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【597】今年も「でんしゃ de BEER」
 編集部委託契約社員  - 06/7/26(水) 21:16 -
  
京阪石坂線専用の600型(もしくは700型)が、今年もまた8月18日(金)と19日(土)の2日間、団体列車として京津線も走ります。題して「でんしゃ de BEER」!
両日とも18時30分に四宮駅集合、電車は四宮→浜大津→石山寺→坂本→近江神宮前(20時30分頃解散)、途中の乗降はできませんがトイレストップはあり、お1人3000円でビール飲み放題、軽食付きです。
かって京都市営地下鉄東西線ができるまでは京津線列車として三条〜浜大津間を我が物顔で走っていた600・700型が、今は石坂線でしか見られませんが、この日だけは四宮まで乗り入れるというもので、またこれは3000円で飲み放題という須磨や乙訓のジイサマのような飲兵衛には見逃せないダシモノです。
事前申し込み制ですが、勿論誰でも参加でき、お申し込みは「勝手に石坂線学会」というちょっとふざけた名前ですが中身はわりと真面目な団体まで!(FAX:077-524-4290、またはMail:anraku_do@ybb.ne.jp)
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【596】この夏、大阪、東京、大津(?)で注目の写...
 総本家・青信号特派員  - 06/7/26(水) 1:24 -
  
佐竹さんの写真展は多くの人に感動を与えて、盛況裡のうちに終わったが、この夏、各地でさまざまな鉄道写真展が開かれる。すでに雑誌で発表済みではあるが、特派員の選んだ、選りすぐりの写真展を紹介しよう。
◎日本鉄道写真作家協会「蒸気機関車・汽車が走る風景」8/4〜大阪富士フォトサロン
当クローバー会の写真展に先駆けて、同じ会場で開かれる写真展。雑誌で馴染みのプロの鉄道写真家が65点を出品する。蒸気機関車(といっても最近のイベントものばかり)という、古くて新しいテーマをどう表現するのか見もの。2ヵ月後に行なわれる、わがクローバー会の姿を思い描きながら見に行きたい。
◎京都大学鉄道研究会「鉄道のある情景」9/9〜交通科学館ギャラリー
京大鉄研は、毎年、会場を変えて定期的に写真展を開催するほか、慶應鉄研との合同写真展を開催するなど、写真展に関しては、大先達に当たる。その内容や展示方法については、大いに学ぶべき点が多いと思う。
◎広田尚敬写真展「二本のレールが語ること」7/27〜品川・キャノンギャラリーS
鉄道写真の第一人者広田尚敬さんと次男との二人展。この写真展の趣旨について、あるブログに「花や天然現象に頼りすぎた情緒的な写真は排除した。鉄道の匂いの伝わる、鉄道が主役の写真展である」と述べられている。最近の鉄道写真の風潮に警鐘を鳴らす写真展として、ぜひ見てみたい。
◎「在りし日の江若鉄道展」7/28〜大津歴史博物館
昭和44年まで琵琶湖西岸を走っていた江若鉄道、廃止後37年後の夏、ゆかりの大津で回顧展が開かれる。実は、特派員も縁あって、写真やグッズを提供している。この季節、江若鉄道は水泳客輸送の書き入れ時だった。オハ31や自社客車に満員の客を乗せ、DD13の牽く列車が上下した。そんなはるか昔の思い出を見つけに、ぜひ訪ねたい。なお、特派員は、招待券を大量に所持しているようなので、希望者は連絡してみるのもいい。

なお、肝心の当クローバー会の写真展はどうなったかとの声も聞くが、ようやくまとまり、まもなく当ホームページでも発表できる見込みになった。また関係先との事前の打合せも着実に行なわれているのでご安心いただきたい。

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【595】おじん2人ヨーロッパ軽便 その8-3
 湯口 徹  - 06/7/17(月) 10:32 -
  
Ostfrieseschen Inselbahnen 1-3 =ボルクム島鉄道(その3)

終点の車両基地は車両を納める建物が複数で、配線や配置に気付かず、うっかりするといくつかを見落とすかもしれない。ディーゼル機も何両かが分散収容されていた。

庫内には古い客車が綺麗に復元されて収まっており、短いボギー車もいる。客車だけでなく古いバスも動態(であろう)保存されていた。

2枚目の写真=ボルクム駅といっても、左側の道路とは簡単な柵で仕切られているだけのオープンで、右側の線は機回り線である。右の建物の一部が駅事務所になっているようで、コインロッカーの類が見つからず、駅員?に聞いたら、その棚に置いていけ(と言ったんだと思う)。タッグは呉れないが、無料であった。

右上の標識には、カタマラン/ボルクム、イームスハーフェン/NL(=オランダ)方面とある。年寄り達は結構厚着をしているのもお分かりであろう。

古典客車は先回も記したように、塗装がやや厚ぼったいが、実に綺麗で見事な復元である。室内は次回お目に掛ける。

トラディショナルツークと銘打つ列車を撮らんと、精一杯の構図で待ち構えていたところ、何と何と、右側通行のはずが、左側をやってきてぶち壊し。こんなことアリ?と憤然とした。その折り返し列車はちゃんと右側=行きも帰りも同じ線路=を走ってきた。

複線の場合列車が常に左側を走るのは日本での常識だが、外国では弾力的に、例えば一時的な大量(片道)輸送が必要の場合、複数列車を、両方の線を使って同一方向に走らせることがあるとは聞いていた。もっとも終点に列車を収容する余裕が必要だが。

このボルクム島鉄道では両端に収容線がないから、なぜこの列車だけ(かどうかも分からんが)、左側を走ったのか。聞き出す語学能力の致命的な欠如で、理由は遂に不明のまま。

この日の夕食は、狭い町を散々歩き回ってセルフサービス店を見つけ、魚料理にビール各2本共、2人で22.10ユーロ。熱々でうまく、ちゃんとした宿舎が得られたことを祝して乾杯した。

各写真はクリックで拡大する。

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【594】変なもの探検隊(その8)
 乙訓の長老  - 06/7/11(火) 17:11 -
  
さて、老人が八畳の間に線路を引いて、電車もどきを走らせていたのを現認したのは、先日ホテルの番人を追われたY君ぐらいのものだろう。いまや一児のパパとなった息子が3歳の時、下鴨の従兄弟が正月にRIMAの乾電池を動力源としたHOを走らせた結果、「おとうちゃん、僕もあれ走らせたい!」となったのは当たり前だのクラッカー。阪急3番街で、エンドレス、DL、客車2両で親父の小遣いの大半は消え去った。ある日、下鴨からの帰路、松本を覗きこんだら息子は動かない。仕方なくRIMAのレィルに合うであろう貨車2両でご機嫌をとり、帰宅するや息子に宣言した。「一緒に電車つくろう!」
その結果、転宅後の増築で八畳の居間を確保したが借金で、家具を揃えることが出来ない。そこでお母ちゃん以下、お婆ちゃん、お姉ちゃんと交渉成立。ピアノとテレビを避け、真ん中にこたつが置けることが条件で向陽鉄道が設立された。社長・お姉ちゃん、経理部長・お母ちゃん、運転部長・たぁちゃん、車両係兼保線係・お父ちゃん、顧問・お婆ちゃんの陣容となった。1977年夏休みにコンパネ道床エンドレス2周で完成。その昔とった杵柄のペーパーモデルの電車が走るようになった。その冬にY君が来訪したのであった。しかし残念ながら向陽鉄道のエンドレスは、3年のはかない一生で終わりを告げたのであった。その後、コンパネ道床は運搬可能な組み立て式に改造され、各所で活用された。
JTS入会2年後、姫路の洋装店のオッサンが参入してきた。「架線集電や持ち運びが出来る集合レイアウトをやろう!」と提案した。そして芦屋の老人(教祖)、津のおっさん(訓師)が揃い、日本トロリィモデル倶楽部が結成された。その直後、夏の真っ盛りに阪堺電軌の旧型車をチャーターして宴会しようとの企画があり、「旗揚げ興行として何かおもろい事やろかいな、」となった。そこで、その昔の事を思い出し、「電車の中で電車走らせたらどないだ。」と提案した。乾電池を日本橋で買い集め、直並列に繋ぎ電圧と電流量を確保した。当然、乗客は拍手喝さい。その中に松謙氏もいた。しかし、もう一工夫必要である。12V確保したい。娘のバイクのバッテリィが軒先に転がっていた。見れば12Vである。「こいつだ!」。直ぐ姫路の洋装店へ電話した。試運転は上々であると、返電があった。
1995年、JTS旅行会は京都で開催となった。日本の電車開業100年を記念して、集合は梅小路公園となった。その日の夕宴は嵐電の旧型124+203をチャーター、特製弁当に生ビール飲み放題とした。トレィラーの連結面寄りには特製フワフワマットのレイアウトあり(P.22左は教祖、中は名古屋の変なおじさん、右は鎌倉の旦那こと吉川文夫さん)。退勤時とあり皆さん覗き込んで来る。「試運転快調!」と変なおじさんは窓越しに怒鳴ってくる。ホームのおばちゃんグループは「この電車、幾ら出したら乗れるの?」「うわぁー電車の中で電車が走ってる」。羨望やら驚きを後にして、吊り掛け音と共に天下の景勝地へ出発した。
その数年後、お花見運転会を「神戸しあわせの村」の花の下でやる様になった。年により当たり外れがあり、予約なしで出来る姫路・夢前川べりでもやる事にした(P.23)。近くのマンション自治会の人も加わり、川べりの電車ごっこは評判となった。変なおじさん達の電車ごっこは、これで終わったのではない。トレランス7号・オハフ15のサロンセクションを占有して、汽車の中で電車を走らせたのは、この変なおじさんグループであった。名古屋のおじさんは仲間を集め、とあるルートを通じ明治村と交渉、ある日1両貸切、単1何個でN電が動くかの実験に挑戦した。その夜、「沖さん、動いた、180個直並列に繋いだら成功した!」と報告してきた。(P.24、写真は当日のものではない)。135Vで動いたらしい。一瞬の事らしいが、変な事に挑戦したものだ。

しばらく「へんなもの探検隊」は休みます。理由はキャンブック「京阪特急」に取り組むためです。1950〜1970年代の写真を集めています。これを掲載してくれ!がありましたら、福田君まで送るか、連絡してください。1枚で1冊を謹呈、2枚以上なら薄謝がでる予定です。内容はクローバー会中心に構成されます。ご期待あれ!

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【593】ロンドンのバス
 64’田野城 喬  - 06/7/11(火) 14:26 -
  
私の中学校以来のガールフレンドは英国紳士と結婚しています。彼はP君といって英語の教科書や参考書も出している教育者です。彼には弟がいますがこの弟君が我が同好の士と言うことが図らずも分かりました。それは彼女がくれた二枚の写真からです。
その写真には次のようなコメントがついていました。なおP君のファミリーネームがスノードンというのでもしやスノードン登山鉄道の持ち主では、と思って聞いた事への返事の一部です。

「残念ながら、ウェールズの山とは関係ないんです。スペリングが山は Snowdon、 こちらは Snowden です。発音は両者とも同じです。
 そういえば、タノちゃんは大の鉄道ファンでしたよね。P君の弟も、公共の乗り物マニア、とくにバスが大好きで、2階建てのバスの免許を2,3年前に取りました。この数年は、8月の自分の誕生日には、2階建てバスを借りてくれて、弟が運転して、鉄道公園や博物館へ、親戚一同 連れて行ってくれます。そのあと、パブでパーティーをします。楽しいですよ。

 写真、添付するので見てね。
 2階建てバスの上にいるのは、長い髪の毛の子が娘の真理子、真ん中が真理子の連れ合いのアレックス、その横の東洋人は、もち私です。

もう1枚の写真は、久しぶりに会った親戚たちが、おしゃべりしているバスの中の風景です。前のほうに、弟が運転しているのがぼんやり見えます。弟の名はピーターっていうんですけど、タノちゃんと、気が合いそうですね。

どうですか!バスマニアの長老にもましてすごいのが大英帝国にいるものですな。運転までされると長老では太刀打ちできないでしょう。一度行って話してみたいものですね。

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【592】おじん2人ヨーロッパ軽便 その8-2
 湯口 徹  - 06/7/11(火) 10:32 -
  
Ostfriesischen Inselbahnen 1-2/ボルクム島鉄道(その2)

駅前の案内所でホテル探しを最優先。列に並んでReasonable に力を込め、おばさんは2軒に電話するが満室。3軒目は駅から数百メートル離れているがOKで、先ずはほっとした。この歳で、異国での野宿はご免である。

大きくはないが清潔なB&B(ベッド&ブレックファースト=朝食付き民宿)あるいはペンションで、ツイン(2人)90ユーロ。ロフトだったがシーズンだから特別高くはないのであろう。荷物を置き、早速撮影に。

先回記したように、この島の鉄道は複線だが、両端とも機回り線だけで留置線がない。つまり次の列車が来るまでに、必ず駅を空けなければならない。このためかボルクム(終点)では、乗客が降りるとすぐ列車を引き上げ、遠からぬ車庫の建物内に、それも3分割して収め、次の列車にはまた編成し直して据えつけるという手間を毎回踏んでいる。駅といっても囲いもプラットホームも何もないからかもしれない。車庫では入れ替えばかりだから、退屈しない。

庫内には古い2軸、ボギーの客車もおり、トラディッショナルトレインで蒸機が曳くらしい。その蒸機は1940年製コッペル17.5トン。BORKUM というプレートが付いている。時速30km、出力110馬力の、Bでも日本ならサブロク並の大型軽便機で、製番は13571、1997年にレストアされ、ピカピカである。オイル焚きだから、石炭の匂いがないのは若干残念だが。

はるばるこの島まで来たお目当て、ヴィズマール双頭車VT1も庫内にいた。やはり1940製の、側広窓が4個の最長車(11,350mm)で、ホイルベース4,000mm、自重も6.4トン。原型の機関はフォードBのはずだが、ベンツのディーゼル72馬力×2に換装されている。双頭だから、使う機関は前頭の1個のみである。残念ながら今日、明日は走らないようだ。土産物店でこの車のペーパークラフト(3.95ユーロ)を買ったが、まだ組んでいない。

この島の鉄道には、1993〜94年ごろ、徹底的に手が入れられたようで、かつては内燃動車もいたのだが、現在のヴィスマール車は1996年ごろ持ち込まれたらしい。持っている本には全部書いてあるはずだが、何分小生はドイツ語(だけではないが)を解さない。

例により粗忽故の前回訂正を。
「ドイツ北東にあって、何で東フリージア諸島か」は当然「西北にあって」の間違い。オランダの船便をエイムシャーフェンからと書いたが、イームスハーフェンが正しい。

なお各写真はクリックにより拡大する。

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【591】佐竹さん写真展 千秋楽
 総本家・青信号特派員  - 06/7/10(月) 12:34 -
  
過日、特派員レポートした佐竹さんの写真展「やましなものがたり」もいよいよフィナーレを迎えることになった。特派員も昨日9日、最後のシーンを目に焼き付けるべく再び会場を訪れた。
前回の報告どおり、佐竹さんは去る4日に、NHK京都テレビにナマ出演をされ、鉄道写真の魅力について語られた。そのメディアの力はバツグンで、京都新聞にも大きく報道されたことと相まって、来客は日を追って増加していった。その証しに、芳名録には、老若男女から賛辞のことばがぎっしりと並べられていた。佐竹さんが苦労して作り上げられた掲載雑誌の合本も予想外の売れ行きであった。
午後6時からは、クローバー会有志による、打上げが行なわれ、本掲示板でおなじみの“おじん”や“乙訓の長老”、はては“和田平助”氏まで、多士済々の顔ぶれが一同に会した。忙しくて前夜は4時間しか寝ていないと言う佐竹さんからは「写真展によってまた新たな出会いがあった。私の人生は、人との出会いそのもの」というスピーチには一同感動の思いで聴き入った。さらに、文字通り、内助の功で支えられた奥さん、さらに雑誌連載の共著者の弟さん、西村さんの苦労話が続いた。最後は、佐竹さんの今後のさらなる活躍を祈念して、全員でエールを送り、なごやかで、有意義な打ち上げ会は、夜遅くまで続いたのであった。
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【590】ここはどこでしょう?
 ’67小西啓文  - 06/7/10(月) 0:55 -
  
巷で有名な動画のアップロードサービス「YouTube(ユーチューブ)」に最近撮影した動画をアップロードしてみました。Jr曰く10分以内の動画であれば、無料で無制限にアップロードできるそうです。下記のURLをクリックすると動画が見れます。
http://www.youtube.com/watch?v=wSqhXu0Nz4Q
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【589】京阪1900特急 京都新聞より転載
 総本家・青信号編集部  - 06/7/8(土) 14:04 -
  
往時の特急カラー 復刻車両を運行 京阪、デビュー50周年記念
 
 京阪電気鉄道は7日、50年前の特急車両カラーを復刻した普通電車の運行を始めた。車両のデビュー50周年を記念した取り組みで、車両が引退するまでの当分の期間は特別塗装で運行を続ける。
 特別塗装を施したのは、出町柳−淀屋橋の本線や交野線で普通電車として運行する「1900系」の一編成5両。このうち特急で使っていた中間車両の「1991号」「1992号」が製造50周年を迎えたため、当時の特急カラーのカーマインレッドとマンダリンオレンジで彩った。
 先頭部には50周年のステッカーを掲示。13日までは1900系車両の歩みを記録した写真を車内展示する。
(京都新聞) - 7月7日20時29分更新

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【588】どうでもいい話
 編集部委託契約社員  - 06/7/7(金) 22:25 -
  
京阪電鉄では、1900系車両に連結している一部の車両(1991号・1992号)が誕生して50周年を迎えることから、これを記念して、来る7月7日(金)から1900系特別塗装車を運転します。この1991号・1992号車両は、昭和31(1956)年に特急用車両1810形として製造された後、昭和38年に車番を変更して1900系とし、新造の1900系と統合した車両です。50周年を迎えるこれらの一部の車両は、京阪線を走る車両としては現役最古です。
なお、1900系車両は昭和38年の淀屋橋地下延長線開通に合わせて新造された特急用車両で、昭和48年に3000系車両と交替するまで、京阪車のシンボルとして走り続けました。最近では、平成18年3月から5月にかけて5編成25両が引退し、現在では2編成10両が残るのみです。このうち1編成5両に往時の特急色を再現して通常の列車に使用するほか、期間限定で2編成に50周年記念ヘッドマーク・ステッカーを掲出し、今後、各種イベントに使用する予定です。
1900系特別塗装車の概要は別紙のとおりです。
▲往時の特急色を再現
1.1900系特別塗装車
【運転期間】 平成18年7月7日(金)から
※当分の間、特別塗装で運転します。引退時期は現在のところ未定です。
【対象車両】 1929−1930号編成5両
(1929−1992−1954−1991−1930)
※1991号・1992号・・・昭和31(1956)年製造。
※平成18年7月7日(金)は、私市発の臨時K特急「おりひめ」として運用予定です。
※平成18年7月13日(木)まで、車内に1900系車両の懐かしい写真を展示します。
2.50周年記念ヘッドマーク・ステッカー
【掲出期間】 平成18年7月8日(土)から平成19年3月31日(土)
【対象車両】 1919−1920号編成および1929−1930号編成
3.「七夕Station 2006」短冊奉納列車(回送)
京阪線全駅で実施している「七夕Station 2006」で、お客さまにご記入いただいている各駅の短冊を、織姫がまつられている機物(はたもの)神社に奉納することから、「短冊奉納列車」に積み込み、私市駅まで回送列車で運びます。この回送列車にも、特別塗装車を使用する予定です。
【運転日】 平成18年7月8日(土)
【運転時刻】 私市駅 13:02着
【使用車両】 1929−1930号編成
※回送列車ですので、ご乗車になれません。
※私市駅到着後は、1 番線で13時49分まで同車両を展示します。
以 上
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【587】おじん2人ヨーロッパ軽便 その8-1
 湯口 徹  - 06/7/5(水) 15:31 -
  
東フリージア諸島の鉄道1-1 Borkum島鉄道その1

東フリージア諸島といっても、日本人が立ち寄る観光地ではなく、日本語ガイドブックは触れてもいない。東京のドイツ大使館観光局にすらパンフの類がなく、係員(日本人だが)も知らなかった。ともかく長期の保養客ばかり(の筈)だから、宿が確保できるかどうか、さっぱり分からなかった。

ドイツの北方はほぼ中央部がユトランド半島として北に伸び、デンマークに続く。その西側、オランダとの境界から東へ、10個以上の島―というより「砂洲」が本土の30〜10kmほど沖合いに並ぶ。これがOstfriesische Inseln である。
ドイツの北東にあって、何で東フリージア諸島なんだといいたいが、その西側のオランダ領海には、西フリージア諸島という、ドイツ領のそれより大きい島々があるからである。

諸島一帯が国立公園区域で、このあたり、名にし追う北海も極めて浅く、強い西風による砂丘が島々を形成し、海抜は高いところでも十数メートルに過ぎず、侵食も続いている。本土に面する南側は場所によるが湿地に近い砂丘で、農漁業を含めおよそ産業というものが成り立たず、唯一保養地としてのみである。

あらゆる物資が本土から運ばれ、廃棄物はコンテナで本土に戻る。電力や電話線、上下水道、ガスも本土と海底パイプラインで繋がっている。このうちボルクム、ヴァンガオーゲ、ランゲオークの3島に900mm、1000mm軌間の軽便鉄道があり、船着場から町まで、人や犬や荷物や自転車やらを運んでいる。この諸島での鉄道は、実は国立公園自然保護のシステムの一環なのであって、一般的な観光鉄道とはまったく目的を異にする。

諸島の最西端がボルクム島で、本土との交通はエムデン・ハーフェンからと、オランダ・エイムシャーフェンからの汽船便、それにセスナ級の飛行場がある。
我々はロシュトックからコンスタンツ行きICに乗り、ハンブルグ、ブレーメンで乗換え、エムデンからDC3連の臨港支線に乗り、いざボルクム島へ。宿が見つかるか心配しながら。

船着場にすぐ鉄道が接し、カラフルでツルツルの客車がずらり。よく見ると台車は古く、車体は新製に近いかもしれないが昔の姿を再現しており、広い窓は嵌め殺し。塗装が実に立派で、下地が厚く、ぼってり感が強いため、オモチャっぽくみえるのであろうが、阿蘇ボーイのけったいなダブルルーフ(もどき)とは根本的に違う。赤いディーゼル機は強力で、勾配はないとはいえ、9両を軽々と曳き出した。連結器は一人前の密着自動だった。

線路は驚くことに複線(軌間900mm)で7.4km、かつてはこの島だけで30kmもあった由。終点ボルクムのみが市街で、テーマパークの作り物も顔負けの綺麗な町である。なおこの島は本土から最も離れているためか、珍しく自動車の持込ができるが、中心部は乗入禁止だし、狭い島中、自転車で十分であろう。タクシーもいるが、利用客がどれほどあるのか。バスも走り、朝晩等は列車に代行するダイヤもある。

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【586】トロント近郊 観光汽車
 '82年度生 大墨佳司  - 06/7/5(水) 12:28 -
  
トロントの街中から一時間ほど車で北へ走ったところにトッテンハム村はあります。そこには、日曜日に運行される汽車があります。家族連れでとても賑わっていました。どこの家族も小さな子供さんが主役のはずですが、カメラを構えて真剣になっているおとうさん、おじいちゃんの姿も目立ちました。
この汽車のホームページがありますので 詳細お知りになりたい方は http://www.steamtrain.com/ へどうぞ。 

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【585】変なもの探検隊ではない話
 乙訓の長老  - 06/7/3(月) 16:53 -
  
こわい自動運転の乗り物
7月1日、謀議に参加せよとの編集長の呼び出しに従い、DELLちゃんとの格闘をストップして、「山科ものがたり」の会場に向かった。謀議の内容はいずれクローバー会の名で皆さんに伝えられるであろうから、ここではパスとする。話題になった事が一件あった。
「シンドラ社」の事だ。「京阪の新型台車にシンドラ方式と言うのがありましたね。」と、話かけてきたのは四方君であった。エレベーターのシンドラ社は関西ではあまり耳にしない。まして本社がニューヨークだと報じられている事もあり、ピンと来るものがなかった。帰宅してからも気になって仕方がない。それは以前、鹿島雅美さんからシュリーレン社が経営難からシンドラ社に併合された、との話を聞いた事があるからだ。翌夜、お電話を頂いた時に確かめてみた。「多分、エレベーター製造で知られていたシュリーレン社を併合した後、シンドラ名で事業継承をした可能性がありますなぁー、確かめときましょ。」との事であった。
さて、今年5月23日午前9時55分頃、エスカレーター事故にまきこまれた。西京極9時46分発河原町行き3393・8F5両目川側後部扉梅田方に着座して、露路奥の玉座に向かい出発した。河原町到着後、エスカレータに一歩、足を掛け上を見上げたとたん、3段上の爺やが乙訓の老人めがけて倒れてきた。その横にはキャスター付の手引き車、そして婆やが50歳ぐらいの屈強なおっさんに抱かれている。どうやら手引き車が踏み面から脱輪して、それにつられて婆やは後方にヨロヨロとなり、それが玉突きで爺や、乙訓の老人に及んだ様だ。老人はせりあがる前の踏み面に尻餅をつく形となったが、幸いな事にショルダーバックが尻の下にあり段端に尻が直接あたる事はなかった。両足で爺やをくわえ込んだ形となり、このまま上りとなれば頭を打つ恐れありと思い、必死で右手で後へと脱出を図った。それは非常ボタンを押すためでもあった。若い娘が「ストップボタンどこ」と言っている。「僕の後ろの下の赤ボタンや!」と言って一こぎしたら、娘の手にかぶさった。
やれやれ、爺や、老人も怪我なしですんだ。屈強なおっさんの黒バック、手引き車を拾い上げコンコースへ、「おばぁーちゃん、血出てるえ」と3、4人の女性が騒いでいる。そこへ改札係のオッサンがおっとり刀でやって来た。「なにあったんですか?」「来るの遅いわ、一件落着したわ!」と言い捨てて改札を出た。
玉座に着いて傘を忘れたのに気がついた。20年ばかり愛用の5000円相当のパラソルだ。防水工事業の業界団体で幹事をしている時の記念品の一つである。昼寝後に河原町駅に電話して「傘、上ってませんか」と聞いてみる。駅にはないと言う。おかしいな、杖代わりに持っていた筈なのに。「梅田や桂にも聞いて、あったら帰りに寄るさかい、たのんますわ」と言って受話器を置いた。
 帰路、会議があり二,三次会こなして、駅サービスセンターへ。駅長が応対してくれた。残念ながら傘は出てこなかった。「今朝のエスカレーター事故知ったはまっか。」「ええ、報告が上ってます。」「僕、気づいた事あるけど、」と言った途端に発車ブザーがなりだした。
正雀行き最終なのだ。「あした朝、話に来るわ」と言い、「おーい電車まってくれ!」と改札へ一目散となった。
 そして24日、昨日と同じ列車で河原町へ。駅長ではなく助役であった。概要を話すと報告書と違う部分がある様で、鉛筆で書き留めている。その後、気づいた事を話した。
 1.)あの時刻、到着列車の乗務員以外、社員が誰もホームにいない。乗務員も車両点検
   の最中である。
 2.)清掃の人たちはトイレにおり、何かあった時、通報者にはなれるかも知れないが、この人はホーム監視員ではない。アルバイトも然り。
 3.)エスカレーターのストップボタンの位置が分かり難い。位置は上の方にしないと咄嗟の時に役にたたない。
 4.)改札からエスカレーターの位置が柱が邪魔になり、見通しがきかない。改札係の位置を変更する様にした方が良い。
 5.)いずれにしてもエレベーター工事があるとおもうが、それを待っていたのではもっと大きな事故があったのでは遅い。出来る事からやるのが本当の乗客サービスと言うものだ。ぜひKY(危険予知)運動に取り組んでもらいたい。
このように話して、この日も玉座に向かった。実は前年1月21日静岡で、老人もあわや
という場面をひきおこしている。福田君のみが知る話なのだ。
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【584】速報!佐竹さん写真展開かれる
 総本家・青信号特派員  - 06/7/2(日) 18:38 -
  
佐竹さんの「やましなものがたり」鉄道写真展が、6月30日から、ゆかりの山科で開催されている。
特派員も、本日午後さっそくメンバーとともに訪れた。
会場の山科青少年活動センターを訪れると、佐竹さんがにこやかに迎えてくださった。この写真展は、長らく『鉄道ファン』に連載されていた「やましなものがたり」の完結を記念した、佐竹さんが愛してやまない山科の大築堤を上下する列車群をとらえた写真展である。日本一山科へ通った佐竹さんの撮影した列車はハンパな数ではない。その質量に圧倒されながら、多くの人が見入っていた。今日は、遠く東京、三重、兵庫からも人が訪れたという。
佐竹さんからは、写真展にかけるご苦労を聞かせていただき、また、これからの発表や出版に対する意気込みも聞かせていただいた。佐竹さんの鉄道にかける活動は永遠に続くのである。
佐竹さんの写真と人柄にも触れた写真展であった。

写真は、長老の姿も見える、当日の写真展風景

《急告!》 佐竹さん NHKテレビに出演
この写真展の様子を伝えるNHKテレビのニュースに、佐竹さんがスタジオにナマ出演されることになった。必見である。
  7月4日(火)18:00〜19:00の5分程度
  NHK京都テレビ

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【583】おじん2人ヨーロッパ軽便 その7-5
 湯口 徹  - 06/6/27(火) 13:36 -
  
Rasender Roland リューゲン島鉄道(その5)

この鉄道の公式サイトには当然列車ダイヤもあり、今年なら5月25日〜10月5日が Peak season、それ以外が Low season とされている。他にも個人のサイトや掲示板の類も多い。
http://www.rasender-roland.de/

また Trainingcourse for honorary engine driver なる研修コースが開設されており、10日間、720ユーロで名誉機関士の資格が得られる。
さらに5日間、410ユーロの追加 Follow-up course もある。

写真をもう3枚お目に掛け、この鉄道にお別れしよう。
1.牧草地帯1 とした長い(9両)客車列車は、最強力のLKM機がバックで牽引。
2.プットブスでの保存は、軽便だけでなくスタンダード軌間車両もあり、3.旧東ドイツ独特のレールバスや古い3軸客車も、やはり雨ざらしで並べてあった。

前回{676}の補足を。
1992年のトーマスクック時刻表では、サスニッツ・ホーフェンまで4往復列車運行があり、しかも未明2時30分着、45分発もある。ホーフェン発ブダペスト行国際列車もあった。蛇足だがサスニッツはブラームスが交響曲第一番を作曲した地の由。

なお小生の投稿写真は、すべてクリック頂ければ拡大する。

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【牧草地帯1.jpg : 337.1KB】

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【プットブスの保存車両.jpg : 183.0KB】

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