁ……」「ひょっとして、お宅、関西の方ですか?」「そう、京都です。」「こちらにお知り合いでもあるのですか。」「いいえ、電車に乗りに来たのです。」「それじゃ私の女房と一緒だ。」「へぇ、電車マニアですか?」「それはどうだか、旅行が好きで学生時代からあちこちの電車に乗りに行っていたそうです。彼女が栗電なくなるというので仙台から来ました。」駅長(P113)が、電車が来るのを告げると「じゃぁ、お元気で。」女房と幼子を残し立ち去ろうとしたので「お宅、乗らないの」と言えば、「これから石越へ車を回して2人を迎えます。」言い残し駅前駐車場へと向かった。
沢辺12時45分発。幼子は満腹となり暑さにうんざりしている。母親とあれこれ話すうち、丸森生まれで仙台まで丸森線で通学したとのこと。「へぇ、ぼく明日は阿武隈急行に乗りに行くのです。」それから彼女から電化前の話や丸森駅は阿武隈川西側の高台にあり、町の中心から離れており少し不便だと聞いた。
車内と若柳で別れるとき(114)、撮らせて貰い住所を聞き帰京後に写真を送った。幼子は娘だと思っていたら息子だった。
若柳14時定着。能勢君は缶ビールを抱えて待っていた。グイッと一杯やって、車庫へいく彼の荷物の番人となる。奥へ行きたいと言う彼だが、明朝8時半に仕事の約束があると言うので、栗駒折り返しとして14時34分発で再び西へ向かう。沢辺を過ぎて田圃の中を走り出したら「ここ、ここ、とても良い所だ」と言い出し、次駅・津久毛で下車することになった。細倉へ向かう電車を送り撮り、駅ベンチで直近のヨーロッパLRT 事情の講義を受ける。彼は老人のLRTの師匠なのだ。この時、1995年のヨーロッパ横断旅行の骨子が決まった。阪神大震災で1年延期となったが、クローバー会・今道君も加わり、その時の道中記は「青信号64号」で紹介した。
戻ってきた151号で石越へ向かう。車掌に「畦道の男が駆けつけて来るから、ちょっと待ってやってください。」と頼む。車掌は快く応じてくれ、能勢君が駆け込むや発車合図を送った。その間、老人は「皆さん、どうもすみません」と一礼したら笑った乗客もいた。乗客数を数えてみると我々以外は37人であった。沢辺では先ほどの駅長がタブレットと共に現れた。「また乗ってくれましたか、また来てくださいよぅ、ジィーゼルになっても……」「先ほどはどうも有難う、これでさよならです。」
石越16時08分定着。能勢君は接続の下り列車で一ノ関へ、新幹線乗り継ぎで23時頃に新大阪到着予定。それから高砂の会社の寮へ帰室する強行軍であった。
老人はこれで今回の旅の目的達成となったのだが、昨夜予約した石巻の安宿へ向かうためJRの駅へ入ろうとしたら、びっくりする化粧した娘と眼が合ってしまった。「すごいじゃん!六本木や原宿ではびっくりしないが、こんな田舎では目立ちすぎるよ。」「おじさん分かる!分かる!おじいさんをびっくりさせるのよ。」「なんとなぁ、写真撮ってやろうか。」「おじさんカメラマン、○△ちゃん、こっちおいでよ、写真撮ってくれるって。」住所と名前を手帳に書かせ帰京後、写真を送ったら大変な女子プロレスファン(115)で,スポーツ記者志望だとか。石越近くの祖父訪問と墓参りに東京・板橋から行く道中だったと、礼状には書いてあった。
石越16時23分発(540M)715系4連、小牛田16時49分着。ここはDCの巣窟だ。青いワムにDE15もおる。駅員にきけば石巻に製紙工場があると言う。小牛田17時19分発(2947Dレ)キハ47系3連。前谷地着17時19分。乗換、17時29分発(1645Dレ)キハ40系2連、石巻到着17時49分。安宿は素泊まり4.300円で、8階建のビジネスホテルだった。5%上乗せして307のキィを貰った。これでゆっくり出来る筈だったのだが……。

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【833】京阪の出発メロディーが・・・産経新聞より
 田野城喬  - 07/4/19(木) 22:20 -
  
以前投稿した産経新聞連載の向谷実さんのエッセイに京阪の出発サインのメロディーが変わると書いてありましたので掲載します。

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【832】キャビネットの片隅から 沿線御案内の卷 ...
 今出川浄福寺  - 07/4/17(火) 22:31 -
  
 【813】の投稿に対し諸先輩方より多くのご指摘を戴き真に有難うございました。
 京阪電車沿線名勝案内圖と運賃表では、既に石山寺と表記せられているにも関わらず、何故運轉時間表では螢谷のままであったのか、疑問とするところでありました。
 諸賢人のご指摘からすれば、按ずるに石山寺と改称されたのは1937年8月20日
(【824】より引用)とすると、案内圖は昭和12年9月製作であるから、当然駅名は石山寺でなければならない。にもかかわらず運轉時間表では螢谷であったのは、
運転時間の変更が無かった為、従前の版を使用したのではないかと思料するものです。

 さて今回取り上げるのは、乗車券であります。
 新京阪線の乗車券は、参区30銭と同15銭、パンチ穴は長岡天神に。裏面には昭和19年10月22日の日付と京都の文字が押印されている。
 この切符が使用された乗車駅と降車駅はどこであったのか、謎解きを宜しくお願いいたします。

 もう一枚は、亡き母が使用した定期券です。紙質もボール紙のようで混乱期を偲ばせます。

沿線御案内の卷 終わり

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【831】本日の変更点
 管理者  - 07/4/14(土) 19:52 -
  
去年春よりトップページを表示するたびに画像がランダム表示されるようになっておりますが、この画像専用の過去ログページを作成しました。
http://drfc-ob.com/toplog/c-board.cgi

・掲示板の仕様を一部変更しました。
・次ページ・前ページへのリンクを見直しました。
・過去ログページへのリンク(最新、1、2・・)を追加しました。

新規投稿時、プレビューを選択すると画像が縞模様になる問題についてですが、掲示板配布元に問い合わせたところ、InternetExplorerを始めとするブラウザの問題であり、解決できないとのことです。
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【830】おじん2人ヨーロッパ軽便 その16-1
 湯口 徹  - 07/4/14(土) 15:44 -
  
ギリシャ・ペロポネソス半島 その1

2001年4月26日夕方、我々おじん2人はタイ航空の安チケットで関空チェックインを済ませた。出国にはまだ早いので、お目当てディアコフト―カラブリタ間の列車を、本売り場でトーマスクックの時刻表を確かめた。すると!!

何と何と、6〜8月のみ運行!とあるではないか。しょっぱなからガン!とやられた感じだが、今更延期も出来ず、チケット払い戻しも出来ない。行くしかない!

真夜中のバンコック・ドンムァン空港は喧騒の坩堝で、アジア各地・ヨーロッパやアメリカからの便(合計14便の安フライト)が1時間半ほどの間に接続しあうハブ空港だからだが、どうも無計画に拡張され続けたレイアウトのせいでもありそうだ。

あらゆる待合室は座席の10倍ほどの人であふれ、次々に飛行機が到着し、また人が吐き出される。ゲート変更が重なり、人々は右往左往。これもエネルギーの内か。われわれもバスで移動=それもタクシーならワンメーターですまないぐらい走った。

それにつけても、日本では滅多やたらと漁港、農道、林道、ダム、コンテナ埠頭を作り続けた。その結果殆ど船が寄らない零細コンテナ埠頭が各地に出現=韓国小船社にダンピング。日本で積み替えるべき荷物をそっくり、プサン港に「のし」をつけプレゼントし続けているのである。

その一方で国際空港はやたら高い着陸料、空港使用料、空港橋料等が国際競争力を著しく削ぎ続けたまま。関空がハブ空港だなんて笑わせる。

お粗末な食事とドリンクにひたすら耐え翌朝アテネ着。地下鉄はまだ新エレフテリオス・ヴェニゼロス空港に達せず、工事中の混乱の中なんとかバスに乗る。日本人は我々以外一組の夫婦だけだった。

約90分バスにゆられ地下鉄接続駅に。アテネ市内ではインターコンチネンタルホテル=レンタカー事務所がある=を探して歩く。古いがさすがに格式のある立派な建物で、ついでに気持ちよく用も足させていただいた。

車を借り出し、先ずはアテネ駅でお目当てローカル線が動いているのかどうかを確かめねばならない。駅はやや中心を外れ、標準軌間の駅とペロポネソス半島へ行くメーターゲージの駅が並んでいる。そのくせお互い連絡口も通路もない。全く別の駅なのである。首都の中央駅前に無料で車が止められるのも初めての経験である。

我々にはメーターゲージしか用はない。案内所でかっこいいおじさんに聞くと、こともなげに「動いているよ」と無料の時刻表をくれた。B6版表紙とも36ページの小冊子に、ギリシャ全土の鉄道が載っている(はず)。

半信半疑だがともかくはディアコフト目掛けて出発!

挿入写真の1枚目は標準軌間のアテネ駅。プラットホームが低く、人々は平気で線路を横断している。2枚目以降はメーターゲージのアテネ駅。駅舎の柱はキャストアイアン(鋳鉄)、木部はチークか樫か。少々荒れているが元来が実に立派なものではある。

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【829】栗電たずねて18きっぷ(その4)
 乙訓の老人  - 07/4/13(金) 23:23 -
  
栗電たずねて18きっぷ(その4)
白髪の人に田園風景のところを聞いてみたら、「沢辺の向こう、国道4号のバイパスの築堤へ行くと見晴らしが良いよ。」そこで若柳発10時34分発で移動開始。乗った151は良く走る。とはいえ速度計が65を指すとノッチオフとなり、直ぐに再投入の繰り返しである。三菱電機、住友金属、ナニワ工機、3社合作の電車だけあるなぁと思う。沢辺に到着。若柳発は12人(子供2人)、次駅谷地畑(やちはた)で子供2人下車、その後乗降者なく沢辺で3人下車、乗車が2人、9人乗せた電車はタブレット交換して西へ元気に走り去った。
沢辺の駅長に築堤に行く道を尋ねた。役場の横の道を行けば近いと言う。役場を前にして線路際へ出る畦道が目に入った。こいつだ思い線路敷に入りバイパスを潜り抜け、築堤の腹をよじ登る。将に絶景である。栗駒山が正面に見えるが、残念なことに暑さでもやっている。とにかくカンカン照りなのである。涼しいと思って来たのに昨日の福島といい、8月7日の京都と変わらない。これはたまらんと、バイパスの下へ逃げ込めば涼風ありで、天国だなと思い草の上で先のM151が戻ってくるのを待つことにした。11時40分にヨロヨロと動き出し、築堤の腹に張り付いたらやって来た。(P110)5ショット連写である。5分でM183が(P111)沢辺で交換してやってくる。それを待つ間の暑かったこと。
目的達成で沢辺駅に戻るコースは役場方向でない経路とした。人家が密集しているのが目に入ったからだが、大変な回り道となってしまった。駅待合室のポスターが気になる。「京都をつなぐ、みちのくの金成(かんなり)温泉、延年閣」とある。そこで駅長に聞いてみる。「あれですか、京風の建物と庭を売り物にしている温泉です。金成は金売り吉次の生まれた所です。」「なにが京都につながるのかと一瞬思いました。」「お客さん、京都からお見えですか。」「ええ、35年ぶりですが、その時は若柳迄でした。電車を訪ねて来たのです。」「35年前ねぇー、私入社して2年目です。その頃、社員は約150人おりました。当時国家公務員9等級(高卒、現業職)の初任給は4000円でしたが、ウチは6000円だったので入社したのです。」「それじゃ貴方は学校で優等生だったのだ。」「まぁ良い方でしたが、今ではこんなことになってしまい情けないですよ。」「大変活気のあった会社だったのですね。」「そうです、15年前までは活気のある会社でした。夜勤もありましたが、細倉の泊まりが一番きつかったです。」「夜行の貨物でもあったのですか。」「夜中の3時半頃に貨物列車組成のため入換作業がありました。それに備え2時には起きたのですが、冬は大変つらいものでした。電車の方も朝立ちが2本あり、泊まり勤務でした。」「鉱山は掘りつくし、早く駄目になったと聞きましたが。」「そうなってからは石巻で上った鉱石の精錬のため往復輸送で、重連で運びました。」「それがED20(P112)の重連だったのですか?」「鶯沢からの上りがきつくて、みんな泣きました。ところで今社員は何人だと思います? 正社員は26人、嘱託6人計32人です。保線も電気要員も全て分社化して外注方式にしました。社長以下、みんな掛け持ちで頑張って来たのですが、来年からは新会社に移行です。」
他にもいろいろ聞いたがこれ位にしておこう。出された名刺の肩書きは営業課・観光係長であった。とろで、須磨の大人が改軌前の姿を紹介してくれた。老人は本稿の最終編で、改軌後の姿を紹介することにしよう。

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【828】京都の桜、まっさかり
 管理者  - 07/4/12(木) 22:21 -
  
今年の桜は、早いとの予測でしたが、急に寒くなって例年通りです。春の陽気に誘われて、恒例の撮影地をたずねました。今週末は、桜吹雪を見られそうです。土日が天候に恵まれるともっと良い写真が撮れそうです。皆様も是非に訪れて下さい。

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【827】雑感
 K.H.生  - 07/4/12(木) 9:26 -
  
栗原にいた丸山のボギー車の成れの果ては、初めて写真見ました。
単端を2個足してみたいな、それは西大寺に実例がありましたね。
結局2台に分かれて、ドクちゃんベトちゃん、別々の人になって
人生を送ったような。あと中央に機関室の例は、赤穂から駿遠線に
転じた車両に例がありました。

それにしても、朝鮮戦争時の米軍払い下げ物資のシュラフが元遺体
搬送用の行には恐れ入りました。戦中派にはとても頭があがりません。
戦争体験者の話を聞いていると全員がPTSD級の経験をしているわけ
ですから、炉辺で読むハードボイルドとは違います。
そこまでしての鉄道行脚、それを今読んでいる者は果報です。

雑談脱線、淀川をめぐる鉄路で思い出しました。在部中のこと、
阪急水無瀬付近に立つ「桜井駅跡」の看板に某先輩から「おい
この辺りに廃線でもあったのけ」と質問され、言葉に窮した私は
「青葉繁れる桜井の〜」と正成正行父子の講談調で名場面の話を
しかかりましたが、最早戦後、全くぴんときてませんでした。
『太平記』など読まされて育ったのは私くらい。でも1年後輩の
米司君が入部した時に名前の高徳に気付き「おっ、忠臣児島高徳
だね」と言うとすごく喜んでくれました。

某右寄り新聞に自衛艦「ちはや」の船員が楠公ゆかりの「千早赤坂
城」に参ったという珍ニュースが出ています。
記者は自衛艦の名前は半島や河川、山岳、天候や城の名前に
由来と書いていますが、旧海軍以来の伝統でしょう。
楠正成は河内の土豪、南北朝期に活躍し今で言うゲリラのボスで
後醍醐に呼応した面白い人物ですが、母はこういうレジスタンス
な人物が好きだったのでしょう。
淀川のドコービルから話が“脱線”してしまいましたが古代から
行く川の水は絶えず歴史を産み育て、ここまでお話が楽しめると
いうのも上方関西の大学に通って良かったなと思う美点でしょう。
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【825】おじん・老人連合に多謝!
 総本家・青信号特派員  - 07/4/10(火) 18:32 -
  
なんという速攻か、2時間もしないうちに、もうおじんからの回答が届いた。さすが百戦錬磨のおじんは留まるところを知らない。速攻の理由を吐露しているが、そのいずれもが真実なのであろう。
水無瀬の専用線が複線であったとは驚きである。Bタンクが珍しい日本牽引車製造製であることも興味深い事実であった。そうこうするうち、もう一方の老人も出番だ。大事にすべきは、やはり年寄りである。
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