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◎6両だけのD61
北海道では、前回の私鉄の蒸機に比して、国鉄の蒸機はどうも魅力が薄い。もちろんC62という別格の存在もあるし、撮影地としての写材にも欠くことはないが、形式にこだわると、9600、D51が大部分で、さらにこの2、3年前から施工されたデフの切り詰めが写欲を削ぐこと夥しい。また自然条件や労使関係も絡んで、整備状態の悪さも気になるところだった(最悪の「団結号」が走るのはもう少しあとのこと)。
こんな中にあって、D61は、その希少性で注目を集めていた。丙線にも入線できるよう、D51の一軸従台車を二軸式に改造し軸重を軽くした、国鉄最後の形式である。外観はD51とほとんど変わらないが、違う形式を名乗ると、別の姿に見えてしまうから不思議だ。昭和34年から改造され、稲沢機関区で試用のあとは、ずっと留萌機関区に6両すべてが集中配置され、D51と共通運用で、羽幌線、留萌線の貨物を牽いていた。沿線には産炭地も多く、ローカル線とは言え結構の頻度で列車は来る。峠越えもあり、重連、後補機も多かった。
写真は留萌(当時は「萠」、1997年に市名と同じ「萌」に改められた)の構内で発車を待つ下り貨物列車。D614+D5162の重連。D61にはまだデフの切り詰めが実施されておらず、ヘッドライトの周りのツララ切りがアクセントであった。D5162も北海道ではたいへん珍しい長工式デフを付けている。機関区はあるものの、駅の格としてはそれほどでもない留萌だが、とにかく広い構内を持っていた。
このあと、DCで今はなき羽幌線に乗って築別へ行き、羽幌炭鉱鉄道に対面した。国鉄線を見ると、まさにD61+D51重連が発車するところ、大慌てで走ってなんとか収めることができた。ふと近くの日本海を見ると、天売島、焼尻島の彼方に夕陽がゆっくり沈んで行くところだった。
【最後の蒸機D61.jpg : 359.9KB】
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