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43.10前の盛岡区、さすがに文献と写真でしか見たことがありません。
SL世代でないOBも増えてきているでしょうから一言補足すると
メイン幹線の王者旅客機としては、時代を遡ると
C62→C59→C53→C51の順になりC59までが2-C-1の軸配置のパシフィック型、
C62,C61,C60の3形式が2-C-2のハドソン型です。
C60はC59の従台車を2軸に改造した転用機で軸重を軽減したのは
中央幹線から余剰となったC59を地方線区に回すためです。
あと特急というのは昔はとても本数が少なく、客レのブルトレ以外の
特急というのは「つばめ」と「はと」と山陽路の「かもめ」遅れて東北の
「はつかり」くらいしかありません。
「ゆうづる」は新幹線開業後の特急増発時代の先兵ですが、DD51が安定する
直前でうまいこと平のC62が間に合いました。
これと熊本のC59が曵いた「みずほ」に遭遇できた方は僥倖といえましょう。
熊本にC59が“落ちた”期間は山陽線の全線電化の39年以降ですから
こういう地区の超大型機使用期間というのは、長い鉄道線区の歴史で
「ほんの一瞬」のことですから、鉄道マニアというのは奇特な人種だなあ
といつも苦笑してしまいます。
いずれにしても何十年も前の一瞬の邂逅を覚えており、それで一生楽しめる、
また共通の話題としてずっと通用流布するというのは、愉快な趣味です。
これは鉄道趣味ならではの社会的な部分を背景にした同時代性でないかと
私は思っています。
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