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【674】日大鉄研OB会「桜門鉄遊会」写真展
 1966  藤本哲男  - 06/11/8(水) 16:05 -
  
日本大学鉄道研究会OB会「桜門鉄遊会」の写真展が下記の通り開催されますのでご案内します。
日 時  2006年11月13日(月)〜18日(土)
時 間  10時〜19時(最終日は17時まで)
場 所  東京都中央区銀座2−9−14(銀座ビル1階)
     写真弘社フォトアート銀座内 ギャラリー・アートグラフ
     (地下鉄銀座駅13番出口 銀座一丁目駅10番出口徒歩5分)
テーマ  「我が青春のワンショット」
その他   桜門鉄遊会の会長は諸河 久氏

東京地区にお住まいの方、通勤されておられる方で興味のある方は是非ご観覧いただければと思います。展示内容は「桜門鉄遊会}のHPでもご覧いただけます。
我が「クローバー会」はじめ各大学のOB会がこのような写真展を開催することは大変意義深いことと思います。  
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【673】身障者の目から視た富山ライトレール その...
 74年度生 佐々木秀隆 E-MAIL  - 06/11/7(火) 22:22 -
  
終点の港町の空はからりと晴れていた。降り立つと潮風に混じって真新しい建材とコンクリートの香り。9月11日11時前にこの日の目的地岩瀬浜に着く。
埼玉からの日帰りの旅。大宮7:26(とき303号)8:12→越後湯沢8:20(はくたか2号)10:14→富山着。関東平野はシトシト雨模様だったが、国境の長いトンネルを抜けた途端澄んだ青空が広がった。

★富山ライトレールは五代目
岩瀬は、江戸時代から北前船の寄港地としてにぎわった宿場町。往時のままの回船問屋が目抜き通りに軒を連ねている。ところが明治の中ごろになると海上交通が衰退して町が寂れかけた。この時土地の有力者が私財をなげうって建設したのが富山ライトレールの前身、富岩鉄道(大正13年開通)。富山地方鉄道を経て戦時中の昭和18年、国有化され富山港線となる。それ以来沿線の足として走り続けたが、元号が平成になると利用客は目に見えて減ってきた。
JRは平成15(2003)年、富山港線の路面電車化を決定した。順調に進展し、第三セクターが運営する事に決まった。これによりJRの富山港線は今年2月いっぱいで廃止され、4月29日に富山ライトレールが開業した。
路面電車の新設・延伸は24年ぶり。ましてや近未来路面電車(LRT)の誕生だ。線路はJRのお古かもしれないが、車輌は新造。開業前のイラストを見たらヨーロッパの都市を走りそうなデザイン。車輌だけでなくバリアフリーの施設に関心を持って出かけた

★脳出血に伴う右半身マヒでハンディーキャッパーに
私は、ちょうど2年前の11月、脳出血を患った。1年近くリハビリに取り組んで以前の会社に復職したが、右手、右足のマヒと若干の失語症が残っている。去年の今頃は、何とか社会生活に慣れる事に生活の重点を置いていたが、今年に入り、多少余裕が出てきたし、自分の好きな趣味を熱中できるほど体力・気力が回復した。マヒの方もだんだん回復している。私はラッキーだと思う。多少不便はあるものの、装具を取り付けて健常な人と同じくらい歩ける。今は左手一本で、手ぶれなしでデジカメを操っている。病気になる前と同じリズムで、鉄道趣味が楽しめる。それより何より、みんなとは少しだけ違う身障者という目線で物事を見る幅が広がったのがうれしい。

北口に向かう長い地下道は北陸新幹線の工事中だった。出口の目の前に乗り場がある。横断歩道も渡らず車の流れも気にしないで屋根つきのアプローチで楽々停留所へ。正確に言うと歩道の延長がホームなのだ。これは嬉しい設計だ。日中は15分ごとの運転になっている。街路樹の陰から純白の電車がやってきた。7編成あり、それぞれに異なったアクセントの配色が前面と側面のドアに配されており統一感がとれている。明るいグリーンのTLR0605に乗り込む。ホームと床の段差は限りなく0に近い。普通の人から見ると僅かの段差でも高齢者や身障者には結構厳しいものだが、こういう設計から「真剣にバリアフリーを考えたユニバーサルデザイン」の意図が伝わってくる。
(つづく)2006.11.7
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【672】今出川通でLRT実験 京都新聞より転載
 総本家・青信号編集部  - 06/11/7(火) 22:20 -
  
LRT運行へ路上実験 京都市 来年1月、今出川通で市バス使い

 次世代の新型路面電車(LRT)の導入を検討している京都市は7日、LRTの走行を想定した初の実験を来年1月に今出川通(北野白梅町−出町柳間、4・1キロ)で行うと発表した。LRTに見立てた市バスを走らせ、今出川通と周辺道路の混雑の状況や地元住民の生活への影響など効果や課題を検証する。
 LRTは低床で乗り降りがしやすく、地下鉄よりも建設費が安いため、富山市など全国の都市で導入の動きが広がっており、国も整備の支援に乗り出している。
 京都市でも2003年度からLRTに関する調査を始め、昨年9月に今出川線と都心の小環状線(四条大宮から京都市役所などを循環する4・3キロ)をモデル路線に設定し、実現の可能性を探っている。
 実験は、今出川通を走る今出川線で1月24日の午前10時から3時間行い、10分間に1本程度の間隔で「仮想LRT」バスを走らせる。専用レーンを道路中央に設け、道路幅に応じて単線と複線の区間も設定する。4カ所の停留所を設け、実際に一般客が乗降するが、利用者は事前申し込み(12月1日から)の約300人に限定する。一般車両は外寄りの一車線を走行することになる。
 今後、実験の詳しい内容は、この日発足した地元住民、京都府警、学識経験者などでつくる協議会で検討するほか、事前に実験をPRし、一般車両だけでなく荷下ろしの車両も乗り入れを控えるよう呼び掛けていく。
 市交通政策室は「LRTに対する市民の認知度がまだまだ低く、実験をきっかけに理解を深めてもらう」としている。
(京都新聞) - 11月7日21時58分更新
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【671】小田急10000系、長野電鉄へ 産経新聞より...
 総本家・青信号編集部  - 06/11/4(土) 11:54 -
  
ロマンスカー、12月9日から長野電鉄に移籍

 北信濃観光の目玉に 北信濃路をロマンスカーが走る!! 長野電鉄(笠原甲一社長)は3日、12月のダイヤ改正で長野−湯田中間にお目見えする新型特急列車1000系「ゆけむり」の報道陣への公開と、一般公募などの試乗会を行った。この新型特急は、箱根観光の足として活躍中の小田急電鉄(東京)のロマンスカー。先頭部は180度のパノラマが楽しめ、風光明媚な信州にうってつけの車両で、小田急から無償譲渡を受けた長野電鉄では「北信濃観光の目玉として観光誘客につなげたい」と意気込んでいる。
 「ゆけむり」は、小田急では10000系と呼ばれ、昭和62年から運行を開始している四代目のロマンスカー。現在も11両編成で新宿−箱根湯本間で多くの行楽客を運び続けている現役バリバリの車両だ。ロマンスカーとしては、初めて座席の位置を高くして車窓からの眺めを良くしたハイデッカー車で、優れたデザインから鉄道車両の権威であるブルーリボン賞を受賞し、鉄道ファンのみならず多くの人たちから愛され続けている。
 長野電鉄では昨年、小田急の新型ロマンスカー導入に伴って余剰となった2編成について無償譲渡を受け、改装作業を行っていた。塗装デザインは小田急当時のままだが、赤い帯の部分は伝統の“長電カラー”に更新。1編成当たりの車両数も4両と短くなるものの、流麗で堂々とした面構えは華やかなロマンスカーそのもので、「ここにロマンスカーが走っているという、それだけで多くの観光客の関心を呼び、乗っていただけると思う」と笠原社長は話す。
 正式デビューは来月9日で、特急料金は現行の100円のままという。
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【670】おじん2人ヨーロッパ軽便 その11-2
 湯口 徹  - 06/10/31(火) 11:59 -
  
MARIAZELLERBAHN その2

前回[667]でこの線の連結器のことを記したが、文字だけではよく分からんとのご指摘があり、写真を入れる。中央は通常のピンリンクだが、この連結器は遊間が必然である。このため欧州標準だが小型の螺旋連環式を併用し、それもピンリンク式の左右で相互に懸け合うという、珍しい方式=連結遊間解消が目的と思われる。それもエンドビーム内に左右を結ぶイコライザーがあって、カーブで片方のみに力がかかって切断するのを防いでいる「相互平衡装置」つき。これはわが国の鉄道連隊の車両(軌間600mm)もそうだった。

なお我国栃尾鉄道でも同様ピンリンクの両側で相互に細い鎖を懸け合っていたが、単なる「気休め?」というか、作業員保護?程度で、連結分担は果たさない不可解な代物であった。しかも栃尾電鉄改称後旅客車がウイリソン自連に交換後も、越後交通栃尾線としての最後まで続けていた。

標準軌間貨車を軽便線に直通させる特殊台車も分かりずらいとのことで、アップ写真を入れておく。極めて小径の車輪で重心を下げ、大きな貨車を載せて、我国なら監督当局が厳しく規程する車両定規など糞食らえというべき「おおらかさ」ではある。

起点ザンクド・ペルテンから4つ目の駅、Ober Grafendorf から西へ、やはり760mmの軽便=非電化のローカル線が分岐し、B-Bロッド式の箱型デイゼル機関車(左)が活躍している。我々はその前で機関士にシャッターを押してもらった。相棒は前にも書いたが、かつての煙プロ同人で当然写真の名手であり、野次喜多道中の企画運営進行一切を司るツアコン(通称ウメムラツーリスト)であり、危機管理の達人である。

現在のマリアツェル線は、定期直通列車がザンクド・ぺルテン発7時25分、8時24分、13時27分、16時28分の4往復に減ってしまった。大方の客は自動車かバスを利用するのであろう。土日と5月1日〜10月26日の毎日には10時24分発、EMU4090型という新鋭電機牽引列車がある。ローカル等には5090型電気式ディーゼルカー(235KW/92KW×2)が架線の下を走っている由である。

なおPANORAMIC 760 =NOSTALGIC WITH MH6 (MH6号Dテンダー蒸機牽引)なる定員制特別列車がシーズンや休日に走る。50人乗りサルーンコーチ、子供コンパートメント付26人乗り車、豪華サルーンコーチ、食堂車、展望コーチの5両編成だが、多客で7両になると電機が牽くらしい。760とは勿論軌間(mm)である。http:www.schmalspur.at/panoramic760/derzug.html
http:www.mariazellerbahn.at/em/

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【2種併用の連結器.jpg : 145.6KB】

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【669】仮装450人が三両占拠 JR大阪環状線
 総本家青信号情報宣伝局  - 06/10/26(木) 6:35 -
  
 三日遅れの便りをの〜せて・・・ではございませんが、昨年10月30日の毎日新聞朝刊に次のような記事がのっていました。

 10月29日夜、JR大阪環状線の電車にハロウィーン(今月31日)の仮装をした外国人ら約450人が乗り込み、大阪環状線は最大約8分の遅れが生じた。インターネットなどの呼びかけで集まった一団とみられ、3〜5両目を占拠し、その車両には2時間以上一般客が乗れなかったという。5年以上前から同様の集団が同線に乗り込む騒ぎを起こしており、JR西日本はこの日、社員を増員、大阪府鉄道警察隊も出動して、それぞれ警戒した。
 乗客の話によると、一団は駅で停車する度にホームに降りて騒ぎ、電車内でも騒いでいた。各駅では、電車のドアに駅員を二人程度づつ配置。駅員が「3〜5両目には乗れません」と一般客に呼び掛け、ホームで騒ぐ一団に「危ないので(電車に)乗ってください」と促していたという。

 今年10月も、28日月末直近の土曜日が近づいてきました。本年も開催されるのでしょうか「OsakaLoopline Halloween Party 2006」。昨年は、夜8時に大阪駅に集合し、9時頃ホームに上がり9時半頃に乗車。天王寺駅で一旦降りて小休止。
11時前に大阪駅に戻るというものでした。山手線など東京でもやってるんでしょうか。
 秋の夜長、寝付かれない方は大阪環状線へいかがでしょうか。今年あるのかどうか知りませんが、残り少なくなった103系電車を見ることはできましょう。


 
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【667】おじん2人ヨーロッパ軽便 その11-1
 湯口 徹  - 06/10/25(水) 15:56 -
  
MARIAZELLERBAHN (その1)

リンツを早朝に立ち、130km東のザンクト・ペルテンへ。先ずは宿舎を駅近くに確保し、バックパックを預けてデイバックだけの身軽になる。

ここは標高276mで、24番線から軌間760mm、25ヘルツ6,500Vの交流電化軽便線マリアッツェル線が分岐している。一人前のOBB=オーストリア国鉄線で、巡礼地・保養地として名高いマリアッツェルは標高849m。谷に沿って延々84.2km、線路はその先ゲスヴェルクまでまだ9.1km伸びている。

1898年一部開業、1907年に全通。蒸気動力だったが、27‰勾配のため、1911年電化された。その機関車はジーメンス/クラウス製F型機(C+C)で、大型のモーターが各1個、台車にデンと座り、スコッチョーク・ロッドで内側2軸を駆動、さらにコネクチングロッドで外側軸連動するクラシカルなもので、1911〜14年に16両が誕生。

1959年以降順次車体をスマートなものに載せ換え、1両を事故で失ったが15両が1099型として健在である。パンタグラフがやたら大きいのが何とも勇ましい。

機関区などの車輌基地は1駅目のザンクト・ぺルテン・アルペンバーンホフにあり、下をくぐった標準軌間支線の駅との間、かなり広い敷地に車輌がたむろしている。

線は48.3〜61.0kmの区間ではほぼ同じところを3回折り返し、一気に300m程も上って2,368mのトンネルをくぐる。

当時のトーマスクック時間表では150〜160分ほどを要し、直通7.5往復だが、他にローカル列車もあったはずである。奥まで往復するとほぼ1日潰れてしまうので、電化線だからとしてサワリだけ乗車。同じ760mm軌間の非電化線を主力に撮影することにした。

小生が事の他興味がある軽便鉄道としての連結器は、中央にピンリンクがあって当然これがメインだが、その片側だけ(これも珍しい)に小型の螺旋連環式連結器も併用しているのが極めて珍しい。貫通ブレーキは真空式と思われる。

たまたま標準軌間のどでかい貨車(ホッパー?)を、特殊な台車に載せ760mm軽便線で牽引してくる列車に出くわした。貨車の屋根をご覧頂きたい。6,500V架線とあまり離れていないのが分かろう。

日本では到底考えられない運輸方式だが、ドイツやオーストリアでは至極通常の風景であった。あったというのは、トラック輸送に敵う筈もないからで、昨今特殊台車は残っていても、現実の列車仕立てとなると、そう見られるものではない。

その後ろの客車には作業員?が一個連隊といいたい程、うんとこさと乗っていた。これだけの人員が要るとも思えず、当然採算など度外視であろう。これは1992年だが、どこの国でも国鉄は「親方日の丸」であったようだ。

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【マリアッツェル線.jpg : 95.3KB】

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【666】作品返却について
 64’田野城 喬  - 06/10/24(火) 17:37 -
  
この度の写真展に関しまして会員皆様のご協力に心より感謝いたします。
また、予想外の観客動員ができましたことも会員諸氏のご協力の賜物とお礼申し上げます。
さて、祭りの後はさみしい後片付けが残ります。力作がすべて私の手元に帰ってきました。基本的には取りに来ていただきます。ナカバヤシナプキン工業社長よりご寄贈の実用新案特許出願中「作品運び袋、取っ手付き」に入れてお返しします。
お手数ですが当方までお越しいただくようお願い申し上げます。
それまで当社事務室ゴミ箱横ロッカー前に丁重に保管しておきますが虫干しを兼ねて店頭でのディスプレーとして使うこともありますのでご承知おき下さい。
どうしても来られないという方のみ送料着払いで送ることは可能ですが・・・
所在地
600-8831 京都市下京区七条大宮西入る北側 (株)コロナ七条店 075-361-5251
日曜日は休業、土曜日祭日は営業  私が在席中のご来店にはコーヒー一杯(本人のみ、扶養家族はお断り)のサービス付き。

お待ちしております。
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【665】地場、いきまっせ
 67 田淵 仁  - 06/10/23(月) 16:17 -
  
その4 JR阪和線(2)高架新線と阪和電鉄当時の面影

 久しぶりに高架後初めてこの区間に乗り感じたことは、1.新設高架区間の重厚さ、2.新設高架区間と対照的な天王寺・美章園からその先南田辺との中間、阪神高速14号松原線との交差付近間約2.7Kmの阪和電鉄創業以来の高架区間へのノスタルジーであった。
1.は前の「その3」で記した騒音対策と耐震構造への興味である。レールは60Kg/m、コンクリート枕木は従来より太く、コンクリートのスラブ道床との間隙の耐震ゴムなどの騒音対策が採られている。静寂なのは乗っているより高架下の地上でよくわかる。特に渋滞が激しかった「あびこ筋」の踏切に設けられた高架橋は鋼製の箱型ガーダーの上にコンクリート製の路盤の構造でまったく静かな走行で道路の自動車の騒音にかき消されて気づかないほどだ。
2.は、新設の白い高架区間と古色蒼然の対比は一般の乗客には何も感じられないだろう。しかし阪和電鉄の歴史を思い浮かべれば、つまり阪和電気鉄道は阪和天王寺・阪和東和歌山間61.2Kmが昭和5年6月に開業し、10年後の昭和15年12月には戦時合併により南海電鉄山手線となり、昭和19年5月には戦時買収により鉄道省阪和線に、そして今日のJR西日本阪和線までの変遷を振り返れば歴史の刻みがしみじみ感じられるようだ。私の世代とて阪和時代は生まれる遠い以前のことだが、昭和40年代なら、在阪5私鉄には昭和初期製の電車はまだ主力だったし、ターミナルもまだ戦前のたたずまいであり、阪和線も旧阪和車両が健在であり、これらから阪和電鉄時代の情景の「よすが」が脳裏に浮かぶ。阪和線は認可時から鉄道省は色気があったのか認可条件として軌間は1067mm、起点は天王寺、終点は東和歌山となり、まさに大阪・和歌山の空白を埋めかつ紀勢線直通可能な路線であった。ただ天王寺駅は関西鉄道は勾配を避けるため、大阪城から連なる上町台地を掘割にして天王寺駅を設置したが、阪和電鉄天王寺駅はその北側に沿うように上町台地上に設けられた。天王寺を出るとそのままの高さで城東線(現環状線、関西線)をオーバークロスして高架構造となり大阪鉄道(現近鉄南大阪線)を越えて美章園と高架が続く。美章園のホームに立って天王寺方向を見やると、その路線情景にはあたかもモヨ100系の東和歌山行きが今こちらに向かって疾走してくるシーンが浮かび上がってくるようだ。赤茶けた高架路盤の古さは素人にはただの「きたなさ」を感じるだけだろうが、一番の残映はガントリー型の架線鉄柱であろう。ただのストレートな機械的な門型ではなく、鉄柱は上下端がすぼまり上1/3位が太くなった、一寸洒落た、やはり私鉄でしか造らないような優美な印象である。間近には美章園のホームでしか見られない。みなさん1.2.をぜひ見に行って下さい。電車も103系、205系、221系、223系0番台、はるか281系、くろしお381系、スーパービューくろしお381系、オーシャンアロー283系と豊富です。
追記:前のNo3で近鉄奈良線の写真の形式は9820系が正です。6連、2連の違いだけで実質は9020系とも同系車です。ご指摘いただきありがとうございました。
(写真4.)美章園駅の鉄柱
(写真5.)天王寺を発車した103系。美章園にて

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【664】地場、いきまっせ。
 67 田淵 仁  - 06/10/23(月) 16:16 -
  
その4 JR阪和線(1)天王寺・杉本町間高架化完成

完成に手間取った? 阪神高速と阪和線の一体高架化が中止
今年5月21日に阪和線の「大阪南部連続立体交差事業」が完了。今回の高架化区間は天王寺の次駅、美章園から杉本町までの大阪市内である。天王寺・美章園は創業時より高架であった。
 連続立体高架化の最大の理由は、地下鉄御堂筋線の通る南北の「あびこ筋」と東西の「長居公園通」の踏切渋滞である。4年前に堺に転居してから高架ラーメンは完成しており、上り線は平成16年10月高架化したが、それ以上工事が進まないでいた。当初は阪和線に沿って天王寺から杉本町にかけて「阪神高速道路・大阪泉北線」が建設され、阪和線と高架、一体の3階構造が計画されていた。しかし建設反対運動や用地の買収難のうえ、阪神・淡路大震災により3階建の高架構造が不安視され、さらにその後の需要から不採算が見込まれるなどで、ついに昨年3月に高速道路は計画廃止となった。天王寺を出て近鉄南大阪線河堀口(こぼれぐち)をアンダーパスすると上り線側(西側)に南田辺にかけて空き地が目だってくるが高速道路との予定地であった。代わりに新規の天王寺大和川線と云う緑豊かで環境に優しい一般道路が昨年3月に都市計画決定され、今年3月に事業認可された。そこで阪和線の高架工事も当然設計の変更、認可等もあり完成に影響があったのではないかと思われる。新高架路線は買収した土地及び南田辺・鶴が丘間は太古の河内湖の名ごりと云われる二つの「長池」の中に造られている。旧の地上路線は新設道路となる。今路盤を壊して道路工事が真っ最中だ。大阪市の境界大和川の直前の杉本町は地上駅で、周辺は大阪市大や住宅街に囲まれており、踏切渋滞の激しい主要道路がなく、また大和川橋梁・浅香駅の位置などにより立体交差事業の対象にはならなかったと思われる。

(写真1.)新しい高架の長居に停車のリニューアル103系
(写真2.)今は一般道用地になったかつての高速&阪和線高架用地 美章園付近  (写真3.)あびこ筋にかかる低騒音の架橋。朝の大渋滞が解消された。

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【663】市街地をパレードする路面電車 読売新聞よ...
 総本家・青信号編集部  - 06/10/21(土) 13:39 -
  
全国の“ベテラン”路面電車5両、長崎市をパレード

 全国で活躍した路面電車5両が21日、長崎市中心部をパレードし、市民らを楽しませた。

 パレードは、同市で開催中の第8回全国路面電車サミット長崎大会の一環。

 三つの異なる軌間(レール間の幅)を走った旧東京都電の「701号」や、1911年(明治44年)に生産され、西日本鉄道の前身・九州電気軌道で使われた木造の「168号」など、製造から50〜95年を経た“ベテラン”車両が、浦上車庫前から長崎駅前までの約3キロ・メートルを走った。

 車両は、他都市で余った電車を、路面電車を運行する長崎電気軌道が譲り受けた。
(読売新聞) - 10月21日12時29分更新
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【662】来場者4000名! 写真展めでたく終了
 総本家・青信号特派員  - 06/10/20(金) 12:02 -
  
10月13日から富士フォトサロン大阪で開かれていたクローバー会写真展も、アッという間に一週間が過ぎ、19日には最終日を迎えた。特派員も、最後の様子を目に焼き付けるべく、当日は午後から会社を早退し、会場へと向かった。
平日ゆえ、さすがに土日のような混雑は見られないものの、最後を惜しむ熱心な来場者が駆け付けている。中には、これで3回目という猛者や、写真を前に微動だにせず見入っている者もいる。
本日の受付当番は、琵琶湖を愛でる素浪人である。滋賀県と大阪の温度差で風邪をひき、打上げのときは本調子ではなかったが、やっと回復し、今日は元気に毒舌を振りまいていた。15時前になってヒゲのおじんや和田平助氏も来るではないか。おじんはほぼ毎日の来場で、昨日は掲示板に書かれている“もう一人のおじん”も来訪し、東京からわざわざ来られた高名なファンとともに旧交を暖めたとのことだ。とにかく熱心というか、ヒマというか…。片や、和田平助氏はなんと美人の奥様とご来場ではないか。氏については、巷では艶福家との噂が絶えないが、奥様が旧姓・清水三重子さんかどうか、特派員はついに聞く勇気を持たなかった。

もう一人、このギャラリーを運営している富士フィルムイメージテックの責任者と話す機会もあり、そこで2つの驚くべき事実を得た。ひとつは、写真展に際しては、審査会で通過したものが展示できる訳だが、展示にはあらかじめ決められた定期展が組み込まれており、一般のアマチュアグループの開催機会には制約があって、その審査の倍率はなんと10倍にも達するということだった。特派員はせいぜい2倍程度かと思っていたところ、この高倍率の狭き門、改めて当写真展のテーマ設定やその内容が秀でていたことを再認識したのである。
もうひとつの事実は、噂では聞いていたものの、当ギャラリーの来年3月での閉鎖が主催者側から正式に伝えられたことだ。写真発表者の憧れの聖地が消えてしまうのだ。ただし、その後は、御堂筋本町にある富士フィルムの大阪支社に移転して写真展事業は継続される。スペースもほぼ同じぐらいが確保されるとのことだが、集客力、またギャラリーとしてのブランドが維持されるかは不明である。

写真展の行く末を思い描いていると、15:00、“蛍の光”が鳴り始めた。そう、最終日は入替えのため、15時で終了なのだ。係員の手によって手際よく、撤去が進められ、30分もすれば、元の壁面だけの状態に戻ってしまった。ここで係から、総入場者が発表された。一週間の総入場者3942人、一日平均563人である。一口で4000人とは言っても、すごい数である。これだけの方々にクローバー会の活動の一端を知ってもらっただけでも、大きな成果と言える。
来場者からは、「懐かしい」「こんな古い写真がよく残っていた」「モノクロでそろえたのが良かった」「人が入っているのがいい」など、おおむね好評を持って迎えられた。ただ、何人かからは細かい注文や希望ももらった。
これらの反省も糧にして、さらに素晴らしい第2回の写真展に向けて、今日からスタートを切りたい。お世話になったギャラリーの担当者に御礼を述べたあと、特派員は大きな感慨を心に残し、ネオンきらめく梅田の街に消えたのであった。

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【661】京阪大津線を熱心に見学 京都新聞より転載
 総本家・青信号編集部  - 06/10/19(木) 15:01 -
  
 京都で開かれている次世代型路面電車(LRT)の国際会議参加者が18日、大津市の京阪電鉄大津線錦織車庫を見学した。路面を走るとともに地下鉄にも乗り入れる珍しいシステムについて、参加者らは説明に聞き入った。
 訪れたのは「第3回LRT国際ワークショップ」に参加する日本やドイツ、フランスの専門家ら約110人。一行は京都から京津線や石山坂本線を経由して近江神宮前駅に到着、京阪電鉄の担当者から電車の保守管理設備などについて説明を受けた。
 参加者らは、かつて京津線を走った保存車両を写真に収めるなど興味深そうに見学していた。都市交通コンサルタント丸山力さん(60)=沖縄市=は「京津線はLRTの観点からも、とても優れている。もっと多くの人に良さを知ってもらいたい」と話した。
(京都新聞) - 10月18日23時9分更新
写真は京阪大津線錦織車庫を見学するLRT国際ワークショップの参加者たち(大津市錦織2丁目)

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【660】おじん2人ヨーロッパ軽便 その10-3
 総本家・青信号編集部  - 06/10/19(木) 10:37 -
  
LINZの町で(その3)Postlingbergbahn−2
この登山トラムは昔の形態をゲルマン民族的に頑固に守り、戦後新製した電車でもハンドブレーキしかない。運転用は通常の水平クランク式だが、105‰の下り勾配専用にはケーブルカー非常用とほぼ同じ特殊ブレーキを使う。
この詳細は久保 敏氏「オーストリア リンツのペストリングベルグバーンに乗る」鉄道ファン469号(00年5月号)に詳しいので参照されたい。
運転台上記通常ブレーキハンドルの右側に小型の丸ハンドル(水平)があり、これにより床下シャフト・ベベルギヤを経て、両レール頭部分を両側から挟み締め付ける。写真でレールに沿って細長い木片があるのは、単なるプロテクターないしはカバーのようで、レールを締める部分は外からは見えない。
前回の10月7日[651]最初の写真「登山電車」をクリックして拡大すると、ポイントが通常ではなく、「鈍端」式なのが分かるだろう。これは脱線防止に両フランジ車輪(通常のケーブルカーでは中央離合部分で外側になるレール側にのみに使う)を使っていた時期があるのと、このレール頭部を挟むブレーキのため、通常のポイントが使えないからである。
下り専用ブレーキハンドルは使うときだけ、まるで丸鍋の底に手を付けたようなカバーを外し、ブレーキ使用が終わるとすぐハンドルに被せ直すのが面白い。
終点では運転手がポール回しをやるが、紐の先端に小さな丸いもの=レトリバーがついている。
我々が知っている「米国式」レトリバーとは、ポールが外れ、ピンと直立した際紐が勢い良く繰り出されるショックでクラッチが動作。次いでポールが架線メッセンジャにあたってガン!という大音響とともになぎ倒された時、すかさず紐を巻き込むが、先程のクラッチで作動した「戻り」で、再びポールが直立しないよう引張りを持続する、というものである。最も戦時中から手入れ不足でほとんどまともに作動するものはなかったが。
この登山トラムのものは、まことに小さく、かつ終点ごとに前後付け替える(恐らくバヨネットにでもなっているはず)から、かような複雑な構造ではなく、単に紐がたるまないよう巻き取るだけである。
終点には元々は城砦だった、古刹というべき巡礼教会があり、リーズナブルなレストランがあって、塩辛く硬いブレッツエルという、一筆書きみたいなパン(ブッシュ大統領が喉に詰まらせ有名に)をアテにワインやビールを飲みながら、トラムを撮影できる。最も誰が撮っても同じ構図になるのは致し方がない。
この少し奥に家族向け遊園施設Grottennbahnなるものがあり、どうやら宝塚ファミリーランドにあった「世界は一つ」を大規模にした乗り物(遊戯施設)らしい。

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【659】全線リレー切符発売 くりはら田園鉄道 河...
 元祖青信号編集部  - 06/10/17(火) 10:28 -
  
くりはら田園鉄道各駅の切符を集めた「さよならくりはら田園鉄道 全線リレーきっぷセット」
 来年3月末に廃止される宮城県北の第三セクター・くりはら田園鉄道はこのほど、沿線各駅行きの切符15枚をまとめた「さよならくりはら田園鉄道 全線リレーきっぷセット」を発売した。

 始発の石越駅から終点の細倉マインパーク前駅までの全十六駅について、隣駅行きの切符を駅順に台紙に並べた。切符にはそれぞれ「石越から荒町ゆき」「荒町から若柳ゆき」といった駅名記載があるため、15枚の切符がリレーのように終点まで並ぶ。切符は取り外して実際に使うことができる。

 台紙はパンフレット型で、写真付きの各駅紹介を見開きにして掲載。パンフレット型台紙を開くと、ひと目で沿線のイメージが浮かぶ仕組みだ。裏面に、駅の住所と開業年月日も表でまとめた。

 くりはら田園鉄道の切符は、全国でもあまり残っていない厚紙の古めかしい「硬券」。鉄道愛好家の間で人気が高く、使わずに持って帰る人も多いという。
 同社は「各駅を覚えていてもらう手がかりになればうれしい」と話している。2750円で限定一千部。連絡先は、くりはら田園鉄道0228(32)2137。

2006年10月16日月曜日

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